上 下
15 / 178
入学編

フォーレンゲルダ家の一族

しおりを挟む
「フォーレンゲルダ家の一員である事を誇りに思いなさい」

その母の言葉は今でも頭の中に残っている。今日のところは部屋のバスタブの中で就寝しているため、今この部屋の中に居るのは伝説の騎士の名前を名乗る怪しげな女性のみである。
今ならば、縄を抜け出して、逃げられるのではないだろうか。
ケニーはそう考えていたのだが、双子の妹は別の事を考えていたらしい。

双子の妹は寝台の上で眠る自称騎士を見やった後に小さな声で兄に囁く。

「ねぇ、もしかして、あの人は本当にルイーダ・メルテロイなんじゃあないの?」

「そんなわけないだろ!ルイーダ・メルテロイは千年も前に死んだんだぞ!昔の国語の教科書でルイーダの話を習わなかったか?」

「でも」となおも否定の言葉を続けようとする妹を兄は強い口調で遮り、二人で脱出の計画を企てたが、結局のところ、良案ともいえる案は出て来ず、朝を迎える羽目になってしまう。
目の下に隈を作った二人とは対照的に、ルイーダは快眠を取ったのか、白のネクジェの姿のまま寝台から起き上がると、椅子の上に縛られている双子の男女に向かって笑い掛ける。

「おはよう。朝食は直ぐに作って、キミたちに与えよう。ただし、条件があるがな……」

「条件ってなんだよ?」

口を尖らせながら少年の方が問い掛ける。

「なぁに、簡単な話だ。私たちと共に生徒会の元に行って、事の顛末を報告するだけでいい。ルイーダの抹殺に失敗しました。と、だけ告げれば、これをキミたちに贈呈しようではないか」

ルイーダはフライパンの中に焼いていると思われるオムレツを見せながら言った。
小さくても形の良いオムレツはちょうど、二人分作られており、いかにも二人を待っていると言わんばかりにフライパンの上で光っているではないか。
そのオムレツが口に入る事を想定し、二人は思わず生唾を飲み込む。

ルイーダはそれを見て、不敵な笑いを浮かべると、フライパンを皿の上に載せ、新たなオムレツを作り始めていく。
同時に棚の上を探り、小さな長靴形のパンを取り出していく。
それを皿に載せるのと同時に、彼女は自身の夫を起こしにバスへと向かう。
バスの扉を叩くと、制服姿の夫が眠そうに目を擦りながら出てきた。

「おはよう。ルイーダ」

「あぁ、ジード。朝食ならばもう出来ているが、どうだ?共に食べないか?」

「共に食うも何も、別々に食った事なんてないだろ」

ジードはそう言うと、パンを口にし、皿と共に取り出されたフォークとナイフを用いて、オムレツを口に運ぶ。
ナイフでサクッと切れる柔さなので、口の中では卵の濃縮された旨味がいっぱいに広がっていく。
ルイーダのオムレツはまるで、一流ホテルのシェフの作るオムレツである。

ジードはこの数日間の間に戸籍を得るためだけに結婚した妻と過ごす中で、そう実感させられていた。
これを見て、指を咥えそうになったのが、コニーである。
彼女は昨日のお菓子と同様に物欲しげな目で二人の食事光景を眺めている。

「ば、バカ!やめろ!仮にもお前はフォーレンゲルダ家の一員なんだぞ!そんな卑しい目で見るなんてーー」

「なんだ。食べぬのか?」

ルイーダは何気ない調子で尋ねる。同時にケニーの中の屈辱感が増していく。
今の彼女の口調は食べて当たり前だと言わんばかりではないか。
例え、ガレリア王国時代に貴族位を剥奪されたとしても、フォーレンゲルダ家は気高い家名として一千年もの間、続いてきたではないか。

あの悲劇の女騎士、ルイーダ・メルテロイの従者として、その名前も知られてきた。
だから、敵に食事を恵んでもらうなどあってはならない事なのだ。
そんな時だ。ルイーダが近寄り、ケニーを誘惑の中へと引き込む一言を告げたのは。

「なぁ、お前はどうやら、施しや買収に屈しないと息巻いてはおるがな。それは違う。お前の先祖、アーベルト・フォン・フォーレンゲルダは元々、私の部下であった。子孫のお前が仮初の主人の元から、本来の主人へと戻るという事ならば、騎士道精神には反しまい。食事や菓子は本来の主人から与えられた正当な褒美に過ぎんのだ」

「う、うるさい!とにかく、おれは騎士としてーー」

「では、尋ねるが、生徒会はいや、ズィーベン生徒会長は私を蹴ってまで、お前の主人に値する女なのか?」

その言葉にケニーは思わず出かかった言葉を飲み込む。
なぜなら、ルイーダの言葉はあまりにも図星であるからだ。
フォーレンゲルダ家は確かに気高い家名ではあるが、今の生徒会が生涯に渡って仕えるべき主人なのかと問われれば出てくるのは否定の言葉だろう。

それに加えて、ケニーはともかく、コニーはマナエ党を快くは思っていない。
そのマナエ党の手先となっている生徒会に従うべき理由はあるのだろうか。
マナエ党は近いうちにとんでもない事を起こしそうなのだ。そんな危うい輩の手先の先鋒を担いで、一人の女子生徒を攻撃する事は正しい事なのだろうか。

そもそも、フォーレンゲルダ家はルイーダ・メルテロイに忠誠を誓っていた騎士なのだ。
彼女が本物のルイーダ・メルテロイであるのならば、その子孫として、改めて忠誠を誓うべきではないだろうか。
彼の戦士としての感や、自分の騎士の子孫としての血のようなものがそう告げると、段々とそれまでの自分の考えが正しいのか分からなくなってしまう。

ケニーが深刻な顔をして、ルイーダの言葉を踏まえ、これからの事を考えていると、人間の生理音、すなわち腹の虫の音が鳴り響いていく。
ケニーが思わず頬を赤らめていると、目の前に優しい笑みを浮かべたルイーダがオムレツの載った皿を差し出していたのではないか。

「食べるがいい。私のオムレツは美味いぞ」

この一言が止めとなり、彼は生徒会からの脱却とルイーダ・メルテロイを名乗る革命児に忠誠を誓う事を決めたのである。
彼は自らの考えを述べると、妹共々に縄を解かれ、オムレツ並びにパンを食する事を許された。
その勢いは飲み込むかのように強烈であった。

食事が終わると、ケニーは腰に下げていた魔銃士用の拳銃を両手に載せると、そのままルイーダの前に跪いて言った。

「私、ケーニッヒ・フォーレンゲルダは騎士、ルイーダ・メルロテロイに生涯変わらぬ、忠誠を尽くす事をお約束致します」

その様子を見て、コニーが呆然としていると、ケニーは大きな声で言った。

「バカ!お前も早くおれに倣え!かつてはルイーダ・メルテロイ家に仕えた、フォーレンゲルダ家の人間だろう?」

兄の尋常ならな様子にコニーも何かを察したらしい。
いつもとは違う剣幕を悟り、この場は逆らわないと判断したのか、はたまた彼女も何処かで兄と同じ心境に至ったのか。
ともかく、彼女も兄と変わらぬ忠誠の儀礼を本来の主人へと捧げたのである。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

神々に天界に召喚され下界に追放された戦場カメラマンは神々に戦いを挑む。

黒ハット
ファンタジー
戦場カメラマンの北村大和は,異世界の神々の戦の戦力として神々の召喚魔法で特殊部隊の召喚に巻き込まれてしまい、天界に召喚されるが神力が弱い無能者の烙印を押され、役に立たないという理由で異世界の人間界に追放されて冒険者になる。剣と魔法の力をつけて人間を玩具のように扱う神々に戦いを挑むが果たして彼は神々に勝てるのだろうか

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

婚約破棄は結構ですけど

久保 倫
ファンタジー
「ロザリンド・メイア、お前との婚約を破棄する!」 私、ロザリンド・メイアは、クルス王太子に婚約破棄を宣告されました。 「商人の娘など、元々余の妃に相応しくないのだ!」 あーそうですね。 私だって王太子と婚約なんてしたくありませんわ。 本当は、お父様のように商売がしたいのです。 ですから婚約破棄は望むところですが、何故に婚約破棄できるのでしょう。 王太子から婚約破棄すれば、銀貨3万枚の支払いが発生します。 そんなお金、無いはずなのに。  

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

善人ぶった姉に奪われ続けてきましたが、逃げた先で溺愛されて私のスキルで領地は豊作です

しろこねこ
ファンタジー
「あなたのためを思って」という一見優しい伯爵家の姉ジュリナに虐げられている妹セリナ。醜いセリナの言うことを家族は誰も聞いてくれない。そんな中、唯一差別しない家庭教師に貴族子女にははしたないとされる魔法を教わるが、親切ぶってセリナを孤立させる姉。植物魔法に目覚めたセリナはペット?のヴィリオをともに家を出て南の辺境を目指す。

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!

七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?

処理中です...