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賞金稼ぎ部(ハンティング・クラブ)編

ウェンディ・スペンサーの朝

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「お嬢様、昨日の夜に発生した事件の事をご存知ですか?」
執事のピーターが朝のワインを私のグラスに注ぎながら、心配そうな顔で言う。
「昨日の夜?いや、知らないわね。昨日は初めての賞金稼ぎ部の活動で遅くまで学校に居て、その後に急いで馬で帰ったものだから、でも、夕食の時間に間に合ったのは覚えているでしょ?」
私の口から「賞金稼ぎ部の活動」という言葉が出たのを聞いて、私は改めてあの部活の部員となったのだなとしみじみと思う。
毒婦メアリーの事件解決から、私、ケネス、マーティの三人は突入時の犯人制圧の功績を称えられ、入部を認められた上に、通常ならば、部員以外には渡されない懸賞金の一部授与が認められたのだ。
だが、私はその賞金を二人に与えて、その日、自分は徒歩で帰った。
その時の私にはウィリアム・ウィルソンなる匿名の犯人に憤りを感じ、頭が活火山の様に湧き上がっていたという事もあるのだろうが、何より、あの金は私だけの物ではない、私は自分の銃と魔法だけで勝てた、二人が居なければ子供を保護できなかったという思いから、二人に私の分の金を分けたのだ。
翌日、全校生徒に昨日の酒場での出来事が知られたのか、私は投稿すると即座に上級生に絡まれて因縁を付けられたが、例の私の魔法で二名の上級生を返り討ちにし、次に馬繋ぎ場にてまたもや例の三人に虐められているジャックの姿を見かけたので、例のオレンジ髪の生徒会長の妹とサムウェルなるガキ大将を追い散らす。
すると、ジャックは昨日の事に言及し、私の功績を称えた上で、今日の事も感謝してきた。
私は褒められたのが嬉しくなり、彼にありがとうと返して、それから彼に馬を預けておく。
だが、私の馬を繋ぐ過程で彼の姿をチラリと見たのだが、どうして彼の両頬が赤く染まっているのだろうか。
あの照れ臭く笑う顔は何だろう。そんな事を考えながら、私は離れの教室の方へと向かう。
教室で私を待っていたのは歓待の準備であった。私が教室の扉を開くなり、私に歓声が浴びせられ、何人かの生徒は私の手を必死に握っていく。中には非道な生徒会に一矢を報いた英雄と称して、私にワインの入った瓶を渡す人間までもいた。
私が苦笑していると、昨日の現場に私と同行していたケネスが私と大勢の生徒から私を引き離す。
そして、教室の奥で他の生徒達が昨日の事を直接現場で見ていたり、またそれを目撃したりした生徒から知ったという形で伝わっていき、早朝の噂話のレベルでもうここまで知っている人間で溢れ返っているらしい。
当然、このクラスにも知れ渡っているわけであり、私が歓待を受けたのも無理はないと言えた。
ちなみに、私にワインの入った瓶を渡した生徒はあの現場を直で見ていたらしく、飛び出しの小型ナイフを意外な場所に隠していた私の活躍を知ってから、彼なりに私を応援したかったという事だったらしい。
ソルドもカレンも私の側に来るなり、この前の事を教室のみんなが話していたのと同じ事を私に聞いてきた。
と、ここまで私の話題で盛り上がっていると、例の哲学風の教師が勢いよく教室の扉を引いて、現れた。
いかにも不機嫌と言わんばかりの調子で哲学風の教師は朝の会合を始めていく。
午前の座学、午後の実技、教師は違えど、私の活躍を知った教師達はその誰もが不愉快そうに私を眺めて、眉を顰めていたが、唯一、射撃の教師だけは顔に微笑みを浮かべながら、
「そうか、凄いね。ミス・スペンサーは、まさかあの毒婦メアリーを射殺するとはね」
と、授業を終えた後に私に言ってきたのだ。優しそうな笑顔を浮かべる射撃の教師は話を続けていく。
「ミス・スペンサー。唐突な質問だが、キミはヒーローが好きかい?」
「ヒーロー?何の事ですか?」
「いや、ぼくの過去の話さ……ぼくはね昔、この大陸を旅するガンマンだったのさ……」
射撃の教師は話を続けていく。圧倒的な魔法と銃の腕だけで大陸に存在する多くの無法者や四大国家の反逆者達を捕まえていった事。
そして、ある事を切っ掛けに賞金稼ぎをやめ、最後に流れ着いたこの王国に見込まれた銃の腕を使用して、この学院で教師の仕事をしている事。
ある事について私は尋ねようとしたのだが、顔を見上げると私にはそんな気も無くなってしまう。
なぜならば、その時の彼の顔がとても悲しそうな目を浮かべて、これ以上聞くのも野暮だと思ったからだ。
だが、彼が中庭から去る際に、顔に涙を浮かべている時に言っていた台詞が私にはどうしても忘れられず、脳裏に強く刻み込まれていた。
「やはり、犯罪者は徹底的に撃ち殺すべきだ……犯罪者は容赦してはいけない」
朝からその台詞ばかりが私の頭の中にリピートされていく。
やはり、先生が犯人なのではないのか、そんな事を考えながら、目を閉じていると、私のその思考はピーターの強い声によって遮られてしまう。
「いえ、そうではありません!」
ピーターはいつになく強い口調で私の言い分を否定する。
普段は滅多にこの様な態度を取らない彼の性格を考えれば、それは異例な事だ。
私は注がられたワインに口をつけることもなく、また、目の前の真っ白なテーブルクロスの上に用意されたステーキや、ロールパン、果物のサラダといったメニューに口をつける事もなく、真剣な顔付きでピーターを見つめる。
「実はですね。お嬢様、昨夜のうちに妙な事件が発生しまして……」
「妙な事件?」
私は側で待ち構えているピーターに向き直ると、ピーターは丁寧に一礼をしてから、昨日の事を語っていく。
昨日、王立魔法学院の杖有りの胸バッジを付けた生徒が何者かの手によって殺され、路地裏に死体で転がっていたという事件であった。
恐らく、この事で今日は呼び出しがあるだろう。あの男に同情をする気など更々ないが、やり方が気に入らない。
私はナイフとフォークを手に取り、目の前に用意されていたステーキをフォークの強い力で押さえ付け、強い力でナイフを持ち、ステーキを切り刻みながらそんな事を考えていく。
ナイフでサイコロ状に切ったステーキをフォークを使って口に運びながらも、肝心の犯人のやり口に憤りを感じていく。
犯人は恐らく、私と同じ〈杖無し〉に分類される生徒に違いない。
あくまでも私の推理に違い無いが、恐らく馬鹿にされているという実害によるストレスもしくは差別意識からたまたま酒場で遅くまで飲んでいた男子生徒を同じコンプレックスを持つ生徒同士で取り囲み、襲う。
そんな所だろうか。ともかく、魔法の実技の腕を上げたければ、自身の魔法の腕を上げて勝つしか無い。
確かに、私は基礎魔法を使えないし、私の仲間だって同じ思いだ。
だからと言って、私や私の仲間は暴力を用いて解決するだろうか。
数日間過ごす中で、彼ら彼女らは全員が努力して、基礎魔法を使えるようになり〈杖有り〉の生徒を見返してやろうという思いで溢れていた。
とてもでは無いが、ピーターから聞いたような犯行を犯すとも思えない。
だとすると……。私がそんな事を考えていると、突如、執事のピーターが口を挟む。
「お嬢様、そろそろ出た方がよろしいかと、時間が迫っております」
残すのは心苦しいが仕方がない。
私は席を立ち上がり、側に置いてあった鞄を持って、台所を後にして、玄関を出て家の馬小屋に繋いでいる自分の愛馬を小屋から出し、私が出るのを見て、慌てて飛び出したピーターが門を開けるのを待ってから、馬に乗り、町を駆けていく。
私は風と一体化した様な爽快感を味わいながら朝の町を駆けていく。
こうして、私の一日は始まるのだ。
そんな事を思いながらも、私は顔全体に笑みを蔓延させていく。
もう、私は誰にも止められないだろう、そんな思いを抱いたまま。
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