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冒険編

双頭のスパイ

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「生憎だが、貴様らに渡すものなど何もない。お帰り願おうか」

ルイーダは唇を三日月の型に歪めながら言った。

「貴様、ルイーダ・メルテロイッ!ガレリア人の貴様がどうして、王宮にいる!?」

「騎士として、王を守るのは当然だろう?それに、全てのガレリア市民がマナエを支持していると思うな?」

「よもや、その例外が学園の秩序を見出した自称女騎士だったとは……」

「なんとでもいえ。この剣も、この国もマナエ党貴様らには渡さん」

ルイーダはその剣を抜き、その剣先を突き付けながら告げた。
剣の先が怪しく光り、ヘルマンにはその光が自分たちを許さないと言っているように見えた。
そのためだろう。後方へと足が下がっている事に気が付く。

あまりにも恐らく感じられたのだ。だが、怯むわけにはいかない。
ヘルマンはルイーダが階段から降りて、擬似高速魔法を用いて、ルイーダの元へと迫り、切り掛かっていく。
一太刀目は完全に仕損じたのだが、ニ太刀目は彼女の持つ剣に当たったらしい。

金属と金属とがぶつかり合う音が響いていく。
懸命に短刀を振るうものの、ルイーダは余裕のある表情を崩してはいない。
ヘルマンは冷や汗を流しながら、下唇を噛み締めていく。

不味い。そう感じた時だ。不意に自信のバランスが大きく崩れた事に気がつく。
ルイーダはそれを見過ごす事はせずに、そのまま踏み込んで、真横から剣を引いてヘルマンを狙う。
ヘルマンは慌てて、短刀を縦に構えてその剣を防ぐ。

そこから、ヘルマンは懸命に逆転を試みた。弧を描いたかと思うと、短刀の剣先をルイーダへと近付いたはいいが、掠めることすらできずに、それは虚しく空を突くのである。
ヘルマンは舌を打ち、もう一度攻撃を繰り出していく。
だが、それらの攻撃がある事はない。目の前の男装の騎士と自分の腕の差をマジマジと突き付けられたような気がした。

同時に、自身の手から短刀が滑り落ちていくのを確認した。
どうやら、目の前の女に短刀を剣で弾かれたらしい。

「ば、バカな!オレがここまで……」

「弱すぎるな。貴様では相手にならない」

ルイーダは男の首元に剣先を突き付けると言った。

「オレは士官学校でも剣術の授業においては上位の成績を残していた筈だ……それなのに、どうして?」

「答えてやろう。それは、私と貴様とでは積み上げてきたものが違うからだ。貴様は総統とやらの下でぬくぬくと過ごしてきたが、私は昔から騎士団を率いて、王の名の下に様々な敵と剣を切り結んできた。その差だよ」

「ルイーダ・メルテロイの名前は本物なのか?そうだったら、オレが負けるのも無理はねぇわな」

彼は俯いたが、すぐに顔を上げて狂ったように笑い始めていく。
彼の高笑いがルイーダの耳をつん裂く。
同時に、ヘルマンはゆっくりと起き上がったかと思うと、短刀を拾いに向かう。

擬似高速魔法と本物の高速魔法とで競い合っていたのだが、残念な事に、短刀を拾い上げたのはヘルマンの方が早かった。
そればかりではない。背後から機関銃や散弾銃を構えた彼の部下までもが姿を表していく。

「形成逆転だな?伝説の女騎士、ルイーダ・メルテロイ殿」

「どうかな?貴様の部下程度が来たところで、私が負けるとは思えんがね」

ルイーダは剣を取ると、そのまま高速魔法を用いて、ヘルマンの部下を襲っていく。
散弾銃と機関銃とを持った部下がそれぞれ半数であったので、ルイーダは真横から剣を放ち、見事な白色の光の閃光を放つ。
同時にうめき声を上げて、そのまま息絶えるのかと思われたのだが、それを阻止したのはヘルマン本人である。

しかも、先程の彼では見せられないような俊敏なタイミングで自身の剣を防いでいた。
よく見れば、顔が違うような気もする。少なくとも、彼の目はあんなにもギラついていなかった。
ルイーダが首を傾げていると、ヘルマンは腕を振り上げて、ルイーダ本人を弾いていく。

体を起こしながら、ルイーダは自身が今握っている剣のように鋭い目付きで睨みながらヘルマンに向かって問い掛ける。

「お前、何者だ?先程のお前とでは随分と違うが、何があった?」

「……よく気付いた。そうよ。オレはヘルマンとは違うッ!オレの名前はフランツ・フォン・ツェーン!ガレリアにおいて、最も優秀な一族の一員よッ!」

「……噂には聞いていたよ。ガレリアの昔からの怪談にお前のような男が居たという話は」

「その通りよ。有名話だとよぉ、竜暦400年代の初頭に幼い頃に死んだ兄の人格を心に宿して、時折、その兄に統治を任せていた王の話があったよなぁ?このヘルマンもその王と同じなんだぜ。学生時代に死んだオレをヘルマンの体の中で生かしてくれたんだ。その代わりに、こいつが危なくなったら、オレが身代わりになる……持ちつ持たれつとはよく言ったもんだ」

ヘルマンはいや、今の場合はフランツというべきだろうか。
彼はヘルマンの顔のまま、下衆びた笑顔を浮かべたかと思うと、短刀を構えて、ルイーダの元へと切り掛かっていく。
フランツの苗字はクレメンティーネと同じで、ガレリア国内における高貴なる数字を持つ一族らしく、凄まじい威力である。

ヘルマンが使えていた擬似高速魔法は彼自身も使える上に、彼には凄まじい力があった。
それは自身の拳を丸めたかと思うと、その拳を小手のような鎧で覆ってその勢いのまま相手を殴り付けるという力である。
ルイーダは咄嗟に剣を用いて防いだものの、防いだ時に思わずに膝を突く程の衝撃が彼女を襲ったのである。

恐らく、あれを喰らえば、ルイーダといえども地面の上に倒れかねない。
彼女はフランツが強烈な一発を放つのと同時に、懸命に交わさなくてはいけなくなってしまう。
一応は彼に空を直撃させているのだが、その振動が顔にまで届く辺り、彼の力の凄まじさがわかる。

すなわち、余震である。余震にルイーダは怯みそうになっていた。
それでも、彼の拳と剣とを付き合わせられる理由というのは彼女の騎士としての誇りが彼女を突き動かしているからだろう。
フランツも勿論、その事を理解しているだろうから、彼女の恐怖心を増幅させるために、時にわざと彼女の近くで振動を起こさせるのである。

ルイーダに怯えの感情が見えてきた。
フランツがそのままルイーダの頭を叩き潰すために、目の前から拳を繰り出していく。
だが、あろう事な、ルイーダは雄叫びを上げて、フランツの拳を弾いていく。
フランツは思わずよろめいてしまったが、それでも、踏みとどまったかと思うと、血走った目に口元の笑みという姿で、ルイーダに向かって笑い掛ける。

フランツという男が彼女にはなんとも底知れない怪物のように思えた。
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