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第一章『この私、カーラ・プラフティーが処刑台のベルを鳴らせていただきますわ』

金は天下の回りものと言いますが

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「お父様!お父様!大丈夫?」

先程の女の子が自分たちの脇を避けて、蹲る中年の男の元へと駆け寄っていくのをカーラは見かけた。
男は自身の娘の頭を優しく撫でながら言った。

「……すまなかったな。お父さんは大丈夫だよ」

「それは嘘ですわね。旦那様、何があったのか教えていただけませんか?」

カーラの問い掛けに中年の男は反射的に目を逸らした。
だが、言い訳をしても無駄だと判断したのか、ゆっくりとした口調でカーラに向かって何があったのかを語り出していく。
男の言葉によればあの男モー・グリーンランドと知り合ったのは半月ほど前のことであったらしい。
モーは金融業者であり、表向きは善良な顔をして服飾屋の店主の側に近寄ったらしい。
警戒のない笑顔を浮かべながら彼は親身になって相談を持ちかける振りをして店主に自分の経営する会社から金を借りるように仕向けさせたらしい。
ちょうど売り上げが乏しかった店主は渡りに船とばかりにモーの会社から金を借りたのだ。

だが、モーは返済の際にそれまでの穏やかな顔を一変させて暴利を取り立てに来たのだという。
店主は返済のための金をかき集めるべく奔走したが、その間にも利子は増え今では莫大な金額へと膨れ上がり、今月には店と自宅を抵当に入れなければならない程に追い詰められていたのだという。
警備隊や自警団に相談しても合法であるという理由から店主の訴えは退けられてしまった。
それらのことを話し終えると店主は地面の上に突っ伏しながら大きな声で犬のような鳴き声を上げて謝罪の言葉を述べていく。

カーラはその姿をしばらく見下ろしていたが、やがてしゃがんだかと思うと、泣き伏せっている店主の前に目線を合わせてそのまま店主を強く抱きしめたのであった。
フィンは泣き叫ぶ店主とそれを優しく抱き締める店主の姿を見て、自分の判断は間違っていなかったことを確信したのであった。
やがて満足のいくまで泣き腫らした店主とその娘を店まで見送ると、フィンはここぞとばかりにカーラに問い掛けた。

「そういえばカーラ。あなたは確か診療所のレキシーを手伝っていたはずだったな?」

「えぇ、殿下の仰る通りです。普段はそちらで働いておりますわ」

「ならばどうしてあの人を『旦那様』などと呼称した?」

「私お針子のお仕事もさせていただいておりますの。昔から針を使ってのお仕事が得意だったものでして……」

「……針仕事か。元は公爵令嬢だったというのに……」

「あら、殿下。元公爵令嬢に針仕事はお似合いではないと?」

「……そういうわけではないが」

「なら、どういうわけですの?」

「……それは」

フィンはここで『不憫だ』という言葉を飲み込んでいた。というのも、口にすれば誇りを持って働いているカーラに対して失礼にあたると考えたからだ。
この時は上手い言い訳の言葉が思い付かなかったので必死に目を逸らすことしかできなかった。
カーラもフィンの必死な顔を見てそれ以上の模索は失礼だと判断したのか、何も言わずに隣り合って歩くだけであった。
こうしてみると、まるで付き合いたてのカップルのようだった。
フィンの胸が走っていく。ドクドクという音が耳の中に聞こえてきた。
いっそこのまま手を握ってしまおうかと考えた時だ。

「おや、カーラ。帰りかい?」

中年の女性の声が聞こえた。フィンが振り返ると、そこには白衣を纏った緑色の簡素なドレスを身に纏った中年の女性の姿が目に見えた。

「あら、レキシーさん。そうですわ。今ドレスを服飾屋さんに納めて帰る途中ですの。レキシーさんはどうしてこちらに?」

「あたしは昼飯を買いにきたんだ」

レキシーは小脇に抱えていた袋を掲げてみせた。袋の丸っこい膨らみから中に入っているのがパンだということが認識できる。
カーラがどうでもいいことを考えていると、レキシーが目を輝かせながら問い掛けた。

「で、あんたの隣にいるのは誰だい?」

「この国の第二王子フィン殿下ですわ」

それを聞いたレキシーは慌てた様子でスカートの裾を両手で摘み、両足を合わせて丁寧に頭を下げた。

「やめてくれ。こんな道の真ん中で。オレはお忍びで街に昼食を買いに来てるんだから」

「そうでしたか。すいませんでした」
レキシーはまたしても深々と頭を下げていく。

「もういい。大丈夫だ」

フィンの寛大な言葉を聞いてレキシーはパァッと顔を明るくした。

「ありがとうね。しかしあんた……本当に顔のいい男だね。ヒューゴといい、あんたといい王子様というのはみんな美男子ばかりなんだねぇ」

「レキシーさん。少し馴れ馴れしいのではございません?仮にも相手は第二王子でございますよ」

「そうでしたね。失礼致しました」

「さぁ、これ以上のご迷惑をお掛けする前に失礼致しましょう」

カーラはフィンの元を離れたかと思うと、レキシーの腕を掴んでその場を去っていく。背後からは呼び止める声が聞こえたが、カーラは敢えて無視をした。
診療所の前まで来たところでカーラはレキシーを激しく叱責した。
医療に関してはレキシーの方が師匠であるのだが、今回ばかりはレキシーの方にばかり非があったので項垂れるしかなかったのだ。
カーラによる説教が一通り終わった後でレキシーはニヤニヤとした表情を浮かべながらカーラに問い掛けた。

「で、あんたあの王子との仲はどうなんだい?」

「仲と仰いますと?」

「あんた、あたしが声を掛けるまで仲睦まじそうに歩いていたじゃあないかい。あれってもしかしてーー」

「そんなわけありませんわ。私は追放されて身分も剥奪された元公爵令嬢。向こうは第二王子かつこの街の警備隊の総司令官でしてよ。釣り合うわけがありませんわ」

その言葉を聞くとレキシーは大きな溜息を吐いてカーラの頭をペチペチと叩いたのであった。
突然の攻撃に頭を抑えて目を丸くするカーラに対してレキシーは言った。

「身分は関係ないだろ?問題はあんたがあの王子様を嫌っているかいないかということさ」

「……正直に申しますと」

「正直に申しますと?」

レキシーがカーラの言葉を復唱する。それから何かを企んでいるかのような笑みを浮かべながらカーラの言葉を待った。
カーラはそれに対して耳を赤く染めながら少しばかり大きな声で答えた。

「き、嫌いではありません!」

「へぇ~それだけかい?」

「そ、それだけですわ!」

カーラはフィンのことを聞かれると胸がドクドクと動いている自分がいたことに気がつく。
これが恋という奴なのだろうか。カーラが慌てて頭を横に振ってその考えを否定しようとした時だ。

「ちょいとごめんよ」

と、神妙な顔をしたギルドマスターが二人に声を掛けた。
二人はそれまでの擬似の親子じみたやり取りを引っ込め、「駆除人」に相応しい冷酷な顔を浮かべてギルドマスターに向かって問い掛けた。

「あら、マスター。何か御用ですの?」

「……昨日の今日で悪いんだが、また二人に駆除してもらいたい害虫がいてね」

「上がりなよ。休憩時間を少しだけ伸ばせば患者も納得するだろうからさ」

レキシーの言葉にギルドマスターは首を縦に動かし、診療所の患者用の椅子に腰を掛けた。
レキシーは診察に使う自分のための椅子に座り、カーラはその背後でレキシーの侍女のように控えていた。
二人が話を聞く準備ができたことを悟り、ギルドマスターは二人に向かって低く野太い声で言った。

「……既に金は貰ってる。後は依頼を受けるかどうかだ」

「もったいぶらずに教えてくださいな。今度の標的はどのようなお方ですの?」

「モーだ。金貸しのモー・グリーンランドだ」

その言葉を聞いたカーラの目が大きく見開いた。
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