隙を突かれて殺された伝説の聖女騎士と劣等生の夫、共に手を取り、革命を起こす!

アンジェロ岩井

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入学編

映画館にて愛を語る

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「久し振りの休みだからって、そんなに色々行きたいか?」

ジードは重い溜息を吐きながら、両肩を落として、女騎士を自認する妻の買い物に付き合っていたのだ。

「何を言っている。入学してからは忙しかったからな!私はゆっくりとこの時代の事を見物する余裕もなかったのだッ!今日行きたいのは映画館とデパートと、それから、それから」

ルイーダが両目を子供のように無邪気に輝かせながら、楽しそうに指を折っている横で、ジードは自身の財布の中身を心配していた。
親からの仕送りで暮らしている身としては、あまり彼女に贅沢を覚えさせたくないのだ。
だが、彼女は自身の妻であり、そして、自分を守ってくれる守護者。

この二つの思いにジードが葛藤していると、ルイーダが街の映画館の前で興奮したらしく、普段よりも高い声を上げていた。

「なぁなぁ、ジード!『アホ伯爵の大冒険』とはなんだ?どんな物語なんだ!?」

「『アホ伯爵の大冒険』は竜暦の七百年代に実在されたとされる実在の伯爵をモデルにしたファンタジー小説だよ」

ジードによれば『アホ伯爵の大冒険』はモデルとなった伯爵が実在したとされる竜暦の七百年代から現在に至るまで、三百年に渡って愛されている物語であり、様々な媒体を通して、今でも記録が残っている。

「昔から、子供向けの絵本の題材としては人気だったぞ。その証拠に国立の博物館には竜暦の八百年代に描かれた『アホ伯爵の大冒険』の絵が飾られてるんだ。歴史的史料としてはーー」

「なぁなぁ、見ろ!ジード!この伯爵!三つ首のグリフィンに追い掛けられているぞ!」

ルイーダは目を輝かせながら、映画館の前に飾られているポスターを指差しながら告げる。
物語の終盤で伯爵が卵を食べようとした伯爵が親鳥である三つ首の怪鳥に襲われて、逃げている場面が、この映画の宣伝ポスターとして取り上げられているらしい。
ジードとしては話を遮られたのが、少しばかり不満であったが、妻が可愛らしい笑顔を見せたお陰で、怒りの矛を収めて、彼女の手を握り、映画館の受付の元へと向かう。

勿論『アホ伯爵の大冒険』を観るためである。
ジードが取った席はスクリーンの最前列から少し下がった後方の四列目。
二度目の来館なので、千年前からこの時代に現れた妻も今度はスクリーン上に突然、人が現れても驚きはしなかったらしい。

それでも、少しばかり不安な気持ちは残っているらしく、ジードは彼女の手が震えている事に気がつく。
だから、ジードは不安がる妻の手を優しく握る。
ルイーダは手を繋がれた事が嬉しかったのか、ジードに向かって優しい笑みを向けていく。

ルイーダはその手を握り返し、共に映画を見つめていく。
やがて、最後にはアホ伯爵が月への冒険に旅立った場面で、映画はエンドロールを迎えた。

「どうだった?面白かった?」

「うむ、中々に凝った内容であったぞ」

ルイーダは満足気に言う。ジードもその声に釣られて微笑んだが、彼女はそんな彼の期待を裏切るように引き続いて告げる。

「だが、ドラゴンが少しばかり本物と違うな。本物のドラゴンの角はもっと鋭かったぞ」

それを聞いて、少しばかり興醒めたのだろう。彼は苦笑いを浮かべながらルイーダの竜暦元年並びにそれ以前の事についての物語を聞く羽目になるのである。
その過程で、デパートへと来てしまったのは不本意と言うしかない。
けれども、デパートというのは見ているだけで楽しいものである。

デパートはエスカレーターやエレベーターというルイーダにとっては未知のものが走っているので、彼女はそれにも目を輝かせていた。
エスカレーターなる動く階段に彼女は興奮を隠し切れず、ジードは恥をかく羽目になってしまう。
エスカレーターに乗り、最上階に存在するレストランコーナーで食事を済ませると、今度はエレベーターを使って、降りる事になったのが、その際に部屋が動くという現象に目を輝かせていた。

ここでも、またエスカレーターの時と同様に声を上げようとしたので、ジードは慌ててその口を塞ぐのである。
お陰で、うんうんと唸る彼女を黙らせるために、一旦はエスカレーターを降り、彼女にワインを買い与えなければならなかった。
その後に一応、服や鞄や宝石を売るコナーなどにも行ってみたのだが、彼女は興味を持たずにそのコーナーを去っていく。

ただ、小物にはひどく強い関心を持ち、やむを得ずにコーナーに立ち寄ると、彼女は数多くの小物の中でも、車を模った小物には激しい興味を持ったらしく、財布を握るジードに対し、執拗にねだっていくのである。

「なぁなぁ、ジード!これ家に置かないか?私たちの家にこれを置くと、盛り上がると思うぞ!」

「どこをどう盛り上げるんだよ。大体、こんなの殆どおもちゃじゃあないか、ダメだ。ダメだ」

「何を言う!今度、ケニーとコニーが遊びに来た時にあれがあると嬉しがるだろう!」

「お前が欲しいだけだろ!?大体、お前という奴はーー」

「ねぇねぇ、知ってる?今度、総統がこの街に演説を行うらしいぜ」

そう発したのは小物コーナーを訪れたカップルと思われる若者である。
長い茶色の髪をした青年は何気ない調子で自分の彼女に向かって言ったのである。

「え~!総統が来るの?あの演説をラジオじゃあなくて、生で聴けるんだ」

と、熱を帯びた表情で彼氏に向かって語っていく。
若いカップル同士が休日に交わした何気ない会話であるが、二人の意識を高めたのは本当である。

「総統って……まさかな」

「そのまさかだろうな。何の気まぐれかは……いや、大方、昨日の件で、外れそうになったネジを閉めに来たのだろう。自らの弁舌を持って、狂ってしまった秩序を正そうというのがあの女の本音だろう」

ルイーダは心底から忌々しいと言わんばかりの調子で言った。

「あの女って、ルイーダ。お前、エルダー・リッジウェイ総統と知り合いなのか?」

「……知り合いというよりは因縁の相手と表現するべきだろうな。あの魔女とは……」

魔法国家救済党。略してマナエ党。それを率いる総統なる女性が千歳を超える彼女にとっての仇敵という事は総統は一体、幾つになるのだろう。
ジードが考えていると、ルイーダが助け舟を出した。

「恐らく、私と同様の期間を、いや、それ以前の時代からあの女は生きていたから、歳を考えるのは面倒というものだ。あの女から直接聞くより他にあるまい」

ルイーダは車の小物を手に取り、それを何かに重ねるかのような目で眺めながら言った。

「なぁ、お前は総統とどんな事があったんだ?」

「私とあの女との因縁は竜暦以前に遡るんだが、この件については今は話したくない。興醒めしたな。我が夫よ、今日のところは我が家に帰ろうではないか」

ルイーダが先程まで、興味を示していた車の小物を置いてから、提案した事によって、ジードは帰宅を余儀なくされたのである。
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