隙を突かれて殺された伝説の聖女騎士と劣等生の夫、共に手を取り、革命を起こす!

アンジェロ岩井

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交流編

ルイーダの心持ちはいかに

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だが、ルイーダは知らなかった。レオジーナの場所移動の魔法は一日のうちで三度しか使うことができないという事実を。もし、その情報を知ることができたのならばルイーダが落ち込むことはなかったに違いない。
結局その日は寄り道もせず、いち早くジードの待つ家へと戻っていったのであった。どこか打ちひしがれた様子の妻を見たジードは何も言わずに用意していた夕食を差し出したのであった。

ジードが作ったビーフシチューから湯気が立ち昇っていた。その側には丸パンとサラダが添えられている。形の良い齧りやすそうな丸パンとオニオンフライを載せたレタスとキャベツ、それからプチトマトのサラダである。この豪勢なメニューを見た時、普通の人ならば少しは食欲を刺激され、悩んでいたことを一旦は忘れてしまうに違いない。

だが、ルイーダは凡人ではなかった。折角の料理を見ても食欲のなさそうな顔をしながら首を横に振るだけであった。
ジードも妻のただならぬ様子を察し、何も言わず、かと言って料理に手を付けるようなこともせずにルイーダを見つめていたのである。

ルイーダがようやくスプーンを動かしたのは立ち昇った湯気も消え、ビーフシチューの表面に膜が張り始めた頃のことであった。
スプーンを動かし、膜を潰してからゆっくりとビーフシチューを啜っていく。ジードもルイーダのスプーンの動きに合わせて自らのスプーンを動かしていく。こうしてしばらくの間は無言での昼食が続いたのだが、ビールシチューを啜り終えたところでルイーダがようやく口を開いた。

「今日レオジーナという男から勝負を挑まれたのだが、初めて私は挫折というものを味合わされたよ」

ルイーダの言葉の端からは彼女が味合うことになった屈辱の感情が滲み出ていた。ジードは何も言わずにスプーンを持つ手を震わせているルイーダを見つめていた。それは夫が不安げな妻に対して見せる気遣いの目であった。

ジードは分かっていた。こうして言いようのない屈辱に打ちひしがれている者に対しては敢えて何も言わない方が吉だということを。
ジードの判断は間違っていなかった。何も言わないジードに対してルイーダは安心したのか、堰を切ったように自らが感じた思いをぶつけていく。

「……初めてだった。あんな思いをしたのはな……一瞬だったんだ。勝敗は一瞬のうちに決したんだ」

「……それは……悔しかったな」

ジードの言葉を聞いてルイーダは首を縦に動かす。その目は真っ直ぐにジードを見つめていた。結局その日の夕食は二人にとって重苦しい場所となって終わってしまったのだ。
翌日はルイーダの心境を表しているかのように大雨だった。酷い土砂降りの雨が雲の上から地上へと向かって降り注いでいた。そればかりではない。空いっぱいを雲が覆い尽くし、朝であるというのに夜のように周りの景色を暗く染めていた。

ルイーダは憂鬱な天気を見て思わず舌を打った。こうした場合練習は芸術部門の選手たちや他の選手と共同で体育館を使うことになっている。それでも人数が埋まってしまえば体育館は使えなくなってしまう。ルイーダは教師やコーチたちから周りから期待がされているだけに体育館を使うことができるだろうが、他の選手たちは休みになってしまうかもしれない。

ルイーダはそんな思いを抱えながらジードと共に学校へと向かった。しかし学校に向かってもそれで気分が晴れるわけではない。むしろ昨日の思いを引き摺っているせいか、今日は授業にしろ、生徒会の仕事にしろ、練習にしろ、何もかも上手くいかなかったのだ。
極め付けとしては芸術部門の選手であるルイーザから、

「すいません。やる気がないんだったら帰ってもらえますか?」

と、容赦のない一言を浴びせられた。

ルイーダは遠慮のない一言を浴びた時、表向きは気にしない素振りを見せたものの、その内実は窓の外に広がる土砂降りの雨と同じ心境になっていたといってもいいだろう。ルイーダは胸の内に悔しげな思いを抱えたままその日は家に戻ることになった。
家に戻る途中、ルイーダはまた背後に気配を感じた。二日ほど前に自分に向けられた刺客の類だろうか。剣を抜き、慌てて振り返ると、そこには昨日自分を打ち負かしたあの男の姿が見えた。

ちぢれ毛の男は人を小馬鹿にしたような笑みを口元に浮かべながら手を挙げ、「よっ!」と呼び掛けたのである。
ルイーダは両目を見開き、その男を睨み付けながら問い掛けた。

「何の用だ?」

「いやぁ、実はお前の命を奪いに来たんだけど、その様子だともう心の方が死んじまってるのかな?」

「フン、貴様に私の気持ちがわかるものか」

怒りに駆られたルイーダが腕を震わせながら剣を抜き、目の前にいる男を叩き斬ろうとした時のことだ。自身の手首が背後から掴まれていることに気が付く。慌てて背後を確認すると、そこには得意げな顔を浮かべているレオジーナの姿が見えた。

「やめときなって、もうお前さんは無敵の騎士じゃないんだぜ。おれという天敵が現れたからな」

「ふざけたことを言うなッ!」

ルイーダは声を荒げたものの、レオジーナが意に返す素振りは見えない。それどころか、怒っているルイーダの顔を見て喜んでいるようにさえ見えた。

「まぁ、そんなに興奮しないで聞いてくれよ」

レオジーナは相変わらず人を馬鹿にしたような口調で言った。
レオジーナはルイーダが眉間に青筋を立てていることも構わずにヘラヘラと笑いながら要求を突き付けた。

「これで分かったろ?おれがいる限りお前は交流会で本領を発揮できず、ガレリアの威信を広めるどころか、かえって泥を塗ってしまう。今からでも遅くない。出場を辞退しろ」

最後の場所で声のトーンが低くなるのをルイーダは確かに聞いた。これまで人を馬鹿にしており、真面目に話すことなどなかった彼の口から出てきた本当の表情から出てきた言葉は何よりも冷たかった。まるで、与えられた原稿を命じられるまま棒読みの口調で喋っている……そんな冷たい印象を受けたのだ。
そんな人間味を持たないような彼の要求に対して普通の人ならば怖くて受け入れてしまうだろう。

だが、ルイーダは昨日レオジーナに負けてしまい煮湯を飲まされた身であったということを差し引いても卑劣な要求を突っぱねるような誇りを持っていた。
ルイーダは言葉の代わりに自らの足をレオジーナの腹に向けて、それを思いっきり喰らわせたのである。神出鬼没なレオジーナといえども突然無防備になっていた腹部に蹴りを加えられてはたまらなかったのだろう。そればかりではない。この時ルイーダにとって幸運であったのは、彼の意識がルイーダの前面部ばかりに集中していたということだった。
ルイーダは己の機転と運で窮地を脱し、先ほどレオジーナに大して浴びせそびれた剣を喰らわせようと試みた。

だが、レオジーナはルイーダの剣が降り掛かる直前で己の姿をルイーダの前から消した。すると後にはもう埃一つその場には残っていなかったのである。
ルイーダは剣を仕舞い、一息を吐くとそのまま自宅へと戻っていった。
扉をノックし、鍵を開けてもらうと、部屋の中ではジードがカツレツを挙げている最中であった。カツレツの準備のために台所へと戻った夫の代わりにルイーダが部屋の鍵を閉めた。

そして何も言わずに料理を準備している夫の横に立って、

「手伝うぞ」

と、だけ述べた。

ジードは妻が自分の横に立つ際にチラリとその顔を見た。何があったのかは知らないが、その顔は昨日とは異なり、絶望に打ちひしがれてはいなかった。それどころか、いつもと同じように自信満々の表情さえ浮かべている。
ジードはこの変化を喜び、二人でカツレツを作り上げたのである。上等のヒレ肉を用いたカツレツがそれぞれ四枚に、サラダとスープまで付いている。

ジードによれば、

「昨日のお前の落ち込みようを見てな、元気付けようと思って、学校帰りにそれぞれの店で買ってきたんだよ」

と、いうことであった。

だが、ルイーダは先ほどレオジーナに対して雪辱を果たしたことによって自信をすっかりと取り戻していたので、それは要らぬ心配であったというべきかもしれない。
それでもご馳走というのはありがたい。ルイーダは早速フォークとナイフを並べるとカツレツに手を付けた。この時口にした料理が昨日の冷えたビーフシチューとは対照的に揚げたばかりのカツという温かな料理であったことも大きかったが、何より昨日の雪辱を果たしたということがルイーダの気をよくしていたのだ。

この日は先日とは対照的に会話も弾み、楽しい夕食となった。昨日のうちに感じた気持ちに引き摺られるようにルイーダも気を良くしていた。普段ならば行わないような鼻歌までも歌って学校へと向かっていた。
外は昨日と同様に天空に住む神々が気を悪くして、雨を降らしているかのように大量の雨が降り注いでいた。
だが、ルイーダからすれば心地の良い思いが最高のボルテージへと到達していたこともあり、大して気にはならなかった。

機嫌は絶頂へと昇り詰め、学校ではかねてより仲良くしたいと思っていたルイーザに声を掛ける余裕があった。
こうして上機嫌に話し掛けるルイーダとは対照的に芸術部門を引き受けることになったルイーザの心境はといえば野暮に思っていたというのが適切だろう。サロンの菓子を手土産に自分に仕切りに話し掛けるルイーダが鬱陶しかったのだ。ルイーザからすれば一文字違いの生徒会長兼模擬試合の代表であるルイーダは忌むべき存在であったのだ。選手がその日の気分やモチベーションで練習を蔑ろにするなどあってはならないことではないか。

ルイーダには欠けていた選手としての誇りからルイーザはルイーダを振り解いてそのまま校舎の門から立ち去ろうとした。だが、最悪の事態に巻き込まれることになろうとはこの時ルイーザは思いもしなかったに違いない。
だが、未来は予想できない。彼女を責めるのは酷だろう。
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