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和平結びて休息の時来たる
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「なんだと?フロレス・エルが討ち取られた?」
「はっ、将軍は戦死なされ、我が軍は総崩れ、軍は一時退却を致しました」
それを聞いた時の魔王の頭によぎったのは怒りの念であった。といっても、それはフロレスに対する怒りではない。フロレスを討ち取ったかつての兄に対する怒りが彼を捉えていた。彼にとって重要であったのは雑兵の命を討ち取られた事よりも、戦いに失敗した事よりも、組織を拡大する前から自身に忠誠を尽くした部下を殺された事による怒りであった。
彼は拳と声の両方を震わせながら報告に訪れた部下に対して一言だけ告げた。
「……私は不愉快だ」
部下はそれを両肩を震わせて聞いた。そして震えたまま頭を下げてその場から立ち去っていく。
部下が消えたのを見送ると、彼は自身の宰相を呼んで耳打ちした。
最初、宰相はいつも通りの表情を浮かべていた。だが、魔王の予想外の提案に思わず目を丸くしてしてしまう。
「む、無茶でございます……フロレス様ですら敵わなかった相手でございまするぞ」
「だからこそ、オレ自らが行くのだ。といっても今すぐというわけではない。この雪辱を晴らすのは完全に奴らを叩く術ができてからだ」
魔王の言葉が正しければ、いつの日かまた必ず軍隊がカリプス王国に攻め込む事となる。しかも率いるのは魔王本人なのである。その時の軍の数がどの程度のものになるのか宰相には想像もできなかった。
そんな計画があろうともつゆも知らずに表向きは国交を回復する事を考えていたらしい。侵攻の三日の後には女王エレクトラと魔王兼皇帝マルスとの間で和平条約が結ばれ、新たな協定が結ばれて表向きの和平が結ばれた。
当然その協定には賠償金が含まれていたが、魔王からすればなんて事のない金額であったために魔王はその翌日には指定された金額をカリプス王国の宮殿に送り付けていた。
この事により不本意ながらもカリプス王国は国交を回復せざるを得なかった。その後に通商回復を示す使者としてケルスが護衛と思われる魔女の使い魔であるフィリッポを伴ってマルスの居城を訪れたのがその最たる例ともいえるだろう。
「よく来た。ケルス」
と、マルスはかつての兄を慇懃な態度で出迎えた。
「……お久しゅうございます。陛下」
ケルスはそんな兄に対して内心ではどうかは知らぬが、少なくとも表向きは使者に相応しい態度をとって見せたのだった。
こうして双子の兄弟は敵として三度目の邂逅を果たしたのである。両者は目を合わせるのと同時に鋭い目で睨み合っていたが、お互いにここでの攻撃は不味いと判断したのか、すぐに平静を取り繕って会話を交わしていく。
必要最低限の会話が終わり、帰ろうとするケルスをマルスは大きな声で呼び止めた。
「待てッ!ケルス、お前に一つだけ聞きたい事がある」
「一つだけと申しますのは?」
「五年前の事じゃ、どうしてお主はオレを殺す事に同意した?あの時どうしてお前はオレを殺そうとするのを止めてくれなかった」
「……後悔はしておりまする。なれども止まる気はありませんな」
「……そうか止まる気はないか、血を分けた弟であってもか?」
「……血を分けた兄弟だと?父を殺した癖によくそのような事が言えるものじゃ」
ここでようやくケルスはそれまで礼儀として用いていた敬語をかなぐり捨てて、自身の本音をかつての弟に向かって吐露していく。
「この際だから言うぞ!よくも父を殺してくれたなッ!お主が父を殺さなければオレは貴様を殺す事に躊躇いはなかったッ!」
「父殺しをオレのせいにするのか!?」
魔王は余裕の仮面をかなぐり捨てると、激昂して玉座の上から立ち上がった。
「父上が亡くなったのはエレクトラのせいではないのか!?あの悪女が父を蜘蛛の怪物に変えなければオレは父を殺さずに済んだのだッ!」
マルスの言い分は正しかった。実際にあそこでケルスが厳しく弟の罪を問わなければ魔王に堕ちる事もなく、他国を侵略し続ける事もなかったに違いない。
それでもケルスは父をその手で殺した弟が許せなかったのだ。
ケルスは反論をする事もなく、拳を震わせながら自身を見下ろす位置に立つ弟を睨む事しかできなかった。そのケルスの代わりに答えたのは護衛として付いてきたフィリッポである。彼は眉根を寄せ、怒りで頬を紅潮させながら魔王に向かって問い返したのである。
「なれば、貴様が身勝手に各国で内紛を引き起こし、各国で戦争を引き起こしているというのも殿下のせいにされるつもりか!?」
表向きの敬意など始めから存在していなかったフィリッポは厳しい口調で詰問したのだった。
「黙れッ!先程から聞いておれば無礼な……おれは魔王としての役目を果たしておるだけに過ぎぬのだッ!お前は納得がいかぬかもしれぬが、これは世界の統一のために必要な事なのだッ!」
「苦しいな、言い訳にしか聞こえぬぞ。弟よ」
それを聞いてマルスは歯をギリギリと鳴らしていたが、大きく溜息を吐いたかと思うと、低い声で一言「下がれ」とだけ命じた。
二人はもう少し議論を続けていたかったが、魔王である以上に相手国の皇帝であるマルスの命令に逆らわないわけにもいかずにそのまま肩を並べて引き下がったのである。
再び議論が引き起こされたのは帰りの馬車の中である。面白くもなさそうに馬車に映る窓の景色を眺めるケルスにフィリッポが問い掛けたのが始まりだった。
「なぁ、マルス様……あんたは魔王が生み出す世に明日があると思うかい?」
「ないな」
ケルスは即答した。実際魔王の衛星国と化した国が治める国の中では民衆の殆どが見せかけの平和を享受していたが、それもいつまで続くかはわからない。
というのも、魔王の気が変わればすぐにでも絶滅されかねないからだ。
その考えが頭に浮かんだ際に思い出したのはかつて城から放った密偵の報告書で読んだ時に思わず両肩を寄せて震わせた『魔王の親衛隊』と称される魔王の切り札の事である。
『魔王の親衛隊』というのは反乱が手こずった時、もしくはお家騒動にて『魔王の代理人』が手こずった時に魔王が繰り出す異形の軍の事だ。
異形の軍隊は陣形や戦術などをものともせずにその圧倒的な力でねじ伏せていくのである。
その『親衛隊』が今は魔王の代理人が治める国の人々に牙を剥かないとは限らない。両腕を組みながら考えていた時だ。
フィリッポが身を乗り出しながら尋ねた。
「ならばこそ、我らの手で傭兵を集めようではありませぬか!」
「傭兵だと?」
「えぇ、この世の中には魔王のために仕事を失った騎士や兵士が溢れております。それを揃えて我らの元からの兵と合流させればかなりの数になりますぞ」
「成る程、今からでも傭兵を集めようではないか……幸いな事に統治ならば上手くいっている。うまくいけばかなりの数になるぞ」
二人は興奮しながらその後の事について話し合っていたが、急にケルスの方が押し黙り、フィリッポに対して真剣な顔を浮かべながら尋ねる。
「だがな、魔王に勘付かれれば我らは一環の終わりだぞ。どうする?」
「安心なされよ。表向きは城もしくは公共事業のために必要な人足として雇うた事にすればよろしいのです」
それを聞いてケルスは安堵の溜息を漏らす。城に帰った後にその事を意気揚々と女王エレクトラに報告したのだが、エレクトラの返事は彼の予想とは裏腹に気乗りしないものであった。
「ダメよ。魔王に気付かれたのならばまた無用な戦を起こす事になるわ」
「なれども、今のうちから備えておいた方がよろしいのではありませぬか!?」
「……いい?坊や。戦いは終わったばかりなの。戦いが終わった後は勝ったにしろ、負けたにしろ、休息期間ともいえる期間を国は欲するのよ。昔から国はそうやって動いてきたのよ」
「ならば魔王が持ってきた賠償金を用いて備えくらいは作っておきましょう!それくらいであるならば向こうもいらぬ口出しはせぬ筈だッ!」
「……考えておくわ」
エレクトラは未だに乗り気ではない様子だ。その姿を見てケルスは悔しさを感じた。もし自分が国王であったのならば躊躇う事なく賠償金で必要な施設を作るというのに……。
ケルスは姉のエレクトラを王の地位から引き摺り下ろすためのスキャンダルがない事に対して憤りを感じていた。
だが、ないものを悔やんでいても仕方がない。今のケルスには大人しく王の地位を奪える機会を待つしかできなかったのである。
ブリギルド帝国とカリプス王国とが国交を正常回復させてから早くも三年の時が流れた。その間にも魔王は侵略の手を伸ばし、魔王は着実にその勢力を世界全体に伸ばしつつあった。噂によれば既に遥か遠方の東の大帝国においても『魔王の代理人』が反乱を誘発し、国を二分しているとされている。
東にて栄光を誇った大帝国においてさえも魔王の手が伸びる中でも未だに隙を見せない魔王生誕の地カリプス王国は異常であるといってもいいかもしれない。
そんなカリプス王国に対して怒らせて新たな戦を起こすべく魔王は一年に一度自らの腹心にして先の討伐の大将軍であったフロレス・エルの死を弔う式典を行なっていた。
おまけにフロレス・エルの式典は魔王自らが式典に出席して式辞を読むのである。これだけならばまだ耐えられたのだが、魔王は必ず式辞の最後にこう付け加えた。「この雪辱は必ず晴らす」と。
明らかにカリプス王国を意識してのものであったが、魔王はその式辞を辞めようとはしなかった。それに対して憤りを感じてはいたもののケルスもエレクトラも挑発であるとわかっていたので、手を出そうとはしなかった。
「これ程までにお膳立てをしてやったというのに手を出さんとはな……奴らも学習するのか」
魔王は腕を組みながら玉座の上で一人不服そうに呟く。
「恐れながらやり方が露骨過ぎるかと……」
と、口を出したのはフロリアの死後に新たに魔王が自身の腹心に任命した帝国の宰相である。
「では、もう少し陰湿にやれというのか?」
「ハッ、かつて我が祖先が行ったやり方で挑発すればよろしいのです。例えば国境に軍。それも魔王陛下の直々の部下である『親衛隊』を送られればよいかと」
「フン、またしても侵攻せよと言うのか?無茶な侵攻は懲り懲りであるとーー」
「送るだけでよろしいのです。そして無人の土地を占領なさいませ。そしてそのまま土地の領有権を主張するのです。さすれば、奴らとて怒りに我を忘れて飛び掛かって来るに違いありませぬ」
「乗った」
魔王は宰相に対して不敵な笑みを浮かびながら答えた。
「はっ、将軍は戦死なされ、我が軍は総崩れ、軍は一時退却を致しました」
それを聞いた時の魔王の頭によぎったのは怒りの念であった。といっても、それはフロレスに対する怒りではない。フロレスを討ち取ったかつての兄に対する怒りが彼を捉えていた。彼にとって重要であったのは雑兵の命を討ち取られた事よりも、戦いに失敗した事よりも、組織を拡大する前から自身に忠誠を尽くした部下を殺された事による怒りであった。
彼は拳と声の両方を震わせながら報告に訪れた部下に対して一言だけ告げた。
「……私は不愉快だ」
部下はそれを両肩を震わせて聞いた。そして震えたまま頭を下げてその場から立ち去っていく。
部下が消えたのを見送ると、彼は自身の宰相を呼んで耳打ちした。
最初、宰相はいつも通りの表情を浮かべていた。だが、魔王の予想外の提案に思わず目を丸くしてしてしまう。
「む、無茶でございます……フロレス様ですら敵わなかった相手でございまするぞ」
「だからこそ、オレ自らが行くのだ。といっても今すぐというわけではない。この雪辱を晴らすのは完全に奴らを叩く術ができてからだ」
魔王の言葉が正しければ、いつの日かまた必ず軍隊がカリプス王国に攻め込む事となる。しかも率いるのは魔王本人なのである。その時の軍の数がどの程度のものになるのか宰相には想像もできなかった。
そんな計画があろうともつゆも知らずに表向きは国交を回復する事を考えていたらしい。侵攻の三日の後には女王エレクトラと魔王兼皇帝マルスとの間で和平条約が結ばれ、新たな協定が結ばれて表向きの和平が結ばれた。
当然その協定には賠償金が含まれていたが、魔王からすればなんて事のない金額であったために魔王はその翌日には指定された金額をカリプス王国の宮殿に送り付けていた。
この事により不本意ながらもカリプス王国は国交を回復せざるを得なかった。その後に通商回復を示す使者としてケルスが護衛と思われる魔女の使い魔であるフィリッポを伴ってマルスの居城を訪れたのがその最たる例ともいえるだろう。
「よく来た。ケルス」
と、マルスはかつての兄を慇懃な態度で出迎えた。
「……お久しゅうございます。陛下」
ケルスはそんな兄に対して内心ではどうかは知らぬが、少なくとも表向きは使者に相応しい態度をとって見せたのだった。
こうして双子の兄弟は敵として三度目の邂逅を果たしたのである。両者は目を合わせるのと同時に鋭い目で睨み合っていたが、お互いにここでの攻撃は不味いと判断したのか、すぐに平静を取り繕って会話を交わしていく。
必要最低限の会話が終わり、帰ろうとするケルスをマルスは大きな声で呼び止めた。
「待てッ!ケルス、お前に一つだけ聞きたい事がある」
「一つだけと申しますのは?」
「五年前の事じゃ、どうしてお主はオレを殺す事に同意した?あの時どうしてお前はオレを殺そうとするのを止めてくれなかった」
「……後悔はしておりまする。なれども止まる気はありませんな」
「……そうか止まる気はないか、血を分けた弟であってもか?」
「……血を分けた兄弟だと?父を殺した癖によくそのような事が言えるものじゃ」
ここでようやくケルスはそれまで礼儀として用いていた敬語をかなぐり捨てて、自身の本音をかつての弟に向かって吐露していく。
「この際だから言うぞ!よくも父を殺してくれたなッ!お主が父を殺さなければオレは貴様を殺す事に躊躇いはなかったッ!」
「父殺しをオレのせいにするのか!?」
魔王は余裕の仮面をかなぐり捨てると、激昂して玉座の上から立ち上がった。
「父上が亡くなったのはエレクトラのせいではないのか!?あの悪女が父を蜘蛛の怪物に変えなければオレは父を殺さずに済んだのだッ!」
マルスの言い分は正しかった。実際にあそこでケルスが厳しく弟の罪を問わなければ魔王に堕ちる事もなく、他国を侵略し続ける事もなかったに違いない。
それでもケルスは父をその手で殺した弟が許せなかったのだ。
ケルスは反論をする事もなく、拳を震わせながら自身を見下ろす位置に立つ弟を睨む事しかできなかった。そのケルスの代わりに答えたのは護衛として付いてきたフィリッポである。彼は眉根を寄せ、怒りで頬を紅潮させながら魔王に向かって問い返したのである。
「なれば、貴様が身勝手に各国で内紛を引き起こし、各国で戦争を引き起こしているというのも殿下のせいにされるつもりか!?」
表向きの敬意など始めから存在していなかったフィリッポは厳しい口調で詰問したのだった。
「黙れッ!先程から聞いておれば無礼な……おれは魔王としての役目を果たしておるだけに過ぎぬのだッ!お前は納得がいかぬかもしれぬが、これは世界の統一のために必要な事なのだッ!」
「苦しいな、言い訳にしか聞こえぬぞ。弟よ」
それを聞いてマルスは歯をギリギリと鳴らしていたが、大きく溜息を吐いたかと思うと、低い声で一言「下がれ」とだけ命じた。
二人はもう少し議論を続けていたかったが、魔王である以上に相手国の皇帝であるマルスの命令に逆らわないわけにもいかずにそのまま肩を並べて引き下がったのである。
再び議論が引き起こされたのは帰りの馬車の中である。面白くもなさそうに馬車に映る窓の景色を眺めるケルスにフィリッポが問い掛けたのが始まりだった。
「なぁ、マルス様……あんたは魔王が生み出す世に明日があると思うかい?」
「ないな」
ケルスは即答した。実際魔王の衛星国と化した国が治める国の中では民衆の殆どが見せかけの平和を享受していたが、それもいつまで続くかはわからない。
というのも、魔王の気が変わればすぐにでも絶滅されかねないからだ。
その考えが頭に浮かんだ際に思い出したのはかつて城から放った密偵の報告書で読んだ時に思わず両肩を寄せて震わせた『魔王の親衛隊』と称される魔王の切り札の事である。
『魔王の親衛隊』というのは反乱が手こずった時、もしくはお家騒動にて『魔王の代理人』が手こずった時に魔王が繰り出す異形の軍の事だ。
異形の軍隊は陣形や戦術などをものともせずにその圧倒的な力でねじ伏せていくのである。
その『親衛隊』が今は魔王の代理人が治める国の人々に牙を剥かないとは限らない。両腕を組みながら考えていた時だ。
フィリッポが身を乗り出しながら尋ねた。
「ならばこそ、我らの手で傭兵を集めようではありませぬか!」
「傭兵だと?」
「えぇ、この世の中には魔王のために仕事を失った騎士や兵士が溢れております。それを揃えて我らの元からの兵と合流させればかなりの数になりますぞ」
「成る程、今からでも傭兵を集めようではないか……幸いな事に統治ならば上手くいっている。うまくいけばかなりの数になるぞ」
二人は興奮しながらその後の事について話し合っていたが、急にケルスの方が押し黙り、フィリッポに対して真剣な顔を浮かべながら尋ねる。
「だがな、魔王に勘付かれれば我らは一環の終わりだぞ。どうする?」
「安心なされよ。表向きは城もしくは公共事業のために必要な人足として雇うた事にすればよろしいのです」
それを聞いてケルスは安堵の溜息を漏らす。城に帰った後にその事を意気揚々と女王エレクトラに報告したのだが、エレクトラの返事は彼の予想とは裏腹に気乗りしないものであった。
「ダメよ。魔王に気付かれたのならばまた無用な戦を起こす事になるわ」
「なれども、今のうちから備えておいた方がよろしいのではありませぬか!?」
「……いい?坊や。戦いは終わったばかりなの。戦いが終わった後は勝ったにしろ、負けたにしろ、休息期間ともいえる期間を国は欲するのよ。昔から国はそうやって動いてきたのよ」
「ならば魔王が持ってきた賠償金を用いて備えくらいは作っておきましょう!それくらいであるならば向こうもいらぬ口出しはせぬ筈だッ!」
「……考えておくわ」
エレクトラは未だに乗り気ではない様子だ。その姿を見てケルスは悔しさを感じた。もし自分が国王であったのならば躊躇う事なく賠償金で必要な施設を作るというのに……。
ケルスは姉のエレクトラを王の地位から引き摺り下ろすためのスキャンダルがない事に対して憤りを感じていた。
だが、ないものを悔やんでいても仕方がない。今のケルスには大人しく王の地位を奪える機会を待つしかできなかったのである。
ブリギルド帝国とカリプス王国とが国交を正常回復させてから早くも三年の時が流れた。その間にも魔王は侵略の手を伸ばし、魔王は着実にその勢力を世界全体に伸ばしつつあった。噂によれば既に遥か遠方の東の大帝国においても『魔王の代理人』が反乱を誘発し、国を二分しているとされている。
東にて栄光を誇った大帝国においてさえも魔王の手が伸びる中でも未だに隙を見せない魔王生誕の地カリプス王国は異常であるといってもいいかもしれない。
そんなカリプス王国に対して怒らせて新たな戦を起こすべく魔王は一年に一度自らの腹心にして先の討伐の大将軍であったフロレス・エルの死を弔う式典を行なっていた。
おまけにフロレス・エルの式典は魔王自らが式典に出席して式辞を読むのである。これだけならばまだ耐えられたのだが、魔王は必ず式辞の最後にこう付け加えた。「この雪辱は必ず晴らす」と。
明らかにカリプス王国を意識してのものであったが、魔王はその式辞を辞めようとはしなかった。それに対して憤りを感じてはいたもののケルスもエレクトラも挑発であるとわかっていたので、手を出そうとはしなかった。
「これ程までにお膳立てをしてやったというのに手を出さんとはな……奴らも学習するのか」
魔王は腕を組みながら玉座の上で一人不服そうに呟く。
「恐れながらやり方が露骨過ぎるかと……」
と、口を出したのはフロリアの死後に新たに魔王が自身の腹心に任命した帝国の宰相である。
「では、もう少し陰湿にやれというのか?」
「ハッ、かつて我が祖先が行ったやり方で挑発すればよろしいのです。例えば国境に軍。それも魔王陛下の直々の部下である『親衛隊』を送られればよいかと」
「フン、またしても侵攻せよと言うのか?無茶な侵攻は懲り懲りであるとーー」
「送るだけでよろしいのです。そして無人の土地を占領なさいませ。そしてそのまま土地の領有権を主張するのです。さすれば、奴らとて怒りに我を忘れて飛び掛かって来るに違いありませぬ」
「乗った」
魔王は宰相に対して不敵な笑みを浮かびながら答えた。
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