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エージェント・ブリタニアン編

港町へと飛べ!

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「ちくしょう!テメェら動くんじゃあねぇ!この女がどうなっても良いのか!?ぶち殺すぞォォ~!!」
この状況ならば、普通は絶望する所だろう。だが、私は銃を構えつつも目の前の状況は近いうちに打破される事を知っているのであくまでも平然を装う。
たまたま今日は賞金稼ぎ部の活動の一環で警察署の拘置所から逃げ出し、逃亡資金を稼ぐために強盗事件と傷害事件を起こした男を追っていたのだが、男は商店へと逃げ込む。
私とケネス、それにティファニーの三人は強盗犯が立て篭もった雑貨店へと押し入ったのだが、そこには例の彼女のメイド、あの書類が本当ならば、帝国の首席死刑執行官が強盗の人質にされているのだ。
彼女の足元に食材とそれを入れた紙の袋が置いてある事から、彼女は恐らく今夜の夕食を用意しに来て、そこを捕らえられたのだろう。
実際に彼女も人質に捕らえられているとは思えない程にぼんやりとした様子で捕らえられていた。
それが面白くなかったのか、強盗犯の男はジェーンの頭の右側を銃口でグリグリと弄って、
「テメー!何を澄ました顔をしてやがる!?そんなにオレが気色悪いか!?そんなに平民に捕らえられた事が腹立たしいのか!?」
男の質問はどれも見当違いというものだ。彼女は王宮の宮殿に仕える行儀見習いの下級貴族の令嬢でもなければ、貴族の家に両親のコネで入った裕福な商店の娘でもないのだ。
恐らく、昨日見た書類の情報が正しければ、強盗犯の男の命は後数秒も無いだろう。私がマジマジとその光景を眺めていると、彼女は口元の右端を吊り上げて、それから直ぐに地面にしゃがみ、一瞬の間、男の拳銃から生殺与奪の権利を取り上げた後に右足に仕込んでいたと思われる小型の剃刀を取り出し、男の喉を掻き切る。
喉から噴き出た血は赤色のペンキをぶち撒けたように周囲に飛び散り、周囲の光景や彼女自身も赤く染めていく。
だが、彼女は剃刀を仕舞っていた右足に直し、私たちに一礼してから店を出ていく。
躊躇のないやり口に、仮にも人を殺めたというのに顔色一つ変えない事が私の中で益々、あの書類の確信を裏付けていくような気がする。
噂を聞くに、帝国の敵を抹殺する死刑執行官というのは高給や高い地位、裕福な暮らしと引き換えに人を殺す事に徐々に精神を病んでいき、最後は酒に溺れ、心身共に駄目になった後に新任の執行官に殺されるのがいつものパターンだという。
だが、彼女が酒に溺れる姿が私には想像できない。人を殺したのに顔色を変えない人間が罪悪感を感じたりするだろうか。
いいや、絶対にない。彼女はむしろ殺人を楽しんでいそうだ。そんな人間を帝国は優遇するに違いない。
あの書類が正しければ若くして登り詰めた彼女は私と同じくらいの年の頃か、或いはそれよりも下の年齢から、殺人を繰り返していたような気がする。
私が扉を開けて出て行った彼女を見つめていると、ティファニーがそんな私とケネスを置いて警察署へと向かっていく。
その時の彼女の足が早く見えたのは恐らく、これ以上、自身のメイドの事を追及されたくなかったからに違いない。
私が腕を組みながら、彼女を見つめていると、ケネスが私の肩を叩いて、
「なぁ、あの女の件なんだが……」
「ええ、分かっているわよ。スパイかもしれないって話でしょ?今回の一件で私は確信に近いものを得たかもしれないわ。あんな鮮やかな手口は見た事がないもの」
「いいや、そうじゃあない?お前知らなかったのか?あの女が今日、本を読む部長に向かって港町のララミー・ギャングどもの情報を聞いていたって噂」
ララミー・ギャング?王国の東の端にあるスパイスシーの見える港町を仕切るギャングの名前が確か、そんな名前だったような気がする。
だが、どうしてティファニーがララミーの事を追っているのだろう。
私はケネスに詳細を求めていく。
「分からん。だが、シャストル部長から聞いた話だと彼らは共和国と手を結び、先の作戦で余った生物兵器を大陸へと輸出しようとしようとしているらしい」
「大陸に?それなら、彼らが動く理由は無い筈でしょ?むしろ、そんな強力な兵器が大陸の西側を支配する帝国の手に入るんだったら、好都合なんじゃ……」
「いいや、どうも、入手先は帝国ではなく、帝国の属国であるフィネッツイアン王国の裏社会を牛耳る『エテルニタ』なる組織らしい」
エテルニタ。フィネッツイアン王国の裏社会を牛耳る地下組織にしてボスの正体は未だに掴めない暗黒の組織。
だが、その組織のボスというのは噂によればあの人物だ。私がうーんと唸り声を上げながら、その事を考えていると、ケネスが答えを教えてくれた。
「噂によれば、ボスの正体は現フィネッツイアン王国の宰相、エミリオ・グレコだと言われている。また、国王も事実上、彼らの活動を黙認しており、帝国の属国でありながら、裏の金を王国に落とす事により、大金を得ているらしいな」
つまり、ケネスの話を総合するとフィネッツイアン王国は表と裏とが一本の糸で結び付いており、その地下組織が共和国の生物兵器を受け取ったした場合にその牙を向けるのは間違いなく支配者たる帝国。
共和国はこの一件で厄介なものを海の向こうへと押し付ける事ができ、共和国の代理を引き受けたララミー・ギャングは双方の組織からの見返りを受け、組織力を強化させ、王国内の暗黒街でも名を轟かせる事になるだろう。
エテルニタいや、フィネッツイアン王国はこの貿易で、強力な生物兵器を入手し、帝国に歯向かう足掛かりを得る事に成功する。
つまり、三者三様が得をする取り引きなのだ。貧乏くじを引くのは帝国だけになるので、西側を支配する皇帝が憤怒するのも無理はない。
私がそんな事を考えていると、保安委員を呼びに行っていた彼女が帰ってきた。
彼女は呼びに行った保安委員の男と共に商店の中に入り、表に停めてある馬に乗って警察署にまで来るような告げる。
私とケネスは顔を見合わせて商店を出て行き、彼女と共に警察署へと向かう。
途中で誰も言葉を発さなかったのは誰もが後ろめたい思いを抱えていたからだろう。こんなにも息苦しい道中は初めてのように思われた。
警察署に付き、事情を話し終えて解放されてからも気分は晴れない。
仕留めたのはジェーンであるために、賞金は出なかったので、この後は学校に寄らずに帰れる事になったが、やはり、空気は重い。
結局の所、ケネスも私もそして、彼女もぎごちない思いを抱えたまま解散となった。
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