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神と神との決闘編

大桶谷の決闘ーその④

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「フン、人を殺すのならばその前に余計なお喋りをするのはやめた方がいいな。キミは親切ぶっていたつもりだったらしいが、私から見ればそんなキミは隙だらけだった」

トニーはそれからこちらを見ながら表情を固まらせている大樹寺に向かって銃口を向ける。

「終わりだ」

トニーがその引き金を引こうとした時のことだ。背後から絵里子の悲鳴が聞こえてきた。慌てて振り返ってみると、背後には羽化する前の蝶や蛾の幼虫のように口から糸を吹き出し、その糸に身を包んでいる斧太郎の姿が見えた。
この時斧太郎本人ですら知らない第二の魔法が発動した。

本人すら知らない魔法であるので、空間を裂く魔法のように常時使用できるわけではなかった。死後になって初めてその成果を発揮する魔法なのである。
というのも、この魔法の発動条件は何者かに殺された場合にのみ発動し、対象者の口から糸を出させ、鋼鉄よりも頑丈な繭の中へと引き入れさせるというものだ。
そして繭の中で二十四時間の眠りを終えた後に対象者を新たな次元へと誘うというものだった。蝶が美しい羽根を身につけて空へと旅立つためには芋虫の姿から自身を繭の中へと包み込ませ、その中で羽化の準備をしなくてはならないように、これは斧太郎が覚醒するために必要な儀式であるのだ。

無論、トニーも異変に気が付かないほど愚かではない。早速眉に向かって引き金を引いたものの、弾丸は弾き返されるばかりだ。
続いて自身の掌から殺傷性のあるブーメランを作り出し、繭へと放ってみたものの、ブーメランは跳ね返されるばかりだった。続いて自らの掌を広げて繭ごと斧太郎を殺そうと目論んだが、高圧のバリアによってトニーは魔法ごと跳ね返されてしまったのである。

寒期において「摩擦」の生じたドアノブに触れれば静電気が手に迸るようにビリッとした電気がトニーに襲い掛かっていく。トニーは咄嗟に手を離し、苦々しい顔で斧太郎が包み込まれた繭を睨んでいた。

だが、そんなことをしても意味がないと考えたのだろう。苦笑した顔を浮かべ、小さな声で吐き捨てた。

「全く、私の魔法を無効化できるのは孝太郎くんだけだと思っていたんだが」

「……それは同意するわ。だって三年前に横須賀の基地で孝ちゃんとあなたが対峙した時のことを私は今でもハッキリと覚えているもの」

三年前の横須賀基地。という単語は今でも絵里子には忘れられない一件だ。待遇に不満を感じた共和国軍の軍人である島の一派が横須賀基地を占領した事件である。そこに敵に雇われたという形でトニーが参戦していたのだ。
最後の戦いで弟がトニーに助けられたということも苦い記憶として絵里子の中では残っている。

「言われてみれば三年前から私と彼とは腐れ縁だねぇ。まぁ、過去を懐かしがるのもいいが、今は目の前で起きていることに目を向けるべきだと思うのだがね」

と、トニーは大樹寺と熱戦を繰り広げている孝太郎を見遣りながら言った。

孝太郎と大樹寺はお互いに日本刀を用いながら激しい斬り合いを続けていた。
刀の刃が打ち合う音はまるで、古いビデオで観るような大工と呼ばれる人々が建物を建てているかの音のようだ。だが、そんな悠長なものではないことはこの戦いを見ていた絵里子自身がよく理解していた。
混戦を極めた挙句に大樹寺は自身の得意魔法である爆弾付きの人形を飛ばし、孝太郎に向かって投げ飛ばした。しかし孝太郎は目の前に向かってきた人形を自身の刀で一刀両断にして叩き壊したのであった。

人形の性質上孝太郎の持つ刀の刃が人形に触れた時点で爆風が起こり、爆風によって周りの砂埃が巻き上げられてしまう。つまるところ孝太郎は目の前を土のカーテンで塞がれるという事態になってしまったのだ。同時に大樹寺は土煙の向こうで意味深な笑みを浮かべた。というのも、今起きている状態こそが大樹寺の予想していた通りのことであったからだ。
これで孝太郎の目は完全に防がれてしまうことになった。あとはこのカーテンに紛れ、孝太郎の首を落とすだけだ。大樹寺が勝ち誇った笑みを浮かべながら孝太郎の元へと近付いていく。

だが、大樹寺の目の前に突き出されたのは日本刀の刃であった。よく研がれたことによって刃から怪しげな光が見えた。

「なっ、なんですって!?」

「浅い考えだったな。大樹寺ッ!」

孝太郎はそう吐き捨てると、大樹寺に向かって刀を突き立てた。刀の刃が首に触れる前に足を後方へと下げたことで大樹寺は自身の首と胴が泣き別れるという最悪の事態を防ぐことはできた。

しかし予想だにしなかったのは顎の下に生じた傷である。避ける直前に孝太郎の刃が大樹寺の顎下に触れ、大樹寺にとって血を流すという最悪の事態を引き起こすということになってしまったのだ。

「う、嘘だッ!嘘だッ!こんなこと!?」

現実を認めたくないのか、大樹寺は必死な形相を浮かべて首を横に振って否定した。

「ところがどっこい現実なんだよな。これが」

孝太郎は刀を突き付けながら大樹寺に向かって言った。先ほどとは一転して大樹寺に焦りの顔が、孝太郎に余裕を含んだ笑みができていた。
このまま大樹寺へと刀を振り下ろすのかと思われたが、その前に孝太郎は宙の上に向かって刀を突き上げられた。
同時に天から光が注がれていく。それこそ神が惜しむことなどないと言わんばかりの光だ。天の上から地上へと注がれた光の雨は完全に孝太郎目の前を覆っていた土煙を晴らしたのだ。
この様子を見て信じられなかったのは大樹寺の方だった。

「ば、バカな!?か、神に愛されているのは私のはず!?どうしてあなたが……」

「それはオレにもわからんな」

孝太郎の言葉は本音から出たものだった。正直にいえば先ほど天に向かって刀を突き上げるという行為は半ば無意識のうちから出た行動であったのだ。
だが、そんな孝太郎であったとしても確実に言える言葉があった。

「お前は神から見放されたんじゃあないのか?」

その問い掛けに対して大樹寺は言葉を返せなかった。普段ならば自身を持って熱弁できたはずだ。『私こそが神に選ばれし巫女なのだ』と。
しかし今の大樹寺には確信を持って言い切ることができなかった。あの光を見てから大樹寺の中に出てきた誇りは木っ端微塵に粉砕されてしまったのだ。
それは流行りの玩具をウキウキで公園に持っていた子どもが更にその先を行く玩具を金持ちの子どもが自慢し、思わず家に引き返してしまった心境に近かった。

大樹寺の脳裏に『絶望』の二文字がよぎっていく。あの神の力を身に付けてから久しく忘れていた文字だった。
目の前から日本刀を突き付けながら迫ってくる孝太郎を前にして、大樹寺は自棄になったのかもしれない。

「アハハハハハハハッ!」

突如大きな声で笑い始めたのだ。孝太郎はその異様な光景を目の前にして思わず足を止めた。君子危うきに近寄らずという諺を意識したわけではないが、自分の意思とは無関係に足を止めてしまったのである。
その時である。今度は大樹寺に対して莫大な光が降り注いできたのである。

先ほど孝太郎に降り注いだ光と同様の光であった。孝太郎は自身の目の前に起きた異常な事態を放置するわけにもいかず、その光に向かって刀を振り上げていったのだが、強烈なバリアーのようなものによって弾き返されてしまった。
奇しくもそれは斧太郎に近付こうとしたトニーたちと同様の目に遭うことになってしまったのだ。

弾き飛ばされた孝太郎がその衝撃から立ちあがろうとした時だ。ようやく光が離れ、大樹寺の姿が現れた。

しかしこの時は様子が違っていた。光のカーテンから現れた大樹寺はロールプレイングゲームに登場する勇者が身に付けるようなガタイのいい紫色の鎧を身に纏っていたのだ。右手には先ほどと同様に『魔道六銭』を構えていた。変化が見えたのは左手の方である。

大樹寺の左手にあったのは怪しげな虫が描かれた虫であった。髑髏と呼ばれる骸骨のような頭に紫色の芋虫に木の根が生えたようなひどく不気味な姿をした虫であった。
それらの装備を身に付けた大樹寺からは先ほどまでの恐怖心や絶望感というものが消えており、代わりに自尊心や自信といったもので満ち溢れたような態度が見えた。

(妙だな、あの間に何が起きた?)

孝太郎は訝しんだものの、そんなことを考える暇も与えずに大樹寺はこちらに向かって挑み掛かってきた。
孝太郎は自らの刀を使って真上から振り下ろされた大樹寺の刀を防いだが、その刀は先ほどよりも重かった。同じ金属というよりは鉛でも含んでいるかのような重さだった。

それでもなんとか大樹寺の刀を弾き飛ばし、孝太郎はもう一度襲撃に対して身構えた。
大樹寺は臨戦態勢を整える孝太郎に対して小馬鹿にするような笑みを浮かべた後で『魔道六銭』に光を込めていく。

すると、妖刀は光の剣へと早替わりしたのである。そしてもう一度孝太郎に対して飛び掛かってきたのである。
この時孝太郎は咄嗟の判断によって先ほどと同じように刀を盾にするという防ぎ方をしなかった。そのため孝太郎は目の前から迫ってくる大樹寺を右横に移動することで避けたのである。

だが、このまま上手くいかないのが世の中というものである。大樹寺は光の剣を振り回し、弧を描く形で右横にいた孝太郎の喉元を貫こうと試みた。
今度は足を背後に飛ばすことで光の剣を交わしたものの、徐々に背後へと追い詰められてしまう。

そして残るところは入り口というところで孝太郎はようやく刀を使って大樹寺の剣を防いだのである。
その時に孝太郎の刀も神々しい光に包まれていく。どうやら神は孝太郎を見捨てなかったらしい。これでまた大樹寺と対等になった。
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