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護衛編

ガレリアの魔女は歓喜する

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その日ガレリア国バルベデ宮殿において国賓であるジェラルド皇太子を出迎えるため盛大な準備が執り行われている最中であった。
エルダーは基本的な業務をこなしつつ、その横で歓迎式典の準備に口を出すという実に多忙な一日となっていた。
ゆっくりと食事をとる暇もないというのは辛かったが、ガレリアのためであれば自身の腹など気にしてはいられなかった。

エルダーは昼食の代わりに差し出されたクッキーを口にし、真横にあった冷めたコーヒーで流し込むと、再び書類に目を通し、式典の準備における音楽隊が一人足りていないことに気が付き、慌てて音楽部の責任者を呼び出さなければならなかった。

それからまた書類の見直しを行う。結局彼女の仕事が終了したのは時計の針が翌日へと差し掛かった時のことだ。
エルダーが思わず溜息を吐いていた時のことだ。レンツの街を訪れた時に聞いた声が頭の中へと響き渡っていった。

「小娘よ、先に言うお前の努力は全て無駄になるぞ」

「あら、どうしてそんなことがわかるの?」

「決まっているだろう。オレが……いいや、オレの息がかかった男がジェラルドを抹殺するからな」

「あなたが前に言っていたアクロニア帝国から派遣された人間とやらのことかしら?」

「そうだ」

レイキュリザラスは淡々と答えた。人間と異なり余計な駆け引きをしたり、嘘を吐いたりしないのでエルダーは密かに好感を持っていた。
だが、あくまでもそれは胸のうちにだけ押さえておくことにする。

エルダーからすればレイキュリザラスを調子に乗せたくはなかったし、自らの手の内を明かすような真似はしたくなかったのだ。
それ故に彼女は本音とは真逆の厳しい言葉をレイキュリザラスへと浴びせた。

「そのことなら心配はいらないわ。首都の警備は万全だもの。レンツのような田舎町とは比較にもならないでしょうに」

「フフッ、我らは肉体を持たぬ悪魔王の一派よ、人間の警備がいくら居たところで何の役にも立たぬわ」

「あら、時代は変わったのよ。あなたたちが世界を荒らし回った頃とは比較にならないほど今の世の中は発展してるのよ。あなた竜騎兵でもないのに人が空を飛ぶなんて想像もしなかったでしょ?」

エルダーは頭の中に戦闘機や飛行船といった人類が生み出した叡智ともいえるものを浮かべながらレイキュリザラスへと問い掛けた。

「確かにな」

と、レイキュリザラスは同意の意を表していた。その言葉を聞いたエルダーは勝ち誇った笑みを浮かべていた。
だが、すぐにその顔は驚愕へと変わっていくことになる。
それはレイキュリザラスが放った一言であった。

「忘れたのか?小娘、我らは人を操ることができるのだぞ。それに比べれば飛行船や戦闘機など何の役にも立たぬわ」

エルダーの手が震えた。それは恐怖と動揺の両方の感情からくる衝動的なものであった。
エルダーが思わず目を見開いていると、エルダーの脳裏へと笑い声が聞こえてきた。

「ハハハハハハッ!小娘、覚えておれ、ガレリアは……いいや、世界は貴様などには渡さん。せいぜい式典には気を付けることだな」

ここでレイキュリザラスの声は聞こえなくなった。勝ち誇ったような声を出して心地良さそうに立ち去ったレイキュリザラスとは対照的にエルダーはその場で全身を震わせていた。
しばらくの間ガレリア国総統席の上で押し黙っていたが、半ば衝動的に立ち上がり、机の上に置いていた電話のダイヤルを人差し指で回し、党の技術担当職の責任者を呼び出したのである。

党内における戦闘技術開発を担うローベルト・オッペルハイマーは後退した前髪の目立つ48歳の男性であった。

ずんぐりとした体躯が目立つ男性で、服を着ていてもその腹は目立っていたが、頭脳はガレリア随一といってもよかった。彼は22歳の若さで物理学博士の称号を手に入れ、そのまま国防省兵器開発部へと進んだのである。
そしてマナエ党の躍進と共に彼はその政治精神に共感の念を抱き、入党し、以降はその責任者を任じられていた。
愛国心、技量ともに彼以上の人材はいない。

そうした理由もあり、エルダーは安心して兵器開発を任せられていたのだ。
実際にこれまでも多くの素晴らしい兵器を開発し、ガレリア軍の増強に努めていたのである。
そんな兵器開発の第一人者たるローベルトに任せているのは実戦に投入する予定である無人兵器についてだ。

本来であるのならばもう少し後に聞く予定であったのだが、レイキュリザラスが関わるというのならば話は別だった。
この時エルダーはレイキュリザラスやその一派が取り憑くことができないような兵器を必要としていたのだ。
それ故どうしても無人兵器が必要だったのだ。
エルダーはローベルトに向かって包み隠さずに事情を打ちけた後、彼女は兵器の進捗を問い掛けた。

「はっ、仰せになられました平気に関しましては試作品のみが成功している状況となっております」

「試作品ですって?」

エルダーは両眉を上げながら問い掛けた。

「ハッ、実戦用となる無人兵器は試作品は完成しております。ただ量産に関してはまだ難しい段階となっており、仰られた内容が正しくとも我がガレリアの今後を重んじれば警備に投入できる試作品は一体だけです」

エルダーは閉口した。ジェラルドを守るのも重要なことであるが、ガレリア国の兵器そのものを発展させるとするのならば試作品は置いておくべきなのだ。
苦々しい顔を浮かべながら額の上に手を置き悩んだものの、苦渋の末にローベルトの提案を受け入れることにした。こうして僅かな数ではあるもののレイキュリザラスに影響されない兵器を警備に投入することに成功したのである。

その後エルダーはローベルトに連れられ、警備に投入される兵器が保管されているバルベデ宮殿の地下最奥部へと見に行くことになったのである。
ローベルトが責任者を務めるバルベデ宮殿の地下には兵器開発所が存在し、無数の秘密兵器が発明され続けている。
また、既に出来上がった兵器を保管しておくのもバルベデ宮殿の地下であったのだ。

最奥部へと行く道中には多くの兵器が飾られていた。ローベルトが当初企画として持ち込み、そのまま開発された長距離弾道ミサイルやベルの形をした反重力装置兼空中移動用の乗り物などもここに保管されている。
そればかりではない。今度の戦いに実装する予定となっている肉体強化用のパワードスーツなども並べられている。

胸元にマナエ党の象徴が刻まれた肉体強化用の装甲は例え体力がない人間や戦うために必要なものが抜けている人間であったとしても前線で活躍し、より多くの相手を倒し、敵の戦車を破壊することができるようになるだろう。更なる量産によって徴兵検査で弾かれる人間は減っていくはずだ。
無論パワードスーツを体に纏うだけで勝てるとは思っていない。そのためローベルトはパワードスーツを纏った人間を極力まで活かすための武器までも開発されている。

それはアクロニア帝国で現在機関銃という名称で幅広く使われている武器を改良したものだ。丸い弾倉が付いた機関銃をパワードスーツに持ちやすいように改良して兵士として投入するのだ。
エルダーはその武器が開発される様をローベルトに案内されている中で見つめていた。数人の科学者が設計図と試作品を片手に何やら話し合う姿が見られた。

恐らくあと少しの時間が経てば量産されるだろう。エルダーはフフと可愛らしい笑みを上げながらローベルトの後をついて行った。
その間も数多くの発明品や試作品が見受けられ、エルダーの心を良くさせていた。

そしてようやく最奥部へと達したのだが、開発されていた無人兵器はエルダーの心を引くには十分であった。
確かに試作品というだけのことはあり、その数はこれまでに見た兵器よりも少なかったが、それでもその質はエルダーをうっとりとさせるのに十分であった。
陸、海、空それぞれ専用の兵器がそれぞれ二体ずつ壁の近くに置かれていた。

陸用の武器は行く時に見たパワードスーツを完全自動にさせたものであった。右手には機関銃が備え付けられており、これが人の手ではなく、機械によって自動的に発射されるものだということをエルダーは理解した。
また、二本足で立っているということから人のように動き、そして暴れ回るということが可能なのだ。それに装甲に至っては鉄よりも硬いということだ。
これならば敵の陣地の中に機関銃が備え付けられていたとしても容赦なく突撃を行うことができるだろう。

戦車には負けてしまうだろうが、それに関しては空用の自動兵器が活躍するだろう。小型の箱のようなものには側頭部に飛行用と思われる羽根が付いており、他には機関銃や小型の自動爆弾が内蔵されており、自動装置の意思で爆発できるということなので戦車を爆撃することも可能だろう。海上用のものは同じように箱の形をしているものの、これにも空中用のものと同様に自動爆弾が備え付けられている。負けるはずがなかった。

「閣下、護衛に際して一体しかお貸しできぬという私の意見がお分かりになられましたかな?」

説明を終えたローベルトの言葉にエルダーは満面の笑みを浮かべながら答えた。

「えぇ、もちろんよ」

今のエルダーには少し前に感じた嫌な気持ちなどは忘れ、満足な気持ちばかりが心の内には残っていた。





















「いよいよ、首都か。嫌な気持ちになるな」

ルイーダは護衛専用の列車の中で向かい側の椅子に座っていたジードに向かって愚痴を吐いていた。

「そりゃあ国賓だし、元首と挨拶くらい交わすだろうな」

ジードは妻の愚痴に対して的確な意見を述べたのであった。

「それが嫌なのだ。あの女と会うかもしれないだなんて……私は死んでもごめんだ」

「おいおい、縁起の悪いことを言うなよ」

ジードはそう言って窘めたものの、ジードの中で嫌な予感がしたのは事実である。
この時ジードは知る由もなかったが、彼の懸念は後に最悪の形で当たることになってしまうのだった。
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