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入学編

騎士たちの宴

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王国騎士団長、ルイーダ・メルテロイは自身の昇格を部下に報告するために愛馬である見事な白い毛並みの馬に乗り、王都の中を駆けていく。
巨大な城門はルイーダの号令と共に開門され、彼女は馬を操り、城の直線上の距離、大きな城塞に囲まれた巨大な街の入り口の近くに構える騎士団駐屯地へと急ぐ。
その間も、人々は邪悪なる竜を討伐し、人々を恐怖から解放した救国の英雄を称えていた。

ルイーダは人々の歓声に笑顔で応えながら、馬を走らせていく。
平民出身のルイーダにとってはこの日が恐らく人生の絶頂の日であった事は間違いあるまい。
彼女は貴族の少女が遊ぶ人形の様に美しい顔を照らしながら、自分を称える市民たちに向かって笑顔を振りまいていく。

庶民にとって平民出身の彼女は自分たちにとっての希望に等しい存在であった。
自身の腕っ節のみで登り詰め、騎士になり、騎士団長へと就任した彼女だったが、それだけでは飽き足らずに、彼女は長らく人々を苦しめて来た邪悪なる竜を討伐し、長い苦しみから解き放ったのであった。
大衆たちが彼女を持て囃すのも無理はない。

老若男女問わずに美しく逞しか優しい聖女は人気の的であった。
当時の彼女の人気を知る話としてはこんなものがある。
ある王都の商家の主人が「ルイーダと結婚したい」などと漏らしても、それに「私が結婚したい」と反論しているのだ。

この様に、彼女は今日におけるスターなど比較にならない程に熱狂していたとも言えるだろう。
が、当のルイーダはそんな人気がある事は知らない。
彼女は駐屯所まで馬を飛ばした後に、騎士団員のみが使える駐屯所の隣に位置する小規模の馬小屋に馬を繋ぐ。

自分と共に戦った仲間に王から与えられた結果を教えるために、勢い良く三階建ての駐屯所の扉を開ける。

「聞いて頂戴!私はとうとう王国から爵位を授けられたわ!これで、自分たちの土地を持てる……あなた達をようやく迎えいられるわ」

扉を開けて駐屯所に入ったルイーダの言葉に騎士団の団員たちは目を丸くしていたが、次第に顔を輝かせていく。
特に、今回の邪竜討伐にルイーダと共に大きく手柄を上げた若き金髪の騎士、オーランドは入り口の彼女の元に駆け寄り、彼女の両手を大きく振って戦果を喜ぶ。

「そうかッ!そうかッ!良かった!我々騎士団は創立以来、常に不遇の待遇を受けてきたが、これでようやく自分たちの土地を持てる……これでこそ、邪竜を討伐するためと骨を折った甲斐があったてもんだ」

「……ええ、そうね」

ルイーダは視線をオーランドに向けながらも、何処か遠くを見つめていそうな様子で答える。
恐らく、彼女の目には騎士団の駐屯地ではなく、これまでの邪竜討伐までの道のりが映っているのだろう。
それまでに死亡した仲間の顔、姿。そして、最後の光景が。
ルイーダが最後に一筋の透明の液体でオーランドは確信に近いものを得た。

暫くの間、死者への哀悼のためか、無言であったのだが、オーランドはその空気を例の明るい声で打ち壊す。
彼には元来の陽気さがあった。彼の笑いはこの間に駐屯地にあった厳かな空気を塗り替え、駐屯地をルイーダが貴族の位を得たという時と同じ空気へと引き戻していく。
駐屯地には笑いが戻り、全員が死亡した仲間たちに哀悼の意を捧げながら、宴会を行う。

が、宴会の最中にまたしても空気が悪くなってしまう。
と、言うのも一人の男が明日の式に異を唱えたからだ。
男の名前はアーベルハルト。アーベルハルト・フォン・フォーレンゲルダ。

王国屈指の有力貴族、フォレーンゲルダ伯爵家の人間であったが、次男であったために、家督を継げずにやむを得ずに騎士団に入団した男であった。
彼は回復魔法を使う騎士団の回復役ヒーラーであり、薬草を煎じて回復薬を渡す薬剤師でもあった。
加えて、フォーレンゲルダ家に伝わる〈黒い山羊〉なる闇魔法の使い手であったのだが、彼は性格に難があり、何処か達観した、それでいて後ろから引いた場所で常に苦言を点す騎士団内の嫌われ役とも言える男であった。

彼は案の定、あまり宴会にも乗り気ではなかったらしく、手元のグラスに入った葡萄酒を啜るだけで済ませていた。
そんな、アーベルハルトの言葉はごく当たり前の可能性を指していただけなのだが、場に居合わせた全員がヘソを曲げるのには十分であったと言えるだろう。

「卿らはまるで、この後に我らが騎士団長閣下がすんなりと貴族の位を受け取れる前提で馬鹿騒ぎを起こし、挙げ句の果てに宴会までも起こしているが、明日、団長閣下が謀殺でもされたらどうするつもりだ?」

「なんだとッ!」

オーランドが椅子を蹴って立ち上がる。陽気だが、気性の激しい彼と前述にもある様に嫌われ役の陰気なアーベルハルトとの仲が良い筈がない。
二人の衝突は常日頃からとも言えた。が、今回はオーランドがいきり立ったとしても、周りの仲間から冷ややかな視線を向けられたとしても、また、彼に殴られても、アーベルハルトは持論をやめない。

地面の上で低くはあるものの、全員に聞こえる程度の声で続けていく。

「そもそも、英雄とは常に王を脅かす存在……これまでに何人の英雄が歴代の王に謀殺されてきたと思っている?古くはゴブリン連合の襲撃を食い止めたレオルハルト将軍に始まり、つい、半世紀前には邪竜討伐前まで我々を脅かす最先端であった巨人族を攻め滅ぼしたガルタン公……皆が皆、王の手によって殺された。騎士団長閣下が幾ら民に慕われていようと、女性であろうとこの謗りは免れるものではあるまい」

「なんだとッ!もう一度、言ってみろ!」

オーランドは地面の上に倒れた陰気な男の頬をもう一度、殴り飛ばそうとしたのだが、その騎士団長閣下の一声によってそれは静止させられてしまう。

「やめて、二人とも……私たちはずっと邪竜討伐を誓っていた仲じゃない。それなのに、そんな事で仲間割れをするの?」

ルイーダの言葉に二人は互いに目を逸らす。その後にアーベルハルトは謝罪してこの場は済む。
だが、後になって彼らが各々の部屋に引き上げていく中で、彼はこっそりと騎士団長を呼び止め、彼女に小さな皮の袋を渡す。

「これは?」

「先日討伐した竜の鱗から精製した昏睡の薬です。飲めば体を仮死の状態へと追い込みます。眠り続けるのは薬の効果が切れるか、誰かに起こされるかまで……」

ルイーダは何も言わずに受け取る。それが、彼を怒らせずに済む唯一の法であると知っていたから。
もし、下手にこの場で彼に反論し、彼の無言の怒りを買えば、また彼は遺恨を別の日に持ち込むだろう。
彼女はそれだけは避けたかったのだ。なので、薬を懐へと仕舞う。

彼女は礼を言ってその場を立ち去ろうとするが、その前にアーベルハルトに呼び止められて彼の前にもう一度振り向く。

「まだ何かあるの?」

「……いいえ、私とした事がどうも、しんみりとした気分になっていたそうだ。閣下、明日の式はくれぐれもお気を付けて」

ルイーダは一応の例の言葉を述べてその場を去っていく。
明日の式に何も起こる筈がないだろう。彼はどんな事も疑って考える姿勢の彼がまた愛おしく感じた。
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