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かつての騎士とかつての王子の対決
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軍を率いて国境付近へと訪れたケルスは魔王軍の総大将がかつての女騎士であった事を知り、驚きを隠しきれなかったらしい。
「……久し振りだな。フロレス」
「あぁ、ケルス」
フロレスはかつての主人に対して敬語を用いる事もせずに答えた。その様子にケルスは不愉快になったのか、両眉を寄せたのだが、気にする事なく話を続けていく。
「思えばあれから五年もの月日が流れたな。お前わかってるか?五年だぞ、五年もの間、私と陛下は復讐心を抑えて他の国を制圧しておったのだ。それは長くて辛い日々だった……」
「成る程、この様に大掛かりな軍を進めたのは非礼を咎めるためではなく、おのれらの復讐のためであったと?」
「いいや、それはあくまでも一因に過ぎない。もしあのお方が魔王としての覚醒を得ていたのならば遅かれ、早かれこの地に攻め入ったであろうからな」
ケルスはその言葉を聞いて悔しながらも姉の推測が当たっていた事を確信した。
いいや『魔王の代理人』が反乱を誘発する事もできず、今の王に反感を持つ代理人を得られないのであれば、力攻めもやむを得ないだろう。どのみちわかっていた事ではないか。
そこまでの推測が終わると、ケルスは姉を敬慕しなくて済んだとホッとしていた。と、ここで緊張状態にあるというのに溜息を吐いたケルスを不審に感じたのだろう。フロレスが剣を突き付けながらケルスに問い掛けた。
「貴様ッ!何を溜息を吐いておる!?」
「いいや、失礼……あんたらの話を聞いていると、オレが大嫌いな姉のいう事はつくづく当たっているなと思ってさ」
「……あの悪女が貴様らの血の繋がった姉だったと知った時は驚いたな」
「その通り、あの女とオレらとの歳の差は幾つだよって話だよ!」
ケルスは馬上の上で大きな声を上げて笑っていく。この時彼は腹を抑えて涙が出るまで笑い続けていた。ヒッヒッという笑い声が空に響き渡り、一通り落ち着くと、ケルスは再び真剣な顔を浮かべてフロレスに剣先を突き付けて叫ぶ。
「だが、そんな女でもお前たちよりはマシだろう!オレはカリプス王国の王族として侵略者と戦う事をここに宣言しようッ!」
「その覚悟や見事ッ!だが、私も魔王陛下に忠誠を誓う身ッ!御身の野望のため、貴様にここで負けるわけにはいかぬッ!」
フロレスはもう一度剣を突き付けたかと思うと、今度は宙に向かって剣を掲げてもう一度改めてケルスの軍勢に向かってそれを振り下ろす。
魔王の軍隊はそれを開戦の合図だと認識したらしい。多くの騎馬隊が、歩兵がケルスの率いる軍隊に向かって進撃していく。
ケルスは自身の元に向かって雪崩れ込んでくる軍勢を暫く黙って見つめていたが、やがて考えが纏まったのか、先程のフロレスと同様に剣を振り下ろし、突撃を指示すると、自らも馬を駆ってフロレスの元へと突っ込む。この瞬間にカリプス王国の命運を賭けた決戦の火蓋が切って落とされたのであった。
馬をひたすらに前へと掛けていき、多くの敵兵を斬り落として目指す先は敵の将軍であるフロレスの首である。
ケルスは突撃の際に自らの救世主としての力を持ってすれば敵将のフロレス・エルの首を斬り落とし、即座に戦闘を終結させられるものだと考えたのだろう。この馬鹿げた戦いを終わらせるのにはフロレスの首が必要なのだ。ケルスが何十人目かの騎兵を刺した瞬間に思い出したのは幼き日の記憶。それこそまだ派閥争いなど起きていなかった頃の記憶である。記憶の中にある最初のフロレス・エルは自分たちと同じような小さな子供であった。
王国の騎士団長の娘である彼女は幼い頃から男勝りで気が強く、そのくせ器用な腕を持った子供であった。幼かった頃の自分と弟はフロレスの操る馬の背中に乗って、王宮の外へと駆け出し、野原を散策したのものであった。そして帰ってからはお互いの親にきつく叱られるまでが一連の流れだった。
幼き日のフロレスに馬の乗り方を習った自分がその教えた相手を殺すために馬を駆けているのは皮肉でしかない。
ケルスはもう少し幼少期の苦々しい思いを噛み締めていたかったのだが、それは周りに群がる敵兵たちが許さなかったらしい。多くの騎兵や歩兵が自らの首を狙うべく槍の穂先や剣先を突き付けてくるのだ。その敵兵を自らに秘められた力を用いて難なく片付けていく。
だが、その数のためかフロレスの姿が見えない。フロレスは軍隊の一番奥に馬に乗って待ち構えているという事は予想できるのだが、その姿が見えない事に彼は苛立ちを感じ始めていた。
歩兵と騎兵とを一気に自らの剣で葬り去ると、奥に控えているフロレスに向かって問い掛けた。
「オレはここだぞ!出てこい!フロレス・エル!貴様が曲がりなりにも騎士だというのならば、オレと一対一の決闘を行えッ!」
こんな事を叫んではいたが、彼は今の自身の行動が愚かな事でいるという事を理解していた。普通に考えれば敵の大将が自ら赴く事など考えられない。それでも彼は賭けたのだ。フロレス・エルがまだ騎士としての誇りを持っているという可能性に。彼は敵兵を縦横無尽に斬り払いながら彼は返答か、もしくはフロレス自身が姿を表すのを待っていたのだが、待てども待てどもどちらの可能性もない事を悟り、やぶれかぶれでこのまま自ら果てる事も考えて、ダメ元で奥まで突っ込もうとした時だ。彼の前に立派な銀の鎧を着込んだ凛々しい表情をした女騎士が姿を表した。
「待たせたな。奥から来たので、ここまで来るのには時間がかかった」
「いいや、来てくれただけでもありがたい。さぁ、決着を付けようではないか。幼馴染」
両者は馬を動かし、お互いに向き合うと、黙って剣を構えていく。しばらくの間、両者は呪いでも掛かったかのように睨み合って動かなかったが、やがてケルスの馬が先に女騎士に向かって動いた事で事態はようやく前に進んだ。
すれ違い様に剣を一合だけ打ち合ったかと思うと、そのまま馬を動かして改めて両者の顔が見えるように向き直り、もう一度馬を動かして剣を振るう。お互いにすれ違い様の攻撃したものの、どちらもの剣も相手の体には当たらずにお互いの剣身に跳ね返り、金属と金属とがぶつかった際に生じる金属音だけが響き渡っていく。その勝負が暫く続いた後に両者はなぜか馬を降りて、互いに剣を構えながら兵隊が囲むリングの上で再び睨み合う。
今回、先に手を出したのはフロレスの方である。彼女は剣を大きく振りかぶってケルスを襲っていく。ケルスは自身の剣を盾の代わりに用いてフロレスの攻撃を防ぎ、そのままフロレスの足を薙ぎ払い、彼女の足元のバランスを奪う。
そして真上から躊躇う事なく剣を振り下ろしていく。このままフロレスは息絶えるかと思ったのだが、フロレスは剣身が当たる直前に起き上がり、自身の剣を持ってケルスの剣を弾き、そのままケルスとかち合っていく。
剣をかち合わせ、火花が鳴るまでに剣と剣とを重ね合わせていく。
「どうする?このままオレを殺すつもりか?マルスの命ずままに」
「今更言うまでもあるまい。私の主人はあのお方だけ……あのお方が望むのならば誰だろうと殺すだけだ」
「虚しい人生だな」
ケルスは自嘲した。それを聞いた途端にフロレスの剣を持つ両手に力が入り、そのまま相手の握っていた剣ごとケルスを弾き飛ばしたのだった。
そして、勢いのままケルスに斬りかかったのだが、ケルスは冷静にその剣を受け止めると、先程の呟きの意味を話していく。
「なぁに、お前の人生は忠誠だけで終わるのかと思うと、少し哀れに思ってな」
「哀れだとッ!余計なお世話だッ!私は騎士なのだッ!生まれた時より主人に忠誠を尽くし、主人の命じるがままにその生涯を生き、主人の後を追って死ぬッ!それこそが騎士の本懐なのだッ!」
「それだけか?他にやりたい事はないのか?遊んでみたいとか、何か面白い本を読みたいとか、自らの勉学を行って自己の見聞を深めようとは思わぬか?」
「……読みが外れたな。遊びや娯楽としての読書はともかく、勉学は日夜行っているぞ、主人の役に立つためにな。お前は私に同情しているのか、はたまた私をそちらへ引き込みたいのかはわからないが、無駄な尋問をしたものだな」
フロレスは今度こそ力のままケルスの剣をその手から弾き飛ばし、そのまま真上から剣を振り翳していく。
そのままケルスを真っ二つにしようかと思案していたが、ケルスの予想外の手に止められてしまう。あろう事か、ケルスは両手で剣身を受け止めたのだ。そしてそのまま力を込めて刃を左に曲げて折ったのだ。
突然の事に目を丸くするフロレスに対して、ケルスはその腹に容赦なく拳を喰らわせていく。フロレスは騎士である。従って腹筋は日常的に鍛えているので、普通の人間よりは丈夫である筈なのだが、救世主であるケルスの拳は予想以上に強力であったらしい。フロレスは悶絶してその場に倒れ込む。
両手で腹を抑える彼女を他所にケルスは剣を回収したのだった。そしてフロレスが腹の痛みから回復した頃には剣を両手に取り戻していた。
「……救世主の力がこれ程ものであるとは……不覚だった」
「フフッ、何はともあれこれで再び互角になったわけだ」
「互角だと笑わせるな。先程までは私の力に負けつつあったではないか?思えば昔から貴様はそうだ。自身の負けを絶対に認めないのは悪い癖だぞ」
「だが、そのお陰で侵略者に我が国を売り渡さずに済んだものでね」
それだけ告げると、ケルスは再び剣を構えてフロレスの元へと突っ込む。フロレスは勇敢な王子の剣を避ける事なく、剣で受け止め、再びかちこみの状態へともっていくのだった。
互いに剣と剣とを打ち合い続け、その数が五十を超えた時だ。ようやくフロレスにも疲労の色が見え始めた。ケルスはそれを好機と捉えてフロレスの足元を蹴り、再び彼女からバランスを奪う。そして、足を滑らせた瞬間に迷う事なく剣を喉元に向かって突き付けていく。
ケルスの剣はフロレスへと直撃し、それこそ悲鳴を上げる間もなく魔王の腹心は絶命したのだった。
ケルスは剣を引き抜くと哀れな死体となったフロレスに向かって目を瞑り頭を下げて、その冥福を祈ったのだった。
その瞬間、魔王の軍隊は自身の将軍が討ち取られた事を理解したらしく悲鳴が上がり、慌てて退却の準備を始めていく。
敵陣の真ん中、動揺する敵の真ん中に立っていたのにも関わらず、ケルスは勇気を出して後続に控えている自身の味方たちに向かって叫ぶ。
「敵は退却を始めたぞ!逃すなッ!侵略者たちを徹底的に叩きのめしてやるのだッ!」
時分の国の王弟の言葉に勇気付けられた兵士たちは次々と掛け声を上げて、退却する敵に向かって追撃を喰らわせていくのだった。そこからは一方的であった。カリプス王国の軍隊は混乱する軍を徹底的に攻撃し、次々と討ち取っていく。
こうして、一対一の決闘の末に大将が討ち取られた事によって形勢は完全に逆転し、有利な立場にあった筈の魔王軍は敗軍となったのである。ケルスはその姿を誇らしく思っていた。
「……久し振りだな。フロレス」
「あぁ、ケルス」
フロレスはかつての主人に対して敬語を用いる事もせずに答えた。その様子にケルスは不愉快になったのか、両眉を寄せたのだが、気にする事なく話を続けていく。
「思えばあれから五年もの月日が流れたな。お前わかってるか?五年だぞ、五年もの間、私と陛下は復讐心を抑えて他の国を制圧しておったのだ。それは長くて辛い日々だった……」
「成る程、この様に大掛かりな軍を進めたのは非礼を咎めるためではなく、おのれらの復讐のためであったと?」
「いいや、それはあくまでも一因に過ぎない。もしあのお方が魔王としての覚醒を得ていたのならば遅かれ、早かれこの地に攻め入ったであろうからな」
ケルスはその言葉を聞いて悔しながらも姉の推測が当たっていた事を確信した。
いいや『魔王の代理人』が反乱を誘発する事もできず、今の王に反感を持つ代理人を得られないのであれば、力攻めもやむを得ないだろう。どのみちわかっていた事ではないか。
そこまでの推測が終わると、ケルスは姉を敬慕しなくて済んだとホッとしていた。と、ここで緊張状態にあるというのに溜息を吐いたケルスを不審に感じたのだろう。フロレスが剣を突き付けながらケルスに問い掛けた。
「貴様ッ!何を溜息を吐いておる!?」
「いいや、失礼……あんたらの話を聞いていると、オレが大嫌いな姉のいう事はつくづく当たっているなと思ってさ」
「……あの悪女が貴様らの血の繋がった姉だったと知った時は驚いたな」
「その通り、あの女とオレらとの歳の差は幾つだよって話だよ!」
ケルスは馬上の上で大きな声を上げて笑っていく。この時彼は腹を抑えて涙が出るまで笑い続けていた。ヒッヒッという笑い声が空に響き渡り、一通り落ち着くと、ケルスは再び真剣な顔を浮かべてフロレスに剣先を突き付けて叫ぶ。
「だが、そんな女でもお前たちよりはマシだろう!オレはカリプス王国の王族として侵略者と戦う事をここに宣言しようッ!」
「その覚悟や見事ッ!だが、私も魔王陛下に忠誠を誓う身ッ!御身の野望のため、貴様にここで負けるわけにはいかぬッ!」
フロレスはもう一度剣を突き付けたかと思うと、今度は宙に向かって剣を掲げてもう一度改めてケルスの軍勢に向かってそれを振り下ろす。
魔王の軍隊はそれを開戦の合図だと認識したらしい。多くの騎馬隊が、歩兵がケルスの率いる軍隊に向かって進撃していく。
ケルスは自身の元に向かって雪崩れ込んでくる軍勢を暫く黙って見つめていたが、やがて考えが纏まったのか、先程のフロレスと同様に剣を振り下ろし、突撃を指示すると、自らも馬を駆ってフロレスの元へと突っ込む。この瞬間にカリプス王国の命運を賭けた決戦の火蓋が切って落とされたのであった。
馬をひたすらに前へと掛けていき、多くの敵兵を斬り落として目指す先は敵の将軍であるフロレスの首である。
ケルスは突撃の際に自らの救世主としての力を持ってすれば敵将のフロレス・エルの首を斬り落とし、即座に戦闘を終結させられるものだと考えたのだろう。この馬鹿げた戦いを終わらせるのにはフロレスの首が必要なのだ。ケルスが何十人目かの騎兵を刺した瞬間に思い出したのは幼き日の記憶。それこそまだ派閥争いなど起きていなかった頃の記憶である。記憶の中にある最初のフロレス・エルは自分たちと同じような小さな子供であった。
王国の騎士団長の娘である彼女は幼い頃から男勝りで気が強く、そのくせ器用な腕を持った子供であった。幼かった頃の自分と弟はフロレスの操る馬の背中に乗って、王宮の外へと駆け出し、野原を散策したのものであった。そして帰ってからはお互いの親にきつく叱られるまでが一連の流れだった。
幼き日のフロレスに馬の乗り方を習った自分がその教えた相手を殺すために馬を駆けているのは皮肉でしかない。
ケルスはもう少し幼少期の苦々しい思いを噛み締めていたかったのだが、それは周りに群がる敵兵たちが許さなかったらしい。多くの騎兵や歩兵が自らの首を狙うべく槍の穂先や剣先を突き付けてくるのだ。その敵兵を自らに秘められた力を用いて難なく片付けていく。
だが、その数のためかフロレスの姿が見えない。フロレスは軍隊の一番奥に馬に乗って待ち構えているという事は予想できるのだが、その姿が見えない事に彼は苛立ちを感じ始めていた。
歩兵と騎兵とを一気に自らの剣で葬り去ると、奥に控えているフロレスに向かって問い掛けた。
「オレはここだぞ!出てこい!フロレス・エル!貴様が曲がりなりにも騎士だというのならば、オレと一対一の決闘を行えッ!」
こんな事を叫んではいたが、彼は今の自身の行動が愚かな事でいるという事を理解していた。普通に考えれば敵の大将が自ら赴く事など考えられない。それでも彼は賭けたのだ。フロレス・エルがまだ騎士としての誇りを持っているという可能性に。彼は敵兵を縦横無尽に斬り払いながら彼は返答か、もしくはフロレス自身が姿を表すのを待っていたのだが、待てども待てどもどちらの可能性もない事を悟り、やぶれかぶれでこのまま自ら果てる事も考えて、ダメ元で奥まで突っ込もうとした時だ。彼の前に立派な銀の鎧を着込んだ凛々しい表情をした女騎士が姿を表した。
「待たせたな。奥から来たので、ここまで来るのには時間がかかった」
「いいや、来てくれただけでもありがたい。さぁ、決着を付けようではないか。幼馴染」
両者は馬を動かし、お互いに向き合うと、黙って剣を構えていく。しばらくの間、両者は呪いでも掛かったかのように睨み合って動かなかったが、やがてケルスの馬が先に女騎士に向かって動いた事で事態はようやく前に進んだ。
すれ違い様に剣を一合だけ打ち合ったかと思うと、そのまま馬を動かして改めて両者の顔が見えるように向き直り、もう一度馬を動かして剣を振るう。お互いにすれ違い様の攻撃したものの、どちらもの剣も相手の体には当たらずにお互いの剣身に跳ね返り、金属と金属とがぶつかった際に生じる金属音だけが響き渡っていく。その勝負が暫く続いた後に両者はなぜか馬を降りて、互いに剣を構えながら兵隊が囲むリングの上で再び睨み合う。
今回、先に手を出したのはフロレスの方である。彼女は剣を大きく振りかぶってケルスを襲っていく。ケルスは自身の剣を盾の代わりに用いてフロレスの攻撃を防ぎ、そのままフロレスの足を薙ぎ払い、彼女の足元のバランスを奪う。
そして真上から躊躇う事なく剣を振り下ろしていく。このままフロレスは息絶えるかと思ったのだが、フロレスは剣身が当たる直前に起き上がり、自身の剣を持ってケルスの剣を弾き、そのままケルスとかち合っていく。
剣をかち合わせ、火花が鳴るまでに剣と剣とを重ね合わせていく。
「どうする?このままオレを殺すつもりか?マルスの命ずままに」
「今更言うまでもあるまい。私の主人はあのお方だけ……あのお方が望むのならば誰だろうと殺すだけだ」
「虚しい人生だな」
ケルスは自嘲した。それを聞いた途端にフロレスの剣を持つ両手に力が入り、そのまま相手の握っていた剣ごとケルスを弾き飛ばしたのだった。
そして、勢いのままケルスに斬りかかったのだが、ケルスは冷静にその剣を受け止めると、先程の呟きの意味を話していく。
「なぁに、お前の人生は忠誠だけで終わるのかと思うと、少し哀れに思ってな」
「哀れだとッ!余計なお世話だッ!私は騎士なのだッ!生まれた時より主人に忠誠を尽くし、主人の命じるがままにその生涯を生き、主人の後を追って死ぬッ!それこそが騎士の本懐なのだッ!」
「それだけか?他にやりたい事はないのか?遊んでみたいとか、何か面白い本を読みたいとか、自らの勉学を行って自己の見聞を深めようとは思わぬか?」
「……読みが外れたな。遊びや娯楽としての読書はともかく、勉学は日夜行っているぞ、主人の役に立つためにな。お前は私に同情しているのか、はたまた私をそちらへ引き込みたいのかはわからないが、無駄な尋問をしたものだな」
フロレスは今度こそ力のままケルスの剣をその手から弾き飛ばし、そのまま真上から剣を振り翳していく。
そのままケルスを真っ二つにしようかと思案していたが、ケルスの予想外の手に止められてしまう。あろう事か、ケルスは両手で剣身を受け止めたのだ。そしてそのまま力を込めて刃を左に曲げて折ったのだ。
突然の事に目を丸くするフロレスに対して、ケルスはその腹に容赦なく拳を喰らわせていく。フロレスは騎士である。従って腹筋は日常的に鍛えているので、普通の人間よりは丈夫である筈なのだが、救世主であるケルスの拳は予想以上に強力であったらしい。フロレスは悶絶してその場に倒れ込む。
両手で腹を抑える彼女を他所にケルスは剣を回収したのだった。そしてフロレスが腹の痛みから回復した頃には剣を両手に取り戻していた。
「……救世主の力がこれ程ものであるとは……不覚だった」
「フフッ、何はともあれこれで再び互角になったわけだ」
「互角だと笑わせるな。先程までは私の力に負けつつあったではないか?思えば昔から貴様はそうだ。自身の負けを絶対に認めないのは悪い癖だぞ」
「だが、そのお陰で侵略者に我が国を売り渡さずに済んだものでね」
それだけ告げると、ケルスは再び剣を構えてフロレスの元へと突っ込む。フロレスは勇敢な王子の剣を避ける事なく、剣で受け止め、再びかちこみの状態へともっていくのだった。
互いに剣と剣とを打ち合い続け、その数が五十を超えた時だ。ようやくフロレスにも疲労の色が見え始めた。ケルスはそれを好機と捉えてフロレスの足元を蹴り、再び彼女からバランスを奪う。そして、足を滑らせた瞬間に迷う事なく剣を喉元に向かって突き付けていく。
ケルスの剣はフロレスへと直撃し、それこそ悲鳴を上げる間もなく魔王の腹心は絶命したのだった。
ケルスは剣を引き抜くと哀れな死体となったフロレスに向かって目を瞑り頭を下げて、その冥福を祈ったのだった。
その瞬間、魔王の軍隊は自身の将軍が討ち取られた事を理解したらしく悲鳴が上がり、慌てて退却の準備を始めていく。
敵陣の真ん中、動揺する敵の真ん中に立っていたのにも関わらず、ケルスは勇気を出して後続に控えている自身の味方たちに向かって叫ぶ。
「敵は退却を始めたぞ!逃すなッ!侵略者たちを徹底的に叩きのめしてやるのだッ!」
時分の国の王弟の言葉に勇気付けられた兵士たちは次々と掛け声を上げて、退却する敵に向かって追撃を喰らわせていくのだった。そこからは一方的であった。カリプス王国の軍隊は混乱する軍を徹底的に攻撃し、次々と討ち取っていく。
こうして、一対一の決闘の末に大将が討ち取られた事によって形勢は完全に逆転し、有利な立場にあった筈の魔王軍は敗軍となったのである。ケルスはその姿を誇らしく思っていた。
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