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第一章『この私、カーラ・プラフティーが処刑台のベルを鳴らせていただきますわ』

美味しい酒には毒がございまして

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「なんだって!?計画の決行を早めたいだって!?」

レキシーがカーラの相談を聞いてたまらなくなって声を上げた。

「一体全体どんな事情があったんですか?」

ヒューゴが不思議そうな表情を浮かべて尋ねる。

「……ここを訪れていらっしゃる殿下が侯爵家の横暴に耐えかねて明日にでも侯爵一家を斬ると」

その言葉を聞いて二人は唖然とした表情を浮かべていた。
二人が沈黙しているのをいいことにカーラはここぞとばかりに畳み掛けた。

「身勝手なお願いであるのは承知しておりますわッ!ですが、私は殿下に手を汚させたくありませんの!どうか計画を変更させていただけません!?」

「……今日の駆除が終わった後に喋ろうと思っていたんだけれど決行の際に使う毒薬がようやく精製できてね。明日はこれを使おうと思うんだ」

レキシーは小瓶の中に入った怪しげなオレンジ色の液体を見せながら言った。
レキシーは小瓶を揺らしながら得意そうな顔を浮かべて言った。

「こいつはね。あたしの特製でね。こいつを飲んだら体の全身が痺れていき、その後に遅効性の毒が回ってくるっていうものなんだよ。奴らの酒にでも混ぜてやれば奴らはイチコロだよ」

「わかりましたわ。この毒は責任を持って二人であいつらの酒にでも料理にでも仕込んでやりましょう」

カーラは決意を固めた表情で言った。

「けれど、問題は後一ヶ月かけて減らす予定だった私兵やごろつきどもですよ。駆除の際にあいつらが私兵やごろつきを呼んだら一貫の終わりです。それについてはどうなさるつもりです?」

ヒューゴが身を乗り出しながら尋ねた。

「私としては先のロッテンフォード公爵の一件に倣って私兵やごろつきを別の場所に釘付けにさせる方法を思案しておりますわ」

「もったいぶらずに教えておくれよ。どんなことをするんだい?」

「ここにいらっしゃる駆除人の方々が民衆になりすまして侯爵の家の前で懇願致しますの。私兵やごろつきどもばかりではなく殿下も釘付けにしてくださればこちらとしても助かりますわ」

「その隙に護衛のヒューゴが屋敷の中に潜入するという寸法だね?」

「えぇ、先に私とレキシーさんがメイドになりすまして屋敷の中に潜入致しますわ。そこで毒を混ぜますの」

「その後でオレが残った私兵やごろつきを片付けながら夕食の席へと向かうわけだね?」

「えぇ、しかし途中で道を間違えた場合はお互い別々に宿屋に戻りましょう」

「よし、来たッ!」

レキシーは手を打って叫ぶ。

「早速このことをマスターに伝えないとね。それに一ヶ月かけて駆除と並行して行ってきた情報収集が役に立つってもんだよ!」

「……レキシーさん。少々予定とは異なりましたが、成功させましょうね。この駆除を」

カーラはそう言ってレキシーに手を差し伸ばす。レキシーはそれを受け取り、お互いの信頼を高め合っていったのであった。
















「お願いです!侯爵様!オレたちは何日も食べていないんです!どうかお恵みくださいませ!」

お守りだという先祖伝来の金で作られた高価な指輪を外してまで貧民を装って屋敷の門の前を訪れているギルドマスターは必死な声を上げて屋敷に籠る侯爵に訴え掛けていた。

勿論ギルドマスターの懇願は演技である。演技で門番たちを引き付けるだけのつもりだったのだ。
しかし、ここで誤算が生じた。ギルドマスターの背後に控えているこの付近の農家や酪農家という侯爵家から実際に被害を被った人々である。

それ故に彼らや街に住む人々はギルドマスターとは異なり演技ではなく本気でギルドマスターと同じように侯爵に向かって懇願の言葉を叫んでいく。

どこで予定が狂ってしまったんだとギルドマスターは心苦しく思いを抱いていたが、今更考えても仕方がないと割り切り、屋敷の前で私兵やごろつきに追い返されながら懇願の言葉を叫んでいく。
ここら辺が潮時とばかりにギルドマスターは第二王子の名前を叫ぶ。

「侯爵様が無理ならここに来ているはずのフィン王子を出してくれ!」

その声に駆除人たちが続いて農家や酪農家、それに街に住む人たちが王子を出せと懇願していく。
侯爵の家で晩餐を預かっていたフィンは耐えきれなくなり、バルコニーへと出ていくのであった。

その姿を見てすれ違い様にカーラは心の中で謝罪の言葉を述べていた。
この時のカーラはレキシーと共に屋敷へと忍び込み、メイドの衣装を盗んだ後に厨房から運ばれる最中であったワインに毒を仕込んで運んでいたのだった。
カーラは扉を開いて侯爵一家に挨拶を述べた。

「お待たせ致しましたわ。旦那様、こちらが追加のお酒になります」

「遅いぞ!メイド!」

「そうよ!いつまで待たせるつもりよ!」

「本当、メイドのくせに何様のつもりかしら……」

侯爵家の面々が次々と不満を口に出す。これが最後の酒になるとも知らずに。
カーラは最後まで醜い姿を見せる侯爵家に嫌悪感を感じつつも和かな笑顔を浮かべてメイドとしての対応を行う。

「本当に申し訳ありません。お詫びに最高級のワインをご用意させていただきましたの。どうか侯爵様にと特別に作らせていただいたものですのよ。なんでも天国にも登るようなお味だとか」

「それを早く言えッ!」

カーラの言葉を聞いて酒に目がない侯爵はわざわざ自身のグラスを持ってお盆の前にまで駆け寄っていく。
給仕を行うはずのカーラも押し飛ばして自らの手でグラスにワインを注いでいく。
続いて侯爵夫人が続き、最後にダフネがグラスの中にワインを注いでいく。
椅子に座るのも億劫であったのか、酒好きの侯爵一家はその場でワインを飲み干していく。

「なーんだ。ただの辛いワインではないか?こんなものがーー」

侯爵が全てのワインを飲み干し、メイドに嫌味を述べようとした時だ。侯爵の体に異変が起きた。全身が痺れて動かなくなったのだ。まるで、何者かに体が縛られているかのような感覚だ。耐えきれなくなり侯爵は地面の上に膝をつきそのまま地面の上に倒れ込む。
夫人とダフネが父親が倒れる姿を見て叫んだが、次第に二人にも同様の痺れが発生して地面の上へと当主に倣うようにうめき声を上げながら膝をついてから地面の上にうつ伏せになって横たわっていく。
手を使って前へと動こうとしても体がいうことを効かない。強力な縄で縛られているかのような感覚に襲われて身動きが取れないのだ。
侯爵たちにできるのは必死な形相で助けを求める声を上げていくばかりであった。
だが、その声を聞く者はいない。普段であるのならば各部屋に刺客を忍ばせておくのだが、最近になって私兵や雇い入れたごろつきの数が少なくなり今では各々の寝室にしか配置できていなかったのだ。

それでも侯爵一家が懸命に助けを求めていた時だ。不意に体全体に痛みが迸っていくのであった。
体全身を鋭利な刃物で突かれたかのような痛みが襲う。耐え切れずにダフネが助けを求めた時だ。
助けを求めて伸ばした手にレキシーが勢いよく足を振り落としたのであった。
レキシーは苦しむダフネに対して冷静な声で問い掛けた。

「あんたがそうして助けを求めた人を助けたことがあったのかい?」

「ち、ちくしょう……お前は誰なんだよ!あたしが誰だか知ってんの!?」

「レキシーだよ。医者のレキシーさ。あんたに虐め殺された双子の姉弟の母親さ」

「ふ、双子?まさか、あの程度のことであたしをこんな目に遭わせているっていうの!?信じられない!!」

ダフネは信じられないと言わんばかりに両目を大きく見開いてレキシーを睨んだ。
だが、レキシーは怯まない。逆に低い声に確かな怒りを含ませながらダフネに向かって問い掛けた。

「あの程度?あたしが……あたしがどれだけあの子たちのことを心配していたのかわかっているのかい!?」

レキシーは地面の上に倒れる足を勢いよく踏み付けながら大きな声で問い掛けた。物言わぬ問い掛けに対してダフネは既に掠れ始めた声を最大限にまで振り絞って叫んだ。

「う、うるさぁぁぁい!!むしろ、あたしが顔のいい男たちへの自慢話として語り継いでやったんだから感謝こそすれども恨まれる筋合いなんてないでしょうがぁぁぁぁ~!!」

その言葉を聞いてレキシーの顔が変わった。手を踏んでいた足を離し、代わりにダフネの顔を思いっきり地面に向かって蹴り付けたのであった。
ダフネからすればそれは産まれて初めての人からの殴打であった。勢いよく地面に蹴り付けられたダフネは鼻から血を流し、両目から大粒の涙を溢していた。

娘が痛めつけられる場面を目撃して侯爵がレキシーに向かって抗議の言葉を飛ばすものの、レキシーは無視をして毒が完全に回るまでの間、ダフネを殴打し続けた。
最終的に体全体に毒が周り死に至らしめられるまでダフネは顔と両手更には腹部などを激しく蹴り付けられることになり、顔を恐怖で歪ませながら死んでいった。
両親は毒で苦しみながら娘が痛めつけられる場面を見せられ続けて死ぬ羽目になり、最後に何事にも耐え難い苦痛を味わって死ぬことになったのだ。

「……これであの人とあの子たちの仇は取れたかねぇ」

レキシーは既に息の絶えたダフネを見下ろしながら吐き捨てた。

「……もちろんでしてよ。きっとレキシーさんのお子さんも感謝しておりますわ」

「……だといいねぇ」

レキシーは両目から大粒の涙を溢しながら言った。ダフネが命乞いの際に流した汚い涙とは異なり、レキシーの流す涙は宝石のように美しく感じられた。
大きな声を上げて泣き喚くレキシーの背中をカーラは優しく摩り続けていた。
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