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探索編

エルダー・リッジウェイの過去

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「……まさか、あの男まで殺されてしまうなんてね。予想以上だわ」

エルダーは総統官邸の中にある自身の書斎の中央に置かれている大きな机の上で腕を組みながら、今後の事を思案していく。

「……ここはルイーダをうんと曇らせるしかないでしょうね。そのための儀式を行わなくてはいけないわ」

エルダーが椅子の上から立ち上がった時だ。彼女の懐から一個のロケットがこぼれ落ちていく。
エルダーがそれを拾い上げると、そこにはかつての自身の恋人、アントンと今とは変わり、ドレス姿の自身が映っている。

(マナエ党の結成式の写真……懐かしいわね。私は長い時間を生きたけれど、真剣に愛したのはあなた一人よ。アントン……)

アントンことアントン・レムージュはマナエ党の最初の党首であり、彼女の恋人であった男である。
魔法によって国家を救済する魔法国家救済党の理念を掲げたはいいものの、少ない人員と党としての理念も固まっていなかった事もあり、エルダーが入る前は人々から無視されていた政党である。
エルダーは革命後、宮廷魔導師の職業を追われ、あてもなく潜り込んだ酒場で懸命に人々に訴えかける姿がアントンとの初対面であった。

アントンは酒場で人々に馬鹿にされながらも、懸命に演説を繰り返していたのだ。

「私は……その……あの、えっと、とにかくこの国を変えたいと思っておりましてーー」

「黙れよ!どうやって変えんのか具体的に言えよ」

周りからは馬鹿にしたような野次が飛び交う。同時に、他の人々からも同様の野次が飛び交っていく。
アントンはその度に口籠るので、酒場に集まった人々からすれば、絶好の鬱憤晴らしだったのだろう。
ジョッキを投げ付けられ、悲観して俯く彼の姿を見たエルダーはやり切れなくなり、彼の代わりに演説を代行したのだ。
彼女はアントンを自身の背後へと下げると、黙って、人々を睨む。

だが、今度はエルダーに向かって野次が飛び交っていく。半ば集中的に浴びせられる罵声を受けてもなお、彼女は平然と人々を見つめていた。
なぜ、黙っているのだろう。アントンが不穏に思っていた時だ。不意に彼女が口を開き、ようやく演説を始めていく。

「……先の大戦においての敗戦はなんでしょう?前線では兵士たちは勝っていたと聞きます。この事実から示す事は先の大戦における敗因は兵士たちの努力不足などではありません……では、何かッ!それは、戦争の最中であるにも関わらず、余計な事をしでかしたこの国の指導者たちを名乗る人物たちですッ!」

人々はその言葉を聞いて、思わず目を見合わせた。
だが、彼女は人々の驚愕など気にする事なく、演説を続けていく。

「この国の指導者たちを名乗る卑劣漢どもは卑劣にも皇帝陛下を追い出し、ガレリアを自分たちのものにしようと目論み、結果として、我々は屈辱と恥辱とに塗れた暮らしを送らねばならなくなってしまったのです!」

戦後、貧困に陥っていり、今の体制に不満を持っていた人々はエルダーのこの演説に全力で拍手を送っていく。

「自由でスープが飲めますか!?平等で
パンがえられますか!?違いますッ!そんなものはまやかし、耳障りのいい言葉に過ぎませんッ!奴らはそんな綺麗事であなた方を惑わし、この国を終わらせたのです!そんな絶望と闇に見舞われた国の中にも光があります!それが、我々、魔法国家救済党なのです!みなさん、今後は我々を応援してくださいませ!」

人々の理性は完全に吹き飛ばされた。今や酒場に集まった人々は拳を振り上げながら、流星の如く現れた美女に期待を送っていく。
人々の歓声と拍手とに迎えられ、エルダーは自身の席へと戻っていく。
その日の酒は特に美味しかった。というのも、演説を聞いた多くの人々が彼女に酒や食事を奢りに現れたからだ。

その中でも、一番、彼女に媚を売っていたのは集まった人々の中でも最初にアントンに向かって罵声を投げ掛けた男であった。店の中の一番高い酒を奢り、その後に揉み手で媚び諂いながら言った。

「いやぁ、素晴らしい。我々の思っている事を代弁してくださり、誠に感謝しておりまする。はい」

「……そう、なら、話しかけないでくれる?折角の高い酒が楽しく飲めないじゃあないの」

なぜ、ここまで冷たく当たってしまうのかはわからない。
あの男が最初に演説をしようとしていた男に放った罵声に気を悪くしてしまったからだろうか。
彼女が多くの人たちに囲まれながら、酒と食事を楽しんでいると、人々を押し退けて、先程の男が現れた。

丸い顔に丸い眼鏡をかけ、ちょび髭を生やした少しばかり丸い体型の男である。

「あ、あの、先程の演説はお見事でした。本当に私、感動致しまして……」

「そう、ありがとう。そう言ってくれると嬉しいわ。それよりも、あなたは?あなたの目的はなんなの?どうして、こんな事をしているのかしら?」

「こんな事って?」

アントンに尋ね返され、エルダーは思わず苦笑してしまう。
少しだけ可愛らしい声で笑った後に理由を説明していく。

「演説よ。どうして、あなたは誰にも訊かれていない演説をしているのか気になったのよ」

「そ、それはだね。その、人を集めるためさ」

「人を?」

「あぁ、今のこの混迷極まる時代を生き抜くため、人々を守るためにこの党を立ち上げたんだ。人を救えるかなと思ってさ」

この時、アントンのこの言葉を聞いて、エルダーの脳裏によぎったのは傀儡化計画である。今まで、様々な王朝で数々の王や皇帝を傀儡にしてきた様に、この男を傀儡にして、この党を乗っ取られないだろうか。
アントンの属する党を新たな自身の駒として利用し、今度は自らが表舞台に出て、ガレリアを支配するのだ。
先程の言葉を聞く限り、アントンという男はお人好しで、それでいて、間抜けなのだろう。

食い物にするには最適とも呼べる人材である。
エルダーは椅子の上から立ち上がると、彼の腕を取り、優しい声を上げると、優しい声で言った。

「あなたの素晴らしい理念に感動したわ。私もあなたの党に、いいえ、魔法国家救済党。マナエ党に入れてもらえないかしら?」
「マナエ?」
聞きなれない単語に両眉を上げるアントンに向かって、エルダーは優しい声で答えた。
「私が作った魔法国家救済党の略称よ。「魔法」「国家」「救済党」の上の文字をそのまま一文字に略して作り上げたのよ。あんな長い名前よりも、こっちの方が人々にはわかりやすいでしょ?」

エルダーの言葉を聞いて、アントンは顔を金貨のように輝かせていく。
疑う事を知らない純粋培養の青年は見ていて、気持ちがいい。
エルダーは彼を骨の髄までしゃぶってやろうと決意したのである。
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