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護衛編

騎士道に基づく救済策

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悪霊に取り憑かれたジードを突き動かしていたのは他でもない嫉妬の感情であった。ジードは妻の心を奪ったジェラルドの存在が憎かったのだ。
自分は絶対に持ち合わせていない王としての器。由緒正しい家柄にそれに釣り合う慈悲深さ。騎士である妻がジェラルドに心を惹かれて取られてしまうのは時間の問題なのではないかと密かに胸の内で焦りを感じていたことが要因だ。
無論ルイーダにはそんな意図がなかったのにも関わらず、勝手に危機を生み出してしまったが故に彼は大きな声を張り上げ、両手に剣を握るとそれをメチャクチャに振り回しながらルイーダの元へと向かっていったのだ。
そんな獣のようになってしまった夫をルイーダは真剣な表情を浮かべながら受け止めた。

「落ち着けジード。お前に何があったのかはわからないが、闇の力に飲み込まれた時点で全ては終わりなんだ」

ルイーダの言葉は正論だ。世の中には憎しみや復讐という大義名分で闇の力に呑まれてしまった人は大勢いる。両手でも数え切れないだろう。そうした人々が悲しい事件を引き起こしてしまうことも知っている。それでもルイーダは騎士としてそうした姑息な手段に出る人物たちを相手には強い態度で出ることが多かった。
人々を守る騎士として闇の力に呑まれた人を放っておくわけにはいかないというのが彼女の理屈である。それでもルイーダにとって今闇の力に呑まれているのは自分の夫だ。例え騎士としての言い分があったとしても容易に動くわけにはいかなかった。

だが、それでもこれ以上ジェラルドに危害を加えようとするのであれば容赦するつもりはなかった。
ルイーダは自らの剣でジードの剣を強引に弾くと、自身の剣に光を纏わせて斬りかかっていく。真正面から勢いよく剣を振り下ろしていったのだが、ジードはその剣を両手に握る二本の剣で防いだのである。
ルイーダは戦闘の最中であるにも関わらず、自身の剣を難なく受け止められることができるようになった夫の成長ぶりに思わず表情を和らげてしまった。後から思えばそれが油断に繋がったのかもしれない。ジードはルイーダの剣を弾き飛ばし、彼女に尻をつかせると、飛び上がって真上から勢いよく剣を振り上げていったのである。ルイーダは慌てて起き上がり、自らの剣を盾にしてジードの攻撃を防いだ。

それからしばらくの間は互いに剣を擦り合わせ、互いに歯を軋ませながら刃越しに見える姿を睨んでいた。互いの戦力が拮抗しているためか決着は着きそうになかった。
それを見ていたジェラルドとカルロは当初こそ戦いの様子を見守るばかりであったが、次第に痺れを切らしたのか、ジェラルドはルイーダに、カルロはジードへと歩み寄ろうとしていた。

ルイーダの剣がジードの剣を弾いたのはちょうど二人がそれぞれの味方へと辿り着こうとしていた矢先の頃合いであった。どちらも勢いよく互いの武器を弾いたためか、体が後方に向かって勢いよく飛び、それぞれの味方に体を預けられることになった。
咄嗟に抱き抱えられたルイーダをジェラルドは優しい声で励ましていた。

「大丈夫か?ルイーダ?」

「……問題はありません。今のところは……まだ」

ルイーダはジェラルドに言葉を返した時、自身の声がいつもより途切れ途切れになっていることに気が付いた。先ほどのヨセフとの戦いも重なり、既に疲労が溜まりかけているのかもしれない。

ジェラルドの元から離れ、再びジードと事を構えるため上半身を起こした時のことだ。自分と同じようにカルロから上半身を起こしていたジードに異変が見受けられた。先ほどまで猛威を振るっていたはずのジードが突然苦しみ出すような様子を見せていたのだ。
これにはルイーダもジェラルドも目を丸くするより他になかった。唯一狼狽していたのは唯一の味方を失いそうになっていたカルロであった。

「おいッ!しっかりしろッ!何があった!?」

ジードは答えなかった。代わりに大きな唸り声を上げ、味方であるはずのカルロに向かって斬りかかっていったのである。カルロは焦った様子でジードの剣を交わしながら彼の腹部を勢いよく蹴り飛ばしたことでようやく難を逃れたのであった。

カルロは息を切らしながら、

「……バカものがッ!貴様の敵はオレではない。そこにいるバカ王子と盲目な愛に溺れる女騎士だッ!」

と、相手への憎しみを浴びせることによってジードを奮い立たせたのである。

しかし言葉だけでは足りなかったのか、まだその場で立ち止まっていたジードの臀部を勢いよく蹴り飛ばし、強制的に戦闘の場へと赴かせたのである。
ジードはまたしても野獣のような咆哮をあげてルイーダの元へと向かっていくのであった。
一方で自身の元へと迫り来る夫を迎え撃とうとしていたルイーダの中には一つの思いが芽生えていた。それはあと少しで自身の夫に取り憑いた負のエネルギーをふるい落とせるのではないのかという思いだ。それは味方であるはずのカルロへと斬りかかったことが証明していた。

恐らくジード自身も闇の力から脱却したいのだ。それは難しい話なのかもしれないが、それでもジードは自らの身に降り掛かった災難から逃れようともがき苦しんでいるに違いない。
ならば今の自分が取る道は一つしかない。ジードの想いを受け取り、闇の力から解放してやることだ。
ルイーダは剣を構えながら自身の元へと斬りかかろうとしていたジードを迎え撃ったのである。

お互いの剣と剣がぶつかり合い、激しい斬り合い繰り返していく。そんな状況にあってもルイーダは笑みを絶やさなかった。
傍目から見ていたジェラルドは気でも狂ったのかと勘違いするほどであったが、それは大きな誤解である。ルイーダは戦っていくうちに夫を元に戻せるという確信を得たからこそ笑っていられたのだ。
お互いの腕は互角。そこにルイーダは勝機を見出していた。狙いはジードと自分との間の距離が近くなってからだ。

ルイーダは勢い余って、ジードが顔を覗かせる瞬間を狙っていた。そのため剣を振るう時もわざと顔を近付けさせていたのだ。
ルイーダの狙いはあたり、ジードは狂ったような叫び声を上げながらルイーダへと顔を近付けていた。
ルイーダはその隙を狙って、剣を地面の下に投げ捨てたかと思うと、その顔を勢いよく殴り付けたのだ。街でよく見る恋人たちや夫婦のうち女性側が喧嘩の時に出すような軽い平手打ちではない。拳を握り締めて放つ強烈な一撃で男同士が喧嘩で使うようなものだ。もちろんヨハンを殴った時と同様に光魔法は忘れていない。ジードは右頬に強力な一撃を喰らってしまったのだから彼に降り掛かったダメージというのは相当なのものだろう。

ジードは悲鳴を上げながら地面の上へと倒れ込む。ルイーダは剣を拾い上げるのと同時にジードの背後で今にも動き出しそうにしているカルロに剣先を突き付けながら倒れてしまったジードの元に着くと視線を合わせるために腰を下げた。

それからジードと目線を合わせると、剣を利き手からもう片方の手へと持ち替え、その両頬に向かって今度は平手打ちを繰り出したのであった。それも一度ではない。二度、三度と往復だった。
いわゆる往復ビンタを喰らったことでジードの体からはヨハンと同様に悪霊が飛び、元の人格を取り戻したのである。

「あれ、オレは何を?」

「悪霊に取り憑かれて暴走していたんだ。危なかったな。私がついていなければお前は殿下を危険に晒すところだったんだぞ」

それを聞いたジードは申し訳なさそうに頭をかいていた。

「……それは悪かったな」

「なぁに、悪いのはお前じゃない。本当に悪いのはあそこで腕を組んで、私たちを見つめてるあの男とそいつに取り憑いている悪霊とやらだ」

ルイーダは両目を尖らせ、青白い眼光を宿すと自分とジードを黙って見つめていたカルロを睨んでいた。
ジードはしばらくカルロを何も言わずに睨んでいたが、やがて体を起こし、新たに作り出した牙の剣を突き付けながら言った。

「随分とオレの心を弄んでくれたようなじゃあないか。その礼をさせてもらうぜ」

「ほざくな。貴様らがいくら群れたところでこのオレに勝てるはずがないだろう」

カルロは心の底からの雄叫びを上げたかと思うと、自らの利き手に火炎を纏わせていく。すると火炎が剣の形状となっていき、やがて固定され剣そのものになったのである。見た目は火山などで見受けられる火炎がそのまま剣の姿へと変貌したようなものとでもいったほうがいいかもしれない。
いずれにしろ警戒しておく必要があるだろう。ルイーダとジードが互いに肩を寄せ合いながら武器を構えていると、カルロの姿が消えたことに気が付いた。

その瞬間ルイーダは相手が高速魔法もしくは擬似高速魔法を使用したことを察した。遅れを取ってしまったが、こちらも使うしかない。ルイーダとジードが高速魔法を使用した時には既に目と鼻の先にまでカルロが迫っていた。
カルロはジードに向かって火炎攻撃を、ルイーダに向かって剣を振り上げていたところであった。攻撃が当たる直前に同じ空間へと足を踏み入れたことは不幸中の幸いであった。

ルイーダは真正面から迫る剣を自らの剣で防ぎ、ジードは慌てて別方向へと逸れることで難を逃れることに成功したのである。そこからは挟み撃ちだ。
ルイーダが前で剣を構え、ジードが背後に回り、剣を突き刺そうとしていた。
だが、カルロはそれを見抜いていたらしい。いきなりルイーダに背を向けたかと思うと、背後から迫ろうとしていたジードに向かって剣を振おうとしていたのだ。

ジードは慌てて背後へと飛び去った。それから今度はルイーダの方へと向き直り、掌の中にドス黒い炎を作り上げたかと思うと、それをルイーダに向けていく。大きな黒い火炎がルイーダへと向かおうとしていた。
ルイーダはそれに対して自らに与えられた竜の炎を作り出して対抗していく。炎と炎とがぶつかり合っていき、その凄まじい熱が生じていった。
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