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第一章『この私、カーラ・プラフティーが処刑台のベルを鳴らせていただきますわ』

第二王子は満足できず

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この世に生きる生き物が全て死に絶えたかと思うほどの静かな夜だったが、街の端にある一軒の酒場だけは例外だった。ランプの光が外にまで漏れ、夜に迷う人に対してその場所だけが安住の地であるかのように照らしていたのだ。
第二王子フィンはその顔を巧妙に隠して静かな街の中で唯一騒がしい酒場の中へと密かに足を踏み入れた。

酒場では中年のマスターが忙しそうに客の飲み物を作っている最中であった。
通常であるのならば忙しそうにグラスを拭くマスターの姿を見て、遠慮するところだろうが、フィンとしては真の目的があったのでマスターに声を掛けないわけにはいかなかったのだ。
彼は小さな声で『ブラッティプリンセス』と呟いた。
それを聞いたマスターはグラスを拭く手を止め、彼に蛸の墨のようにドス黒いウィスキーと血よりも赤いシェリーに氷が入ったグラスをフィンの前に手渡す。
マスターが顔を近付けたところでフィンは息を顰めながらロッテンフォード公爵家の一件を尋ねた。

「ロッテンフォード公爵家はどうなった?あれから一週間が経つが、あの人でなしどもはどうなったのだ?」

「……ご心配なさらず。ロッテンフォード公爵家は『血吸い姫』とその相棒の手によって断絶させられましたよ」

「本当か?そういう割には死体が出てこないではないか?」

「……殿下は『血吸い姫』の真の恐ろしさを理解しておられないようだ。その名の由来は悪鬼の如く悪党どもの血を求めることにあります。とりわけ、お痛が過ぎた方にはやり過ぎるのが『血吸い姫』でして……その際には骨の一本も見つからないというのが普通なのでございますよ」

「公爵家放火から一週間が経つのに死体が見つからないというのは?」

「えぇ、『血吸い姫』がお怒りだということだったのでござんすよ」

「恐ろしいお方だな。『血吸い姫』という方は……」

「えぇ、ところで今日は駆除のご確認だけで?」

「いいや。実はな……もう一度そちらの力を借りなければいけない案件が出てきたのかもしれんのだ」

「……場所を変えましょうか」

マスターは目を青白く光らせて『酒場のマスター』から『駆除人ギルドのマスター』へと表情を変え、フィンを酒場の奥にある応接室へと案内した。
酒場そのものは一見すれば普通の酒場であるが、応接室は街の酒場の亭主のものとは思えないほどに贅を尽くしたものであった。
主人のためのものと思われるフカフカの腰掛け椅子、それから来客用と思われる赤色の長椅子。それに立派な杉を使った小さな机が置かれていた。壁には年代物の絵画が飾っており、目の前の男が裏の世界で大きな力を誇っているのがわかった。

「……さて、殿下。改めて用件をお伺い致しましょう。今回はどのような奴で?」

「……恐らく、あなたでも引くような人物だろう。その男の名はモー。モー・グリーンランドという男だ」

「……その男がどのようなことをしたので?」

フィンが話す内容はギルドマスターの眉間に皺を寄せた。それ程までに凄惨なことであったのだ。
全てを話し終えたところでフィンは懐から金貨が入った皮の袋を取り出して机の上に置く。

「モーが生きている限りは犠牲者が増える一方だ。どうか引き受けてくれないだろうか?」

「……わかりました。他ならぬ王子殿下の頼みでございますので」

ギルドマスターは懐に金貨の入った袋を預かり、フィンを裏口まで送り届けたのだった。
その後は再び顔を隠し、警備隊の駐屯所へと戻っていく。
駆除人ギルドに辿り着くまでには長い時間を要した。伝手から伝手を頼り、ようやくあの酒場で『ブラッティプリンセス』という酒を頼むことで駆除人へと依頼を行える。
ただし、せっかく駆除人ギルドのマスターと知り合ってもギルドマスターはその依頼が善人を殺すようものならば決して引き受けない。
あくまでも引き受けるのは悪人の始末のみだ。

フィンは本来であるのならば害虫駆除人やそれを仕切るギルドなど潰さなくてはならない立場であるのだ。
だが、街の警備の仕事を担当するようになってから世が理不尽であるということを知った。
悪事が平気で横行し、善人は不当に傷付けられる。平穏に暮らしていても法の網を掻い潜る悪党が平気でその暮らしを蹂躙する。
そのような時代であるから害虫駆除人が必要であるのだろう。
フィンは自室に戻る過程でも自室に戻り、ベッドの中に潜り込んでいる時でもそのようなことを考えていた。

翌日ベッドの上から起き上がり、身支度を整え、朝食を済ませた後は裁ける悪党だけでも裁いてやろうと司令官室で報告や書類仕事を行なっていた。
それから腹の虫が鳴る頃に教会の鐘の音が鳴り響き、フィンは昼食を買いに街へと出掛けた。
フィンにとって昼食を買いに行く時間は絶好の息抜きの時間帯であった。
司令官室の中に篭りっぱなしでは気が滅入ってしまうのだ。
フィンが街の雑貨屋でサンドイッチを買っていた時だ。
自身の横で小さな手でサンドイッチを買おうとしていた女の子の姿が見えた。
小さいのでカウンターに手が届かないのだ。見るに見かねたフィンが手伝おうとした時だ。
不意に女の子の体が浮遊し、レジの前に届いたのだ。女の子は可愛らしい笑顔を浮かべてお金を払っていた。何事かと目を凝らしたフィンであったが、女の子を持ち上げた人物がいたのだ。その人物こそがフィンが憧れ恋焦がれているカーラだった。

「はい、このサンドイッチが買いたかったのでしょう?」

「うん。ありがとう!お姉ちゃん!」

サンドイッチを握った女の子が満面の笑みを浮かべてカーラに礼の言葉を述べていた。
対するカーラも子供に視線を合わせ、その頭を優しく撫でていた。
カーラは当初は子供に夢中でフィンには気が付かなかったようだが、やがてフィンに気が付き、丁寧に一礼を行う。

「や、やめてくれ!ここにはお忍びできているのだッ!」

「しかし、礼をーー」

「外に出て話そうではないか?な?」

カーラは不服そうであったが、フィンの言葉に従って子供と共に外に出た。
そこで改めて挨拶を行い、立ち去ろうとした。去ろうとするカーラを慌てて引き止めるフィン。
その後で用件は何かと尋ねるカーラの凛とした表情に対してフィンは思わず目を逸らすしかなかった。
まさか、話したかったから声を掛けたから掛けたというわけにもいかない。
フィンが目を逸らした時だ。近くで大きな声が聞こえた。
慌てて声が下方向に駆け寄ると、そこには人相の悪い男を引き連れた丈夫が地面の上に額を擦り付ける中年の男を見下ろしながら言った。

「いやさぁ、服飾屋さん。おれは残念だよ。まさか、丁寧な仕事に定評がある服飾屋さんがお金を返せないなんて」

「ちゃ、ちゃんと元金はお返しさせていただきました!」

「元金?それだけじゃあないよね。利子っていうのがあるよね?」

「り、利子っていったって……あんな暴利……」

「テメェ!舐めてんじゃねぇぞ!」

丈夫の男の背後に隠れていた柄の悪い男が中年の男の胸ぐらを掴み上げたかと思うと、そのまま地面の上に叩き付けたのである。
腰を打ったのか、呻き声を上げる中年の男の胸ぐらを再び掴み上げ、恐ろしい表情で睨みながら言った。

「うちの社長はなッ!そうした利子のことも全て説明した上でテメェのところに金を貸してやったんだろうがッ!なら強盗でもなんでもして金を稼ぐのが筋ってもんだろうがァ!」

「お、お許しを……」

フィンは見るにみかねて、その柄の悪い男から中年の男を引き剥がし、その男を強く殴り付けた。

「やめろ!それ以上乱暴するとただじゃすまんぞ!」

「タダで済まんだと!?テメェ、何様のつもりだ!?」

「おれか?おれはこの警備隊の司令官だ」

その名前を聞いて丈夫の表情に動揺が走った。彼は舌を打つと、そのまま手下に引き下がるように命令を下し、道を戻っていったのである。
フィンは自分の肩書きに怯える悪党の姿が視線から消えるまで睨み続けていた。
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