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第一章『この私、カーラ・プラフティーが処刑台のベルを鳴らせていただきますわ』

祟りは下されて

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「みんな!山の上に急げッ!村長が害虫の駆除を依頼するための生贄を決めるんだとよ!」

「生贄?今回はあの余所者たちじゃあないのかい?」

「いいや。余所者たちに余計なことを話したテレサとその家族が生贄に選ばれるんだそうだ」

その村人たちのやり取りを三人は物陰に息を殺しながら聞いていた。
やがて近くを通りかかった村人が通り過ぎたのを確認してカーラが二人に向かって言った。

「これは助けに行かないといけませんわ!あの人たちを見殺しにするわけにはいきませんもの!」

「待ちなよ。こいつは罠だよ。あたしらがのこのこと助けに行ったところを村長に捕らえられるに決まっているよ」

「でも、見殺しにはできませんわ!それにこれはチャンスでもありますのよ!」

「チャンス?なんでだい?」

「先程の方々は山の上に村長が来ると仰っておられましたわ。ということは裏を返せば村長を始末できる絶好のチャンスですわ!」

「……確かに屋敷の中に篭られるよりは何倍もチャンスだろうけど……それでも危険の方が大きいはずだよ」

「……賭けてみる価値はあるんじゃあないかな?」

そう発したのはヒューゴであった。ヒューゴの予想外の発言にレキシーが目を丸くする。

「あんたまでそんな大それたことを言うなんて思っとも見なかったね。あんたは反対するんだとばかり思っていたよ」

「……オレだって本音を言えば反対です。はっきり言ってこんな作戦は無謀だ。ですが……救うべき人を救い、人の形をした寄生虫を駆除するのがオレたち駆除人の使命でしょ?」

その言葉を聞いてレキシーは首を縦に動かした。彼女の目にはもう迷いがなかった。
三人は決心を固めるが早く夜の闇に隠れて村人がいう山の上へと向かっていく。
だが、途中でレキシーとヒューゴは奇襲のために途中で別れ、カーラだけが一人で正面から山を登ることになった。
闇の他にも溢れかえる木々の中にも身を隠し、息を殺しながら山の上へと近付いていく。

集会が開かれるとされる山の上には人工的な手入れがほどこされた広場であった。木を切って絶壁の前に柵を作り、中央に山の神様と称する神を祀る祭壇。そしてその祭壇を囲む広場をレオンハルトが村人たちに命じて造らせたものである。
今では村人の間で掟を破った者、もしくは失礼を働いた旅人に哀れな生贄が出るたびに村人が呼び出される恐ろしい場所となっていた。
多くの犠牲の上で作られた祭壇の上でレオンハルトが両腕を組みながら立っていた。その横にはオルデンが控え、その隣には縄を縛られたテレサとその家族の縄を握るレオンハルトの部下の姿が見えた。

「いいかッ!あの余所者がオレたちの住う村の秩序を乱したッ!そしてその要因を作り上げたのはここにいる家族だッ!」

レオンハルトが縛られている家族三人に向かって勢いよく指を指す。
老夫婦のうち夫は目を逸らし、夫人は震え上がっていた。だが、テレサだけは相変わらず無表情であった。
レオンハルトは無表情のテレサの前に近付き、その顎を撫でながら言った。

「よかったな。これでパパとママのところにいけるな。それとも恐ろしいのかい?なんで喋らないんだい?」

「……恐ろしくなんかないよ」

テレサが喋った。それを聞いて集まった村人たちに動揺が走っていく。レオンハルトさえ例外ではなかった。そのために唖然としていたのをいいことにテレサは話を続けていく。

「本当はあたしはずっと後悔してた……あたしがパパを殺してしまったんだと……でも、今日やっとその罪を償えるんだッ!これでようやくパパにごめんねが言えるッ!だから、あたしは恐ろしくなんかないよ!さぁ、早く殺しなよ!」

その言葉に多くの村人が胸を打たれた。この場に集まった村人の多くが村長の手下を除いて、海の珍味を盗んだだけで生きたまま埋められたテレサの父親に密かに同情していたのだ。

「……よろしい。ならば望み通り殺して差し上げよう」

オルデンが腰に下げていた剣を抜きながら言った。
オルデンは感傷とは無関係の人間であった。昔駆除人であった時も駆除をする際に目の前で命乞いを行う悪党を容赦なく駆除してきたものだ。今回も淡々と目の前の少女を始末する予定であった。
その予定が狂ってしまったのは背後で気配を感じたからだろう。
オルデンは背後から空を切る音が聞こえて慌てて首を回避したのであった。
慌てて背後に剣を構えると、そこには美しい金髪の美少女が針を掠めて慌ててバランスを保ち直す姿が見えた。

「ほぅ、あなたが噂に聞く……」

「この街の侵入者ですわ。生贄に捧げられるのは私でございましょう?さっさとテレサさんをお離しくださいませ。花のように可憐な子に縄は似合わなくってよ」

「フフッ、面白いことを言うじゃあないか……冗談も面白いが、嘘も気に入った」

「嘘ですって?」

「あぁ、あんたは本当は生贄になるつもりなんてないだろ?オレと村長を殺してこの村を出るつもりだ」

カーラはその言葉を否定も肯定もしなかった。ただ、言葉の代わりに針をもう一度振り下ろした。
オルデンはカーラの沈黙を肯定と取ったのだろう。剣を振り回しながら必死にカーラの命を狙っていく。
カーラの攻撃を弾き飛ばし、その頭に向かって剣を突き刺そうとした時だ。
背後からテレサが大きな声で叫んだ。

「待って!あなたの狙いはあたしでしょ!あたしは生贄になるのは怖くないッ!だから代わりにその人を離してあげてよ!!」

「……勘違いしてもらっては困るな。この女を殺すこととキミを殺すことは別なんだ。村の秩序を乱した奴らは平等に山の神様に生贄に捧げられるのさ。フフッ」

オルデンはその美しい顔を怪しい笑顔で歪ませる。怪しげな色気さえ漂っている。
この色気で彼はこれまでの人生において随分と得をしてきたのだろう、とカーラは思っていた。
オルデンは戦意を喪失したと思われるカーラを放置し、剣を引き摺りながらテレサの元へと向かっていく。

「そもそもキミが海の珍味なんてねだらなければこのお姉ちゃんが死ぬこともなかったし、キミやキミの祖父母が死ぬこともなかったんだ。全てはキミの罪なのさ。害虫くん。まぁ、覚悟を決めているのならば話が早い。害虫は害虫なりに役に立ってもらおうじゃあないか」

この時オルデンはテレサを「害虫」と呼んで若い頃の駆除人になった気分に浸っていた。

「そうだよ、あたしは害虫……お爺ちゃんとお婆ちゃんから大切な息子を奪った害虫だよ。でも、そのひとは離してあげてよッ!死ぬのはあたし一人で十分なんだからッ!」

「それはできないってさっき言っただろう?さぁ、覚悟を決めるんだッ!害虫ッ!」

駆除人の心境に戻っていたオルデンはこの時には完全に勝利に酔っていた。自身の勝利を確信して盲目になってしまっていたのだ。目の前で縛られている弱い害虫くらい簡単に殺せる。彼は皮肉にも見下していた息子と同じ先入観からの盲目という同じ過ちを犯すことになってしまったのだ。
カーラはその隙を見逃さなかった。慌ててオルデンへと追いすがり、背中に飛び乗ったかと思うと、ヒュッという短い音がしたかと思うとオルデンが苦痛に満ちた表情を浮かべながら倒れていく。
人々が倒れるオルデンを凝視して彼がどんな目に遭ったのかを悟った。そう、彼の延髄に針を突き立てられていたのだ。

その事に気が付いたオルデンは完全に地面に倒れる前に小さな呻めき声を漏らしたかと思うと助けを求めて手を伸ばしたが、力尽きてしまった。
オルデンが目の前で殺されたという事実に多くの村人は恐怖してその場から逃げ出していく。恐怖に囚われた人々に前には村長や村長の部下の言葉をもってしても無駄であった。
レオンハルトは忌々しげに義理の息子を殺した少女を睨む。

「き、貴様ァァァァ~!!!」

「あら、ご心配なく、じきにあなたもここに倒れているお方の後を追うことになるのですから」

「だ、誰か!こ、こいつを殺せ!」

レオンハルトは村長であり、山の神の代理人として好き勝手に振る舞えるこの村における絶対的な支配者。外であるのならばいざしれずこの村の中で彼の思い通りにならないことがあるはずがなかった。
だから目の前の少女はこれまでの法則に則って誰かに始末されるはずであった。

だが、今度ばかりはその法則が外れ、目の前の少女にではなく自身の腹に剣が突き刺さっているではないか。
村長が目を見開きながら慌てて辺りを確認すると、観客席にいたはずの男が祭壇の上に飛び乗ってレオンハルトの腹に剣を突き立ていたのだ。恐らく侵入者が紛れ込んでいたのだろう。

レオンハルトを守るはずの手下も突然のことであったのと犯人の手口が大胆を極めたこともあってか頭がついていけずにその場をただ茫然と眺めていた。
自身の身に起こったことが信じられずに目を大きく見開くレオンハルト。驚愕の表情を見せるレオンハルトに対して若い男は一旦剣の刃を抜いたかと思うと、今度は心臓に向かってもう一度深く刃を押し込めていくのだった。
何が起こったのかわからないままに息を絶やすレオンハルトを放って、若い男は少女に微笑みかけた。

「これでいいだろ?」

「えぇ、ようございますわ。ヒューゴさん。これで村長とその入婿は山の神様に捧げられる最後の生贄になられましたの。これに満足した山の神様は二度と村に祟りを起こさないでしょう」

ヒューゴはそれを聞いてもう一度優しい笑顔を浮かべて微笑む。
これでようやくこの村を支配していた害虫が取り除けたことに安堵しての笑みだ。
自分たちにとっての支配者である村長が殺されたことに驚いた手下たちは悲鳴を上げて山を降りていく。
それを見たレキシーは全てが終わったと落ち着いた表情を浮かべる二人を尻目にテレサとその家族が縛られている縄を手に持っていた短刀で解いていくのであった。
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