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大祭編

高速の伝説を見逃すな

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「模擬戦ですって、あなたのような下賎な者とそんなことができるわけないじゃない」

ヒルダの片眉が上がり、彼女は厳しさを含んだ声でルイーダの提案を正面から否定した。
だが、ルイーダは構うことなく、腕を組み、得意げに笑いながら言った。

「嫌ならいいんだぞ。キミのこの件を私が話してやってもいいんだ。外に知られた場合、キミの処分はどうなるんだろうな」

ルイーダは悪戯っぽく笑う。その姿を見て、ヒルダは拳を震わせていた。
悔しげな表情でしばらくの間はルイーダを睨んでいたが、すぐに両目を見開き、小馬鹿にしたような笑みを浮かべて言った。

「よくってよ。卑賎な身の分際で、私に逆らったことを後悔させてあげるわッ!」

ヒルダは勝負を決めるべく、当初から擬似高速魔法を使用し、ルイーダの元へと迫っていく。
だが、ルイーダは眉一つ動かす様子も見せずに、ヒルダが迫ってきたタイミングで高速魔法を発動し、同等のスピードへと追い付いてのであった。

しかし、ヒルダからすればこれは予想外の行動である。ルイーダの行動は全て、党によって作成された書類によって予想し、対策を練っている。
そのため、彼女が戦闘時に高速魔法を活用してくることなどはなから予想できたことだった。

ヒルダはルイーダに体が近付いていくのと同時に自身の得意魔法である虫魔法を用いていく。もっとも虫魔法といっても本物の虫を活用する魔法ではない。
性格には対象の相手の視覚を騙し、虫が生じたと思わせるような魔法だ。

もっとも、視覚ばかりではなく、痛覚までも騙してしまうのだから本当に性質が悪い魔法だ。その隙を利用して、まだ懐の中に隠し持っている小型のアーミーナイフを突き立てれば、ルイーダは即座にあの世に旅立つに違いない。
ヒルダは口元の右端を吊り上げ、勝利を確信した笑みを浮かべていた。近くにまで迫り、魔法が発動するのを目撃すると、その笑みはますます盛り上がっていく。

ルイーダもこの幻覚の魔法によって悶え苦しんでしまうに違いない。
その隙にアーミーナイフを突き立てればいい。ヒルダは懐からナイフを取り出そうとした時だ。

先程まで確認できていたはずのルイーダの姿が消え、気が付かないうちに背後に回り込んでいたのである。
ヒルダは慌てて振り向いていく。そのタイミングを見計らって、ルイーダは強烈な平手打ちを喰らわせ、ヒルダを転倒させた。

ヒルダは悲鳴を上げながら汚い倉庫の地面の上を転がっていく。
栄光ある聖・マリア学園の制服に汚れや埃がついていく。ヒルダにとっては屈辱以外の何ものでもなかった。

「こ、こんな……こんなバカな……ッ!」

ヒルダは普段使っているお淑やかな言葉も引っ込め、自身に平手打ちを喰らわせたルイーダを鋭い目で睨む。
だが、ルイーダは射抜かれるような視線を向けられても、動じる様子は見せずに黙って腕を組みながら地面の上に倒れているルイーダを見下ろしていた。

冷ややかな視線がヒルダを突き刺す。ヒルダはしばらくの間は冷ややかな視線を焼き尽くそうと思ったのか、青い瞳の中に憎悪の炎を宿していたが、結局は耐え切れずに、目線を逸らしたのだった。
この時点で、勝者は明らかであった。確固たる勝者となったルイーダは尊大な姿勢のままヒルダへと近付いていく。

汚れと埃、それから敗北による屈辱に塗れ、打ちひしがれた様子のヒルダにルイーダは無常ともいえる一言を発した。

「そんな腕では私に勝てんぞ。お嬢様はお嬢様らしく、学園で勉学に励んでいればいいのだ」

その言葉にヒルダはしばらくの間、何も言わずに全身を悔しげに震わせていた。
その姿は獲物を前にしたというのに、どうしても飛び掛かることができない肉食動物のようだ。

だが、ルイーダとしても同情するつもりなどさらさらない。先程も模擬戦でも確実に彼女は自身を殺すつもりだったのだ。
そんな相手に情けを掛けるのが騎士道だとも思えない。

だからこそ、ルイーダは突き放すような一言を発したのだ。戒めや警告の意味も含めて。
しかし、ヒルダはその一言を受け、ショックを受けていたようだが、それ以上に憎悪ともいえる念が生まれてしまったようだ。

ドス黒い炎がヒルダからは感じ取られた。憎悪の念によって、生きながら悪霊のようになってしまったヒルダはしばらくの間はルイーダを睨んでいたが、やがて、時間が経つと起き上がり、ルイーダに向かって唾を吐き捨てていく。

その後は何も言わず、恨み言さえ吐き捨てることなく、その場を立ち去っていった。
普通であるのならば文句の一言も言いたくなるだろうが、ルイーダは倉庫を出ていくヒルダの背中を見送っていただけだった。

耐え切れなくなったのは夫のジード。彼は唾を吐き捨てられても、何も言わずに突っ立っているルイーダに抗議の言葉を上げた。
だが、興奮した様子の夫とは対照的にルイーダは極めて、冷静な声で抗議に対する反論の言葉を述べたのだった。

「心配はいらんさ。私はこの程度のことなど何も気にしない。むしろ、気に入っているよ。あんな状況で、まだ私に何かしようなんてな」

「笑っている場合かよ」

ジードは呆れた様子だった。

「まぁ、そう言うな。それよりも、少しだけ休憩にしないか?あんな戦闘をした後で、このまま倉庫を掃除するのはいくら私でもくたびれてしまうからな」

ルイーダの言葉にジードは力なく笑うより他になかった。やはり、自身の妻は千年前のガレリアからやってきたというだけのことはあり、中々にタフなのだ。
そんなにまで心配する必要はないだろう。
ジードはぼんやりとしていたコルネリアに中断することを伝え、懇意にしているリンドブルムの寮へと向かうことにした。

通常、各地の魔銃士育成学園には学生同士の交流や有意義な話し合いなどを目的としたサロンと呼ばれる喫茶スペースが設置されている。
校庭が見えるように設置された巨大な日差しの良い窓や清潔で綺麗な白いテーブルクロスがかかった高価な机と椅子などが特徴的であるが、何よりの魅力はお茶とお茶請けとなる菓子が無料で提供されるところである。

学園に所属する生徒であるのならば、誰でもこのサロンを利用できるため、常に大勢の学生がお茶とお茶菓子を目当てに入り浸っている。
寮生や通いの生徒問わずに放課後のサロンは学生たちにとって人気の場所だ。
以前は《狩人》クラスの生徒しか利用できなかったのだが、ルイーダが生徒会長に就任してからはそうした制度が撤廃されたので、誰でも利用できる場所になったのである。

ルイーダは人の良さそうな同年代の人たちに譲られた窓際の席に腰を掛け、一息を入れてから、席の上に置かれたお茶を啜り、お茶請けとして用意されたチョコレートケーキを運ばれてきた小さなスプーンで切り取り、口を付ける。

単なるチョコレートケーキではなく、中にイチゴが入ったサロン特製のケーキだ。美味しくないはずがない。一口が口に入っただけで、チョコレートの甘味が広がった後にイチゴの酸味が加わり、上手い具合に調和のハーモニーが奏でられていく。口いっぱいに広がっていく美味しさにルイーダは夢中になった。

倉庫の後片付けや今後の動向などこの後のことを考えると、いろいろと面倒なことにはなるが、それでもケーキを口にしている間だけはそんなことは忘れてしまいたい。
ルイーダは二口目のケーキに口をつけながら、そんなことを考えていた。
その姿を目の前にいるジードはどこが呆れたように見つめていたのだった。
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