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サラマンダー・パシュート編

サラマンダーとサラマンダーから逃げた昆虫

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「No.1とNo.2の報告によれば、金融業も女性サービス業も上手くいっているらしいな。フッフッ、女と金。この二つほどこの世に相性の良いものがあるかね?人は女性と声を掛け合うたびに金を払い、その金が足りなくなり、金融業に手を出す。その逆もまた然りだ」
ゲオルグは秘書相手に自身の持論を振るっていたのだが、秘書は彼の熱弁をひらりと交わし、少々だが反論の言葉を口にする。
「薬と金。酒と金などもありますわ。それよりも、そのNo.1が今日はあなたに報告があると参りまして……」
その言葉を聞いて彼は訝しげの表情で秘書を睨む。
No.1はエリート中のエリートであり、現在、彼が最も目を掛けている部下だ。
その彼が相談というのは何だろう。ゲオルグは背中を椅子に預け、肘掛け椅子の中に腰を埋めると、部屋の中に入って来た彼を手招きする。
ゲオルグに招かれて入ってきた男は一見すると、紳士という名刺が一番よく似合う男であったのに違いない。
絹のシルクハットに黒色の正装用のコート。その下に正装用の上着に青色のワイシャツにズボン。
加えて、胸ポケットには自慢するようにひけらかす金時計の鎖。
まさしく金持ちの紳士に相応しい格好である。
だが、格好こそは紳士であるもの、彼の顔は爬虫類を思わせるような不気味な顔だ。加えて、この男の金は真っ当な金で築き上げてきたものではなく『サラマンダー』の力をバッグにのし上がった違法な金融業で真っ当な人々から騙し取って儲けた金という事を忘れてはならない。
その男はゲオルグと目が合うと、丁寧に頭を下げて詫びを入れる。
いきなり、謝罪の言葉を述べられた男は半ば反射的に両眉を上げたが、彼の最も信頼する部下は彼の不快感など構う事なく話を続けていく。
「申し訳ありません。私の娼館の地下で働かせていた女が逃げてしまいました!」
その言葉を聞いてゲオルグは思わず机を力強く叩いてから、立ち上がる。
ゲオルグはその言葉を聞いて瞳を充血させていたらしく、見るもの全てを怯えさせてしまうような視線で彼を睨む。
「……貴様、自分の言っている事が分かっているんだろうな?もし、あの娘っ子が警察に駆け込みでもして、あの内部の事をぶち撒けてみろ。首が飛ぶのはテメェだけじゃあないんだぞ!サラマンダーの根源に関わるんだッ!」
ゲオルグは大きな声で男を怒鳴り付けたが、男はそれを聞いても一瞬だけ怯える仕草を見せたのだが、直ぐに平然とした顔を取り戻して、
「分かっています。No.0。あなたにご迷惑を掛けるつもりは毛頭ございません!ですから、ここは私自らがあの女を追おうと思いましてーー」
No.1と呼ばれる男が重い口を開いて、ゴニョゴニョと呟いている時だ。
男の書斎の扉が開き、ギャングだと思われる顔の悪い男が現れた。
「No.0!!あの女の居場所が判明しましたッ!あの女は王国内の王立魔法学院前の街にまで逃げています!」
「……それは本当か?」
机の上で指を組むゲオルグの指摘に部下は必死の形相で首を縦に動かす。
「間違いありません。アナベルからの報告ですぜ」
それを聞いたゲオルグは小さく深呼吸をして目の前に立っている紳士風の男に向かって指示を出す。
「No.1。これはキミの失態だ。直ぐにでも失態を取り返しに行きたまえ」
「ハッ、了解です。直ぐにでもあの小娘を回収して参ります!」
男は軍隊式の敬礼を終えると、踵を返して部屋を出ていく。
だが、ゲオルグはそれでも怒りが収まらなかったのか、娼館の責任者であるNo.2を呼ぶように側に佇む秘書に向かって激励を飛ばす。
今回の事態は流石に事が大きくなり過ぎている。下手をすれば、サラマンダーの壊滅に繋がるかもしれない。
その焦燥感がより一層、彼を苛立たせていた。










ドレス姿の女は密かに背後を振り向く。声こそは聞こえるものの追手の姿は見えない。
だが、油断はならない。彼女は必死に森の中を逃げていた。
森を歩き回り、何日が立ったのだろう。ドレスの裾はボロボロになり、傷付いている。靴など履いていないから、彼女の足からは既に血が出ていた。
それでも、彼女は逃げていた。迫り来る追手から。自由を得るために。
そして、ようやく森を抜けると、二本の道に分かれた場所と、その道の中央に立っている屋敷がある事に気が付く。
す思わず圧倒されてしまうような大きな屋敷だ。
彼女は一瞬、追手の知り合いの屋敷が何かかと警戒して辺りを見渡すのだが、生憎、この屋敷の他に建物は見当たらないらしい。
やむを得ずに、彼女は必死に閉鎖されている玄関の柵を揺らしていく。
屋敷の相手が気が付いてくれるまで、柵を鳴らしていく。
その瞬間にも追手は迫ってきているのだが、彼女はそれでも一抹の望みを託し、柵を揺らしていく。
この時に、この屋敷の執事と思われる礼装の青年が屋敷の柵を開いたのは本当に神が自分を助けてくれたからに違いない。
彼女は執事の顔を見ると、安心して倒れ込む。
気が付くと、彼女はベッドの上に寝かされており、手前には少女と思われる年齢の部屋用のドレスを着用した女性が看病疲れのためか、うたた寝をしていた。
辺りを見渡すと、そこにはベッドの下で眠っている少女の私物だと思われる本棚や鞄やらが置かれている事に気が付く。
どうやら、ベッドにもたれかかってうたた寝をしている銀色の髪の少女が自分のために部屋を貸してくれたらしい。
すると、扉をノックする音が聞こえてくる。
暫くするとドノのノブが回され、昨日の青年が入ってきた。
青年は彼女に向かって笑い掛けると、
「おはようございます。昨晩はどうなさったんですか?あんなボロボロの格好で」
女性は答える事が出来ずに俯いてしまう。これまでの経緯を説明しようとするのだが、上手く口が動かない。いや、頭が語るのを拒否していると言った方が正しいのだろうか。
そんな事を考えていると、礼装の青年がベッドの上にスープとパンにサラダという簡素な食事が載った折りたたみ式の机を置く。
「どうぞ、お召し上がりになってください。あ、大丈夫です。お金なんて取ったりしませんから」
弱々しく笑って進める礼装の青年の言葉に従って、彼女はスープを吸う。
「美味しい」と、声が漏れてしまう。
すると、咄嗟に顔を隠したのだが、執事の青年は微笑んで、
「それは良かったです。あ、申し遅れましたね。私はピーターです。この屋敷の主にしてスペンサー公爵家の令嬢、ウェンディ・スペンサーお嬢様にお仕えしております」
すると、柔和になった筈の彼女が「貴族」という単語を聞いて思わずスプーンを落として耳を防いでしまう。
何か不味い事を言ったのかと、ピーターは慌てて彼女の元に寄って、彼女を慰めていく。
ピーターは必死に慰めるものの、彼女は視線を逸らして聞こえない振りをするばかりであった。
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