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護衛編

進むべきか、引くべきか

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「さてと、こいつをどうするかな?」

ジードは険しい目で蹲るスパイの男を見下ろしながら背後で男の腕を拘束しているルイーダに向かって問い掛けた。

「刺客の末路はたった一つだ。こいつを尋問して背後関係を吐かせることにある。その後に待つのは死だけだ」

「お前随分と怖いことを言うね」

ジードは少し引き攣った顔で吐き捨てた。拷問などとは無縁の環境で育ってきたジードであったからこうした表情が見えたのはごく自然であったともいえた。これまでルイーダとは当たり前のように同じ屋根の下で寝起きをしていた仲であるが、時たま育った時代のせいか価値観が合わないことがある。

今起きていることがそうした互いの価値観が食い違う時に引き起こる事例に当てはまるだろう。だが、ルイーダはそんな夫の不具合など気にすることなく話を続けていく。

「刺客に情けなど無用だ。私はガレリア王国で騎士だった頃に何度も刺客を痛め付けた場面を見たことがあるからな。見ていろ、こいつを捕らえた暁には私の知っている特別な拷問方法でこいつの口を割らせてやるさ」

ジードはその言葉を聞いて昔教科書で読んだ暗黒時代の拷問を記した絵図を思い出していく。目の前の男に対してあのような悍ましい行為が行われてしまうとなると、自然と同情の心も湧いてくる。
思わず顔を沈めてしまった時だ。ルイーダが険しい顔を浮かべながら一喝した。

「わ、悪かったよ」

ジードが内心で刺客を憐れみながらもそのまま警察へと引き渡そうとした時だ。
刺客の胸元に輪投げを思わせるような鋭利な刃物が突き刺さっていたことに気がつく。
男はそのまま何も言わずに地面の上へと倒れ込む。ただし、ルイーダにもジードにもその顔は笑っているように見えた。

死んだというのに満開の花々を思い起こさせるような花かやな笑みが二人にはひどく不気味に感じられたものである。
だが、今は不気味に感じている場合ではない。慌てて輪投げのような武器が投げられた先を辿り、投げた相手を探っていく。
二人の視線が向かっていくのは付近に存在する民家の屋根であった。とんがり帽子を思わせるような尖った屋根の上には道化師のような不気味な仮面を被ったスーツ姿の男であった。

ただし、仮面と言っても口の周りは覆っていないタイプのものだ。その上でピエロとわかるように口紅を塗っているのだからそれがひどく不気味に感じられた。
二人が黙ってその男を睨んでいると、漢はけたたましい笑い声を上げて屋根を飛び降りていく。
慌てて追いかけようとしたものの、その家の下に着いた時にはその姿は完全に見失われてしまう羽目になっていた。

「クソッタレ、あいつは一体なんだったんだ!?」

「……わからない。だが、一つだけ分かったのはもう私たちの手であの刺客の口を割らせることは不可能だということだ」

ルイーダが事切れた死体に目線を合わせながら言った。ジードは残念そうな表情を浮かべながら首を縦に動かした。
その一方でルイーダによる特殊な拷問を受けずに済んだと胸を撫で下ろしていた。
自分の愛する人がいくら悪人といえどもそんな悍ましいことを行う場面など見たくはなかったのだ。

ホッと吐いた息を見られないように移動した後でジードはルイーダの元へも駆け寄り、皇太子ジェラルドの元へと向かっていく。
襲撃を受けたジェラルドはルイーダが魔法によって弾丸を受け止めたことにより、傷一つ負っていなかったが、それでも命を狙われたことによる精神的な衝撃を受けてしまったことで体が弱ってしまったことは事実であるらしい。
背中を曲げて項垂れながら近くの喫茶店でコーヒーを飲んでいた。

周りには剣やら長銃やらを構えた近衛兵たちが皇太子の周りを守っていた。
周りを囲む異国の兵士たちを描き分けて、ルイーダが今回聴き損なった兵隊のことを報告したのである。
ルイーダの報告を聞いた執事と思われる男性は顔を赤くして顔をプルプルと震わせていたが、そんな執事とは対照的に皇太子は力のない笑みを浮かべながらルイーダに感謝の言葉を述べていた。

「よい、ルイーダはオレのために戦ってくれたのだ。感謝しないわけにはいくまい」

「し、しかしですな」

「よいと言うたのだな。オレには今命がある。それだけで十分だ」

ジェラルドは穏やかな声で執事を窘めた後でもう一度ルイーダへと礼の言葉を述べたのである。
ここまでお礼を言われてはこちらが恐縮するほどである。ましてやルイーダは騎士で王との関係にはうるさい性格だ。
すっかりと萎縮して両肩を強張らせながら謙遜を行っている。
それから後はお礼と称して喫茶店でコーヒーを飲むことになった。

コーヒーばかりではない。いちごのムースのかかったショートケーキとココアが混じったスクエア状の色をしたクッキー、それにイチゴのジャムを入れたクッキーが皿に載せられて提供された。
ルイーダはクッキーに手を伸ばし、コーヒーを啜って僅かに与えられたティータイムの時間楽しんでいた。

ジードはティータイムを楽しむその姿に不満を持っていた。妻のルイーダとジェラルドがあまりにも親しげに話していたので彼の心のうちでは嫉妬という名のドス黒い炎が湧き起こっていたのだ。
ジードは無自覚のうちに強い目でジェラルドを睨んでいたが、ジェラルドは気にする様子も見せずにルイーダと雑談を繰り広げていた。

やがて、コーヒーもなくなり、菓子類も消えたところでルイーダは真剣な顔を浮かべて刺客を仕留めた刺客のことについてジェラルドや護衛兵たちに向かって話していく。
神妙な顔付きで話を聞いていた護衛兵たちであったが、二人が最後に目撃したという男の話を聞くなり、全員が御伽噺に出てくる頼りのない兵隊たちのように全身を震わせ始めたのである。
特に執事の男に至っては興奮して話になりそうにもなかった。

「いけませんッ!殿下ッ!ここはお父君に電報を打ち、迎えの兵士たちにと共に我が祖国に帰還致しましょう!」

「ならぬ。父上の手をわずらせたくはない。それにオレはせっかく父上から託されたガレリアとの国交樹立という任務を途中で投げ出したくはないのだ」

「殿下ッ!」

執事は強い声でジェラルドの我儘と言える主張を一喝した。当然である。このままジェラルドがガレリアに居残ることがあれば、周りの兵士たちにも負担が生じるし、何よりも護衛兵たちの間に犠牲者が出かねないのだ。
それだけは避けたかった。ジェラルドは拳を震わせつつも執事の言葉を受け入れようとした。その時だ。
護衛兵の中でも格上と思われる紅色のマントを羽織り、羽根飾りのついた兜を被った中年の男性が手を挙げて反対の意見を叫んだ。

「お待ちくださいッ!確かに、ジェラルド殿下の言葉は我儘のようにも思えます。しかし、ここで殿下が逃げ出すというのは我が王国の敗北を意味することになりますッ!」

「そのために兵士たちこの国の人々を犠牲にしてもよいというのか!?」

「では、我が国の名誉はどうなる!?これだけの騎士がいたのに殿下をエルダーの元にまで送ることができなければ、恥となるのだぞッ!」

意見はまとまりそうにない。喫茶店は長靴と呼ばれる王国からやってきた皇太子の取り巻きたちが論争を繰り広げる場と化していた。
次々と異なる意見が飛び交う中で、ジードは密かに身を乗り出し、ルイーダの元へと密かに耳打ちを行う。

「なぁ、お前はどっちに着くんだ?」

「私?私か?そうだな……私は殿下の定めたことに従うだけだよ」

「お、お前、そんな安直な……」

「まぁ、お前もそのつもりでいろ。どちらの意見が勝つにしろ、殿下をガレリアから無事に見送るまでが私たちの仕事だ」

ルイーダは喫茶店の店員が新しく淹れたコーヒーを啜りながら言った。
したり顔の笑みがジードにはどうも受け入れ難いものがあった。なんとなくその顔が落ち着かなかったのだ。
それ故か、ジードは店のお冷やを何杯も飲み干してしまっていた。
どこか腹が痛くなったように感じたのは気のせいではあるまい。
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