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追跡編

怖がるなよ。我が同胞

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エルリカは博物館から逃走した後は路地裏のゴミ箱の裏に隠れて通常の街の警察官や武装警察隊の追跡を逃れていたのだが、夜になり、周囲の光がガス灯ばかりになったのを確認すると、その薄暗い光から避けるように闇の中を進み、街の外れの安さで人気のある古い年代のアパートの屋上へと辿り着く。
暫くはその屋上から地上の警戒網を眺めていたのだが、やがて、屋上に幸せそうな顔を浮かべた三人家族の姿が見えると、その最年少と思われる少年を人質に取り、少年の首元に石の槍を突き付けながら一家の人々に向かって言った。

「こんにちは!私の名前はエルリカ・キュルテンと言います!少しばかり、休養をしたいので、あなた方の家を貸していただけませんか?あっ、別に貸してもらうといっても、あなた方に出て行って欲しいとかいうわけじゃあないんです。私を少しの間だけ部屋に置いて欲しいんです。お願いしますよ」

最後にこそ「お願いしますよ」と懇願するような言葉がくっ付けられているものの、それは脅迫に他ならない。
殺人鬼の女性に石の槍を突き付けられて、怯えている息子を見て、二人の若い夫婦も思うところがあったのだろう。
真っ直ぐに首を縦に動かし、エルテカを自分たちの部屋へと招き入れていく。

そして、そのまま「お気に召すかはわかりませんが」という前置きを付け加えて、エルリカに食事を差し出したのである。これには、人質となっている夫妻の大事な一人息子を引き離すという目的もあったのだ。
幸にして、彼女は人質となっている息子を離して、普段は一家が食事を取っている食卓の上に座った。
食卓の上に並べられた食事のメニューはポテトスープに丸い形のパンに魚のフライにグリーンサラダという一般的なメニューである。

エルリカは試しに魚のフライを口にしたのだが、直ぐに満足そうな顔を浮かべて、頬を摩っていく。

「す、すっごい美味しいです!もうほっぺたがとろけちゃいそうで……あぁ、お姉様にもこのフライを食べさせてあげたいなぁ……」

一家はエルリカが発した「お姉様」という人物が誰の事を指しているのかを理解していた。
そう、学園の英雄にしてこの世に蘇った伝説の騎士『ルイーダ・メルテロイ』の事である。
例の事件の件は新聞を通して伝えられているので、彼女のルイーダへの『愛』は誰もが理解していた。

中には新聞を読まない人もいるだろうから、例外があるだろうが、この一家は例外の中には含まれていない。
一家がここ最近の恐ろしい言葉を聞いて、絶句していると、そんな青ざめた顔の一家とは対照的にエルリカは興奮したらしく、赤みの強い色を頬に浴びながら、一家にある事についての許可を求める。

「ねぇねぇ、このフライの作り方を教えてください!あ、勿論、よかったらの話ですよ。ご家庭に負担を掛けるわけにもいきませんもの」

「いえいえ、とんでもありません!翌日より、我々が付きっきりでお教えさせていただきますよ!」

一家を代表して、父親がエルリカの言葉に答えた。
そんな父親の好意を受け取った彼女は優しく微笑む。女神のように優しげな笑みにたちまちのうちに一家全員が魅了されてしまう。
一家は彼女が噂の殺人鬼だとは信じられなくなってしまったのだ。

なにせ、彼女の顔そのものは御伽噺に出てくるお姫様のように美しいのだし、今の所は口調も淑女そのもの。
世間一般で言われるような強盗のような口調ではない。
彼女は殺人鬼ではあるが、半ば本気で匿いたい。いや、殺人鬼と報道されている世間の報道こそが嘘なのかもしれない。

先程の笑みは一家にそう思わせる程の魔力を秘めていたといってもいいだろう。
エルリカは意図しない所でしばらくの間の安住の地を手に入れたといってもいいかもしれない。












「諸君!我々はこのような事態が起こってはいるが、騎士たるもの!鍛錬を行なってはならんとは思っている!よって、ここでは極秘裏の剣術試合を行う!」

そう叫んだのは騎士の会の会員の一人で、まだ会員となって日の浅い短くて黒い髪に青い瞳をした青年である。
彼はハンス以上に熱心な攻撃主義者であり、武装警察隊にかなりの不信感を持っていたために、有事に備えて、自分に同調する同志たちを集めて、密かに剣術試合を行なっていたのである。
無論、そんな危険分子を武装警察隊が見落とす筈もない。

試合が始まる寸前に周りをパトカーで取り囲み、散弾銃や機関銃で少年少女たちを威圧していく。

「動くなッ!時代遅れのクソガキどもめッ!」

クルトのその言葉に騎士の会の面々は抵抗をやめ、それぞれがパトカーに乗せられていく。

「これで全部か?思ったよりも少ないんだな」

クルトは帰りのパトカーの中で、助手席のデニスに愚痴をこぼすが、彼はなぜ少ないのかを彼に分かりやすく説明し、その内容を理解させる事に成功した。

「成る程、跳ね返り分子というのが思ったよりも少ないのか」

「ええ、奴らはガキどもとはいえ、筋金入りですから、仲間の事は絶対に売らないでしょう。奴らを辿っていけば、必ず、ルイーダに辿り着けるでしょう」

「逮捕さえできれば後はこっちのものなのだが、なにせ、例の件での逮捕理由では弱いらしいからな。クソ、ブラウンシュヴァイクめ、警部のくせにあの女なんかに肩入れしやがって」

「おまけに警部が勝手にその後に、あの事件を単なる喧嘩と処理してしまいましたからね。あの件での逮捕はもうできませんよ」

「だから、こうして、跳ね返り分子を探しているんだろ?糸を辿って、あの女に辿り着くために」

「ええ、勿論です。いずれは騎士の会の二分させ、その亀裂に乗じて、ルイーダめを逮捕致しましょう。なにせ、エルテカが逮捕されるなり、殺されるなりすれば、総統閣下のご来訪が決まってしまうのですからな」

クルトはその言葉を聞いて、真っ直ぐに首を縦に動かす。

「その通りだ。今はキュルテンの件で、延期している総統閣下がこの街を来訪なさる前に、奴らを逮捕しなくてはな……」

そのまま容疑者と警察の隊員を乗せたパトカーは警察署へと着いて、騎士の会の面々の取り調べを行う事になったのだが、やはり、デニスが予想した通りに誰もルイーダの「る」の字さえも口に出さない。
拳を振るおうとも、兵糧攻めにしようとしても、それは同じ事である。
クルトは騎士の会の会員の執念の深さを改めて思い知らされる事になったのである。
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