上 下
192 / 211
ムーン・アポカリプス編

小さな専制君主を打倒する大きな王女

しおりを挟む
「ウフフ、ミス・スペンサー。ここなら、邪魔なんて入らないわ。ゆっくりとあたしとお話ししましょうか?」
その言葉に思わず肩が震えている事に気が付く。あの女は全てを見通していたというのだろうか。
そうだとすれば、私の今の努力は全て無駄に終わってしまったという事だろうか。
嫌だ。こんな所で失敗だなんて認めたくない。私は彼女をここで撃ち殺そうと決めて懐に手を伸ばしたのだ、その前に私の腕は彼女の手によって阻まれて、彼女の部屋のベッドの上に叩き落とされてしまう。
「無駄よ。貴女の動きは手に取るように分かるわ。ねぇ、ミス・スペンサー。どうして、私が貴女の行動を看破できるのか知りたくはない?」
彼女は私の頬を人差し指でグリグリと弄りながら言った。
その時の私は打ちひしがれた絶望による暗い表情か、はたまた王都の裏社会で覇権を強める女ボスへの憎悪か、そのどちらかの表情を顔に浮かべていたに違いない。
だが、眼鏡をかけた美しい女性はその掛けていた眼鏡を人差し指で上げて言った。
「貴女の行動が分かる理由……それは小さな妖精さんがいるから……と言っておきましょうか」
彼女はそういうと人差し指を鳴らして蚊を呼び出す。
ブーンブーンといううるさい羽音が私の耳にも響いていく。
彼女は私の耳元で騒ついていた蚊を叩き潰してから言った。
「これが私の魔法よ。ミス・スペンサー。小さな虫の体を意のままに操り、その視覚と自分の視覚を共有する」
彼女それから更に付け加えて、
「名付けるのなら、小さな絶対君主リトル・エンペラーとでも言っておきましょうか。それよりもどう?ミス・スペンサー。あたしの操る子飼いの虫は……」
彼女は今度は机の下に置いてあった虫を入れる小さな黒い籠を私に見せた。
黒く囲まれているのでこの籠の中にどんな虫が入っているのかは分からない。
いや、カサカサと嫌な音で大体何が入っているのかを確信した。
私の顔を青ざめたのを見て眼鏡をかけた女性は口元を緩めて、顔に悶えんばかりの狂った笑顔を浮かべていた。
「前にね、私の事を逮捕しに国王の犬保安委員がやって来たわ。でもね、その人は私の前に敗れて今も廃人よ。すっかり、あれにやられちゃってね。大の男だっていうのに情けないとは思わない?ミス・スペンサー」
彼女は明らかに自分に酔っていた。自分に酔う事により、彼女はサディスト趣味の冷酷な拷問官を演じていた。
『演じていた』というのは勿論、私の推測に過ぎない。恐らく、彼女はそう演じる事により、ここにやって来た侵入者に恐怖を与える演出を与えているのだろう。
計算してやっているのだから、ケイブという女はどうにも性質が悪い。
だが、素だろうが、演技だろうが、確実に言えるのはこのままだと彼女による実害を喰らってしまうという事だろう。
彼女は私を殺すつもりか、はたまた単にトラウマを負わせるだけなのかは分からない。
ただ確実に言えるのは彼女のなされるがままにされたら、私は確実にミッドナイトスペシャルを追えなくなるという事だ。
私は時間を稼ぐためにどうすれば良いのかを思案していく。
私は彼女に向かって問い掛けた。
「ねぇ、あなたの組織が裏社会に流しているミッドナイトスペシャルは何処からの受注で持っているの?あんな粗悪品の銃を流しても解くなんてしないと思うけれど……」
「良い質問だわ。流石ね、ミス・スペンサー。あれは共和国の大統領の筆頭補佐官から受注した依頼なのよ。大金と引き換えにミッドナイトスペシャルを王国内に流せって……しかも、その銃は最初の六回は使えるから、普通の拳銃として誤魔化せばバレないって言ったのよ。あの時に得た大金とあの粗悪品の拳銃を売った金で今や、あたしは大金持ちよ!このまま順当にいけば、やがて、全ての裏組織を飲み込み、かつての『サラマンダー』いや、それ以上の力を誇るでしょうね。さてと、冥土の土産としては十分じゃあないかしら?」
彼女はそう言って私の目の前に黒い虫籠を置く。籠の中から鳴るのはあの不快感を唆る気持ちの悪い音。
それだけでは足りないと見たのか、彼女はもう一つの籠を私の前に取り出す。
「……選んでミス・スペンサー。この籠のどちらを開けるのかを……」
私は目の前に彼女が広げた二つの籠を眺める。ここで第三の選択肢である籠を開けないという存在しないらしい。
どうやら、彼女は二者択一の権利を与えられたらしい。
最もどちらからも不穏な音が聞こえる事から、どちらを選んでも私にとっては良くない結末が待っているのは確実だと思われるのだが……。
私が目の前を眺めていると、彼女は満面の笑みを浮かべて言った。
「早く選んで、私はねグズは嫌いなの」
最後の最後だけ声のトーンが落ちたのは何故だろう。特に『グズ』の部分だけを強調して言ったのはどういう事なのだろう。
どうやら、彼女は時間を急かして私に早く決めさせたいらしい。
私はこの状況を打破する良い方法を思案していく。幸いにも私の両手両足は彼女に縛られてはいない。
それだけが唯一のチャンスだ。私は機会を伺う。ここに何か別の兵器があったとすれば、その自由な手足で彼女を倒す事も可能だろうが、それではやはり難しい。
そこで、私は一度心を落ち着けるべく黙って両眼を瞑る。これまでに彼女の尋問を受けた人間というのは全て冷静ではない状況にいたのではないか。
そうだとしたのならば、彼らは大きなチャンスを逃した事になる。そう、あの女に虫籠の虫を浴びせてやろうというチャンスを。
私は両眼を開くと勢いよくカサカサと動く虫が入っていない虫籠を指差す。
彼女はもう一度尋ねた。
「本当にそれでいいの?後悔はしていない?」
その問い掛けに対して私は首を黙って横に振る。彼女が籠に手を掛けてその鍵を外し掛けた時に、私は彼女を勢いよく突き飛ばし、ベッドの上に落ちていた拳銃を拾い上げて寝室の閉じていた扉を銃弾でこじ開けて外へと出て行く。
勢い良く部屋の外へと飛び出した私はそのまま二階の下から階下へと飛び出す。
そして、すっかりと夜になった裏の街へと繰り出す。
私は背後を振り向く。そこには彼女の部下と思われる男がこちらに向かって銃を放つ。
いや、そればかりではない。私の目の前に長銃を持った男たちが立ち塞がる。
どうやら、彼女の命令はこの裏街全域に轟いていたらしい。
私は拳銃を構えて目の前の相手と対峙していく。
どんな事があろうとも、私はあの粗悪品の拳銃を撲滅し、元生徒会長の野望を食い止めると決めたのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

朝起きたら、ギルドが崩壊してたんですけど?――捨てられギルドの再建物語

六倍酢
ファンタジー
ある朝、ギルドが崩壊していた。 ギルド戦での敗北から3日、アドラーの所属するギルドは崩壊した。 ごたごたの中で団長に就任したアドラーは、ギルドの再建を団の守り神から頼まれる。 団長になったアドラーは自分の力に気付く。 彼のスキルの本質は『指揮下の者だけ能力を倍増させる』ものだった。 守り神の猫娘、居場所のない混血エルフ、引きこもりの魔女、生まれたての竜姫、加勢するかつての仲間。 変わり者ばかりが集まるギルドは、何時しか大陸最強の戦闘集団になる。

転生幼女の攻略法〜最強チートの異世界日記〜

みおな
ファンタジー
 私の名前は、瀬尾あかり。 37歳、日本人。性別、女。職業は一般事務員。容姿は10人並み。趣味は、物語を書くこと。  そう!私は、今流行りのラノベをスマホで書くことを趣味にしている、ごくごく普通のOLである。  今日も、いつも通りに仕事を終え、いつも通りに帰りにスーパーで惣菜を買って、いつも通りに1人で食事をする予定だった。  それなのに、どうして私は道路に倒れているんだろう?後ろからぶつかってきた男に刺されたと気付いたのは、もう意識がなくなる寸前だった。  そして、目覚めた時ー

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

処理中です...