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フォー・カントリー・クロスレース編
ニューローデム・パニック! たった一人の革命闘士
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その後の巡査の調べではエリアーナの姿は見つからなかったらしい。エリアーナがどうしているのかと言えば、誰にも分からず、何処かで死んだかも、或いは生きているかもしれないという曖昧なものだった。
その日、私は不安から一睡もする事ができなかった。単にエリアーナの報復を恐れたばかりではない。私自身があの決闘に、夜の屋根の上で行われた一対一の決闘に水を差してしまったという後味の悪さもあった。
自分は王立の魔法学院に通い、そこで〈杖無し〉という不名誉なあだ名を貰っているものの、一応はガンマンの称号である銃を付けたバッジを持たされているのだ。
杖無し。魔法の使えない或いは基礎魔法系統を使えない劣等生へと贈られる蔑称。
確かに、私はその蔑称に相応しい働きぶりを見せていた。彼女に対して申し訳ない事をしてしまったような気がする。
この国における警察機関は保安委員ではなく、街の警察や共和国軍の軍隊が担当するらしい。
警察で抑えられる範囲ならば、警察が、それで無理ならば軍隊が動くらしい。
と、言うのも王国での学生運動に煽られた暴徒が各町で暴動を起こしてから、発足した制度らしく、それまでは警察だけで犯罪者を抑えていたというのだが、数年前の学生運動以降は警察では対処できなかったり、追えなかったりする事件は全て軍に一任されるらしい。
大陸四大国家といえども、やはり、規律は遵守しなければならないらしい。
それとも、大統領が皇帝や国王よりも力を持てない事が直接の原因になるのだろうか。
ともかく、軍隊が動く以上、残ったエリアーナの恋人、クリストファーも容易には動けないだろう。
恐らく、全ての決着は明日になるだろう。私は窓の側でルームサービスに持って来させたバーボンを飲みながら、街の光を眺めていた。
思えば、あの決闘では二階に上り、尚且つ、相手の正面しか見ていなかったために忘れていたのだが、この街はこんなにも明るいのだ。
酒、煙草、その他の快楽。ありとあらゆるものが揃い眠る事のない街。
その存在を忘れていたからこそ、あの様な決闘を楽しめたのかもしれない。
私は人工の光の中ではしゃぐ大衆達を見ながら、そう考えていた。
考えているうちに暗闇はピンク色からオレンジ色、そして黄色という明るい色に変わっていき、とうとう空は青く澄み渡る世界が支配していく。
私はこの光景を眺め終えると、重い腰を上げ、肩に掛けている鞄から仮面を取り出し、顔に付けると、レースのゴール会場へと向かう。
だが、ホテルをチェックアウトして表へと出ると、そこには他の参加選手達もちらほらと姿を見せていた。
彼らも眠れぬ夜を過ごしたのか、はたまた早朝に起きたのか、ともかく、全員の活動の時間帯が早い。
私は陰鬱とした気分のまま馬を走らせていく。
どうしてだろう。馬を走らせているのにこんなにも気分が晴れないとは。
ここまでずっと煉瓦で舗装された道が続いたためか、蹄が煉瓦に当たり反響する音にも慣れてしまったらしい。
苦笑しながらも、私は馬を走らせてゴールを目指す。
ゴールの街は共和国の首都というだけあって、多くの商店が立ち並び、多くの建物が並び、またそれに見合うだけの多くの人々が閉鎖された道路の前に選手を一目見ようと、集まっていた。
先頭を走るのは一人の男性騎手。その後ろに私と他の選手達。
どうも、他の選手が遅いのではなく、あの選手ばかりが突出して速いらしい。
あの選手は誰なのだろうと、考えていると、先頭を走っていた馬の頭がゴールの白いテープに差し掛かるのを見た。
どうやら、彼が一着となったらしい。それに続いて別の女性騎手、そして私とが続く。
どうやら、優勝はあの男性騎手に譲る事になったらしい。
だが、途中で多くの追い落としやリタイアがあったとはいえ、私が三位になれたのは嬉しかった。
レースの上位三名は首都の中央に置かれた表彰台に登る事ができ、そこで一位は大統領に、二位はニューヨーシャーの国王に、そして、三位はウィンストン・セイライム王国の王女もしくは王子に優勝の証を貰う事になっていた。
そう、妹と言葉を交わす事が出来るのだ。一位は逃してしまい未だにあの決闘から引き摺っている罪悪感の様なものが私の中にあるのだが、それでも妹に会えるのだ。
あの子の顔を見るだけで、私は一ヶ月の疲れが吹き飛ぶ様な気がした。
大切な家族に会えるというのはそれ程、私の中で大きな事だった。
レース終了後に、上位三名の選手が控え室に呼ばれ、そこで準備が出来るまで待機する様に指示を出された。
特に、覚える台詞も無いだろうから、私は手提げ鞄の中に一ヶ月の旅の合間に読んでいたミステリー小説を開く。
このミステリー小説は既に旅の間に十回以上も読んでいるのだが、それでも暇を潰すために読まずにはいられない。
私が本を読み、とっくに覚えた犯人の名前を追い掛けていると、背後から一位の男が私の本覗き込んでいる事に気が付く。
私は慌てて本を落としそうになったのだが、空咳を起こして落ち着きを取り戻して、背後から覗き込んできた男を振り返る。
「あなた、一体何なの?私がミステリー小説を読んでいるのがそんなにおかしいかしら?」
男は首を横に振って、
「いいや、そんなんじゃあないさ!ただその小説はぼくも読んだ事があってね。中々面白かった事を思い出したよ」
私は改めて砂や傷でボロボロになった小説のタイトルを見つめる。
この小説のタイトルは『二分の一の殺意』双子の姉妹のどちらかが犯人だという事もあり、最初はどちらなのか私を大いに悩ませたものだ。
私がそんな事を考えていたのだが、彼は純粋そうな目で瞳を輝かせて、勝手に自分が初めて小説を読んだ日の事を語っていく。
何でも、彼の行方不明になった恋人と初めて一緒に読んだ本だったらしい。
彼は私に思い出話を聞かせていき、そして最後に叫ぶように言った。
「本当にビックリしたよ。双子の名前がまさか、エリアーナとアイリーンだったなんてね!本当に運命のようなものを感じるよ!そうだとは思わないか?ウェンディ・スペンサーッ!」
男はそう叫ぶのと同時に、ホルスターから拳銃を抜いて、私を威嚇する。
「動くなッ!今、この部屋はおれが占領したッ!」
最悪の事態が起こったらしい。エリアーナの恋人にして革命派の貴公子クリストファー・サンフォードが動き出したのだ。
その日、私は不安から一睡もする事ができなかった。単にエリアーナの報復を恐れたばかりではない。私自身があの決闘に、夜の屋根の上で行われた一対一の決闘に水を差してしまったという後味の悪さもあった。
自分は王立の魔法学院に通い、そこで〈杖無し〉という不名誉なあだ名を貰っているものの、一応はガンマンの称号である銃を付けたバッジを持たされているのだ。
杖無し。魔法の使えない或いは基礎魔法系統を使えない劣等生へと贈られる蔑称。
確かに、私はその蔑称に相応しい働きぶりを見せていた。彼女に対して申し訳ない事をしてしまったような気がする。
この国における警察機関は保安委員ではなく、街の警察や共和国軍の軍隊が担当するらしい。
警察で抑えられる範囲ならば、警察が、それで無理ならば軍隊が動くらしい。
と、言うのも王国での学生運動に煽られた暴徒が各町で暴動を起こしてから、発足した制度らしく、それまでは警察だけで犯罪者を抑えていたというのだが、数年前の学生運動以降は警察では対処できなかったり、追えなかったりする事件は全て軍に一任されるらしい。
大陸四大国家といえども、やはり、規律は遵守しなければならないらしい。
それとも、大統領が皇帝や国王よりも力を持てない事が直接の原因になるのだろうか。
ともかく、軍隊が動く以上、残ったエリアーナの恋人、クリストファーも容易には動けないだろう。
恐らく、全ての決着は明日になるだろう。私は窓の側でルームサービスに持って来させたバーボンを飲みながら、街の光を眺めていた。
思えば、あの決闘では二階に上り、尚且つ、相手の正面しか見ていなかったために忘れていたのだが、この街はこんなにも明るいのだ。
酒、煙草、その他の快楽。ありとあらゆるものが揃い眠る事のない街。
その存在を忘れていたからこそ、あの様な決闘を楽しめたのかもしれない。
私は人工の光の中ではしゃぐ大衆達を見ながら、そう考えていた。
考えているうちに暗闇はピンク色からオレンジ色、そして黄色という明るい色に変わっていき、とうとう空は青く澄み渡る世界が支配していく。
私はこの光景を眺め終えると、重い腰を上げ、肩に掛けている鞄から仮面を取り出し、顔に付けると、レースのゴール会場へと向かう。
だが、ホテルをチェックアウトして表へと出ると、そこには他の参加選手達もちらほらと姿を見せていた。
彼らも眠れぬ夜を過ごしたのか、はたまた早朝に起きたのか、ともかく、全員の活動の時間帯が早い。
私は陰鬱とした気分のまま馬を走らせていく。
どうしてだろう。馬を走らせているのにこんなにも気分が晴れないとは。
ここまでずっと煉瓦で舗装された道が続いたためか、蹄が煉瓦に当たり反響する音にも慣れてしまったらしい。
苦笑しながらも、私は馬を走らせてゴールを目指す。
ゴールの街は共和国の首都というだけあって、多くの商店が立ち並び、多くの建物が並び、またそれに見合うだけの多くの人々が閉鎖された道路の前に選手を一目見ようと、集まっていた。
先頭を走るのは一人の男性騎手。その後ろに私と他の選手達。
どうも、他の選手が遅いのではなく、あの選手ばかりが突出して速いらしい。
あの選手は誰なのだろうと、考えていると、先頭を走っていた馬の頭がゴールの白いテープに差し掛かるのを見た。
どうやら、彼が一着となったらしい。それに続いて別の女性騎手、そして私とが続く。
どうやら、優勝はあの男性騎手に譲る事になったらしい。
だが、途中で多くの追い落としやリタイアがあったとはいえ、私が三位になれたのは嬉しかった。
レースの上位三名は首都の中央に置かれた表彰台に登る事ができ、そこで一位は大統領に、二位はニューヨーシャーの国王に、そして、三位はウィンストン・セイライム王国の王女もしくは王子に優勝の証を貰う事になっていた。
そう、妹と言葉を交わす事が出来るのだ。一位は逃してしまい未だにあの決闘から引き摺っている罪悪感の様なものが私の中にあるのだが、それでも妹に会えるのだ。
あの子の顔を見るだけで、私は一ヶ月の疲れが吹き飛ぶ様な気がした。
大切な家族に会えるというのはそれ程、私の中で大きな事だった。
レース終了後に、上位三名の選手が控え室に呼ばれ、そこで準備が出来るまで待機する様に指示を出された。
特に、覚える台詞も無いだろうから、私は手提げ鞄の中に一ヶ月の旅の合間に読んでいたミステリー小説を開く。
このミステリー小説は既に旅の間に十回以上も読んでいるのだが、それでも暇を潰すために読まずにはいられない。
私が本を読み、とっくに覚えた犯人の名前を追い掛けていると、背後から一位の男が私の本覗き込んでいる事に気が付く。
私は慌てて本を落としそうになったのだが、空咳を起こして落ち着きを取り戻して、背後から覗き込んできた男を振り返る。
「あなた、一体何なの?私がミステリー小説を読んでいるのがそんなにおかしいかしら?」
男は首を横に振って、
「いいや、そんなんじゃあないさ!ただその小説はぼくも読んだ事があってね。中々面白かった事を思い出したよ」
私は改めて砂や傷でボロボロになった小説のタイトルを見つめる。
この小説のタイトルは『二分の一の殺意』双子の姉妹のどちらかが犯人だという事もあり、最初はどちらなのか私を大いに悩ませたものだ。
私がそんな事を考えていたのだが、彼は純粋そうな目で瞳を輝かせて、勝手に自分が初めて小説を読んだ日の事を語っていく。
何でも、彼の行方不明になった恋人と初めて一緒に読んだ本だったらしい。
彼は私に思い出話を聞かせていき、そして最後に叫ぶように言った。
「本当にビックリしたよ。双子の名前がまさか、エリアーナとアイリーンだったなんてね!本当に運命のようなものを感じるよ!そうだとは思わないか?ウェンディ・スペンサーッ!」
男はそう叫ぶのと同時に、ホルスターから拳銃を抜いて、私を威嚇する。
「動くなッ!今、この部屋はおれが占領したッ!」
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