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プロローグ

第二王子の恋は届かず

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「カーラッ!カーラッ!」

第二王子フィンは国王から言い付けられた城下の警備という仕事を終えて宮廷に戻ってきたばかりだったが、いても立ってもいられなくなり大きな声で自身の想い人の名前を叫んでいた。

だが、その姿はどこにも見えない。彼は警備の仕事を終えてから必死に想い人の姿を探したが、言葉通り本当に王宮から追放されてしまったらしい。公爵家から勘当され、貴族としての身分も剥奪されて……。
どうしてだ。一体彼女が何をしたというのだ。
怒りに両手を震わせながらフィンは国王と自分の“弟”であるベクターがいる宮廷の舞踏会の扉を勢いよく開いた。

「父上ッ!ベクターッ!それから公爵夫妻にもお伺いしたいッ!いかなる理由があってあなた方はカーラ・プラフティーをこの王宮から追放なされたのだ!?」

フィンは大きな声で叫び、怒りを伝えたつもりであったが、舞踏会にいた貴族たちからは疎ましく思われただけであった。
冷ややかな視線がフィンに向かって集中的に突き刺さっていくが、フィンはそれに怯むどころか反対に睨み返し、そのまま上座で偉そうに座る自分の父親の元へと向かっていく。

「父上ッ!もう一度お聞かせいただきますッ!どうしてカーラ・プラフティーを追放なされました!?不確かな証拠だけで……国王ともあろうお方が不確定な証拠と証言だけで公爵家の正統な令嬢を追い出されるとは正気とは思えまんッ!」

「正気だと?貴様、この国を蝕む害虫に然るべき処置を与えた、このワシが正気ではないだと?」

「その通りです。証拠もない由緒ある貴族の令嬢にーー」

「証拠?証拠ならありますわ。他ならぬ脅迫状がそうですわ」

公爵婦人はカーラが送ったという脅迫状をフィンに向かって突き付けた。

「他にも私たちがマルグリッタを虐めている場面を見たからです。嫌がるマルグリッタの口に食事を詰め込むなんて……貴族のやることではありませんわ」

「私もです。そればかりではありませんよ。ことあるごとにマルグリッタに嫌味や悪口ばかりを告げているのを見ました。あんな人を見下すような傲慢な女が娘かと思うと恥ずべきばかりです」

「嫌味?悪口?私はマルグリッタを指導しているようにしか見えませんでしたよ。あれは愛あってこその指導というべきではありませんか?」

「まぁ!フィン様も私を攻撃なされるのですね!?わ、私……義姉様にも虐められ、フィン様にも心のないことを言われ……私が一体何をしたというの」

わざとらしい泣く真似を行うマルグリッタの背中を優しく撫でながらマルグリッタを泣かせた憎い兄をベクターは睨み付けていた。

「フィン、これ以上お前がマルグリッタを虐めるのならばおれはこの場でお前を叩き斬るぞ」

ベクターは自身の腰に下げていた大振りの剣の塚を上げ、臨戦体制を取った。
だが、フィンも負けていない。フィンはベクターを青い白い光を放つ瞳で睨み返し、低い声で告げた。

「それが兄に対する態度か?」

ベクターは兄の脅しとも取れる言葉に対して思わず両肩を強張らせた。同時にベクターの中に幼い頃に根付いた忌まわしき記憶が頭の中を駆け巡っていく。
剣術の修行でも座学でも兄には決して勝てなかった。そのため彼は愛嬌や媚びる力などで兄の地位を奪い取ったのだ。

このままでは殺される。ベクターの脳裏にそんな思いが過った。
ベクターが両手を震わせながら兄を迎え撃とうとした時だ。
「待て!」という国王からの言葉が聞こえてきた。

「フィン、お前にはまだ仕事が残っているだろう?」

「仕事?警備の仕事ならば終えたばかりでございますが……」

「たわけッ!警備の仕事が一回で終わるかッ!もう一度城下を見回るのだッ!」

「や、夜番も行えというのですか?」

「その通りだ。わかったのなら早くしろ!」

国王の目は鋭かった。瞳だけで相手を射殺すことができるほどに恐ろしくて冷たい瞳であった。
有無を言わせない絶対的な存在。それが家庭内における父であり、この国における国王のあり方なのであった。
フィンはこのようなあり方には疑問を抱いていたが、王の命令には従わないわけにはいかない。
フィンはやむを得ずに頭を下げ、跪いた後に舞踏会の会場を後にした。
だが、外に出ると我慢ができなくなったのか、近くにあった壁を勢いよく叩き付けたのであった。

「どうしてッ!どうして……カーラが追放されなくてはならないんだ」

ファンは悔しい気持ちで一杯であった。今の自分の心境をぶつけるのならばカーラを追放した身勝手な連中にぶつけてやりたい。
そんな思いでいっぱいだった。
ファンは夜の見回りの最中でも気がおけなかった。一応視界には夜の街が広がっているのだが、頭の中にはカーラ・プラフティーのことばかりだった。

第二王子フィンがカーラと出会ったのは王位継承権を弟に剥奪される前、自身がまだ第一王子だった時だ。
王族の子弟と貴族の子弟とが交流の場として用いるお茶会に初めて出席した時だった。
慣れない礼装に袖を通し、緊張で震えるフィン。彼の頭の中は白くなっていた。
周りにいる同年代の子たちは全て自分よりもしっかりとしているように見えた。
女子は女子同士でダンスの話やら宝石の話やらに花を咲かせ、男子は剣術の話や狩猟の話などをしていた。

その頃のフィンは剣術こそ自信があったが、他の王族や貴族の子弟たちの会話に加われるほどのコミュニケーション能力を欠如していた。
不安で押し潰されそうな時に手を差し伸べてくれたのが、自身と同じ日にお茶会のデビューを果たしたカーラだった。
幼いながらも気品に溢れた振る舞いと礼儀作法を身に付けたカーラにフィンは心を奪われた。
童話で知った貴婦人というものを目にした気分となり、彼女に負けていられない、とフィンは奮起したのだった。
そのお陰でフィンはその日のお茶会を乗り切ることができた。
是非とも彼女のことを知りたい。あわゆかば自分の婚約者にしたい。
フィンはお茶会の間も終わってからもフィンのことで頭がいっぱいだった。

弟の婚約者だということを知ったのはそれからしばらくしてからのことだった。
頼りない弟を叱咤激励する中で彼女自身が口走ったのをその耳で聞いたのだ。
その瞬間にフィンは鈍器で頭を殴られたかのようような衝撃を受けたが、それでも彼女のためだと言い聞かせて彼女を見守ってきたの。
それなのに彼女は追放された上に貴族としての身分までも剥奪されてしまったのだ。
あのマルグリッタという異邦人に。それから彼女のいうことばかりを一方的に信じる父や弟、それから彼女自身の両親に。
今の自分では彼女の身を案ずるしかできない。
フィンは心の中で地位を奪われて市井の人に身を落とした彼女の無事を祈ったのだった。
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