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護衛編

不死鳥の力を身に付けた男

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ホテルの中では長い戦いが続いていたが、不意にカールは向きを変えて高速魔法のままホテルを飛び出していく。
何が起きたのか理解できず、魔法を解除するルイーダたちを他所にカールはホテルの外へと向かって必死に足を動かしていた。
謀られた。外にいるのは奴だ。カールは己の身に起きたことを自覚して魔法の動きを早めていく。

頭の中で多くの疑問や意見が湧き上がっていくが、最終的な結論としてはカールは囮に過ぎなかったということだけが理解できた。
真の目的はカールが暴れている隙を狙い、ジェラルドの命を狙うことにあった。

だが、囮であるという事実を知らなかったカールは本気でジェラルドたちを始末するつもりでいたのである。
当然だ。カールはアクロニアの諜報部から何も聞かされていないのだから。
また、アクロニアの諜報部もカールを始末するつもりやまして囮作戦などを容認していたはずがない。
当然である。カールは破壊工作員としては有能な人物だ。そのカールを犠牲にすれば今後の損失はあまりにも大きい。

そのことを踏まえれば味方であるカールを焼き殺そうとは普通は考え付かない。
だが、カールを敵としか認識していないカイロ・スカイラインという男だけは別であった。
彼は自らの確執を解消するというただそれだけの理由で囮作戦を単独実行したのである。

作戦の一端としてホテルの入り口の前へと立った時、カイロの頭の中にはカールとの嫌な記憶ばかりが思い浮かんでいく。
元々工作員養成学校でカイロとカールは同期であった。養成学校在学中から性格が合わなかったのか、仲は険悪であった。
そんな二人の仲を決定的に引き裂いたのはある時少しでもお互いの仲が近寄ることができればとカイロがレストランへと打ち上げに誘った時のことであった。

皮肉にもその時カイロが誘ったのは標的であるジェラルド王子が所属する長靴の王国の料理を提供するレストランであった。
食事そのものは穏やかに進んだのだが、問題は帰り道のことであった。
寮へと帰る近道として二人は路地裏へと寄ったのだが、その時に五、六人のチンピラたちに絡まれてしまったのだった。
柄の悪い男たちで喧嘩慣れもしていたのだろうが、殺しのプロである二人に敵うはずがなかった。

二人の手によってあっという間に叩きのめされ、地面の上へと転がっていく。
カイロは地面の上で苦しむチンピラたちを見下ろしながら下衆じみた笑みを浮かべる。
チンピラが相手であるのならば殺してもお咎めはないだろう。

カイロは掌の中に炎を浮かべていく。試しに出した小さな炎であったが、それでも夜道を照らす街灯に匹敵するほどの大きさを誇る炎であった。
カイロは炎を出したまま掌を宙の上へと掲げた。
同時に掌から生じた炎が宙の上へと登っていき、真下にいるカイロへと降り注いでいく。

てっきり炎の中に包み込まれるかと思われたカイロであったが、炎は器用にもカイロを避けていく。
かと思うと、地面の上に落ちた炎が浮かんでカイロの周りを飛び交う。
そしてそのまま火の粉が鎧のようにカイロの体へと纏わりついていく。

いや、それは鎧そのものであった。カイロは炎の鎧を纏ったまま腰を抜かしたチンピラたちの元へと向かっていた。
既に戦意を喪失していようが、命乞いをしようがカイロとしては何も躊躇うことなく命を奪うことに決めていた。

カイロが扱う炎は多種多様な動きを見せ、器用なものも作ることができたが、チンピラ如きにそんなものを見せるのは勿体ない。
それ故にそのまま焼き殺そうとしたのだが、その手をカールによって止められてしまう。
カイロは有無を言わさずに止めたカールを一度睨み付けてから、乱暴に腕を払い、今度はその掌をカールへと向ける。

「貴様なんのつもりだ?おれが手柄を立てる機会を奪うつもりか?」

「殺す必要はないだけだ。こいつらは警察に引き渡せばいい」

「冗談だろッ!」

普段のカールからは想像もできないような緩い発言を聞いてカイロは思わず素っ頓狂な声で叫んでしまっていた。
カールは調子が崩れたカイロを目の当たりにしても眉一つ動かしはしなかった。
カイロが両手と肩口をブルブルと震わせているのとは対照的であったともいえる。
カールは怒りに震えたカイロを無理やり蹴飛ばし、自分の前から強制的に離させるとカイロを労わる様子も見せずチンピラたちを助けに向かったのだ。

そうしてお節介にもチンピラに向かって手を差し伸べるカールの背中をカイロは黙って睨んでいた。
カイロはそれまでのことを思い返しながらレストランの入り口の前に立つと、自身の体へと炎を纏わせていく。
凝固した炎の鎧を身に纏った騎士の誕生である。

だが、騎士道小説に登場する騎士とは異なるのは騎士道小説に登場する騎士たちが己の正義感や倫理観、あるいは騎士道精神という理念を持って行動しているのに対しカイロは己の浅ましい確執を終わらせるためだけに動いているに過ぎなかった。
その姿は高潔な騎士たちとは比較にもならない。

側から見れば浅ましい精神であったカイロだったが、彼は口元に勝ち誇ったような笑みを浮かべて滞在先のレストランへ向けて炎を放とうとした。
その時のことである。背後に気配を感じたのだ。慌てて振り返ろうとしたものの、首元に鋭利な刃物を突き付けられているため首を動かせばその刃物に首を傷付けられてしまう。
そのためカイロは振り向くことができなかった。

「お、お前は誰だ?なんの目的でおれにこんなことをする」

「……そいつはお前さんが一番よく知っているはずじゃあないのか?カイロ」

「……その声はカールか」

どうやらカールは自分の存在に勘付いたらしい。恐らくホテルからここまでは高速魔法を使ってやってきたのだろう。
野生動物のように鋭い勘は見事であるとしかいいようがない。
カイロがそのことを素直に伝えてもカールはフンと笑う。

「貴様に褒められても嬉しくはないな。それより貴様に聞きたい」

「な、なんだよ」

「貴様はおれを敵もろとも焼き殺そうとしたな?それはどういう了見なんだい?え?」

有無を言わせない圧を感じたカイロは理解した。下手な言い訳はできない。下手な言い訳を口にした瞬間に自分はナイフで首を切り裂かれてしまう、と。
かといってありのままの事情を述べてしまえば首元をナイフで切り裂かれかねない。
そのため返答に困ったカイロはしばらく口を噤んでいたが、カールから短剣を突き付けられて急かされたことによって何かを言葉を口にしなくてはならない事態へと陥ってしまった。

「わ、わかった。あれは誤解なんだよ。上からお前がホテルにいることは知らされていなかったんだッ!」

「本当か?」

カールは訝しげな目で問い掛ける。疑うのも無理はない。
だが、上からの指示があったという言葉を使って誤魔化すより他にない。
カイロが困ったように力のない声でアハハと笑っていると、扉からカールを追ってきたと思われる少年少女の姿が見えた。
どちらも目鼻立ちがよく、まるで映画スターがスクリーンから現実へと降りてきたような美しい顔をしていた。

思わず感嘆をつきたくなるような素晴らしい容姿をしていたが、その手には剣という物騒なものが握られていた。
カイロとしては時間が許すつもりならばずっと見つめていたかったのだが、

「なるほど、あいつが出て行った理由がわかったな」

「つまり仲違いしたんで、オレたちには構っていられなくなったというのがことの真相だというのか」

と、ここにきて二人が自分の放った言い訳が壊れかねないようなことを言い始めたので放っては置けなくなった。
すぐにでも二人を始末しなくてはならないところであったが、生憎とカールが自身の首元をガッチリと絞めているので容易に抜けられそうにはなかった。
カールが隙でも見せれば話は別だろうが、生憎とそんなことにはならない。

このまま二人の言葉を放っておくしかないのだろうかと冷や汗を流していた時のことだ。
カールがカイロから手を離したのだ。
これは絶好の機会だ。そう思って高速魔法を使用しようと目論んだ時のことであった。

カールから勢いよく背中を貫かれたのだ。もちろん魔法を使う前なので逃げることは叶わなかった。
ただ力を抜けながら地面の上へと倒れ込む。

「がっ……き、貴様!?自分が何をしたのかわかっているのか!?」

「むしろそれを言いたいのはおれの方だ。貴様は敵ごとおれに向かって炎を喰らわせようとしていたな?おれが外の妙な気配に勘付かなければおれも焼き殺されるところだったんだ。そのことについて何か言いたことはあるか?」

「……呪われやがれクソッタレ」

カールは返答が不愉快だったのか、カイロの顔を思いっきり蹴り飛ばした。
それでも立ち上がることができたのはカイロがプロであったからだろう。
カイロは高速魔法を活用し慌ててその場を逃れた。
カールはカイロの逃亡を察すると大きく舌を打ち、カイロが逃げ出した方向を追っていく。

どうやら今日のところは追跡どころではないらしい。
拘束魔法にこそ劣るものの野生動物を思わせるような素早さでカイロを追いかけていくカールを見て、二人の勇者は思わず胸を撫で下ろした。

今日の二人はカールとの死闘で気力を使い果たしており、既に厭戦状態にあったのでこの判断はありがたいものであった。
二人は礼儀も忘れて地面の上へと座り込んだ。
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