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探索編

新たなる破滅の序曲

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「いたか?」

「いいや、こっちには逃げていない。クソ、あの野郎……どこに逃げやがった」

そう吐き捨てるのはマナエ党秘密警察職員の男である。
二人は総統からの直々の命令を受け、この町まで逃げてきたフォックス博士を追ってきた男たちである。
二人の目的はフォックス博士を拿捕する事にあった。

というのも、その理由か、フォックス博士がガレリア国内にて伝えられていた極秘の潜水艦設計図を盗んで逃亡したからにある。

「あの潜水艦設計図が国外に渡れば大変な事になるぞ」

「あぁ、なにせ、潜水艦設計図は今後にも関わる重要なものだからな。あの野郎から潜水艦設計図を奪い返せれば、それでよし……渡せなけりゃあ」

「始末するのか?クラウス?お前は喧嘩っ早くていかんな」

クラウスと呼ばれた赤い髪を背中に垂らした顔立ちの青年は迷う事なく「そうだ」と答えた。

「ケッ、オレはこんなガキのお守りか……やり切れんな」

「そうボヤいてくださるな。オレには光るものがあるのはあんたが一番よーくご存知だろ?ゲルルフ殿」

そう言われれば、彼としても悪い気がしないではない。
秘密警察の中において、ゲルルフ・フォン・ドッペンベルクは上位の地位にあり、なんと、ガレリア総統との直の面談まで許されているのである。
直々の命令を受け入れられたのも、このためである。
普段ならば、淑女然とした顔をしているのだが、昨日はその前の日に折角の併合が破断していたので、いつになく不機嫌な様子で命令が伝えられた。

これ以上、彼女の機嫌を悪くするわけにもいくまい。
ゲルルフは急いで首都から、クラウスと共に博士の最後の情報が目撃されたとされるこの街へと侵入したのである。
ただし、首都で別の用事を済ませていた事や列車での移動なども重なり、着く頃にはすっかりと辺りの景色は黒く染まっていた。

だからだろうか、その気配は微塵も見えない。二人が街灯の灯りだけを目印に、歩いていると、目の前に二人の男女が並んで歩いている事に気がつく。
二人は慌てて旅装の二人の元へと駆け寄り、情報を募る。

「さぁ、オレたちはちょっとオーランジュから帰ってきたばかりなんで、詳しい情報はわからないんです」

「あぁ、我が夫の言う通りだ。私たちは旅行から帰ってきたばかりなんだ。だから、詳しい事はわからん」

隊長はこの時にじっと二人の目を見つめた。長らく秘密警察の上で尋問を行っていたためか、目を見れば、相手が嘘を吐いているのかがわかるのである。
二人の目は正常である。動揺した様子などは見えない。嘘を吐いてるようには思えない。
ゲルルフは尋問に付き合った礼を述べると、クラウスを連れて、夜の街の中へと消えていく。

二人の秘密警察の職員を見送った後に大きく溜息を吐いたのはジードである。
彼は去った後に額から溢れ出てきた冷や汗を拭った後に自身の側で平然とした顔をするルイーダを見て、思わず皮肉の混じった言葉を吐いてしまう。

「お前、よくそんなに平然としていられるな?あんな奴らに目をつけられたら、大変な事になるとか思わないの?」

「騎士たるもの、あんな奴らなど恐るるに足らん。騎士というのは例え、ゴブリンに嬲られそうになっても、絶対に喋ってはならん事は喋らんのだ」

「そうなると、喋っていい事は喋るんだな?」

「当たり前だ。全部、嘘だったら、こちらの嘘の中身も徐々に整合が取れなくなってしまうからな。それよりは少しだけでも真実を混ぜて喋った方がいい」

ルイーダの尋問のすり抜け方にジードが苦笑していた時だ。
突然、黒いローブを纏った青年が姿を表す。
途端に、ルイーダの両目が大きく見開いていく。まるで、幽霊でも見たかのような唖然とした顔である。

だが、ジードはそれをおかしくも思わない。と、いうのも、実際に目の前に人が現れれば、誰でもその様な表情をするであろうから。
だが、それを差し引いても彼女の硬直時間は長かった。
目の前の青年の姿を見て、呆気に取られている様に見えたのだ。

ルイーダがいつもの様な凛々とした様子を失っているのも珍しい。
ジードが何か言おうとすると、先に現れた青年が声を出す。
それは、低く、それでいて深みを感じさせる声であった。

「久し振りだな。ルイーダ。まさか、千年の時間を経た後にお前と再会できるとは思えなかった」

「……お前こそ、息災そうだな。グレゴリー」

ここにきて、ようやくルイーダは言葉が出たらしい。いつもよりも弱々しい声でグレゴリーにそう伝えた。
ジードは思わずに「あっ」と叫んでしまう。
目の前に紫色のローブに身を包んだ端正な青年こそが伝説の大魔法使い、グレゴリー・サプレッサーであったのだ。

「お前はこの世界の『破滅』を阻止した。それについては誉めさせてもらおう。だが、また新たなる『破滅』が世界の元に迫っている。オーランジュを救った様に、今度はその『破滅』からも救ってもらいたい」

「その事というのは?」

「……お前は災いの種子となるものを男から受け取った。その種子を絶対に滅びの魔女とその手下に渡すな。さすれば、魔女はその力を用いて、終末のラッパを鳴らすだろうからな」

グレゴリーは意味深に告げると、そのまま指を鳴らして姿を消す。
彼の姿はまるで、初めからそこには居なかったかの様に消えていたのであった。

「なぁ、災いの金貨っていうのはなんなんだ?」

ジードは彼の姿が消えるのと同時に、ルイーダに尋ねた。

「恐らく、あの白衣の男から渡されたこれだろうさ」

ルイーダ金貨の入った自身の上着のポケットを得意そうに叩いていく。

「……成る程、災いの種子というのは恐らく、この金貨の事だろうな。この金貨にどんな秘密があるのかはわからんが、博士が約束した期日まで、我々の手で大切に預からせてもらおうではないか」

ルイーダはなぜか、表情を曇らせる夫を連れて、自分たちの家へと戻っていく。

「さぁ、ジード!顔色が優れないようだから、今日はゆっくりと休もう!」

「お前、宿題するのが面倒くさいだけだろ?18のくせにオレよりガキなんだから……」

「よいではないか!無理に宿題をすると、それこそ、集中できんぞ!」

と、ルイーダは強引に手を引っ張り、夜の街を進む。
ジードは鉛のような重い溜息を落とし、彼女の手によって、強引に引っ張られるまま自身のアパートへと戻る事になったのだ。
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