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探索編

映画館での出来事

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「お、お前はこの世に居てはいけないんだッ!すぐにでもこの世から消え去ってしまえ!」

白衣を着た中年の男は散弾銃を構えながら、目の前から迫る怪物に向かって叫ぶ。
男の目の前から迫る怪物の皮膚は人工物である。多くの皮膚を繋ぎ合わせて作られたものなのだ。そればかりではない。体そのものが自然のものではなかった。

彼は目の前にいるアクロニア帝国の地方貴族で、爵位を持ちながらも、それを奢る事なく、博士号を取得した青年によって作られた怪物であるのだから。
では、なぜ怪物の生みの親である青年が銃口を向けているのか。それはたった一つの簡単な理由にある。
この怪物は人を殺したのだ。この怪物は知らなかったのだ。人を殺してはいけない、と。

怪物は人間が蠅や蚊を潰すのと全く同じ感覚で少年の命を奪ったのである。
発明者の青年博士としても、身を切られるよりも辛い思いだろう。
だが、それでも彼は勇気を振り絞り、怪物の頭に向かって引き金を引く。
すると、怪物の頭は大きな音を立てたかと思うと、そのまま地面の上へと倒れ込む。

「や、やったか?」

青年博士がそのまま近付いて、怪物へと近付いた時だ。怪物は不用心に近付いた生みの親の足を引っ張り、彼を地面の上へと転倒させたのである。
その時に、キャーという女性の悲鳴が鳴り響いていく。
大好きな怪奇映画を機嫌良く鑑賞していたハンスはその悲鳴に思わず両眉を顰めた。

映画の上映途中に耳障りな声を吐かれるほど不愉快な事はあるまい。
だが、それでも立ち上がったり、抗議の言葉を投げ掛けたりするのは、例の悲鳴よりも遥かに映画を観たい人々の集中を妨げる事になるだろう。
ハンスは不満に思いながらも、目の前の映画の画面に集中していく。

暫くの間は何もなかったのだが、やはり、またしても映画が耳障りな悲鳴によって中断させられてしまう。
ハンスは今度は眉間に思いっきり皺を寄せ、その表情のまま悲鳴を上げた女性を強く睨む。
女性は恐らく、自分と同じく魔銃士育成学園の学生なのだろう。制服に短い髪を整えた可愛らしい顔をした娘である。

その隣には彼氏だと思われる同じく短い黒い髪をした青年が小さな声で笑っていた。
ハンスはその二人を尖ったガラスを思わせるような鋭い目で睨み、一時期、二人を黙らせると、再び映画へと集中していく。
だが、またしても耳障りな悲鳴が響き渡っていく。

そろそろ、ハンスの堪忍袋の尾が切れそうになった時だ。彼の隣に座っていた短いちょび髭にボサボサとした髪をした中年の男性が勢いよく立ち上がり、二人へと突っ掛かっていく。
二人が手に持っていたお菓子を叩き落としたのは舐められないようにするためだろう。
今や、彼女にとってはスクリーンに映る怪物よりも、目の前の中年男性の方が遥かに恐ろしいに違いない。

中年男性が怒りに頬の筋肉を震わせながらも、言葉を発しなかったのは映画を邪魔しないという配慮のためだろう。
男の剣幕に怯えた二人のカップルは慌てて、映画館から逃げ出す。
二人が座席から離れたのを確認すると、中年男性は座り込み、また映画を観る作業に戻っていた。

ハンスはその男のおかげで、そのまま映画に集中できた。
そして、映画が終わるのと同時に、彼はその中年男性の元へと駆け寄り、先程の礼を述べていく。

「いいや、別にお前のためにやったわけじゃあねぇよ。オレのためにやっただの事さ。だから、礼を言われる筋合いなんてねぇ」

と、男はハンスを追い払うと、そのまま映画館から去ってしまう。
その事を彼は夏休みの日に学校の宿題に追われるルイーダを助けるために訪れたアパートの中で話していた。

「へぇ、そんな奴がいるものか」

ジードは感心したように言った。

「あぁ、そこもそうだが、オレが気になるのはあのちょび髭なんだ。この町でそんな奴がいるのかな?と思ってさ。ルイーダに勉強を教えるがてらに相談にきたってわけさ」

「ううむ、確かに気になるな」

ハンスは顎を親指と人差し指をさすりながら、目の前で紅茶を啜る青年が体験したという人物に対しての考察を深めていこうとしたのだが、隣りで本やら教科書やらを山のように積み上げて勉学に励んでいる。どれもこれも、一重に夏休みの課題のためである。
鉛筆を走らせる音や息詰まり、唸り声を上げる様が今のジードには雑音にしか聞こえない。
だが、言い出したのはこちらである手前、注意する事もできない。

ジードは自分の横で懸命に課題に取り組み、一段落をするのを待った。
暫くの時間を置くと、歴史の課題が一段落したのか、彼女は鉛筆を放って、課題の終息を告げたのである。

「取り敢えずはお疲れ様と言っておくぞ」

「あぁ、ありがとう……ジード。すまないが、水を持ってきてくれないか?」

「あぁ、オレが持ってくるよ」

ハンスは椅子の上から立ち上がると、台所の蛇口を捻り、コップを近付けて、即席のお冷やを作り出し、彼女に手渡す。
ルイーダはそれを勢いよく飲み干し、コップを机の上に置くのと同時に、ハンスと向き直る。

「ハンス。キミが遭遇したという妙な男について、もう一度、詳しく聞きたいんだが」

ハンスは先程よりも更に詳しい情報をルイーダに向かって語っていく。

「……そうか、ありがとう。大体はわかった」

「よかった。けど、妙だと思わないか?あんな特徴的な髭をしてるなんて……ちょび髭だぞ!」

「確かに、ここら辺では見かけないが、首都の方ではああいう髭が流行っているらしいぞ。案外、あの男は首都の人間なのかもな」

ルイーダのその呑気な言葉にハンスが思わずに閉口していると、不意にジードが尋ねた。

「そういえば、その人に何か他に特徴はなかったか?なんでもいいけど、そのちょび髭以外に目立つ所はなかったのかい?」

「あぁ、そうだ。全体的に服が荒れてたのを覚えてるよ。どことなく服がボロボロだったのも」

「……服がボロボロでちょび髭……それでいて、乱暴に見えて優しい性格。まるで、竜暦三百年代の諸侯の一人、槍公コンラッドのようだ」
と、不意にルイーダが口ずさむ。

「お前、さっきやってた歴史の問題に引っ張られすぎなんじゃあないのか?コンラッド槍公はもう七百年前に死んだんだぞ。お前みたいに乱暴に聖堂に押し込められたわけじゃあないから、仮死状態でずっと眠ってて、生きてましたなんてのは例外中の例外なんだぞ」

ジードは興奮する妻に対し、冷静かつ的確な突っ込みを入れる。

「では、蘇ったという可能性は?私が生きていた頃には蘇生魔法は普通にあったぞ!」

「お前が生きてた頃だろ?今じゃ、蘇生魔法なんて、廃れてしまってるよ」

ルイーダが腕を組みながら、他の可能性を検討していた時だ。
不意に、扉を叩く音が聞こえた。
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