破壊と盾の勇士の英雄誌〜一族最弱と煽られた青年が、自らの身に与えられた力で無双するだけの話〜

アンジェロ岩井

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神からの挑戦編

大樹寺雫の人質計画

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折原絵里子が白籠市から車に乗せられて連れて来られた先はビッグトーキョーの中央にある大樹寺雫の邸宅であった。
思わず目を見張るほどの大きな邸宅に絵里子は圧倒されていた。その場で大きく口を開けていたが、背後から降りてきた黒服たちによって絵里子は強制的に邸宅の中へと連れ込まれてしまう。
邸宅の中は広く、自身が住んでいるマンションと比較した場合、いいやマンションの中に入っている部屋の数を全てを足したとしても大樹寺の住む邸宅の前には劣りそうだった。

絵里子が物珍しげに辺りを見渡していると、またしても黒服に背中を突かれて家の中を歩かされていく。
結局絵里子が押し込められたのは邸宅の一番奥に存在している手狭な部屋であった。
とは言っても洋書やら辞書やらが並べられた荘厳な本棚が置いてあったり、近代ヨーロッパの時代に貴族が自身の趣味として置いていた帆船模型や金色の置き時計が置いてあったりと、標準よりも少し上の、例えば大学教授の家にあるような書斎を思い起こさせるかのような立派な部屋だった。

唯一そういった知識人たちの書斎と異なるのは部屋の中に書き物を行うための机と椅子が置いていない代わりに二脚の長椅子と机が置かれているところだろう。
絵里子は黒服に勧められるがままに長椅子へと腰をかけた。同時に黒服は懐からベルを取り出す。古の時代に貴族たちの間で使われていそうな思われる形の良いベルだ。黒服はそれを淡々と鳴らしていく。

ベルの音が屋敷の中に響いていくと、すぐに黒色のエプロンドレスを着た若い女性が駆け付けて、絵里子の前にコーヒーを置いた。
絵里子は湯気の経つコーヒーをじっとりと眺めていく。すると黒服が業を煮やしたのか厳かな声で言った。

「毒など入っていない。貴様はマイ・マスターの厚意を無碍にするつもりか」

と、サングラス越しに絵里子を睨みながら言った。声の中には怒りも含まれている。
絵里子は当然だという言葉を返す代わりに先ほどと同じように両目を尖らせて黒服を睨む。
絵里子の両目からは大樹寺に対する敵意や憎悪の念のようなものが感じられた。

白籠市からわざわざビッグトーキョーのそれも都心の真ん中に立っている豪邸にまで無理やり引っ張ってこられてわざわざ好意を持つ人間などどこにいるというのだろう。
こいつらにはそんな当たり前の認識さえもわからないのだろうか。

絵里子の心の中においては鬱憤が渦巻いていた。それ故に絵里子の中では黒服たちに抗議を行うことは至極当然の権利であり、自分自身に対して与えられた正当なモノだと考えていた。
それ故に黒服への敵意を強め、ひたすらに睨み続けていた時のことだ。

「やめなって、嫌がる人に勧めても飲みはしないからさ」

と、肝心の張本人が姿を見せたのである。大樹寺は絵里子の向かい側の席に座ると、絵里子に出されたはずのコーヒーを手に取って一気に飲み干したのである。
コーヒーは湯気が立つほどの温度であったが、大樹寺はまるで水を飲み干すかのように飲み干したのである。
絵里子はその姿を見て改めて大樹寺が人間とは異なる存在であるのだということが理解できた。

絵里子が恐怖に顔を歪めた時のことだ。大樹寺がクスクスと笑い始めたのである。その笑いの中には侮蔑の色が含まれていた。
絵里子はその笑いを見て、思わず不愉快だと言いたげに眉を顰めたが大樹寺は嘲るような笑みを浮かべるばかりである。

しばらくの間二人の女性はお互いの力量を憚っていたが、その無言での睨み合いは大樹寺が先ほどよりも大きな笑い声を上げたことによって中断することになった。
絵里子は思わず怒りを露わにし、目の前の机を強く叩いたのであった。

「何がおかしいのよッ!」

「いーや、同じ姉弟でも孝太郎さんはすごい人なのにあなたは大したことがなあんだなぁって」

大樹寺は絵里子が反論の言葉を口にするよりも前に手でそれを静止して自らの考えを語っていく。

「いいや、私が言いたいのは学歴とか経歴とかの話じゃないよ。そりゃああなたに比べたら確かに私も大したことないでしょうけど、問題はそこじゃなくて、オーバーロード超越者としての力のことだよ」

「……それって」

「そう、あなたからはそうした力を感じられないの。一切ね」

大樹寺は淡々と言った。一方で絵里子は複雑な心境であった。自分にオーバーロード超越者としての才能があったとは思えないが、それでもどこかで弟を手助けできるような力があるとは期待していたのだ。
だが、大樹寺はそんな絵里子の中に生えていた荒野に生えた小さな木の芽のように切ない願いを容赦なく踏み躙ったのである。

そのことが絵里子には悔しくてたまらなかった。両肩が無自覚に震えているのもそのためだろう。
そんな絵里子の姿が面白かったのか、大樹寺は膝をつきながら動揺する絵里子をニヤニヤと見つめていた。

絵里子は悔しくてたまらなかった。同時に死刑判決にも等しい発言を平然と発した大樹寺が憎くて堪らなかった。
絵里子は勢いよく椅子の上から立ち上がると、両眉を寄せた表情を大樹寺へと近付けていく。

「何よ!何がおかしいのよ!」

「別に何も」

大樹寺は平然と答えてみせた。堂々と嘘を吐いている様が気に入らない。
まるで、いじめっ子がいじめを親に問い詰められているのにも関わらず、笑顔を浮かべて「何もない」と述べているかのような気持ち悪さを感じた。
いや比喩ではない。実際に大樹寺は絵里子を虐めて楽しんでいるのだ。心底から大樹寺はいじめっ子なのだ。

腐った精神の持ち主だ。絵里子は目の前にいる大樹寺を殴り倒したい衝動に駆られたが周りにいる黒服たちを見て絵里子は思い留まることになった。
いくら腕利きの刑事といえどもこの部屋にいる黒服たち全員を相手に立ち回れるはずがない。
絵里子は大人しく席に戻る羽目になった。その姿を見て大樹寺はクスクスと笑う。

大樹寺はこれで一段落ついたと考えたのか、再びベルを鳴らしてメイドを呼び寄せたのである。
大樹寺によって呼び出されたメイドは二杯のコーヒーを持っていた。
大樹寺はコーヒーを受け取ると、絵里子にコーヒーを手渡し、自分の分のコーヒーを啜っていく。
それからメイドに何やら耳打ちをすると、自分の分のコーヒーをゆっくりと啜る。

絵里子は大樹寺がコーヒーを啜る姿を険しい目で睨んでいた。鋭い視線は大樹寺の睨みは相当なものでカップを口につけるところから喉にコーヒーを飲み込むところまで突き刺さっていたが大樹寺は気にするそぶりさえ見せなかった。
しばらくの間はコーヒーを啜っていたが、メイドがファイルを持って現れると、カップを置いてそのファイルをゆっくりと開いていく。
ファイルを眺める大樹寺の顔は時に冷笑を浮かべ、時に困惑の顔を浮かべていた。

大樹寺はファイルを最後まで読み終えると、黙ってファイルを閉じ、それからまた絵里子に笑みを向けた。
だが、それは先ほどのような冷笑の類ではなく、母親が子供に向けるような優しい笑顔だった。

「そっかー、絵里子さんって孝太郎さんに命を助けられたんだね。だからあんなに孝太郎さんを慕ってたんだ」

「そうよ、それの何が悪いの?」

絵里子は得物を見つめる肉食動物のような顔で大樹寺を睨んでいた。

「ううん。悪いなんて一言もないよ。でも、あんな目に遭ったんだったら実の弟を白馬の王子様みたいに思っても仕方がないかなぁって」

大樹寺の嘲笑に絵里子の怒りは限界を超えた。再び長椅子から立ち上がり、大樹寺に平手打ちを喰らわせようとした。
だが、絵里子の腕は黒服によって掴まれて阻まれてしまうことになった。

「離してよッ!離しなさいよッ!」

「ダメだよ、その手を離すと私のことを叩くつもりつでしょ?」

「そうよッ!間違った子供を正すのは大人の責務でしょ!?」

「なるほど、一理はある。けど、私にはそれが通じないかな。だって私はあなたの言う子供の立場から既に離れているんだもの」

大樹寺は全身から威厳と権威を纏わせながら言った。「女帝」という言葉に似つかわしい権威が迸っていた。
大抵の人は大樹寺の纏う権威や王としての資質に怯えてしまうに違いない。
だが、絵里子は怯むことなく叫び返したのであった。

「それがどうしたっていうのよ!?間違っているものは間違っているって言って何が悪いの!?」

「なるほど、一理あるね」

絵里子の激昂を聞いても大樹寺は眉一つ動かしていない。
頭に血を上らせている絵里子とは対照的であったともいえるだろう。
あくまでも冷静な態度を続けている大樹寺は絵里子の元に近寄ると、彼女の耳元で囁くように言った。

「でも、あまり調子に乗らない方がいいよ。絵里子さんは孝太郎さんを脅かすために連れてきた人質なんだからね」

絵里子はようやく自身がどのような立ち位置に置かれているのかを理解した。
と、同時に絵里子はこのような卑劣な手段をとった大樹寺に向かって憎悪の念を向けていくのであった。
だが、いくら憎悪を向けても意味はない。絵里子は容赦なく大樹寺の手下によって別室へと連れて行かれることになった。
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