隙を突かれて殺された伝説の聖女騎士と劣等生の夫、共に手を取り、革命を起こす!

アンジェロ岩井

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大祭編

祭り前の決戦

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「見ろよ、ヨハン。新聞一面におれたちのことが書かれてるぜ」

悪魔兄弟の片割れ、ヴィトゲンが嬉々とした表情を浮かべながら新聞を人差し指で叩いていく。
新聞には少し前のキュルテン事件以と同等かそれ以上の衝撃と恐怖を市民に与えていると記されている。二人にとってこれはあのキュルテンを超えたということに他ならない。

二人は隠れ家にしている街の端にある小さなアパートの空き部屋でハムをふんだんに用いたサンドイッチを齧りながら先ほど買ってきた新聞を眺めていた。
新聞の上にポロポロとパンクズが落ちていくが構うものではない。そんなものは後で落とせばいい。
今は食事を片手に新聞の一面に載った自分たちの活躍を自分たちで讃えるなの時だ。

二人がニヤニヤと笑っていると、突然部屋の真ん中に六星系の魔法陣が現れ、そこから自分たちにとって身近ではあるものの、決して共に語るはずのない存在。
ガレリアの人々にとっての救世主にして国家の権力と権威を一身に引き受ける大魔女、エルダー・リッジウェイがその魔法陣から姿を現したのである。

「クスクス、ごめんなさい。お食事中だったみたいね」

雄弁な次世代の指導者は口元に手を当てるという帝国時代における貴族令嬢のような上品な笑いを浮かべながら現れた。
絹のように綺麗な黒色の髪に研ぎ澄まされたような鋭い光を帯びた切れ長の小さな両目。高く整った鼻にリンゴのような赤い唇。異性であるのならば思わず見惚れてしまうような美しい顔だ。
無敵の悪魔兄弟も見惚れてしまったらしい。思わず呆然としていた。
エルダーは悪魔兄弟が石の塊のように動けないでいるのをいいことに二人の元へと近寄り、手入れの行き届いた白く細い手で悪魔兄弟二人の顎を摩っていく。

「でもね、私としてはどうしてもお願いしたいことがあってきたの」

「ガレリアの総統閣下自らのお願いだなんて」

「あぁ、名誉のことだな」

悪魔兄弟二人は互いに目を合わせながら口元を緩めていく。二人していわゆるニヤケ面を浮かべていたのだ。
エルダーはそんな二人の決心を高めるために更なる行動へと出た。
自らの体を接近し、悪魔兄弟それぞれの腕に順番にくっ付いていき、その耳元で囁くように懇願した。

「お願いがあるの。今後マナエ党と同盟を組んでくれないかしら?別に私はマナエ党に入党しろだなんて言っていないわ。ただ、力を貸して欲しいだけなの」

エルダーはその上で誘惑がてらに二人の前へ報酬を出してやることにした。

「マナエ党に協力してルイーダって小娘を始末してくれるんだったら党としては相応の金銭、それにあなた方が今回犯した罪を揉み消してもよくってよ?」

「わかった。悪くない話だ」

エルダーが体の側から離れると、最初にヴィットリオが、次にヨハンがルイーダを倒すという誓約を口に出して騎士の誓いを立てたのである。
その二人を見てエルダーはまたしても口元に手を当てて上品な笑顔を浮かべていく。

「期待しているわよ。私の銃士さん」

エルダーは魔法陣の元に戻るとその姿は消えた。部屋に残ったのは悪魔兄弟のみである。エルダー本人の姿はもとより魔法陣の跡も残っていない。最初から何も存在していなかったかのようだ。
一瞬のうちに自分たちへと施された総統からの誘惑に負けたヨハンはヴィットリオはその日のうちにマナエ党本部に出頭した。

先ほど同じようにどこからか魔法陣を通して現れた総統エルダーから直々の命令を受けたという探索隊の隊長マルロは不本意ながらも二人を受け入れざるを得なかった。
エルダーから直々の命令が下されたこともそうだが、何より二人の実力は本物だ。いうならば総統から直々の認可をもらったようなものだ。

そう強引に自分を納得させたマルロは作戦遂行完了までは二人に猶予を与えることにし、自らが考案したルイーダ抹殺の作戦を二人に仕込んでいく。
どうせ他の兵士たちは悪魔兄弟の顔を見ていないのだ。自分さえ黙っておけば丸く収まるのだ。

マルロにとって幸いであったのは悪魔兄弟が頭の回転も早いのか飲み込みが早かったのであまり熱心に教える必要がなかったことだろう。
二人の役割はそのまま二人が殺して隙間となったマナエ秘密工作部隊の後釜役となっている。
すなわち怪物ブレーダレンを解き放って混乱を引き起こさせることが兄弟の役目だ。

これは面白くなりそうだ。説明を聞き終えた二人はひねくれた笑みを浮かべながら頭の中で大きな混乱が引き起こされることを予測していた。
さぞかし楽しいことになるだろう。嬉々とした表情で少し引いた様子のマルロに向かって大惨事のことを話しかけていた時だ。コンコンと扉を叩く音が聞こえた。

かと思えばすぐに扉が開き、部屋の中に目を見張るような美人がコーヒーとコーヒーを引き立てるための菓子が載ったお盆を持って現れた。
ボブショートの金髪に自分たちではお目にかかれないようなお嬢様学校の制服を着た女性だ。悪魔兄弟のうちでも女性にウケがよく、自らも女性を好むヴィットリオは積極的にその女性へと声を掛けた。

「あんた、何者だい?よかったら家の電話番号を教えてくれよ。そこに電話をかけるからさ」

「お断りいたします。どうして初めて会ったばかりのあなたなんかに」

凛とした態度でその女性はヴィットリオの提案を跳ね除けたのである。ヴィットリオにとって異性ウケする顔を用いたのにも関わらず、その誘いを断ったのはこの女性が初めてであった。
ますます興味を持ったヴィットリオは女性の手を掴んで、自らの元へと引き寄せていく。
だが、ヴィットリオがリードできたのもそこまでだ。彼女はヴィットリオに強烈な平手打ちを喰らわせた。

「俗物がッ!女性に向かってなんてことを……恥を知りなさいッ!」

「て、テメェ!女が男を殴っていいとでも思ってるのか!?」

ヴィットリオは逆上した。普段は二枚受けし、物事を有利に進めるため強引ではあっても紳士的に振る舞う彼も自分のプライドを傷つけられるようなことがあればすぐに宇宙の果てにでも放り投げられるらしい。
どこまでも怒り狂ったヴィットリオとは反対に彼の身内であるはずのヨハンは追随するどころか、手を叩いてその不幸を笑っていた。
その姿が不愉快であったらしい。ヴィットリオは罪のない壁を強く叩いてヨハンの笑みを強制的に止めると、その怒りの矛先を女性からヨハンへと向けた。

「おい、テメェ、何がおかしいんだ?」

「だってよぉ~今までおれの前で散々女を口説きまくってた野郎がまさかその女に泣かされるなんて思いもしなかったからよぉ~笑いも止まらなくなるぜぇ~」

今度は手ばかりではなく両足まで叩いて笑っている。我慢の限界はとうに超えた。ヴィットリオは拳を繰り出す寸前。ヨハンは長椅子から立ち上がり、応戦しようとする寸前であった。
あわや街中の高級ホテルで悪魔兄弟による大惨事が引き起こされるところであったのだが、マルロの一喝によりその場は一旦収まることになった。

ヴィットリオに平手打ちを喰らわせた女性も頭を下げて謝罪の言葉を述べることでようやく事態は収束を迎えた。
なお余談ではあるが、この謝罪の際にヴィットリオは不貞腐れた表情で当然とも言わんばかりの態度で腕を組んでいたのに対し、ヨハンは対照的にニコニコとした朗らかな笑みを浮かべながらマルロからヒルダと紹介された女性に向かって反対に頭を下げた。

「すまなかったな。お前さんにも怖い思いをさせちまった」

「い、いえ、そんな。男の人を相手にあんな態度をとった私にも非があるというのに……」

ヒルダはなぜか頬を赤く染めながら答えた。気のせいかヨハンという男の顔を見るだけでどこか胸が熱くなる。
自分を助けてくれたからか、今のヨハンはヒルダにとっては自分を救いに現れた白馬の王子様のように思えた。
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