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追跡編

ブレーダレンとは何か

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『ブレーダレン』それはかつて、この世に存在した種族の中で、最も他の種族から恐れられていた種族である。
木の鎧兜に身を包み、虫のような醜悪な顔をした怪物。
顔こそ醜悪であるものの、その姿は俊敏。おまけに頭脳明晰ときている。

狩猟部族としてこれ程までに優れた部族はいまい。
槍と弓矢をつがい、自身の快楽のために人や他の亜人種を狩っていく。
それは人類が国家という社会形態を形成してもなお、続いたのだから人々は恐ろしくてたまらなかったに違いない。

人類を凌駕しそうな程の頭脳を持つのに、未だに『狩猟』に拘り、人やエルフやオーク、ゴブリンといった亜人種を殺し、それを芸術品として作成し自慢気に並べる『ブレーダレン』はまさしく異形の存在であったに違いない。
そのため、竜暦の百年代には種族、国家の垣根を越えて、亜人種の連合軍が結成され『ブレーダレン』掃討作戦が行われた。

「その連合軍によって『ブレーダレン』は徹底的に殺し尽くされ、今となっては世界のどこにも存在しない……それが私が眠っている間に起こった出来事だったな?」

ルイーダの問い掛けに歴史の授業でそう習った二人は共に頷く。
この二人の中には歴史の授業の際に子供向けの教科書に載っていた各国、各種族の兵士が並んだ絵や倒された『ブレーダレン』が山積みになっている絵が正確に思い出されていた。
だが、その後にコルネリアが何かを思い出したように「あっ」と叫び、自身の考えを述べていく。

「あぁ、掃討作戦の際には『ブレーダレン』は赤ん坊に至るまで皆殺しにされたそうだが、もし、その時に『ブレーダレン』と人間との間に子供ができて、その間にできた子供がただ一人、逃げ延び、今の時代までその子孫が続いていたとしたら?」

「仮にそうだったとしても、竜暦の百年代の頃の話だろ?八百年以上も何も起きなかったのに、今更、そんな血が暴走したって……」

「お前の言う通りだ。今更、そんな血など暴走するかね?」

「血というのは侮れんのだ。お前の双子の騎士が従う理由の一つは血があるからだよ。祖先がお前に仕えていた。だから、子孫の自分が仕えてる……つまり、血の力で付いて来ているという面も忘れちゃあダメだぞ」

身近な具体例を出されれば反証に困るというのは伝説の女騎士とて例外ではなかったらしい。
彼女は何も言わずにノートに先程、帰った警部から纏めた情報を改めて読んでいく。
だが、そこから導き出される推理というのは出てこない。

まるで、岩によって出入り口を閉じ込められてしまったかのように考えが浮かんでこない。
ルイーダは結局、その日、悩みに悩み抜いた末に放課後を迎え、その日は夫と共にアパートへと向かっていく。
アパートへの道中、夜が遅い時間であるから、店も今は閉まっている。

「しっかし、殺人鬼の話を聞いていたら、こういつもの道も怖く感じるよな」
「本物のお巡りさんによる殺人鬼の話だもんな。そりゃあ怖くもなるわな」

ジードは笑いながら言った。彼からすれば、冗談のつもりで言ったのだが、彼女にはそう聞こえなかったらしい。
お陰で、すっかりと眉を顰めてしまっている。

「全く、おまえはこの状況を楽しんでいるんじゃあないのか」

「そ、そんな事はないさ。まるで、ぼくがそんな事をーー」

その時だ。幾枚もの絹をつん裂くような悲鳴が聞こえ、ジードの言い訳を遮ったのは。
二人は悲鳴を聞くのと同時に慌てて、悲鳴がした方向へと駆けていく。
すると、街角から金髪に緑色の宝石のような瞳をした少女が姿を表すのである。
なんと美しい少女だろう。ルイーダは女性であるのだが、思わず目が奪われそうになった。

それくらいまでに美しい女子生徒であったのだ。
彼女はその可愛らしい瞳を最大限にまで潤ませて、ルイーダへと縋っていく。

「あぁ、先程、妙な男に追われて……それで、それで……私ッ!」

「心配するな。よかったら、キミに何があったのかを聞かせてもらえないかな?」

少女は小さく首を動かすと、それまでの経緯を彼女に向かって熱心に語っていく。
なんでも、先程から妙な男が肉包丁を持って彼女を追っていたらしく、その際に必死に抵抗し、そのまま男を突き殺してしまったのだという。
少女の言葉に従って、街の端へと行くと、そこには肉包丁を持って転がる浮浪者と思われる男の姿。

ルイーダの指示により、ジードは慌てて警察の元へと駆け寄っていく。
即座に昼間に学校を訪れた警部が捜査に訪れた。
警部の話によれば、男が握っていた肉包丁に染み付いていた血とアメリアの血とが一致したのだという。

「となると、この男が『ブレーダレン』擬きの殺人鬼ですか」

「だろうな。この少女を次の犠牲者にしようと襲い掛かった所に、返り討ちにあったんだろう」

「これで、事件は完璧という事ですね?『武装警察隊』が出てくる暇もないってわけさッ!」

ジードは心底から嬉しそうな笑顔を浮かべて指を鳴らす。
『武装警察隊』というのは国家により形成された強力な警察組織である。
特徴としては徹底した捜査に容赦のない追い詰め方という犯罪者のみならず、普通の市民からもさえも、その厳しさ故に畏怖の対象となっている組織なのだ。

彼らは殺人鬼の取り締まりの名目で派遣される事になっていたので、覇権の理由がなくなり、ジードは喜んでいたのだが、警部は残念そうな表情を浮かべて、首を横に振っていく。

「いいや、どのみちここの警察が不甲斐ないという理由で、応援という形で来ますよ。全く忌々しい」

「総統がこの街を訪れるからか?」

警部は難しそうな顔をしながら首を縦に動かす。

「ええ、そのためもあるんでしょう。けど、今は事件の解決を喜ぶべきでしょうね」

警部はそう言って微笑んだものの、事件の解決という言葉がジードの中で引っ掛かっていく。
この事件はまだ終わっていないという思いが心の中であったのと、更にもう一つ、先程の少女の言動である。
普通ならば、追い掛けてきた男の包丁の種類など見抜く暇もないだろう。

逃げる事で精一杯になる筈だ。そんな事を考えていると、その少女が涙を流しながら、自身の妻にその被害を訴えていく様を見つめていた。

「よしよし、怖かったな。もう大丈夫だぞ」

「ありがとうございます。私、殺されるかと思いました……」

「大丈夫だ。さぁ、警察署に行こう」

ルイーダに背中を叩かれて、警察署へと向かう女子生徒はその道中に名前を聞かれて、顔と合うような可愛らしい声で答えた。

「私の名前はエルリカ、エルリカ・キュルテンと申します。魔銃士育成学園の銃士候補生です」

身元を明かした少女をルイーダと警部は優しく宥めていたが、その様子を見て、唯一、ジードだけは警戒の目を向けていた。
この後の鑑定によれば、包丁からはそのホームレスの被害者の血液だけではなく、女性の血痕まで発生したという。
この事彼女には伏せられ、容疑者から除外されたが、未だにジードだけはその疑いを拭い去れない。

消えないのだ。いくら拭いても拭い取れない車の窓ガラスに付着した汚れのように自身の疑念が。
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