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冒険編

不穏な動き

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「総統閣下にお伝えください。必ずや、あの剣を総統の手に渡すと」

『期待しているぞ。ヘルマンくん。オーランジュ王国は我々が求める領土の一部なのだ。我々、大帝国がこの大陸の中に君臨するためには、オーランジュ王国の宝剣というのはなくては困る存在なのだ。軍隊が進めば、王室はその財宝を必ずや放棄するだろうからな。最後に本当に頼むぞ、これ以上、私を……いや、我が党を失望させてくれるなよ』

「お任せを、必ずや、我々の手でオーランジュ王国の財宝を手に入れて見せましょう」

マナエ党の若い腕利きの諜報員、ヘルマン・ディルベニッヒは自信満々に言ってのけた。
初め、彼と彼の部下が総統から受けた命令は魔法学園のある街に侵入したスパイを始末した後にオーランジュ王国に侵入し、軍事介入の口実を作れというものである。
そのため、オーランジュ王国に立ち寄る最中に街で諜報員の一人を尾行させたのはいいが、それを失ってしまう。

そればかりではなく、彼にたまたま重要な書類を持たせていたので、そのために、敵の手にそれを渡してしまい、総統の目論んだ計画を泡にしてしまったのだ。
そのため、死刑判決を受ける覚悟で、首都に戻ったのだが、そこで彼は意外にも、上官から最後のチャンスを与えられたのだ。
彼にとってはまたとない汚名返上のチャンスであるのと同時に、彼や彼の部下が命を守る事ができる最後のチャンスでもあった。

それが、電話口で指示された剣の奪取である。
ヘルマンは他の若い諜報員と共にオーランジュ王国に旅人して潜り込み、宝剣を手に入れる事になったのだ。
ヘルマンは背後の部下たちを激励して、オーランジュの土地へと足を踏み出したのである。














同時刻。他のオーランジュ市民同様に新聞紙を丸め捨てる五名ほどの男たち。
全身を黒のスーツに身を包ませた男たちである。

「クソ!スコールズ王国め、余計な事を……これでは、アクロニアが介入できないではないか!」

五名の中でも一番、荒い性格をしており、その証拠として先程の言葉遣いと戦いで付いたと思われる十字の傷がその証といえるだろう。

「皇帝陛下はなんと仰せだ?」

四角い眼鏡をした鋭い目のいかにも、利己的ですと主張せんばかりの顔をした男が尋ねる。

「……計画が実行できない以上はオレンジの王国などに興味はない。だが、オレンジの王国に伝わる宝剣は引き続き欲しい……との仰せだ」

五人の中のリーダー格と思われる高い背に映画の準主役を演じる事はできそうな程の美しい顔を持った男は速達で届いた電報を読み上げた。

「つまり、我々帝国諜報局に泥棒をやれと?クソ!ただでさえ、あんなチンピラどもに金をやって大損した挙句に、仲間を男装の女に斬られて、この国の警察に勾留され、奪還しなくてはならんのに。これでは、なんのために直接、我々が派遣されたのか分からんではないか!」

十字の傷の男が忌々しげに吐き捨てる。

「落ち着け、両方とも奪い取ればいいだけの話だ。仲間も剣もな。そうだろ?お前たち」

男の目がガラスの刃のように怪しく光る。と、同時に他の男たちが一斉に肩をすくませていく。

「つまり、仲間に怪我をさせた奴をぶち殺して、剣を得れば、おれたちの苦労はようやく報われる。そう言いたいんでしょ?」

そう尋ねたのはこの中でも一番の最年少と思われる男である。
店で買ったと思われる林檎を噛みながら尋ねる。
沈黙を返答と取ったのか、少年は口の中飲み込んでいた林檎の芯を地面の上に勢いよく吐き捨てる。

林檎の芯が地面の上に転がっていく。その様子を眺めていたのは既に片目が潰れているためか、その目を眼帯で覆っている中年の男。
この男は喋らない。基本的にチーム内における会話には口を出さないという方針なのだ。
眼帯の男を除く、四人は胸の中に秘めていた共通の思いを同音異音で口に出す。

「オーランジュ王国の宝剣である赤い剣を奪取し、皇帝陛下に献上するものである!」

その言葉は何度も発されたためか、宙の上でこだましていき、やがては重なり合っていく。まるで、蛙の合唱のように。











「例の宝石が付いた剣は何処にあるんですか?その、なんとなく気になっちゃってさ」

翌日、堪らなくなったジードは警察署に尋ねに向かったのだが、警察署はやがて迫り来るであろうガレリア軍の襲撃に備えて、精一杯であり、答える余裕などなかったらしい。
慌てふためく、署員を相手にジードが額に手を当てていると、自身の背後を抜いて、少女は署員の一人に縋り付き、剣の居場所を問う。

「あの剣なら、地下の証拠保管室だが、今は剣どころじゃあないだろう!?」

「ふざけないでよね!あれはあたしにとって大事なもんなんだからッ!」

「大事なものって……あれ、きみが盗んだものだろ?」

ジードの指摘を受けても、彼女は項垂れるどころか、フンと鼻を鳴らして、口を尖らせてそっぽを向くばかりである。
それどころか、警察官を捕まえて、案内させようとせがむのだから始末におえない。
ジードが何日目かの溜息を吐いていると、入り口の扉が開き、五人の男が姿を表す。

五人はいずれも、黒のスーツに身を包んでおり、その格好は異常にも見えた。

「我々の仲間がここに運ばれたと聞いたが、そいつらが居るのはどこだ?」

「な、何者だ!?貴様ら!?」

警官は慌てて対処しようとするが、五人の男のリーダー格と思われる男が拳銃を突き付けたために、警官は身動きが取れなくなってしまう。
その動けなくなっている警官の頬を彼は銃の筒で殴り飛ばし、鼻血と恐怖との感情とを共に流す警官に向かって、今度は氷よりも冷たい声で問い掛ける。

「質問を質問で返すな……腹が立つ。で、もう一度だけ問うぞ、貴様らが捕らえた筈の仲間はどこだ?我々は既に情報を張り巡らせて知っているんだ。貴様らがパトカーに我々の仲間を乗せて、運んだ事もな」

「び、病院だ。街の病院で治療を受けてる。尤も今朝にあんな事が報道されたばかりだから、病院がどうなっているのかはわからんが……」

「そうか、ありがとう」

同時に男は引き金を引いて、警官の命を奪う。その気軽さは人が道端の虫を踏み殺す感覚と似ていた。
咄嗟にジードが少女の目を隠し、彼女に衝撃的な場面を見せずに済んだのは不幸中の幸いであったかもしれない。
だが、なんといっても不愉快なのはこの男のやり口である。この男は人を殺す事になんの躊躇いももたなかった。

この男にとって、人の命など、虫ケラ以下なのかもしれない。
この有様を見て、そう思わざるを得なかった。
気が付けば、ジードは怒りのような感情に突き動かされ、気が付けば、死んだ警察官の拳銃を手に取り、男に突き付けていた。
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