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神からの挑戦編

大樹寺雫が動く時

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この時の孝太郎にとって不運であったのは体が思うように動いていないということだ。
自分の体は石のように重い。まるで体そのものが石になったようだ。自分の脳から下される命令を無視してその場に留まっているように思われた。
孝太郎は幾度も自身の体へと鞭を打ったが、それでも体は鉄のように動かなかった。

ブランクを負う覚悟で一週間の療養を経たというのに自身の体は入院前と変わらない。
もしかすれば医師が誤診を起こしたのかもしれない。それとも自分が下手に動こうとして医師の知らないところで体を悪化させてしまったのかもしれない。
当然のことであるが孝太郎は医師ではない。それ故に人体のことに関してはまるで素人である。インターネットわずかな家庭用医学本で仕入れた知識しかないのだ。

孝太郎は素人であるが故にこうした厄介な病状に関しての応急手当てなどはできなかった。それ故に目の前で大切な仲間が自分を守るためにオーバーロード超越者としての力を活用して怪物へと挑んでいる姿を見て、助けられない悔しさと怒りから歯を軋ませながら拳を震わせることしかできなかった。

マリヤはそのまま怪物によって体を吹き飛ばされ、自身の側にまで飛んできた。
その姿を見た孝太郎は慌ててマリヤの元へと駆け寄ろうとしたのだったが、先ほども記したように体は自分の命令を聞かない。そのため孝太郎は慌ててその場からマリヤの体を気遣う言葉を投げ掛けたのである。

「大丈夫か!?マリヤ!?」

「えぇ、なんとか……」

そうは言っても満身創痍となっているのは見てわかった。孝太郎は剣を構えながらモグラの怪物へと挑み掛かろうとするマリヤを手で静止し、自らの体を動かしてモグラの怪物に向かって自ら挑もうとする意志を見せつけたのである。

だが、それでも体が動かないので、孝太郎は代わりに大きな声を上げて己の身を奮い立たせたのである。
ようやく足が上がった。孝太郎は歯を軋ませながら二本の足をぎごちなく動かし、地面の上に落ちていた自身の愛刀を
拾い上げた。
孝太郎は両手で刀を構えると、刀身に自らの魔法を掛けていく。

「来いッ!化け物めッ!」

モグラの怪物は孝太郎が発した「化け物」という挑発を受け取り、両手を大きく上げたかと思うと、そのまま雪辱を晴らすように孝太郎に向かって挑み掛かってきたのである。
孝太郎はモグラの怪物が振り下ろした十本の鋭い鎌のような爪を刀で防ぐと、そのまま刀ごと怪物の手を弾き飛ばしていく。

その際に生じた隙を逃すことなく、孝太郎はそのまま胸部に向かって刀の切っ先を向けていく。孝太郎の狙い通りであるのならばそのまま怪物の胸元を刀が貫くはずであった。

もし目の前にいる怪物がファンタジー小説に登場するような純粋な化け物といえるような怪物が相手であるのならば孝太郎の考えは通ったに違いない。しかし相手は単なる怪物ではない。天使なのだ。
モグラの怪物は孝太郎の攻撃をあっさりと掻い潜り、孝太郎の背後へと回ったのであった。

モグラの怪物は生物が怒りを発した時に発するような凄まじい音を立て、孝太郎へと襲い掛かっていく。
孝太郎は慌てて背後を振り返ると、紙一重のところでモグラの爪を交わし、今度は左腕に向かって大きく斬りつけたのであった。

流石の天使も大胆なカウンター攻撃に出るとは予想外であったに違いない。言葉にならないような悲鳴を上げた。
孝太郎は続けて、逆袈裟懸けの方向から凄まじい一撃を繰り出した。

モグラの怪物の体から血が出ていく。ヨロヨロと背後へとよろめく姿が見られた。
孝太郎はそのままモグラの怪物に向かって刀を振り下ろそうとしたところだ。
不意にモグラの怪物が口元の右端を吊り上げ、こちらに向かって笑いかけたのであった。

「……クックッ、大丈夫か?お前の姉は?」

「それはどういう意味だ?」

孝太郎は両目を尖らせながら問い掛けた。突然モグラの怪物が話をしたことなどはどうでもよかった。問題は怪物が発した「姉」という単語だった。
だが、モグラの怪物は答えない。孝太郎に対して意味深な笑みを浮かべているばかりだ。
その様子を見た孝太郎は苛立ちを覚え、自らの感情が赴くままに刀を振り下ろそうとしたのだが、モグラの怪物は背後へと回っていったのであった。

「し、しまったッ!」

孝太郎が自身が感情の赴くままに動いてしまったことを後悔し、慌てて攻撃を刀で防いだのだ。
だが、刀を通して伝わる力は凄まじいものであった。先ほど受け止めた時より更に強い力がモグラの爪に掛かり、無意識のうちに孝太郎の足が引き下がっていった。
そこに加えて突然先ほどのような自身の体をその場に縛り付けるような感覚が自分に襲い掛かってきた。先ほど感じたような自身の体が石になったような感触が再び襲ってきたのである。

「く、クソッタレッ!」

孝太郎は咄嗟に叫んだものの、それが何の意味も持たないということを知っていた。
このままではなす術もなく倒されてしまうことは明白である。孝太郎が頭を悩ませていた時のことだ。
どういうわけかモグラの怪物が刀から爪を離し、慌てて背後を振り返ったのであった。

最初は何が起こったのか理解できなかったが、マリヤが剣を振って襲ってきたということがわかると、思わず安堵の笑いを漏らしたのであった。
ここからはマリヤと二人で肩を並べて戦おう。孝太郎は自身にそう言い聞かせて、第二ラウンドへと突入することになったのである。






大樹寺雫が手下を引き連れ、白籠市を訪れたのは中村孝太郎とマリヤ・カレニーナの両名がモグラの怪物と激しい戦いを繰り広げているのとほぼ同時刻のことであった。大樹寺雫にとって用があったのは中村孝太郎の姉、折原絵里子であった。
絵里子はそのまま残っていた事務仕事を終え、自宅へと戻る最中のことであった。

「あなたたちは誰なの?」

絵里子は両目を尖らせながら自分たちの周りを取り囲んだ黒服の男たちに向かって問い掛けた。
だが、黒服の男たちは答えなかった。代わりに答えたのは黒服たちの中心に立っていた大樹寺である。

「バプテスト・アナベル教……いいや、日本国の支配者からの呼び出しというべきかな?」

「……その声聞き覚えがあるわ。あなた大樹寺ね?」

「そうだよ」

淡々とした口調で大樹寺は答えた。しかし言葉の端々には圧のようなものさえ感じられた。
危機を感じた絵里子は取り囲んでいた黒服たちを押し除けてその場から逃げ出そうとしたが、黒服たちが詰め寄ることで絵里子は逃げられなくなってしまっていた。
こうして逆らう気力を失ってしまった絵里子は黒服たちのなされるがままに黒服たちに周りを囲まれながら巨大なリムジンの中へと押し込まれてしまった。

絵里子が押し込まれたのは巨大なリムジン車の十人ほどは乗れそうな後部座席だった。肝心の電車の中身であるが、その広さといい豪華さといい一流ホテルと誤認しかねないほどの立派なものだ。
緊張を解すためか、絵里子の隣に監視兼護衛役として同行していた黒服が後部座席に備え付けられていたミニバーとも呼ばれそうなほどの様々な酒が並んだ場所から酒を作り始めた。

絵里子の前に出された酒はピニャ・コラーダである。
ピニャはラム酒をベースにしたカクテルでパイナップルジュースとココナッツミルクを砕いた氷と一緒にシェイクして作るロングドリンクである。
黄白色の酒で甘味が強く女性にも飲みやすいカクテルだ。黒服は目の前で作っていたので薬を盛ることは不可能である。

絵里子は少し顔を引き攣らせながらピニャを一気に飲み干した。
確かに甘い。元々ラム酒という酒が他の酒よりも甘いということもあったが、そこにココナッツやパイナップルといった甘味の強いものが混じって一つの酒となるのだから甘くならないわけがなかった。カクテルというよりはジュースのような味わいであった。

絵里子は差し出されたピニャを一気に飲み干すと、酔いが回ってきたのか、後部座席のシートへと思いっきり体を沈めたのである。
一日の仕事を終えた後の疲れが回ってきたのか、はたまた甘みの方が強いとはいえアルコールが含んでいた飲み物を摂取したせいか絵里子は唐突な眠気に襲われてしまった。

絵里子がそのまま眠気に耐えられず両目の瞼を閉じようとした時のことだ。
唐突にその腕を掴まれてしまった。腕を掴んだのは黒服を挟んだ隣に座っている大樹寺雫であった。

本来であるのならば抗議の言葉の一つでも掛けたいところであったのだが、腕をつねられてしまったので、絵里子は痛みのため両目から涙を流してしまい声を上げることは難しかった。
だが、そんな絵里子の心境になど配慮することもなく大樹寺は勝手に話を始めていく。

「寝ないでよ、これから絵里子さんとお話をしようと思ってたのに」

「……そういうことね」

絵里子は大樹寺を鋭い目で睨みながら一人呟いた。

「それで私と何を話し合いたいの?」

「そうだねぇ、絵里子さんは孝太郎さんのお姉さんなんだよね?なら絵里子さんしか知らないようなことも知っているはずでしょ?教えてよ」

大樹寺は隣に座っていた黒服が入れたエル・ゾルザルを飲みながら言った。
強めの酒を飲んだからか大樹寺はどこか上機嫌だった。

絵里子はそんな大樹寺に軽蔑の目を向けながらも今の状況が断れない状況であることを察し、大樹寺に向かって懐かしい思い出を語っていく羽目になったのであった。
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