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護衛編

最強の暗殺者は如何にして動揺へと陥ったか

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二人の剣を難なく受け止めることができたのは流石はカールだ、というべきだろうか。
もし、どこかにこの男が最強であることを疑問視する人物がいれば剣を受け止めた二人が堂々とそれ否定したに違いない。
ルイーダとジードは共に自らの剣で大きなハルバードから繰り出される斧刃を防ぎながらそんなことを考えていた。

二人はくだらないことを考えていれば気が紛れるかと思って戦っていたが、斧刃の重量は凄まじいものであった。
攻撃を防ぐたびに腕がビリビリと鳴ってしまうことによって現実逃避は失敗し、二人は目の前から迫り来る脅威に真正面から向き合う必要があった。
そしてそのまま耐え切れなくなってしまい二人の刃は戦斧から離れてしまった。

慌てて距離を取ってからは先ほどと対照的にバラバラという形で互いの得物を構えながら挑むことになったものの、力の強さは向こうのほうが上であった。
もう一度今度は左右から剣を構えながら挑んでみたが、結果は同じであった。戦斧によって惨めな姿で吹き飛ばされるだけである。
このまま終わりのように思われたが、ルイーダは吹き飛ばされていく家庭において最強の男のことについて考えていた。

男の使用している魔法は肉体強化系の魔法であることは間違いない。
ルイーダは一千年前と現在までにおける戦いの経験からしっかりとそのことを見抜いていた。
戦斧を握る腕の中へと強力な力が込められていることを見抜いたのだ。
ルイーダはジードの元へと近寄り、そのことを伝えた。

「…‥厄介な魔法だな。クソッタレ」

「どうする?肉体強化魔法なら戦いが長引けば長くほど不利になるぜ」

ジードの言葉を聞いたルイーダは黙って首を縦へと動かす。
その顔は打つ手がないといわんばかりに沈んだ表情を浮かべていた。
例えるのならばどうしようもない絶望の表情とでもいうべきだろうか。

ジードが絶望のため堪らなくなり、顔を背けた時だ。
不意にルイーダの姿が目の前から消えた。恐らくルイーダは高速魔法を用いたのだろう。

それ故にジードからは唐突に妻の姿が消えたように見えたのだ。
同時に最強の男も姿を消していた。恐らく二人とも現在のところは高速の中で動いているのだろう。

ジードが分からなかったのは打つ手がないと言わんばかりに青い顔をしていたルイーダが高速魔法を使って男へと襲い掛かってしまったのかということだ。
普段の冷戦沈着なルイーダからは想像もできないような愚挙であった。

ジードは二人が高速空間の中で戦う中、ただ一人普通の場所に取り残される中でルイーダが無謀な行動へと陥ったのかを思案していた。
通常であるのならばこのような無駄のことを考えている暇はないはずだ。

だが、高速空間の中で戦っていると思われる二人の間に今更高速魔法を使って出入りするような隙はない。
それ故に長い時間をかけて妻の突発的な行動を考えるような時間が生まれていたのだ。
ジードは長らく考えた末にルイーダは敢えて戦いの道に走ることでその中で何か良い考えが思い浮かぶのだろうと結論付けた。

そうでもなければ説明がつかないような気がした。
と、ここでルイーダが高速空間の中で敗れて白いテーブルクロスの掛かった机の上へと倒れ込む姿が見受けられた。
剣を杖の代わりにして起き上がろうとしていたが、カールはそれを許さない。
ルイーダへと向かって戦斧を振り上げていく。

「させるかッ!」

ジードは高速魔法を用いて背後へと襲い掛かり、その背中を真っ二つにしようと目論む。
この時カールは高速魔法を使用していなかった。それ故楽に仕留められるのだとばかり思い込んでいた。

しかしその考えは大きな誤算であった。カールは自身に向かって殺気が差し迫っていることを肌で感じると、そのまま高速魔法を用いて逆にジードの背後を取った。
ジードは慌てて振り返り相手の戦斧を剣で防ぐ。

だが、相手の魔法故か次々と重くなっていく戦斧を相手に腕が耐えきれなくなってしまったのだろう。
気が付けば剣を両手から離してしまっていた。

「あっ、し、しまったッ!」

ジードがたまらず悲鳴を上げた隙にカールが戦斧を振り上げた。
既に狙いは定まっている。ジードの首である。カールは古の死刑執行官のように戦斧で首を斬り落とす算段となっているのだ。
この時ジードが古の絵画に描かれた首を刎ねられた罪人のようにならなかったのはたまたま機転をきかせて空いていた腹に向かって強烈な蹴りを喰らわせていたからである。

カールは時間にしてほんの一瞬ではあるものの悶え苦しむ様子を見せた。
これまでは見ることができなかったような顔である。
この時上手く反撃に転ずることができなかったのはジードがこの寸前に剣を奪われて新しく剣を生成せねばならなかったからだ。

もしジードがこの隙を利用して反撃に転じていたとするのならばこの後に続く結果も大きく変わっていたに違いない。
とにかく事情はなんであれジードは反撃の機会を喪失した。それだけのことである。

カールは腹に食らった痛みから立ち直り、ジードに向かって一心不乱に戦斧を振るっていく。
まるで狂った獣だ。手が付けられない。ただでさえ強いものが理性を失うまで暴れ続けるとなれば打つ手がないように思われた。

下手に小細工を行わなず全力で叩き込んでくる相手というのが一番性質が悪いのかもしれない。
ジードがそんなことを考えていると、それまでカールの戦斧の猛攻から自分を守っていた剣を失う羽目になってしまった。
新たに作り出す余裕はない。まさしく絶対絶命の危機へと追い込まれてしまった時だ。

ジードは意識せずに暴れ回るカールの足元に隙があることに気が付いた。
そこでジードは起死回生の一手へと打って出たのである。それは両足で地面の上を滑り、そのままカールの足元を掬うという計画であった。
結果からいえばジードの奇襲は成功に終わった。

カールは短い悲鳴を上げて戦斧を握り締めたまま地面の上へと横たわってしまったのである。
決着を付けるのならば今だ。ジードはこの絶好の機会を活かすため新たに剣を作り出し、その剣を逆手に握り締めたかと思うと地面の上に倒れているカールへと襲い掛かっていく。

だが、ジードはこの時カールという最強の存在を甘く見てしまっていたことをまだ知らなかった。
ジードが自身の認識不足へと至るには胸元へと突き刺さるはずの剣がなぜか高速空間から弾き出されたにも関わらず防がれてしまったというありえないことに直面してからであった。

「そ、そんなバカな!?」

ジードは堪らなくなって咄嗟に声を上げたが、カールには聞こえていなかったらしいそのまま受け止めた剣ごとジードを地面の上へと叩き落としたのだ。
自身の攻撃が防がれてしまったことが信じられずに立ち上がることが難しいジードの前にルイーダが現れて慰めと理解を促させるためという二つの動機から解説を行っていく。

「どうやら奴はこちらが高速空間にあったとしても使えるらしいな」

「そ、それってどういうことなんだ?」

ジードは理解が追い付いていなかったのか、眉根を寄せて怪訝そうな顔を浮かべながら問い掛けたが、ルイーダは構うことなく話を続けていく。

「稀にいるのさ、多くの戦績を積み、多くの人間の命を奪ってきた人物にのみ与えられる『死生眼ししょうがん』というものがな。大方少し前の大戦とやらで身に付けたのだろう」

ルイーダの解説に誤りがあったので補完させてもらうと、『死生眼ししょうがんというのは生まれてから数々の人間の死に様を見てきた人物にのみ与えられる眼である。
それ故に戦場に行ったからと必ずしも死生眼が身につくわけではない。
カールがこの眼を持っているのは本当に幼い頃から多くの殺しを重ねてきたからだ。

死生眼は人の殺気を見抜く眼であるとされ、例え高速魔法を使用していたとしてもどこから来るのかということを容易に予想できた。
ジードの剣が防がれたのも当然だといえるだろう。
ルイーダは正式な由来は知らずとも死生眼が高速魔法からの攻撃をも防いでしまうということは知っていた。

それ故にその意味は知っていた。ジードが絶望の色を浮かべるのも当然であった。
だが、ルイーダだけは笑っていた。

いつも通り得意げにフフンと笑いながら、

「見ていろ、ジード。今度は私がやる。必ずやあいつから殿下をお守りさせてもらうぞ!」

と、もう一度高速魔法を利用してカールへと挑んでいった。

この結果がどうなるのかは神々のみが知るところだといえるのだろうか。
死生眼を持たないジードは高速空間は眼で追うことができないため、止むを得ず目の前の壁を見ることしかできなかった。
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