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護衛編

炎の中の死闘

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昔ジードは自分の故郷をたまたま観光で訪れた料理人から大きな火を上げてその上に専門のフライパンを載せて料理を炒めるという技法を見たことがあった。その時に見た炎が今カルロが見せている炎と酷似していたことに気が付いた。
東の果てからきたという料理人が作り出した大きく燃え盛る炎柱に幼いジードは感嘆していたが、今二人から繰り出されてぶつかり合う炎からはあの時に見た炎の倍以上の炎が見受けられた。その凄まじさは熱の余波が周囲にまで飛び、機械へと飛び火していく姿が見受けられるほどであった。その度に機械が小規模な爆発を起こしていた。

不幸中の幸いであったのは爆発がその場だけの爆発に留まったことだろう。大規模な爆発が起きなかった幸運にジードは胸を撫で下ろしていた。
背後で二人の戦いを不安そうな目で見つめていたジェラルドが機械の爆発によって生じた排煙によって喉を痛めている姿が見受けられた。この場はこれ以上の時間を掛けることはできない。

ジードは一歩踏み出すことを決意した。彼は炎と炎とのぶつけ合いに夢中になっているカルロの背後へと忍び寄り、その背中に向かって剣を突き立てようとしていた。
だが、剣を突き立てやすくするため剣を逆手に握り締めた時のことだ。不意にジェラルドがルイーダに背を向けたかと思うと、自身の顎に向かって強烈な回し蹴りを喰らわせたのである。
予想外の攻撃を喰らったことでジードはスピードを失い、地面の上を滑っていく。

「ジードッ!」

夫に危機を見たルイーダが思わず声を上げた。咄嗟に夫の元へと向かおうとしたものの、哀れな妻の献身はカルロによって阻まれてしまう。カルロはルイーダにも蹴りを喰らわせて、高速の空間から弾き出すことに成功した。
カルロはこのままジードを追い掛けるかと思われたのだが、意外なことに彼が攻撃を行おうと考えたのはルイーダの方であった。
恐らく竜乙女ドラゴニア・メイデンという二つ名を持つルイーダを脅威として認識していたからに違いない。

カルロは高速空間にいたまま自身が手にしていた懐に隠していた予備の短剣を突き立てようとしたが、その前にルイーダが同じ高速魔法を用いて立ち上がったのである。
ルイーダは剣を振り上げながらカルロへと切り掛かっていった。それは彼の握る短剣がルイーダの鼻先へと到達するほんの少し前のことであった。

寸前のところで短剣を弾き飛ばし、そのままカルロへと剣を突き立てようとしていた。本来ならばカルロはこの時死んでいたはずだ。それを救ったのはカルロが被っていた不死鳥の炎から作り上げた兜であった。例え闇の力に呑まれていたとしても不死鳥は持ち主を見捨てなかったらしい。
ルイーダは自身の身に跳ね返った力を前にして顔を苦痛に歪めてしまっていた。
そんなルイーダとは対照的にカルロは余裕を含んだ笑みを見せていた。

ルイーダはこちらを見下ろしているような態度を取るカルロを黙って睨んでいた。そのまま剣を握り締めながら高速空間の中を移動して機会を窺っていたが、カルロは隙を見せようとはしなかった。カルロは焦りを感じている女騎士を見て思わず勝者の笑みを漏らしていた。
この時のカルロは攻守ともに完璧な状態となっていた。全神経をルイーダに向けて研ぎ澄ませ、ルイーダがどこから襲撃してきてもいいように対策を頭の中で練っていたのだ。もしルイーダがこの瞬間にどのような攻撃を仕掛けてきたとしても防ぐ手立てはなかっただろう。

だが、逆にいえば今のカルロはルイーダ以外の襲撃には全く感知できていないという状況になっていたのだ。
この時のカルロに対して非を求めるであればルイーダの夫であるジードのことを忘れていたということだろう。
ジードはカルロの背後からこっそりと忍び寄るなり、背中に向かって勢いよく手に握っていた牙の剣を振り下ろしたのである。咄嗟のことに動揺して次の行動に移れずにいるカルロに対してジードは容赦しなかった。鎧の隙間である脇の下を狙って剣を突き上げたのである。

ルイーダにばかり構っていたということや動揺していたということもあり、普段のカルロならばやらかすはずがないような失態を犯した末にカルロは大きなダメージを負ってその場に倒れ込んでしまった。
カルロが倒れたのを見届けると、ジードは慌ててルイーダの元へと駆け寄っていった。

「ルイーダッ!大丈夫か!?」

「私は大丈夫だ。それよりジード。お前は?」

「オレは平気だ。それよりも早くジェラルドを連れてこの場から抜け出そう」

ジードの言葉にルイーダは黙って首を縦に動かした。高速魔法を一時的に解除し、ジェラルドとその執事を出口へと送り届け自分たちもその場から抜け出そうとした時のことだ。
自分たちの目の前の壁に短剣が飛んだ。背後を振り返ると、そこには憎悪の炎を両目に宿したカルロの姿が見えた。

「…‥待てよ、このままお前たちを行かせるとでも思っているのか?」

「馬鹿な真似はよせ、残り少ない命を更に縮める必要はないはずだ」

ルイーダは窘めるように言ったが、相手は聞く耳を持たなかった。

「いいや、オレはやるッ!かくなる上は貴様らを道連れにして華々しく散ってやるわッ!」

やけになったと思われるカルロはあちこちに火炎を飛ばし、辺りの工場一帯を焼き尽くそうとしていた。
実際にカルロの思惑はあたり、工場からは失火が相次いでいた。恐らく工場全体が丸焼けになってしまうのも時間の問題だろう。逃げようとしたとしてもカルロが許さないに違いない。
そうした事情もあって、ルイーダはカルロが投げ付けた決闘状を受け入れ、最後の決闘を受け入れるより他になかった。

ルイーダは剣を構えると、夫であるジードに奥で気を失っているレンツ社の社長ヨセフを救い出すように指示を出してその場から離れさせた。
時間に関しては心配する必要はなかった。高速空間ならば火は遅く感じられる。その中ならば長い時間をかけて戦うことができた。

ジードがやっとの思いで崩落した設備の下で下敷きになっていたヨセフを救い出し、ルイーダの側を走った時もまだ元の空間にいないので心配するほどであった。それ故上手く外へと脱出した後でも心配して妻の元へと駆け付けていったのである。

「ルイーダッ!」

ジードは妻の名を叫んでから高速空間の中へと足を踏み入れ、繰り返されている激しい戦いの中へと参入したのである。
二対一という不利な状況且つ満身創痍という状況であったにも関わらず、カルロはよく奮戦していた。ルイーダによればカルロが戦う様は落城前の騎士が勝てもしない大軍を相手にする騎士と同じ心境らしい。実際二人はあちらこちらへと降り掛かる火炎に怯えたものだ。

それでも体が追い付かなかったのか、疲労困憊で剣を大きく振った際に生じた隙をついたルイーダによって首を刎ねられてしまった。首ごと体が業火の中へと包み込まれたことで戦いはようやく終わりを告げたのである。
二人は高速魔法を維持したまま外へと抜け出し、ようやく出口にまで辿り着いたがそこが限界だった。体力の限界に耐え切れず二人は仰向けの姿勢で地面の上へと倒れ込んでしまった。

意識を失った二人には入り口に避難していたと思われるジェラルドの声だけが響いていたが、やがて意識が遠のいていくにつれてそれすらも聞こえなくなってしまった。













レンツ社で引き起こされた騒動を近隣住民たちから聞き付けた街の警察官たちが駆け付けたのは騒動が引き起こされてから50分という長い時間が過ぎてからのことであった。
首都に比べ電話などが発達していないということもあって、伝達の情報が遅くなってしまったことで出動が遅れてしまったことによってレンツ社へと駆け付けようとした警察官たちの顔は青ざめていた。もし国賓として招いているジェラルドの身に万が一のことがあれば署長の首が飛ぶだけでは済まない。

下手をすればガレリアと長靴の王国との外交関係にも発展しかねないのだ。更に運が悪ければ同盟関係の見直しやガレリアと長靴の王国との間に亀裂が生じて軍事衝突が発生してしまいかねない。そうなった場合に彼らに責任は取れないのだ。
そのようなことにならないことを祈りつつ地方の警察署としては持てるだけの戦力を駆り出し、レンツ社の工場へと向かって行ったのだ。

二人乗りのサイドカーが付いたバイクやT字型のサイレンが付いた最新式のパトカーに平和ボケしていた地方の僅かな警察官たちが乗っていたが、その誰もが万が一の事態を想像して頼りになりそうにはなかった。

それでも彼らは勇気を振り絞って銃を構えながらレンツ社の工場の中へと雪崩れ込むように突入しようとしていた時のことだ。入り口の近くジェラルドと思われる人当たりの良さそうな顔をした青年とに執事と思われる男性が意識を失って眠りこけている二人の男女に対して涙ながらの呼び掛けを行っていたのである。

駆け付けた警察官たちはボロボロになっていた二人をパトカーで病院にまで送り届けることに決めた。満身創痍の二人をジェラルドから預かると、警官たちは二人の男女を優しく丁寧にパトカーの後部座席に乗せて病院へと向かって行った。
二人を乗せたパトカーが去っていくのを見届けてから署長はジェラルドの前に立って、深々と頭を下げた。

「申し訳ありませんッ!私どもの不届きによって殿下を危険な目に遭わせてしまうとは……なんとお詫びをしてよいのやら」

「構わぬ。それよりもあの二人は無事なのか?」

「えぇ、パトカーで運んでおりますのですぐに病院に着くでしょう。殿下のお抱えになられている忠義者は無事でしょう」

「そうか、それはよかった。あの二人は助かるのだな」

ジェラルドが放った言葉に嘘偽りはなかった。彼は純粋に心の底から自分を命懸けで守ってくれた二人の身を案じていたのである。署長もそれを分かっていたのか、慈父のような穏やかな目でジェラルドを見守っていた。
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