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女王エレクトラの栄光

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「弟は苦戦しているようね?」

前線からの報告を受けた女王エレクトラの問い掛けに部下は跪きながら首を縦へと動かす。
エレクトラは返答の代わりに黙って玉座から立ち上がると、部下に向かって唐突に告げた。

「私も戦場に出るわ。準備なさい」

「へ、陛下が直々に戦場に!?無茶です!殺されてしまいますぞ!」

「……魔王の敵ならどのみち殺されるわよ。どうせ死ぬのならば後で公開処刑にされて殺されるよりも、戦場で華々しく戦って死んだ方が後腐れがないんじゃなくて?」

エレクトラは君主の気品を漂わせながら部下に向かって告げた。
部下はそれを涙を流しながら聞いていた。エレクトラはそのまま自身の武器である樫の木の杖を携えて自身の部屋へと戻り、鎧に身を包むと一旦は外に出て城の軍勢に後から来るように指示を出し、それから自らの魔法を用いて空を飛んで戦場へと向かっていく。
この時のエレクトラの表情は先程とは打って変わって、和やかであった。不安にならない理由としてはエレクトラの中に最初から負けるビジョンなど思い浮かばなかったからである。
確かに魔王は敵対した王族を許しはしないが、そんな事に怯えていては王の仕事など務まらないではないか。この時のエレクトラの脳裏にあったのは自身の地位を脅かす二人の王位継承者の抹殺という野望だけであった。
マルスとケルスという二人の正統な王の地位を受け継ぐ人物がいれば、いつ自身の王位を脅かすかしれたものではない。
なので、彼女はこの戦いに乗じて二人を殺して自身の王位を確かなものとするつもりでいたのだ。密かに見せた笑顔が穏やかであったのもここに影響するのかもしれない。

この戦いでケルスが生き残っても、マルスが生き残っても困るのだ。両者が確実に死んでもらうためには共倒れを狙うしかないのだ。
エレクトラは戦場に着くと、そのまま樫の木を真下で殺し合いに励んでいる二人に突き付けながら魔法の詠唱を行う。
エレクトラが詠唱したのは星崩れの魔法。すなわち流れ星を対象の相手に落とすという魔法である。これを喰らえば両者ともに死亡するだろう。なにせ上空から巨大な星が降ってきて自身の頭の上に直撃してしまうのだから。

「フッフッフフ、このまま星に潰されてしまいなさいッ!」

エレクトラの喜びは頂点に達した。今この瞬間に自身の国を侵略せんと目論む魔王と自身の王位を脅かさんとする王弟の両名が手を取り合って死亡して、王の地位が確かなものとなるのだから。
エレクトラが上空で大きな笑い声を上げていると、急に自身の体が大きく降下していく事に気が付く。妙だ。魔法を解除した覚えはない。だというのにどうして自分の体は地面へと吸い寄せられていくのだろうか。訳がわからずに混乱しているエレクトラの頬に赤い液体が飛ぶ。
エレクトラが慌てて頬を拭うと、それは血であった。恐怖に駆られてエレクトラが視線を動かしていると、それは自身の腹部から滝のような勢いをつけて噴き出している血である事に気がつく。

「い、いやァァァァァァァァァァ」

空中のみならず地上にも響き渡るような絶叫であったが、地上にいる人は誰も耳を傾けようとしない。彼らは皆自分自身の戦いに夢中になっていたのだから。
悪女エレクトラはそのまま地上に向かって真っ逆さまに落ちていったのである。
まるで、己の深き業を生産して地獄に堕ちていくかのように……。



















「やはり、あの女であったか……オレとケルスの戦いの邪魔をしたのは」

エレクトラの絶叫を聞き取ったと思われるマルスは黙って空を見つめていたが、それ以上は関心を向ける事なく、血の繋がった弟との戦いに関心を戻していく。
魔女の放った隕石は二人に直撃したのだが、二人は不思議な事に傷一つ付いていなかった。確かに不意打ちによって二人は一瞬の間動きを封じられたが、それだけであった。
ケルスは剣を構えると、積年の恨みが溜まっていたのか戦闘を始める前に自身の腹違いの姉の愚痴をマルスに投げ掛けていく。

「あの女は最低の悪人だ。オレから王位を奪い取り、馴れ馴れしく命令までしてきた。おまけに自身の王位を脅かす者には何人たりとも容赦しなかった。あの女の8年の治世で何人の人間が犠牲になったか……」

「フン、確かに理には適っているな。だが、それは王族としての貴様の意見に過ぎないだろう?確かにあの女は悪女かもしれんが、国王としては貴様よりも優秀だったかもしれんぞ、なにせこのオレが内政につけ込んで反乱を起こそうとしても反乱が起きなかったくらいだからな」

マルスの意見には一理あった。王位を正統な後継者から奪った簒奪者であったり、父ガレスを化け物に換えて間接的に殺したとしてもそれはあくまでもケルスにとっての悪に過ぎない。言うのならば個人的な意見に過ぎない。なので広範囲的な定義を求めれば彼女は悪人なのかという疑問が残る。
ケルスもそれを頭では理解していたらしい。なので彼は何も言い返す事なくかつての弟に向かって斬りかかっていったのである。
ケルスの剣は真横から飛び、そのままマルスの腹を切り裂こうとしたが、マルスは体を突っ伏す事で伏せ、そのままケルスの足元に向かって剣を突き付けていくのである。ケルスはそれを飛び上がって回避したものの、マルスは足を蹴って飛び上がってそのまま追い掛けていく。

追い付くのと同時に真上から剣を振り下ろしたが、ケルスはその剣を直前に交わし、避けた勢いのままマルスの体にぶつかり地面の上を転がっていく。その際に両者の剣が地面の上へと散らばっていき、これで両者は共に剣を放り捨ててしまう事になった。
地面の上でケルスが馬乗りになり、マルスを強い力で拳に力を込めて殴り付けていたが、マルスは強い力を込めた拳を受けていてもなお、苦痛に顔を歪める事なく笑っていた。
不気味な表情に恐怖したケルスはより強い力を込めてケルスを倒そうしようとしたのだが、マルスはそれでもなお笑っていた。その様子がひどく不気味に思い、彼が拳を握るのを躊躇し、思わずパンチを繰り出す力を弱めてしまった時だ。マルスはその拳を自身の手で握り締めてケルスから殴り付ける権利を奪ったのである。

「し、しまった……」

「フフフッ、ならば今度はこちらから行くぞッ!」

マルスは握った手を後方へと押し出して、ケルスを慌てさせるとそのままその頬にマルスは強烈な一撃を喰らわせたのである。そればかりではない。マルスは狂気的な笑顔を浮かべながらケルスを殴り続けていくのである。
ケルスが悲鳴を上げるたびにマルスは狂気的な笑い声を上げていく。
そして、一度殴るのをやめたかと思うと、ケルスの拳を取り、抵抗ができないのを確信すると、顔を近付けて囁くように言った。

「これでオレの勝ちだな。なぁ、兄上……オレはこれでもあんたを尊敬してたんだぜ。だからここで尊敬していたあんたをこの手で殺す事になるのは心底残念に思っているんだ」

「……そうか、魔王様からその様な言葉をいただけるとは光栄だ」

「そう皮肉を言いなさんな。殺す前だから言うけど、あんたはオレの憧れだった……そんなあんたが王位を継ぐかもと思うとオレは嬉しかった。これで我が国も安泰だ、とな……だが、そんな弟の純情ともいえる思いをあんたは踏み躙ったんだッ!あの悪女に殺人を黙認する事でなッ!」

そのまま魔王が自らの手で兄を絞め殺そうとした時だ。魔王が不意に真横に落とされる姿をケルスは目撃した。
どうやら蹴り飛ばされてしまったらしい。背後を振り向くと、そこには満身創痍の表情を浮かべたフィリッポの姿があった。表情と全身に激しい傷や汚れが付いている事から自分とマルスとが激しい戦いを行なっている間に必死になって戦端をくぐり抜けてきたらしい。

「殿下、ご無事ですかッ!」

「……なんとかな」

「それはよかったッ!ここから巻き返してーー」

だが、マルスはそれ以上の言葉を紡ぐ事ができなかった。彼は不意に心臓に痛みを感じて地面の上に倒れてそのままもがき苦しんでのたうち回っていたのだから。

「ガッ……ハッ……どうした!?オレの体!?」

「魔力切れであろう。貴様は元を辿ればエレクトラの使い魔……使い魔は作り出した主の魔法のみで生きる存在……その使い魔が作り出した主を失えば魔力を失って死ぬのだ」

「そ、そんなッ!オレは死ぬのか?殿下を守るのがオレの仕事だっていうのに……」

絶望のために顔を青く染めていくフィリッポの元へとケルスが駆け寄ろうとした時だ。唐突にフィリッポの体全体が真っ白な光によって包み込まれていく。かと思うと、フィリッポは全快した様子で地面の上から起き上がり、そのままマルスに向かって剣を突き付けて突っ込む。
マルスはそれを瞬時に見切って剣をかわしたものの、やはり焦りは消えない。
先程まで主人を失って死に掛けであったフィリッポが蘇ったのかという予測不能の事態が彼を追い詰めていたのだ。
慌てて、マルスが辺りを見渡していると、フィリッポの側に立派な杖を持った老人の姿があった。
いつの間に現れたのだろうか。それはわからない。だが、この状況においてもこの老人が死に掛けのフィリッポを救ったのだという事だけは理解できた。

「き、貴様は!?」

「やはり、わしの予言は当たったな。赤日の日食の日に生まれた子供……その片方は魔王となり、世界を食い尽くすという予言が……」

「そ、そうか、あんたは……」

「いかにもエレクトラの前に王宮魔道士として雇われていた男……サウマンじゃ」
サウマンは杖を掲げながら魔王に向かって告げた。

「魔王マルスよ、お前の野望はここで終わる……既に武器も奪われ、一対三という状況にある」

「フン、馬鹿か?貴様は周りを囲む兵士たちの姿が見えんのか?」

魔王を守る兵士たちがその言葉を聞いて一斉に三人に向かってその穂先を突き付けていく。

「馬鹿は貴様の方であろう。魔王よ、わしが誰なのかを忘れたか?」

サウマンは宙に杖を掲げたかと思うと、そのまま雨の様な小型の隕石を魔王の軍隊に向かって繰り出していく。
これにより、周りを囲んでいた兵士の大半が全滅してしまったのであった。
残りの兵士も前方から迫ってくるであろう王国の軍隊を相手に必死になり、魔王を助けるどころではないだろう。
歯軋りを行う魔王に向かってサウマンは勝ち誇った様に言った。

「これでわしらの勝ちじゃな」
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