上 下
105 / 162
大祭編

ヒルデガルドの陰謀

しおりを挟む
一年に一度、取り扱う重要なものを仕舞っている場所だというのに、どうして、こうも埃っぽいのだろうか。
荷物を置いた衝撃で舞い上がった埃が口と鼻に入ったことからルイーダの方もゴホゴホと咳き込んでしまったことに気が付く。祭りの件が終わった後で、有志を集めて、倉庫の中を掃除するというのも一手かもしれない。

ルイーダは大勢の人たちで倉庫の中で懸命に清掃を行い、多くの人たちが自分と同じように埃を吸って、咳き込む姿を想像し、思わず苦笑いを浮かべてしまった。
彼女が笑っている場合ではないと気が付いたのは、目の前の箱から埃まみれとなった木製の鎧が見つかった時だろう。

折角の騎士が使う鎧だというのに、このような鎧ではあまりにも哀れだ。
かつての女騎士としてのプライドが蘇ったのか、ルイーダはその場で鎧を拭き取ろうとした。

「あら、汚い鎧ですのね」

ルイーダは鎧を抱えながら声がした方向を振り返る。すると、そこには魔銃士育成学園の制服ではないワンピース状の制服を着た清楚な風貌をした少女の姿が見えた。
ルイーダはその細い目をさらに細く、針のように尖らせながら少女に向かって問い掛けた。

「キミは誰だ?どこから入ってきた?」

「あら、申し遅れましたわ。私の名前はヒルデガルド・ローエンドルフと申します。お友だちは皆、ヒルダと呼びますわ。よろしくお願いします」

ヒルダは丁寧な一礼を行う。令嬢に相応しい所作と礼儀である。
だが、ルイーダは構うことなく、話を続けた。

「うちの学校は部外者を禁止にしているはずだったが……どうして、キミがいる?」

「あら、私も一年に一度開かれる時代祭に興味がありますの。そのため、特別な許可を学校の方にいただき、本日参らせてもらいましたのよ」

「学校が?」

ルイーダの片眉が上がる。

「えぇ、私の学校を顧みれば当然ですわ。聖・マリン学園ってご存知ありません?」

「生憎だが、私は知らない……それよりも早く帰ってくれないか?」
その言葉を聞いて、ヒルダは大袈裟な様子で口元に手を当てて、驚愕の声を上げてみせた。

「まぁ!信じられませんわ!由緒正しきお嬢様学園である聖・マリン学園をご存知ないだなんて……あなた、本当に文明人?」

「学校の名前一つくらいで大袈裟だぞ」

ルイーダは少しだけ強い口調で、窘めるように言った。
人を見下すような発言を聞いて、ルイーダは本当であったのならば、もう少し怒鳴り付けてやりたいところだったのだが、倉庫の中だということもあり、堪えることにしたのだ。
その姿を見て、ヒルダは口元を抑えながら、またしても嘲るように挑発の言葉を口に出す。

「あら、失礼致しましたわ。そうですわね……私としたことがあなた様のような方を一等国の文明人に相応しい知性を持っているものだとばかり思っていましたので、その水準でお話しさせていただきました」

言い換えればルイーダには「知性」というものが備わっていないということになる。その事実を読み取ったルイーダは思わず舌を打ったが、顔を逸らすことで怒りを抑えつけたのだ。
怒った時には相手の顔など見ないことが一番だ。

だが、なおもヒルダは挑発を繰り返してきた。これが自分だけの悪口であったのならば、まだ耐えることができただろう。
だが、自分の夫であるジードにまでその矛先を向けられたのでは、流石のルイーダも限界を迎えた。

ルイーダは強烈な平手打ちを喰らわせようと、右手を振り上げたが、放つ寸前に腕を拘束されてしまう。
ヒルダは思わず冷や汗を流すルイーダの元に自身の顔を近付けていく。
そして、あろうことかルイーダの頬を撫でていたはずの冷や汗を小動物を思わせるような赤くて綺麗な舌で舐め取った。

「フフッ、焦ってますわね。安心して、何も感じなくてもいいわ。このまま私が楽にしてあげるから」

ヒルダは懐の中に隠していたと思われるキャップ付きのカミソリを取り出す。
ヒルダがカミソリを外すと、鋭利な刃が現れた。もし、ここが屋外であるのならば、その刃は太陽の光に照らされて、怪しく光っていたに違いない。

ヒルダは怪しい笑みを浮かべながら、カミソリをルイーダの喉元にまで押し当てていく。
ルイーダの陶器のように白い首元に刃が押し当てられるのと同時に、ルイーダの首元に大量の冷や汗が噴き流れる。

一流の騎士であるにも関わらず、ヒルダの脅しに乗って、かきたくない汗をかいているという状況が腹正しかった。
ヒルダは恐れ慄いた女騎士の姿を見て、歓喜の表情を浮かべながらカミソリを弄んでいく。

カミソリはヒルダが気まぐれで喉の上に立てれば、ルイーダの喉元から血飛沫を飛ばし、辺り一面に赤色の水溜りを作り上げるだろう。
ヒルダが悪戯な表情を浮かべていると、高速魔法を使用した気配を感じた。

ヒルダが慌ててその使用者と同じ魔法を使用としたが、カミソリは自身の手から落ち、重力の法則に従って、地面の上に落ちていく。ヒルダは拾い上げようとしたものの、今度は身体拘束によって、体の自由を奪われ、倉庫の中に立ち尽くしてしまうことになった。
ヒルダが体を動かそうとしたが、その際に耳元に囁くような声が聞こえた。

「このまま大人しくしてろ」

若い男の声だ。恐らく自分と同年代の少年の声だろう。
何者なのかはわからないが、自分から一本取ったのは見事である。

「やりますわ。あなた様は何者ですの?」

「答える必要も義務もない。さっさと、ルイーダを解放しろ」

「あら、この知性のない人ならとっくの昔に自由になっておりますけれど」

ヒルダは嘲るような笑いを浮かべながら、空いた手でヒルダから解放されたルイーダを指差す。
だが、背後に控える男性の怒りは収まらなかったのか、ヒルダの腕を掴む力がより一層強くなっていく。
あまりにも強い力で掴むものであるから、ヒルダは自身の顔が苦痛に歪んでいくのを実感した。

「このまま、私に酷いことをすれば学園が黙っておりませんわ」

「死体がどうやって喋るんだ?」

背後から聞こえる声は正気のようだった。背後の声からは狂気のようなものを感じ取られた。
不味い。今の状況では高速魔法を用いることもできない。自身の得意魔法を活用することも拘束されていて不可能だ。
武器は落とされてしまい、今は手に持っていない。お手上げというべき状況を救ったのは皮肉にも敵であるルイーダであった。

「待て、ジード。私はそこにいるヒルダ嬢と模擬戦をしてみたい。放してくれないか?」

「模擬戦だと!?」

ジードの声が上ずる。どうやら、自身の妻の言葉は予想以上のものであったらしい。
ルイーダはその言葉に少なからず動揺の色を浮かべる二人を腕を組みながら見つめていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

【異世界で料理人にされました。】

ファンタジー
*現在公開中の『異世界で料理人にされました。』の加筆・訂正ver.です。 *ある程度のところまで、こちらを更新しましたら、旧『異世界で料理人にされました。』は削除しようかと思っております。よろしくお願い致します。 彼は普通のサラリーマンだ。 多忙な毎日の中での一番の楽しみ・・・ それは【食事】だ。 食べ歩きをして回ることも勿論だが、自分で作った料理を振舞うことも彼の楽しみの一つである。 それは真夏の日のことだった。 その日は近年稀に見るほどの猛暑日で、不要不急の外出は控えるようにという報道がされるほど。 彼は午前中で営業回りを終え、夕飯の準備をしに自宅近くのスーパーへ買出しに向かう。 買い物を終え、店から出た彼は強烈な眩暈に襲われ、意識をなくし倒れてしまう。 彼が再び目を開いたとき、そこには見たことのない風景が広がっているのであった。

闇の世界の住人達

おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
そこは暗闇だった。真っ暗で何もない場所。 そんな場所で生まれた彼のいる場所に人がやってきた。 色々な人と出会い、人以外とも出会い、いつしか彼の世界は広がっていく。 小説家になろうでも投稿しています。 そちらがメインになっていますが、どちらも同じように投稿する予定です。 ただ、闇の世界はすでにかなりの話数を上げていますので、こちらへの掲載は少し時間がかかると思います。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

死に戻り王妃はふたりの婚約者に愛される。

豆狸
恋愛
形だけの王妃だった私が死に戻ったのは魔術学院の一学年だったころ。 なんのために戻ったの? あの未来はどうやったら変わっていくの? どうして王太子殿下の婚約者だった私が、大公殿下の婚約者に変わったの? なろう様でも公開中です。 ・1/21タイトル変更しました。旧『死に戻り王妃とふたりの婚約者』

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

処理中です...