95 / 162
探索編
エルダー・リッジウェイの過去
しおりを挟む
「……まさか、あの男まで殺されてしまうなんてね。予想以上だわ」
エルダーは総統官邸の中にある自身の書斎の中央に置かれている大きな机の上で腕を組みながら、今後の事を思案していく。
「……ここはルイーダをうんと曇らせるしかないでしょうね。そのための儀式を行わなくてはいけないわ」
エルダーが椅子の上から立ち上がった時だ。彼女の懐から一個のロケットがこぼれ落ちていく。
エルダーがそれを拾い上げると、そこにはかつての自身の恋人、アントンと今とは変わり、ドレス姿の自身が映っている。
(マナエ党の結成式の写真……懐かしいわね。私は長い時間を生きたけれど、真剣に愛したのはあなた一人よ。アントン……)
アントンことアントン・レムージュはマナエ党の最初の党首であり、彼女の恋人であった男である。
魔法によって国家を救済する魔法国家救済党の理念を掲げたはいいものの、少ない人員と党としての理念も固まっていなかった事もあり、エルダーが入る前は人々から無視されていた政党である。
エルダーは革命後、宮廷魔導師の職業を追われ、あてもなく潜り込んだ酒場で懸命に人々に訴えかける姿がアントンとの初対面であった。
アントンは酒場で人々に馬鹿にされながらも、懸命に演説を繰り返していたのだ。
「私は……その……あの、えっと、とにかくこの国を変えたいと思っておりましてーー」
「黙れよ!どうやって変えんのか具体的に言えよ」
周りからは馬鹿にしたような野次が飛び交う。同時に、他の人々からも同様の野次が飛び交っていく。
アントンはその度に口籠るので、酒場に集まった人々からすれば、絶好の鬱憤晴らしだったのだろう。
ジョッキを投げ付けられ、悲観して俯く彼の姿を見たエルダーはやり切れなくなり、彼の代わりに演説を代行したのだ。
彼女はアントンを自身の背後へと下げると、黙って、人々を睨む。
だが、今度はエルダーに向かって野次が飛び交っていく。半ば集中的に浴びせられる罵声を受けてもなお、彼女は平然と人々を見つめていた。
なぜ、黙っているのだろう。アントンが不穏に思っていた時だ。不意に彼女が口を開き、ようやく演説を始めていく。
「……先の大戦においての敗戦はなんでしょう?前線では兵士たちは勝っていたと聞きます。この事実から示す事は先の大戦における敗因は兵士たちの努力不足などではありません……では、何かッ!それは、戦争の最中であるにも関わらず、余計な事をしでかしたこの国の指導者たちを名乗る人物たちですッ!」
人々はその言葉を聞いて、思わず目を見合わせた。
だが、彼女は人々の驚愕など気にする事なく、演説を続けていく。
「この国の指導者たちを名乗る卑劣漢どもは卑劣にも皇帝陛下を追い出し、ガレリアを自分たちのものにしようと目論み、結果として、我々は屈辱と恥辱とに塗れた暮らしを送らねばならなくなってしまったのです!」
戦後、貧困に陥っていり、今の体制に不満を持っていた人々はエルダーのこの演説に全力で拍手を送っていく。
「自由でスープが飲めますか!?平等で
パンがえられますか!?違いますッ!そんなものはまやかし、耳障りのいい言葉に過ぎませんッ!奴らはそんな綺麗事であなた方を惑わし、この国を終わらせたのです!そんな絶望と闇に見舞われた国の中にも光があります!それが、我々、魔法国家救済党なのです!みなさん、今後は我々を応援してくださいませ!」
人々の理性は完全に吹き飛ばされた。今や酒場に集まった人々は拳を振り上げながら、流星の如く現れた美女に期待を送っていく。
人々の歓声と拍手とに迎えられ、エルダーは自身の席へと戻っていく。
その日の酒は特に美味しかった。というのも、演説を聞いた多くの人々が彼女に酒や食事を奢りに現れたからだ。
その中でも、一番、彼女に媚を売っていたのは集まった人々の中でも最初にアントンに向かって罵声を投げ掛けた男であった。店の中の一番高い酒を奢り、その後に揉み手で媚び諂いながら言った。
「いやぁ、素晴らしい。我々の思っている事を代弁してくださり、誠に感謝しておりまする。はい」
「……そう、なら、話しかけないでくれる?折角の高い酒が楽しく飲めないじゃあないの」
なぜ、ここまで冷たく当たってしまうのかはわからない。
あの男が最初に演説をしようとしていた男に放った罵声に気を悪くしてしまったからだろうか。
彼女が多くの人たちに囲まれながら、酒と食事を楽しんでいると、人々を押し退けて、先程の男が現れた。
丸い顔に丸い眼鏡をかけ、ちょび髭を生やした少しばかり丸い体型の男である。
「あ、あの、先程の演説はお見事でした。本当に私、感動致しまして……」
「そう、ありがとう。そう言ってくれると嬉しいわ。それよりも、あなたは?あなたの目的はなんなの?どうして、こんな事をしているのかしら?」
「こんな事って?」
アントンに尋ね返され、エルダーは思わず苦笑してしまう。
少しだけ可愛らしい声で笑った後に理由を説明していく。
「演説よ。どうして、あなたは誰にも訊かれていない演説をしているのか気になったのよ」
「そ、それはだね。その、人を集めるためさ」
「人を?」
「あぁ、今のこの混迷極まる時代を生き抜くため、人々を守るためにこの党を立ち上げたんだ。人を救えるかなと思ってさ」
この時、アントンのこの言葉を聞いて、エルダーの脳裏によぎったのは傀儡化計画である。今まで、様々な王朝で数々の王や皇帝を傀儡にしてきた様に、この男を傀儡にして、この党を乗っ取られないだろうか。
アントンの属する党を新たな自身の駒として利用し、今度は自らが表舞台に出て、ガレリアを支配するのだ。
先程の言葉を聞く限り、アントンという男はお人好しで、それでいて、間抜けなのだろう。
食い物にするには最適とも呼べる人材である。
エルダーは椅子の上から立ち上がると、彼の腕を取り、優しい声を上げると、優しい声で言った。
「あなたの素晴らしい理念に感動したわ。私もあなたの党に、いいえ、魔法国家救済党。マナエ党に入れてもらえないかしら?」
「マナエ?」
聞きなれない単語に両眉を上げるアントンに向かって、エルダーは優しい声で答えた。
「私が作った魔法国家救済党の略称よ。「魔法」「国家」「救済党」の上の文字をそのまま一文字に略して作り上げたのよ。あんな長い名前よりも、こっちの方が人々にはわかりやすいでしょ?」
エルダーの言葉を聞いて、アントンは顔を金貨のように輝かせていく。
疑う事を知らない純粋培養の青年は見ていて、気持ちがいい。
エルダーは彼を骨の髄までしゃぶってやろうと決意したのである。
エルダーは総統官邸の中にある自身の書斎の中央に置かれている大きな机の上で腕を組みながら、今後の事を思案していく。
「……ここはルイーダをうんと曇らせるしかないでしょうね。そのための儀式を行わなくてはいけないわ」
エルダーが椅子の上から立ち上がった時だ。彼女の懐から一個のロケットがこぼれ落ちていく。
エルダーがそれを拾い上げると、そこにはかつての自身の恋人、アントンと今とは変わり、ドレス姿の自身が映っている。
(マナエ党の結成式の写真……懐かしいわね。私は長い時間を生きたけれど、真剣に愛したのはあなた一人よ。アントン……)
アントンことアントン・レムージュはマナエ党の最初の党首であり、彼女の恋人であった男である。
魔法によって国家を救済する魔法国家救済党の理念を掲げたはいいものの、少ない人員と党としての理念も固まっていなかった事もあり、エルダーが入る前は人々から無視されていた政党である。
エルダーは革命後、宮廷魔導師の職業を追われ、あてもなく潜り込んだ酒場で懸命に人々に訴えかける姿がアントンとの初対面であった。
アントンは酒場で人々に馬鹿にされながらも、懸命に演説を繰り返していたのだ。
「私は……その……あの、えっと、とにかくこの国を変えたいと思っておりましてーー」
「黙れよ!どうやって変えんのか具体的に言えよ」
周りからは馬鹿にしたような野次が飛び交う。同時に、他の人々からも同様の野次が飛び交っていく。
アントンはその度に口籠るので、酒場に集まった人々からすれば、絶好の鬱憤晴らしだったのだろう。
ジョッキを投げ付けられ、悲観して俯く彼の姿を見たエルダーはやり切れなくなり、彼の代わりに演説を代行したのだ。
彼女はアントンを自身の背後へと下げると、黙って、人々を睨む。
だが、今度はエルダーに向かって野次が飛び交っていく。半ば集中的に浴びせられる罵声を受けてもなお、彼女は平然と人々を見つめていた。
なぜ、黙っているのだろう。アントンが不穏に思っていた時だ。不意に彼女が口を開き、ようやく演説を始めていく。
「……先の大戦においての敗戦はなんでしょう?前線では兵士たちは勝っていたと聞きます。この事実から示す事は先の大戦における敗因は兵士たちの努力不足などではありません……では、何かッ!それは、戦争の最中であるにも関わらず、余計な事をしでかしたこの国の指導者たちを名乗る人物たちですッ!」
人々はその言葉を聞いて、思わず目を見合わせた。
だが、彼女は人々の驚愕など気にする事なく、演説を続けていく。
「この国の指導者たちを名乗る卑劣漢どもは卑劣にも皇帝陛下を追い出し、ガレリアを自分たちのものにしようと目論み、結果として、我々は屈辱と恥辱とに塗れた暮らしを送らねばならなくなってしまったのです!」
戦後、貧困に陥っていり、今の体制に不満を持っていた人々はエルダーのこの演説に全力で拍手を送っていく。
「自由でスープが飲めますか!?平等で
パンがえられますか!?違いますッ!そんなものはまやかし、耳障りのいい言葉に過ぎませんッ!奴らはそんな綺麗事であなた方を惑わし、この国を終わらせたのです!そんな絶望と闇に見舞われた国の中にも光があります!それが、我々、魔法国家救済党なのです!みなさん、今後は我々を応援してくださいませ!」
人々の理性は完全に吹き飛ばされた。今や酒場に集まった人々は拳を振り上げながら、流星の如く現れた美女に期待を送っていく。
人々の歓声と拍手とに迎えられ、エルダーは自身の席へと戻っていく。
その日の酒は特に美味しかった。というのも、演説を聞いた多くの人々が彼女に酒や食事を奢りに現れたからだ。
その中でも、一番、彼女に媚を売っていたのは集まった人々の中でも最初にアントンに向かって罵声を投げ掛けた男であった。店の中の一番高い酒を奢り、その後に揉み手で媚び諂いながら言った。
「いやぁ、素晴らしい。我々の思っている事を代弁してくださり、誠に感謝しておりまする。はい」
「……そう、なら、話しかけないでくれる?折角の高い酒が楽しく飲めないじゃあないの」
なぜ、ここまで冷たく当たってしまうのかはわからない。
あの男が最初に演説をしようとしていた男に放った罵声に気を悪くしてしまったからだろうか。
彼女が多くの人たちに囲まれながら、酒と食事を楽しんでいると、人々を押し退けて、先程の男が現れた。
丸い顔に丸い眼鏡をかけ、ちょび髭を生やした少しばかり丸い体型の男である。
「あ、あの、先程の演説はお見事でした。本当に私、感動致しまして……」
「そう、ありがとう。そう言ってくれると嬉しいわ。それよりも、あなたは?あなたの目的はなんなの?どうして、こんな事をしているのかしら?」
「こんな事って?」
アントンに尋ね返され、エルダーは思わず苦笑してしまう。
少しだけ可愛らしい声で笑った後に理由を説明していく。
「演説よ。どうして、あなたは誰にも訊かれていない演説をしているのか気になったのよ」
「そ、それはだね。その、人を集めるためさ」
「人を?」
「あぁ、今のこの混迷極まる時代を生き抜くため、人々を守るためにこの党を立ち上げたんだ。人を救えるかなと思ってさ」
この時、アントンのこの言葉を聞いて、エルダーの脳裏によぎったのは傀儡化計画である。今まで、様々な王朝で数々の王や皇帝を傀儡にしてきた様に、この男を傀儡にして、この党を乗っ取られないだろうか。
アントンの属する党を新たな自身の駒として利用し、今度は自らが表舞台に出て、ガレリアを支配するのだ。
先程の言葉を聞く限り、アントンという男はお人好しで、それでいて、間抜けなのだろう。
食い物にするには最適とも呼べる人材である。
エルダーは椅子の上から立ち上がると、彼の腕を取り、優しい声を上げると、優しい声で言った。
「あなたの素晴らしい理念に感動したわ。私もあなたの党に、いいえ、魔法国家救済党。マナエ党に入れてもらえないかしら?」
「マナエ?」
聞きなれない単語に両眉を上げるアントンに向かって、エルダーは優しい声で答えた。
「私が作った魔法国家救済党の略称よ。「魔法」「国家」「救済党」の上の文字をそのまま一文字に略して作り上げたのよ。あんな長い名前よりも、こっちの方が人々にはわかりやすいでしょ?」
エルダーの言葉を聞いて、アントンは顔を金貨のように輝かせていく。
疑う事を知らない純粋培養の青年は見ていて、気持ちがいい。
エルダーは彼を骨の髄までしゃぶってやろうと決意したのである。
0
お気に入りに追加
114
あなたにおすすめの小説
闇の世界の住人達
おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
そこは暗闇だった。真っ暗で何もない場所。
そんな場所で生まれた彼のいる場所に人がやってきた。
色々な人と出会い、人以外とも出会い、いつしか彼の世界は広がっていく。
小説家になろうでも投稿しています。
そちらがメインになっていますが、どちらも同じように投稿する予定です。
ただ、闇の世界はすでにかなりの話数を上げていますので、こちらへの掲載は少し時間がかかると思います。
初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。
ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。
※短いお話です。
※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
死に戻り王妃はふたりの婚約者に愛される。
豆狸
恋愛
形だけの王妃だった私が死に戻ったのは魔術学院の一学年だったころ。
なんのために戻ったの? あの未来はどうやったら変わっていくの?
どうして王太子殿下の婚約者だった私が、大公殿下の婚約者に変わったの?
なろう様でも公開中です。
・1/21タイトル変更しました。旧『死に戻り王妃とふたりの婚約者』
王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました
悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。
クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。
婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。
そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。
そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯
王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。
シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯
貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後
空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。
魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。
そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。
すると、キースの態度が豹変して……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる