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大祭編

悪魔兄弟現る

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「得体の知れない怪物が人々を襲っている?」

ルイーダは生徒会の書類に自身のサインを記した後で、報告に訪れた生徒に対し、片眉を顰めながら問い掛けた。

「えぇ、そうなんです。最近街の外れで人が消える事件が続出していまして、うちの生徒も何人かやられています」

報告に訪れた生徒の声は緊張か、はたまた恐怖のためか極度に震えているように思われた。
ルイーダが生徒の怯えようを見て、ただ事ではないと判断し、顎の下に人差し指と親指を当てて理由を考えていた時だ。

「それってさ、キュルテン事件の時みたいだよな」

と、ルイーダの横の席で書類仕事に励んでいたジードが何気なしに呟いた。
ルイーダは夫の無意識の言葉を聞いて、頭の中に稲妻が走った。ヒントという名の稲妻だ。

ルイーダの頭の中によぎるのは少し前に自分とジードを襲撃するために下宿の前で待ち構えていたあの少年の顔。
もし、あの少年が姉のように慕っているエルリカ・キュルテンを模して残忍な犯罪を犯していたとしたらそれは洒落にならない。

ルイーダは生徒会室に備え付けられている電話を取り、慌てて警察署へとホットラインを繋ぐ。
電話に出たのは当然ではあるが、警察署の電話交換手。
ルイーダは電話交換手に対し、自分たちにとっての懇意の相手であるエーリヒ・ブラウンシュヴァイク警部に繋ぐように指示を出す。

電話交換手は淡々とした様子で交換作業へと入っていく。
ルイーダが受話器に手の汗を滲ませながら電話を待っていると、電話口の向こうからエーリヒの声が聞こえてきた。
幸いなことに彼は電話に出る余裕があったらしい。機嫌の良い声でルイーダからの電話を受け取った。

『はい、もしもし、私ですが、ルイーダさん。どうしたんですか?』

「あの少年はどうなりました?」

『少年ですか?』

「えぇ、少し前に私たちを襲ったあの少年です。その後にどうなったのかを聞きたいので」

ルイーダは慌てた様子のエーリヒに向かって、生徒から持ち込まれた事件についての概要を語っていく。
事件の全てを話し終えると、エーリヒは先程までとは対照的に真剣な声色で話を始めた。

『確かに、そいつは警察の方でも捜査させていただきますよ。忙しい学生さんの手ばかり煩わせるわけにはいきませんからね。で、キュルテンを慕っていたあの子どもですが、今のところは部下に命令して、怪しげな動きがないのかを探っているので、その心配はいらないでしょう』

「そうですか」

ルイーダはホッとしたような様子だった。声にもそれが現れたのか、どこか気の抜けた声になっていたのをエーリヒは見逃さなかった。

『ですがね、最近になって妙な動きがあるのは確かです。妙な化け物の動きが巡回中の警察官からも目撃されてましてね』

「妙な化け物?」

『えぇ、目撃した部下の話だと、まるで、古の時代に滅んだブレダーレンのようだと』

ブレーダレン。どうして、その考えに至らなかったのだろうか。
ルイーダは己の認識の甘さを悔いた。自分が生きていた頃ならばいざ知れず、今のマナエ党ならば魔法と共に発展した科学技術を行使して、ブレダーレンをこの世に甦らせることなど朝飯前なのではないだろうか。
ルイーダは受け答えが止まったことによって、心配し声をかけるエーリヒに自分がまとめあげた結論を語り出していく。
エーリヒはしばらくの間は固まって動けずにいたが、やがて、絞り出すように声を出して、

『……成る程、ブレーダレンがこの世に蘇ってしまった可能性ですか』

「可能性としては十分でしょう?マナエ党の内部で開発していたものが逃げ出して、この近くに潜伏してしまったとか」

ルイーダは敢えて、マナエ党が実現のために逃したとか、自分を抹殺するために解き放したとかいう話を口にはしなかった。
というのも、相手は警察であり、国家機関であるからわざわざ敵を作るような真似をしたくはなかったのだ。

エーリヒはルイーダの言い分を信じたらしく、巡回に回る警察官たちに機関銃や散弾銃といった強力な兵器を付与することを上に具申すると約束した。
そればかりではない。巡回の数や警察官たちによる地区の見回りも増やし、より一層市民の安全を守ることを約束したのだった。

ルイーダはエーリヒに対し、礼を述べてから電話を切った。
ルイーダは改めて、エーリヒが刑事デカであるということを意識させられた。

人々を守るために上に意見を具申し、自分自身も努力を怠らない。
そんなエーリヒをルイーダは気に入っていた。電話を切った後でもしばらく余韻に浸っていたほどだ。
ジードによってようやく現実の世界に引き戻され、ルイーダは書類仕事に戻った。

その日の仕事を片付け、下宿先であるアパートに戻ると、扉の前に見慣れない二人組の男が立っていることに気が付いた。
扉を挟んで左右に立っていた男たちは両者ともに柄の悪い様子で、学園のジャケットを無造作に羽織り、ネクタイを緩めているという共通点があったが、髪型や顔付きなどはまるで違っていた。
右側に立っていた男は柄が悪くてもどこか爽やかな風貌で、婦人受けのする二枚目の顔であるのに対し、もう片方は四角い顔に濃い眉毛の三枚目であったのだ。

対照的な顔をした二人の男はニヤニヤと笑って、アパートの前に現れたルイーダとジードを見下ろしていたが、やがて、口の中に噛んでいたであろうガムを入り口の前にぺっと乱暴に吐き捨てた。
その様子にルイーダは口を尖らせ、アパートの前に立っていた男の元へと迫っていく。

「お前たちは人の部屋の前とゴミ箱の区別もつかないのか?さぞかし悪い点数なのだろうな。笑顔は満点でも、テストで三点ならば意味がないということを知らないのか?」

ルイーダは吐き捨てるように言った。

「なんだと?テメェ」

舌を打ち、攻撃を仕掛けようとしたのは意外にも二枚目の方だった。美しい顔を持ちながらも耐性というのは我慢というものが体の中に不足しているのだろう。
今にも突っ掛かりそうなのを押さえ付けた三枚目の相棒を褒めるべきなのかは微妙なところだった。
三名目はフンと鼻を鳴らして、二人を見下ろすような態度だった。

「生憎だが、テメェに点数のことを言われたくはないな。オレたちが何点を取ろうがお前さんにゃ関係のない話だろ?」

「おや、図星だったのか。それは失礼した」

ルイーダは唇を吊り上げ、冷笑を含んだ言葉で言い返したが、三枚目の顔に異変はなかった。
三枚目は無言で包み紙を広げ、ガムを拾いあげたかと思うと、ルイーダに向かって放り投げた。
だが、ルイーダは高速魔法を使うこともせずに体を捻って、ガムを避け、腰に下げていた剣を三枚目の喉元に突き付ける。

「警告だ。さっさと私たちの家の前から立ち去れ」

「生憎だが、オレたち悪魔兄弟は人から命令されるのが大嫌いなんでね。どうしても、立ち退かせたけりゃあオレたちを倒してからにするんだな」

二枚目が代わりに答えた。三枚目もそれを聞いて、ニヤニヤと笑っている。
どうやら、この悪魔兄弟なる兄弟と戦うしか道は残されていないらしい。
ルイーダとジードは腹を括ることにした。
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