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護衛編

最悪の敵が生まれた時

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ヨセフとの戦いを続けていく中で、ルイーダは自分の体力が削られていくのを実感していた。ルイーダは自他と共に認める最強の騎士である。しかしいかに騎士といえどもいくら攻撃を行なっても触手を使って防がれてしまうようではいささか部が悪いのかもしれない。ルイーダは徐々に自分の息が切れてきたことに気が付いた。体力も随分とすり減らしてしまったのかもしれない。それに対比するかのように目の前の男は元気な様子を見せていた。勢いよく壁を破壊し、足を大きく鳴らして時鳴らしを行う。そんな姿を見せていたのだ。

不味い。ここは体力の限界が来る前に一刻も早く決着を付けなくてはなるまい。
高速魔法を使おうかという考えが頭の中に過ぎる。ルイーダはその考えを自身の考えでありながらも妙案だと絶賛していた。相手よりも先に高速魔法を使えば不意打ちを行うことができるし、運が良ければ致命傷を与えることができる。
そこまでのことを頭の中で思案していたルイーダは目眩しと不意打ち攻撃用の魔法を兼ねて、自身の剣へと漆黒の炎を纏わせていく。ファヴニールが繰り出す伝説の炎だ。それを見たヨセフがニヤリと笑う。

『相手にとって不足なし』とでも言いたいのだろう。だが、ルイーダが最初に使うの予定の魔法は炎ではなく高速魔法である。
ヨセフが炎を纏わせた剣とそれを操るルイーダを迎え撃つため触手を更に多くの触手を背中から生やしていた。自身の特攻に備えている様子を見ていたルイーダはこれを絶好の機会として存分に活用することを決めた。ルイーダは高速魔法を使用し、加速に付いていけず立ち止まっているヨセフの真上から剣を振り下ろしていく。

漆黒の炎を纏わせた剣ならばヨセフの首を難なく跳ね飛ばせるはずだ。ルイーダが確信めいた笑みを浮かべていた時だ。
止まっていたはずのヨセフの触手が高速空間の中で勢いよく伸びたかと思うと、ルイーダの腹部を勢いよく殴り付けたのである。ルイーダは唸り声を上げながら地面の下へと落ちていった。

「ば、バカな……どうして」

ルイーダはよろめい体を起こしながらヨセフへと問い掛けた。

「知りたいか?ならば教えてやろう。貴様の動きなどおれにはお見通しなんだ」

「なぜわかる?」

ルイーダは圧を含んだ声でもう一度問い掛けた。普通であったら圧を掛けられれば不愉快にもなるだろうが、ヨセフはルイーダの行動を寛容な笑みをもって許した。そればかりか、彼女の疑問にすら答えてやった。

「きみの動きが手に取るように分かる理由は私が人間というものを超えた存在となったからだ。人間を超えた存在であるからこそ、私はきみの動きが手に取るように分かるのさ」

「……ご高説感謝する。なるほど、そこまで超常的な力を持って臨まれたのならば私も勝つのは難しいかもしれんな」

ルイーダは投げやりな態度で言った。かと思うと、剣を地面の上に置いて、両目を閉じて地面の上で足を組む。いわゆるあぐらの姿勢である。両足を組み、あぐらの姿勢を取ることで無抵抗であることを表明しているのだ。ヨセフはこの時勝利を確信した。自身の脳裏には昨日の声が警戒の声を上げていたが、ヨセフはそれを無視して止めを刺すことにしていた。目の前にいる女騎士はその評判の通り高潔な精神を持って戦いに臨もうとしていたのだ。その精神を気に入ったのだ。

ヨセフは自身の体体していた触手の先端を槍のように尖らせたかと思うと、至近距離でルイーダを始末するためあぐらの姿勢を取っているルイーダの元へと迫っていったのである。
だが、それこそがルイーダの取った罠であった。ルイーダは苦肉の策として相手の油断を誘う作戦に打って出たのだ。騎士の名誉が汚れる汚名を背負った上での勝負だった。あぐらを組んで相手が近付くの待つ中でルイーダは頭の中で湧き上がる非難の声を『忠義』という言葉で押し留めていた。ルイーダからすれば騎士の名誉とジェラルドを守るということの天秤をかけた末での大勝負であったのだ。

問題は奇襲作戦が成功するかどうかだった。ヨセフの足音が近付くにつれてルイーダの緊張が高まっていく。だが、ヨセフが自身の目と鼻の先の距離まで差し迫った時、ルイーダの中にある緊張の糸が解れ、勢いよく立ち上がったかと思うと、光の魔法を纏わせた拳ですヨセフの両頬を思いっきり殴り飛ばしたのである。その瞬間ヨセフの体は殴り飛ばされた衝撃で宙を舞った。そして地面の上に落ちる前のわずかな間の時間で眩い光に包まれていく。ヨセフは突然目の前で発生した光によって生じることになった眩しさと目を潰されることになった混乱のために大きな悲鳴を上げていた。

この時割を喰らったのはヨセフに取り憑いていた怪物である。ヨセフは光の魔法を喰らっても混乱が生じるだけで済んだのだが、怪物だけはそうはいかなかったらしい。ヨセフの体から黒い塊が抜け出していっていた。ヨセフの体から抜け出ようてしていた黒い塊はこの世のありとあらゆる邪気や穢れを背負い肥大したかのような嫌悪感と恐怖心を煽られるような悍ましいものであった。
見ていて思わず嫌悪感を煽られてしまうような黒い塊からは言葉にならないような悲鳴が上がっていく。まるで、この世のありとあらゆる苦しみが黒い塊へとのしかかってしまったかのようであった。

その様を見てルイーダは思わず、

「……凄まじい。まさか、これだけの邪気を秘めたものがこの世界に眠っていたとはな」

と、漏らしてしまった。
ルイーダは己の光魔法を喰らって天空へと昇っていく悪鬼を唖然とした様子で眺めていたが、天へと消え去ったところでようやく正気を取り戻したのである。こうしてはいられない。一刻も早くジードと共にあの不死鳥の鎧を身に纏った相手を倒さなくてはならないのだ。ルイーダは地面の上に落ちた剣を拾い上げると、そのまま剣を携えながら入り口の方へと向かっていった。







ルイーダがヨセフに勝利を収めたのと殆ど同じ頃、入り口の方ではすっかりと闇の蹄メフィストによって洗脳されてしまったジードが、

「ウォォォォォォ~ン!!」

と、まるで獣のような雄叫び声を上げていた。

その声を聞いて足を下げてしまったのはジェラルドである。耳が裂けそうになるほどの大きな声を発しているのは先ほどまで自分を守ってくれていたジードが発しているのだ。
ジェラルドは今の自分が陥っている絶望的な状況が受け入れられずにいた。

だが、すっかりと闇の蹄メフィストの力に取り込まれてしまったジードの姿を見るに信じざるを得なかった。ジェラルドは恐怖に身を震わせながら見つめていた。そんなジェラルドに向かってジードは躊躇うことなく剣を構えながら突っ込んでいく。もう少しでジードの剣の切っ先がジェラルドの額へと突き刺さっていこうとした時のことだ。

ジードの切っ先の前に一本の鋭い刃がカチ当たり、ジードの剣を弾き飛ばしたのである。これによって寸前のところでジードの剣は止められ、結果的にジェラルドに剣が当たることはなかった。

「ジードッ!お前ッ!殿下に何をしようとしていた!?」

やっとの思いで入り口へと辿り着いたルイーダは夫の変貌ぶりに思わず声を荒げたが、肝心の夫は答える気がないらしい。虚な目と弱々しい声でぶつぶつとジェラルドに向かって呪詛の言葉を吐き捨てていた。
ルイーダはそんなジードに向かって剣を突き付けながら事の次第を問い掛けようとしたが、ジードはルイーダの問い掛けを無視してジェラルドの抹殺を続けていく。このままでは埒があかない。

レンツ社の社長のように光魔法を喰らわせた拳を放ってやろうかとも考えたが、今のジードは剣を闇雲に振り回すばかりで、手のつけようがなかった。闇に呑まれてしまうというのは厄介なものである。ルイーダが呆れたようにため息を吐いていると、ジードがその隙を突いてルイーダの手から剣を落とさせた。

「し、しまったッ!」

ルイーダは慌てて剣を取ろうとしたが、ジードはそれを許さなかった。剣を拾い上げようとしたルイーダの首先に剣を突き付けたのである。
それを見たルイーダは両目を細め、目の中に青白い光を宿したが、それも最初だけだ。ルイーダは何を思ったのか、乾いた笑みを浮かべながら自分の夫に向かって言った。

「私の負けだ。腕を上げたなジード」

だが、ジードは答えない。無言でルイーダを見下ろしている。そんなジードを無視してルイーダは一人で話し続けていた。

「覚えているか?ジード。最初に出会った時のお前はすごく弱虫だった。私にも片手で負けるほどだ」

それを聞いたジードの手が微かに震えた。この時ジェラルドにはその姿を見たルイーダが確信めいた笑みを浮かべているのが見えた。
そしてルイーダから笑みが見えた瞬間にジェラルドは彼女の意図を察したのである。ルイーダは思い出話を取り上げ、ジードを説得するつもりであるのだ。そうでなければわざわざそんな話をこの場でする必要がないからだ。

ジェラルドがルイーダの策士ぶりに舌を巻いていた時のことだ。突然ジードの背後に控えていたカルロがクックッと笑い出していく。
そのカルロに対してルイーダは目尻を釣り上げながら問い掛けた。

「何かおかしいことでもあるのか?」

「クックッ、これは失礼。なにせきみの作戦があまりにもその意味をなさないものだからさ」

「……どういうことだ?」

ルイーダは眉根を寄せながらもう一度問い掛けた。明らかに不機嫌な様子を見せるルイーダを煽るように調子の良い声で答えた。

「どうしたも何も闇の力の前ではそんなことは無意味だからさ」

カルロの言葉は正しかった。ルイーダが慌ててジードの方を見ると、ジードが無言で自分に向かって剣を振り下ろしていく姿が見えたのがその証拠ともいえた。
ルイーダは身を翻すことでジードの剣を回避したが、ジードは野獣のような雄叫びを上げながらルイーダの元へと向かってきたのであった。
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