婚約破棄された悪役令嬢の巻き返し!〜『血吸い姫』と呼ばれた少女は復讐のためにその刃を尖らせる〜

アンジェロ岩井

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悪役令嬢の“裏の顔”

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金を塗られた巨大なシャンデリアの下では豪華絢爛な舞踏会が行われていた。
国王も臨席する豪華な舞踏会であった。その会場の中、白いテーブルクロスが敷かれた立食用の机の前で二人の男女が寄り添いあっていた。

片方は短い金髪の青年であった。知らない人が見れば舞台俳優と勘違いするほどの美しさと騎士と見間違えるほどの素晴らしい肉体を持つ文句のつけようのない美男子だ。

もう片方は愛くるしい子犬のような仕草でその青年に擦り寄る可憐な少女。
小柄で愛くるしい姿を振りまき、誰にでも笑いかける彼女の姿はまさしく“聖女”の姿そのものであった。
少女は平民上がりの公爵家の養女というハンデを負いつつも、社交界の人気者となっていた。
今では公爵家では公爵夫妻や使用人たちも生意気な実の娘よりも養女である彼女の方を溺愛しているくらいだ。

可憐な少女はひとしきり隣の美青年と世間話を交わした後に思い出したかのように体を震わせて、青年の腕へとしがみつく。
その姿に青年は嬉しそうな表情を浮かべながらも、無理やりその可憐な少女を追い払おうとはしなかった。

それどころか、子犬のような愛らしい少女を自身の胸元へと引き寄せて、髪を優しく撫でたかと思うと、優しくその唇に自身の唇を重ねた。
可憐な少女は嬉しそうに王子の口付けを受け取ったかと思うと、顔を赤く染め上げた。
それから、思い出したかのように体を震わせた。

「ダメですわ……こんなところお姉様に見られては……」

「構うものか、あの女に見せてやれ」

美男子がそうして目を見据えたのは二人を冷ややかな視線で見つめている同い年の少女であった。
長い金髪をたなびかせた可憐な顔立ちをした少女で、側から見れば今王子が抱き寄せている少女と比較してもその外見は決して劣らないだろう。
だが、表情からは少し冷ややかな印象を受ける。そのせいか、初めて見る人には少しばかり悪い感情を抱かせるようだ。

この冷ややかな少女こそ王子に寄り添う少女の天敵ともいえる相手である。
そのため王子は睨み付けてやったのだが、冷ややかな視線を向ける少女はその態度を崩そうとしない。くだらないと言わんばかりに手元にあったグラスの酒を飲み干したかと思うと、そのまま知らない男と話し始めた。

穏やかそうな青年だが、自身の婚約者である少女が自身を放って、その男と話し合っているのが気に入らなかった。
美男子は自分に寄り添っている少女を優しく離すと、そのまま二人の間に割って入り、青年に強烈な平手打ちを喰らわせた。
よろめく青年を支えながら少女がようやく口を開く。

「何をなされるのです?」

「しれたことをッ!貴様、婚約者であるこのオレのことを放って、この男と和かに話していたであろう!申せ!何を喋っておった!?」

「あなた様には関係ないことでございます」

「黙れッ!この人面獣心がッ!」

美男子は激昂し、両頬を震わせていたが、その姿を少女は軽蔑の表情を冷ややかな目で見つめていた。
「人面獣心」聞きなれた言葉だ。あの美男子の側にいるマルグリッタが家に来てから幾度も言われた言葉だ。
両親からも使用人たちからも婚約者であるこの王子からもたびたび言われてきた自分に対する蔑称である。
なので、今更言われても特に心は傷まない。むしろ使い回された悪口で悦に浸っている目の前の王子が哀れにさえ感じてしまう。
王子は人面獣心という言葉に対して特別な反応を示さなかったことに対して苛立ったのか、王子が今度は悪役令嬢の元へと詰め寄り、彼女の耳元で大きな声を上げて言った。

「いい加減にしろ!貴様、何様だ?」

「そうですわ。ベクター殿下に対してお姉様はあまりにも無礼……そんなことでは昨日のリットン伯爵のように恨みを買われて、屋敷の中で殺されてしまいますわよ」

リットン伯爵という言葉を聞いて、初めて彼女の眉が動いた。
王子と妹は期待した。彼女が恐怖に震えるのを。
しかし、彼女が見せた反応は真逆のものであった。
口元の端を歪めたかと思うと、彼女の二つ名である「人面獣心」という名称に相応しい邪悪な笑みを浮かべて言ったのだ。

「恐れながら、気を付けなければならないのはあなた方の方ではありません?」

その言葉を聞いて二人の体が膠着する。
二人が動けないのをいいことに彼女は話を続けていく。 

「恐れながら殿下、あなた様に王子として相応しい教養や振る舞いが身に付いておりまして?」

その言葉が不愉快だったのか、王子の両眉が上がる。
だが、彼女は気にせずに今度は義妹に忠告の言葉を送る。

「マルグリッタ、あなたにもよ。あなた、公爵令嬢としての振る舞いが身に付いて?可愛らしく振る舞うのも結構だけれど、そうしたことにも気を配らないとだめよ」

マルグリッタの両頬が赤く染め上がった。恥辱の感情に動かされたのか、彼女は握り拳を作ってそれをプルプルと振るわせている。
二人の怒りはこの時に頂点に達したのだろう。
王子が少女の元へと近寄り、彼女に大きな平手打ちを喰らわせると、そのまま地面の上で蹲っている悪役令嬢を指差しながら声を高くして叫んだ。

「カーラ・プラフティーッ!貴様との婚約をここに破棄し、王太子の名の下に貴様の地位を没収致すものとするッ!」

だが、カーラはゆっくりと起き上がると、宝石のサファイアを思わせるような青い瞳に強い光を宿しながら落ち着いた口調で尋ね返す。

「どうしてそのようなことをなさるのです?お聞かせ願えますか?」

「貴様は義理の妹であるマルグリッタを散々にいじめ抜いた挙句に王子であるこのオレを愚弄したッ!そればかりではないぞ!オレは知っているんだッ!」

王子は懐からフランドール公爵家の紋章である鋭く光る針の封蝋が押された手紙を床の上に放り投げた。

「これは貴様が義妹のマルグリッタに書いた脅迫状だッ!見覚えがあろう!?」

「存じ上げません」

カーラはきっぱりと否定した。

「黙れッ!黙れッ!なら、この封蝋はどう説明する!?」

「お言葉ながらそれはマルグリッタが用意なされたのでは?公爵家に住んでいる者ならば機会を伺えば誰でもそのような封蝋は使えるかと思われますが」

「なんてことを言うんだッ!」

王子との会話に口を出したのはフランドール公爵であった。
フランドール公爵は実の娘に対して先程の王子と同等かそれ以上ともいえるほどの強い力を込めて、殴り飛ばした。

「痛いか?でも、お前にいじめられた挙句に苦しめられたマルグリッタはもっと痛かったんだぞ!」

「そうよ!そんな子だとは思わなかったわ!マルグリッタに謝りなさい!」

背後から公爵夫人からの罵声が飛ぶ。
実の両親が自分よりもマルグリッタを可愛がっていることは知っていたが、実の娘の危機にも際してもマルグリッタの方に味方をするとは思わなかった。
カーラは一瞬だけ失望したような表情を浮かべたが、それ以上の動揺の色は見せずにいた。あくまでも毅然とした態度を貫きながら両親に向かって反論の言葉を述べた。

「お父様、それからお母様、私は謝りませんよ。だってそのようなことはやっていないのですから」

「なんて図々しい奴だッ!」

「最低の悪人ね。こんな奴だとわかっていたんだったら産むんじゃなかった」

その言葉を聞いた時、カーラの中に微かに存在していたベクターや自身の両親に対する情愛の念というものが完全に潰えた。
目の前の王子と夫妻は婚約者でも両親でもなんでもない。自分にとっては義理の妹と同様に唾棄するべき存在となった。
カーラはかつて両親だった存在に向かって頭を下げると、手切金の代わりに忠告の言葉を投げ掛けた。

「公爵閣下、それに公爵夫人、長年お世話になりました。そのことに関しては礼を言っておきます。最後に少々間が抜けたお二方に忠告させていただこうと思いますわ。マルグリッタにせいぜいご注意なさい。あの子はうさぎに見えても、その中身は悍ましい野良犬。あなたたち二人の財産と地位を虎視眈々と狙っておりますわ。お気を付けてくださいませ」

「……最低の女だ。血を分けていないとはいえ自分の妹に向かってよくもそんなことを言えるな」

「……ッ!私はどれだけ侮辱されても我慢できますわ!けれど、大好きなお父様とお母様まで侮辱されるなんてたまりません!それに義姉様にとってはお二方は実の両親なのですよ!命のもとである親をそんな風に……人面獣心という言葉はこの方のためにあるような言葉です!」

王子とマルグリッタの両名が詰り続けるが、カーラは微動だにしない。
いや、それどころか顔に笑みさえ浮かべている。それもただの笑みではなく、瞳から光の消えた生気の感じられない亡霊のような不気味な笑顔だった。
マルグリッタも公爵夫妻もそんなカーラの笑みに怖気付き、震えていたが、唯一王子だけは強がったのか、声を張り上げて言った。

「お、お前は出て行け!それに殿下も言われただろう!?貴族としての位も没収だッ!どこへでも消えろ!さっさとオレの前から消えないと兵士の力を使って無理やり追い出すぞ!」

公爵が人差し指を震わせながら突き付ける。余程カーラが恐ろしいのか、汚れ一つない白い歯をガタガタと震わせていた。

「……そうですか、ではご機嫌よう。最後に皆様にご忠告を……いつか必ずあなた方に審判の日が訪れますわ。その日を首を洗ってお待ちになられてはいかがでしょうか?」

悪役令嬢はそんな王子の動揺を知ってか、オッホホホと高い笑い声を上げながら舞踏会が開かれていたホールを後にした。
意味深な言葉に震える四人の人間を残して。
この時、四人は知らなかったが、カーラはドレスの裾の中に怪しく光る一本の鋭い針を隠し持っていたのである。
もし、カーラがその気になっていれば、四人の命は容赦なく散っていただろうが、敢えてそうしなかったのだ。
その場で四人を駆除することができたとしても、その後で自分が殺されるもしくは国中で手配されることは明白だ。
そんなことになれば、“害虫駆除人”の役割を果たせなくなってしまう。

(それだけは嫌ですわ。公爵令嬢としての地位を失った上に大事な仕事までできなくなってしまうだなんて……)

不幸なことは身分の剥奪と勘当くらいで十分だ。カーラはそんなことを考えながら王宮を抜け、夜の闇の中を歩いていた。
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