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入学編
男装の麗人を奇異の目で見る事は許されず
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「それで、お前、明日の編入試験はちゃんと受けるんだろうな」
ジードは自宅のキッチンでお茶を入れながら自分の妻となった女騎士に向かって確認を取った。
なにせ、このまま学校にも行かずにただ家に居座られても困るのだ。
ジードは学生の身であり、このアパートの代金も親からの仕送りで賄われている。
そのお金は学園に通う自分のために用意されたものであり、強引に結婚させられた18の女騎士のものではないのだ。
彼女もその事をわかっているようで、ジードが淹れたお茶を啜りながら黙って首を縦に動かす。
ジードはそれを見ると大きく溜息を吐き、自室のダイニングテーブルに腰を掛ける。
先程まで自室は〈狩人〉クラスの生徒たちに独占させられていたはずである。
ジードがルイーダを自宅へと連れて行きたくなかったのはこの事も一因であった。
だが、彼女は例のスピードを使用してあの嫌な生徒たちをいとも容易く追い払ってしまったのだ。お陰で、今ジードは明日の報復を恐れる身となっている。
それでも、自宅を占領していた生徒たちを追い払ってくれた事は事実なので、そのお礼にお茶を彼女にご馳走しているのである。
彼の自室のアパートはダイニングキッチンと狭いバスルーム兼トイレ。それに寝室が一部屋付属しているのみである。
まさか、女子であるルイーダを狭いバスルーム兼トイレに寝かせるわけにはいくまい。
ジードは自らそう願い出たのだが、当のルイーダは平然とした調子で、
「何を言っているのだ?お前は我が夫であるのだぞ。私と同じベッドに寝る事になんの不足があるのだ」
と、何気ない口調で言い放つ。あまりの態度に唖然とするジードを置いて、彼女はベッドの中へと潜り込む。
「何をしておる。我が夫よ。はよう来ぬか」
ルイーダは自身の僅かな隙間を叩きながら言った。まるで、なんて事のないという調子で言う彼女に対し、元来のウブな性格もあり、顔を真っ赤にしたジードは躊躇う事なくバスルームへと飛び込む。
お陰でその日の朝の目覚めはといえば最悪の一言でしか言い表せない。
ジードは隈のできた目を擦りながら必死に出てくる欠伸を抑えながら、バスルームの扉を回す。
だが、目の前に飛び込んできた官能的とも、感動的とも言える景色を見て、ジードは慌てて扉を締め直す。
あまりにも慌てて締めたためか、扉を閉める際に大きな音が聞こえた。それこそ、アパート中に聞こえるのかと思われるくらいの大きな音が……。
「な、何やってるんだ!ば、バカ!」
「何って着替えだが」
扉の向こうから平然とした声で言い放つルイーダ。
ジードは彼女の貞操概念を思わず疑ってしまう。幾ら形式上は夫婦とはいえ、彼女は着替えを覗かれて平気なのだろうか。
ジードが高鳴る胸を抑えていると、扉の向こうから入室を許可する声が聞こえたので、もう一度扉のノブを回して部屋へと戻っていく。
そこにはそれまでの鎧姿からジードの予備のスーツへと着替えたルイーダの姿があった。
「このスーツという服はよいものだな。鎧よりも窮屈ではないし、なによりも素晴らしいのはネクタイという文化だッ!これを巻く事でより一層、お洒落に磨きが掛かておるではないかッ!」
「てっ、お前、着替えるってドレスじゃなくて、スーツかよォォォォ~!!」
「いかんのか?」
「だって、女性が男性のスーツを着るなんて……」
「法律とやらで罰せられているわけではあるまい?」
「そうだけどさぁ~」
ジードは頭が痛くなった。自身の周りにいる女性は全てドレスを纏っている。
彼女のように男の服装を身に付けた例など彼は聞いた事がない。
「や、やっぱり、今日はドレスを買いに行こう?スーツはへーー」
「よいではないか、言いたい奴には言わせておけ」
ルイーダは自身の夫を引き寄せ、彼に縋りながら国立の魔銃士育成学園へと向かっていく。
男装の麗人といえば聞こえはよいかもしれないが、女性が男性の格好をしているというのはやはりというか、なんというか、人の目を大いに引いた。
ある男性は物珍しそうにルイーダを眺め、ある男性は明らかに敵意のある目でルイーダを睨んでいた。
他にも多くの表情とすれ違ったので、ジードはまたしても顔が熟れた林檎のように真っ赤に染まっていくのを感じた。
一体、彼女は何を考えているのだろう。
竜暦も1000年を過ぎ、とっくに自動車も走り、飛行機も飛び、電話線があちこちに張り巡らされている時代であるというのに。
今のジードの自宅にはないが、既に多くの家庭ではラジオが導入されている時代でもある。
それにこれは噂でしかないが、テレビなる機械も開発されていると聞く。
テレビというのは家に居たままでも遠くの景色やニュースが見られるという機械であり、眉唾物である。
実際に発売されたら、到底、手の届かない値段で売り出される事は間違いあるまい。
だが、テレビとやらでスポーツの試合を観戦できるのなら悪くはあるまい。
それに、映画を放送してくれるのなら、映画館に行く手間も省ける。
ジードがテレビについての妄想を蜘蛛の巣よりもねっとりとした糸で張り巡らせていると、自身の妻と二人の男が揉める声が聞こえた。
「私がこの格好をしている事がお二人にとって、そんなにお気に召さんか?」
「あぁ、困るね。やはり、ガレリアの民たるもの、総統が定めた秩序は守ってもらわんとな」
警棒と思われる木の棒をパンパンと自身の掌に当てながら男は言った。
二人の男はそれぞれ、茶色のスーツとやまぶき色のスーツを着ていたが、右肩にはこのガレリアにて今、一番の人気政党であり、今現在この国を牛耳っている魔法国家救済党。略してマナエ党の党員である腕章がちゃんと腕にある。
だが、彼女は意に変えす事なく告げる。
「では、その総統とやらに伝えてもらおうか、クソ喰らえだと」
二人の男の堪忍袋は敬愛する総統を侮辱した時点で切れてしまったらしい。
各々、魔法を実現せんと利き腕をルイーダに向けていた。
だが、ルイーダの姿は捉えられない。彼女の高速に一体誰が追い付く事ができるというのだろうか。
ルイーダはあっという間に男二人にみぞおちを喰らわせ、戦闘意志を失わせてから、改めて自身の夫へと手を伸ばす。
「待たせたな。我が夫よ。邪魔者も消えた事であるし、さっさと目的地へと向かおうではないか」
ジードはそう言われれば、もう手を取るしかなかった。
常識外れの強さを見せる妻に絆されたというべきだろうか。
ジードは自宅のキッチンでお茶を入れながら自分の妻となった女騎士に向かって確認を取った。
なにせ、このまま学校にも行かずにただ家に居座られても困るのだ。
ジードは学生の身であり、このアパートの代金も親からの仕送りで賄われている。
そのお金は学園に通う自分のために用意されたものであり、強引に結婚させられた18の女騎士のものではないのだ。
彼女もその事をわかっているようで、ジードが淹れたお茶を啜りながら黙って首を縦に動かす。
ジードはそれを見ると大きく溜息を吐き、自室のダイニングテーブルに腰を掛ける。
先程まで自室は〈狩人〉クラスの生徒たちに独占させられていたはずである。
ジードがルイーダを自宅へと連れて行きたくなかったのはこの事も一因であった。
だが、彼女は例のスピードを使用してあの嫌な生徒たちをいとも容易く追い払ってしまったのだ。お陰で、今ジードは明日の報復を恐れる身となっている。
それでも、自宅を占領していた生徒たちを追い払ってくれた事は事実なので、そのお礼にお茶を彼女にご馳走しているのである。
彼の自室のアパートはダイニングキッチンと狭いバスルーム兼トイレ。それに寝室が一部屋付属しているのみである。
まさか、女子であるルイーダを狭いバスルーム兼トイレに寝かせるわけにはいくまい。
ジードは自らそう願い出たのだが、当のルイーダは平然とした調子で、
「何を言っているのだ?お前は我が夫であるのだぞ。私と同じベッドに寝る事になんの不足があるのだ」
と、何気ない口調で言い放つ。あまりの態度に唖然とするジードを置いて、彼女はベッドの中へと潜り込む。
「何をしておる。我が夫よ。はよう来ぬか」
ルイーダは自身の僅かな隙間を叩きながら言った。まるで、なんて事のないという調子で言う彼女に対し、元来のウブな性格もあり、顔を真っ赤にしたジードは躊躇う事なくバスルームへと飛び込む。
お陰でその日の朝の目覚めはといえば最悪の一言でしか言い表せない。
ジードは隈のできた目を擦りながら必死に出てくる欠伸を抑えながら、バスルームの扉を回す。
だが、目の前に飛び込んできた官能的とも、感動的とも言える景色を見て、ジードは慌てて扉を締め直す。
あまりにも慌てて締めたためか、扉を閉める際に大きな音が聞こえた。それこそ、アパート中に聞こえるのかと思われるくらいの大きな音が……。
「な、何やってるんだ!ば、バカ!」
「何って着替えだが」
扉の向こうから平然とした声で言い放つルイーダ。
ジードは彼女の貞操概念を思わず疑ってしまう。幾ら形式上は夫婦とはいえ、彼女は着替えを覗かれて平気なのだろうか。
ジードが高鳴る胸を抑えていると、扉の向こうから入室を許可する声が聞こえたので、もう一度扉のノブを回して部屋へと戻っていく。
そこにはそれまでの鎧姿からジードの予備のスーツへと着替えたルイーダの姿があった。
「このスーツという服はよいものだな。鎧よりも窮屈ではないし、なによりも素晴らしいのはネクタイという文化だッ!これを巻く事でより一層、お洒落に磨きが掛かておるではないかッ!」
「てっ、お前、着替えるってドレスじゃなくて、スーツかよォォォォ~!!」
「いかんのか?」
「だって、女性が男性のスーツを着るなんて……」
「法律とやらで罰せられているわけではあるまい?」
「そうだけどさぁ~」
ジードは頭が痛くなった。自身の周りにいる女性は全てドレスを纏っている。
彼女のように男の服装を身に付けた例など彼は聞いた事がない。
「や、やっぱり、今日はドレスを買いに行こう?スーツはへーー」
「よいではないか、言いたい奴には言わせておけ」
ルイーダは自身の夫を引き寄せ、彼に縋りながら国立の魔銃士育成学園へと向かっていく。
男装の麗人といえば聞こえはよいかもしれないが、女性が男性の格好をしているというのはやはりというか、なんというか、人の目を大いに引いた。
ある男性は物珍しそうにルイーダを眺め、ある男性は明らかに敵意のある目でルイーダを睨んでいた。
他にも多くの表情とすれ違ったので、ジードはまたしても顔が熟れた林檎のように真っ赤に染まっていくのを感じた。
一体、彼女は何を考えているのだろう。
竜暦も1000年を過ぎ、とっくに自動車も走り、飛行機も飛び、電話線があちこちに張り巡らされている時代であるというのに。
今のジードの自宅にはないが、既に多くの家庭ではラジオが導入されている時代でもある。
それにこれは噂でしかないが、テレビなる機械も開発されていると聞く。
テレビというのは家に居たままでも遠くの景色やニュースが見られるという機械であり、眉唾物である。
実際に発売されたら、到底、手の届かない値段で売り出される事は間違いあるまい。
だが、テレビとやらでスポーツの試合を観戦できるのなら悪くはあるまい。
それに、映画を放送してくれるのなら、映画館に行く手間も省ける。
ジードがテレビについての妄想を蜘蛛の巣よりもねっとりとした糸で張り巡らせていると、自身の妻と二人の男が揉める声が聞こえた。
「私がこの格好をしている事がお二人にとって、そんなにお気に召さんか?」
「あぁ、困るね。やはり、ガレリアの民たるもの、総統が定めた秩序は守ってもらわんとな」
警棒と思われる木の棒をパンパンと自身の掌に当てながら男は言った。
二人の男はそれぞれ、茶色のスーツとやまぶき色のスーツを着ていたが、右肩にはこのガレリアにて今、一番の人気政党であり、今現在この国を牛耳っている魔法国家救済党。略してマナエ党の党員である腕章がちゃんと腕にある。
だが、彼女は意に変えす事なく告げる。
「では、その総統とやらに伝えてもらおうか、クソ喰らえだと」
二人の男の堪忍袋は敬愛する総統を侮辱した時点で切れてしまったらしい。
各々、魔法を実現せんと利き腕をルイーダに向けていた。
だが、ルイーダの姿は捉えられない。彼女の高速に一体誰が追い付く事ができるというのだろうか。
ルイーダはあっという間に男二人にみぞおちを喰らわせ、戦闘意志を失わせてから、改めて自身の夫へと手を伸ばす。
「待たせたな。我が夫よ。邪魔者も消えた事であるし、さっさと目的地へと向かおうではないか」
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