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第一章『この私、カーラ・プラフティーが処刑台のベルを鳴らせていただきますわ』

辺境伯の恐怖

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「貴様、このワシに……ティーダー侯爵に文句でもあるのか?」

茶色の髭を顎の下と口の上に生やした壮年の侯爵はその巨体で自分よりも頭が二つも小さい果物屋の主人を見下ろしながら問い掛けた。

「い、いえ、そんな滅相もない……ただ、私は……」

「ただ、なんだ!?」

「ここにある果物は全て城下においては正規の値段で売られているものです。侯爵様が仰られるような不当な値段で売られているものなどではありません」

「貴様ッ!たかだか果物屋の分際でワシに意見するのかッ!」

侯爵は店主を蹴り飛ばし、泣いて許しを乞う店主を他所に店頭に売っていた果物の籠を一気に奪い取り、両手に抱えたかと思うと手にした果物を夢中になって齧っていた。
その様子を街にある宿屋の二階の部屋から眺めていたレキシーは怒りに体を震わせていた。

「あいつら……ちっとも変わっていない。昔と同じだ。辺境侯で尚且つ王家にとっても欠かせない存在だからってその地位に胡座をかいて庶民を食い物にしてやがる」

「……酷い有様ですよね。私だって初めてこの街のギルドマスターに襲名された際には先代の忠告も無視してあいつらを殺してやろうと躍起になってました……ですが、無駄だったんです」

レキシーたちが泊まる宿屋の店主であり、この街のギルドマスターである若い男が申し訳なさそうに告げた。
彼は謝罪の言葉を告げた後にこれまでギルドが何をしていたのかを語っていく。
彼によれば当初こそ奮闘して、この街から辺境侯とその一味を取り除こうと多くの駆除人に襲わせていたが、全て侯爵家の強大な力によって阻まれて失敗に終わってしまったのだという。

そのためかこの街のギルドマスターは若いくせにすっかりと正気を失ってしまい、駆除人ギルドマスターという称号に似つかわしくないオドオドとした態度なのだ。
先祖伝来の家宝だという高価な金の指輪に申し訳ないと思わないのだろうか。
そんな嵌めた指輪に似つかわしくないギルドマスターを見かねたのはカーラであった。カーラは自分たちにテューダー侯爵家を取り除く仕事を与えるように頼み込んだが、若いギルドマスターは首を横に振るばかりであった。

「無茶ですッ!屋敷の警備は厳重ですしッ!何より奴らには腕利きの用心棒が常について回っているんですよッ!城下の巨悪なんぞとはレベルが違うんですッ!いくら駆除人を差し向けても反対に殺されてしまう……私にできるのはコソ泥を殺すくらいですよ……ヘヘッ、笑ってくださいよ」

「あんた、それでもギルドマスターかッ!」

ヒューゴが胸ぐらを掴み上げる。普段は敬語で話す彼が敬語をかなぐり捨ててまで怒鳴ったのだから余程の怒りに突き動かされていたに違いない。
だが、ギルドマスターはヒューゴの剣幕に怯えるどころか、彼と同じくらいの大きな声で反論の言葉を叫んだのであった。

「わかってますよッ!けど、どうするんです!?あんな化け物どもをどうやって駆除するんです!?私だけじゃあない。これまでのマスターは必死になってやってきた……なのに奴らには手も足も出なかった!お手上げなんですよッ!」

「お手上げ?そんなのやってみなくてはわかりませんわ」

全員の視線が発言者であるカーラに向かって注がれていく。
全員の視線が注がれる中でカーラは口元を一文字に結びながら屹然とした表情で口を開いた。

「これまでの失敗は過去の記録を洗わなかったことだと思いますの。よく言いますでしょう?『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ』と……私たちは賢者として歴史に学ぼうと思っておりますの」

カーラは過去の失敗の事例から成功のための案を導き出すという案を提示したのであった。
それを聞いたギルドマスターは慌てて部屋を駆け下り、自身の部屋から記録を持ち出した。
それからは二階の空き部屋を根城に四人で記録を洗い直すことになった。
カーラは一通り記録を読み終えた後に緻密かつ綿密な作戦を提示した。それはテューダー侯爵家とその一党をこの世から確実に排除することを約束したものだった。
末端から一人ずつ消していき、最後に丸裸になった侯爵家を襲うというものであった。
気付かれないうちに私兵や雇い入れたごろつきを消していくのだから侯爵としてはひとたまりもないだろう。

だが、完璧ともいえる計画には一つだけ疑問があった。それは作戦の本命ともいえる箇所で立案者であるカーラ自身が危険に晒されることにあった。
カーラは腕利きの駆除人であり針という武器があるとはいえ、あまりにも危険な計画であったのでギルドマスターや他の仲間たちは計画の変更を提案したのだが、カーラは首を横に動かしてキッパリと答えたのであった。

「この計画だけは私でなければいけませんの。『悪い虫を捕らえるため良い餌が必要だ』という言葉がありるように……私がその『良い餌』となるのです。ここに生きる人々が悲しみから解放されるためにも……レキシーさんの無念を晴らすためにも……」

「本当にいいのかい?作戦の要の部分は文字通り命懸けだ……失敗に終わればあんたは死ぬんだよ。あのバカ王子に復讐を果たす前に、そしてあんたの王子に思いを伝える前に」

そう問い掛けたのは張本人のレキシーだった。レキシーは心配そうな表情で計画の立案者である少女を見つめていた。
だが、少女は怯むことなく真っ直ぐなレキシーに向かって言った。

「確かに死にたくはありませんわ。けれど、追放されて身分を失った私を受け入れてくださったレキシーさんに恩を返したいんですの!」

カーラの真っ直ぐな瞳をレキシーはしばらくの間黙って見つめていたが、すぐに口元に微笑を浮かべ直して答えた。

「わかったよ。けど、一つ条件があるよ」

「なんでも仰ってくださいな」

「あたしも最後の仕上げに同行させなよ。あんた一人だけで計画を実行するなんて無茶だし……それにあたし自身の手で本懐を遂げたい。死んだ家族の無念を晴らしてやりたいんだよ」

「わかりましたわ」

「じゃあ、おれも同行させてくださいッ!」

剣を握りながらヒューゴが叫んだ。

「ヒューゴさんも?」

「えぇ、あなたの計画が正しく実行されればおれたちが屋敷に乗り込む頃には兵士や用心棒の数は大幅に減っているでしょうが、それでも護衛役は必要でしょう?」

「わかりましたわ。『一人より二人。二人より三人』とも言いますものね」

カーラは満面の笑みを浮かべながら答えた。
二人はカーラの笑みを見て同時に笑いをこぼす。ギルドマスターも心からの笑いを浮かべて三人を見つめたのであった。
こうして三人の駆除人とこの街の駆除人を合わせての大駆除が始まることになったのだった。












「寒いねぇ。こんな時間に見回りだなんておれたちもついてないねぇ」

「全くだ。しかし、明日来る予定の王子様の手前もあるから一応警備を行なっているという姿だけでも見せておかないとな」

侯爵家の私兵だと思われる二人の甲冑姿の男は大きな声で笑い合いながら街の中を歩き回っていた。
戯れに商店の品を取ったり、街を歩いている人たちにちょっかいを出したりとやりたい放題であった。
二人にとって自分たちの主君である侯爵家は楽園そのものであった。
侯爵家の私兵である自分たちがどのような罪を犯したとしてもその犯罪は侯爵家の領土であるのならば揉み消される。
それは即ち主人である侯爵家の機嫌さえ損ねなければいかなる犯罪であっても許されるということだった。
侯爵家が起こってから自分たちはずっと仕えてきていた。そのため何代も前から彼らの間には選民思想なようなものが存在していた。
『侯爵家にあらずんば人間にあらず』とでもいうような醜悪な思想が……。

そんな歪んだ選民思想に溢れた二人であったから街の大通りを大手を振るって得意げに歩いていた。
その時だ。自分たちに向かってぶつかってきた人物がいた。
二人が抗議の声を上げようとした瞬間に喉元に鋭利な刃物が突き刺さり、二人の命を奪うことに成功した。
通り魔の犯行ではない。ぶつかったのは害虫駆除人のカーラとヒューゴの二人であり、これは二人による私兵を狙っての計画的な犯行であったのだ。
二人は慌てて大通りを離れて、路地裏に身を潜めるとお互いに小さな声で囁いていく。

「上手くいきましたわね。ヒューゴさん。後はマスターのお仲間が処理してくれるはずですわ」

「えぇ、そうですね。しかしこの作戦ですが、少し時間と手間が掛かり過ぎだと思います」

「あら、私は効率的な作戦だと思いますよ。相手の戦力を削るにはこうして末端から消していくのが一番でしてよ。あなただって同意なさったではありませんか?」

「……末端からですか……」

「あら、ご不満でして?」

「いいや。その度に神経をすり減らすあなたの身が心配でして」

「お気遣いなく、祖父の後を継いで、この稼業を選んだ時から魂の安らぎなんてものは求めておりませんもの」

「流石は『血吸い姫』というところですか……」

「フフッ、お褒めいただき光栄ですわ。殿下」

カーラが皮肉めいた口調で問い掛ける。わざとヒューゴを『ヒューゴさん』という普段の二人称ではなく『殿下』と呼んだことも彼女の怒りの表れともいえるだろう。

「そう意地悪を仰らないで……私も悪かったんですから。でも、私があなたの身を案じたのは本当だ」

「お優しいんですのね。ヒューゴさんは……」

カーラはどこか寂しげな口調で言葉を返したかと思うと、そのまま隠れ家に使用している宿屋に戻っていく。
この時寂しげなカーラを見て、ヒューゴはどこか胸が苦しくなるような感覚に襲われたのだが、彼がこの胸の痛みを知ることになったのはずっと後のことであった。
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