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神からの挑戦編

刈谷組の存在について

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浩輔にとってその一言は自身を地獄の中へと叩き落とすような一言に等しかった。声をかけられた時浩輔は思わず萎縮してしまう羽目になった。
それでも声を掛けられた以上は無視をするわけにはいかない。軽く手を振り返してから絵里子たちの元へと向かう。

「よっ!浩輔!」

「お久し振りです」

明るい顔を浮かべている浩輔とは対照的に聡子は浩輔が驚くほど朗らかな笑みを浮かべていた。

「何やってんの?こんなところで」

「そ、その」

浩輔は正直に答えることができなかった。警察官たちの前で不貞行為を働いたヤクザ組織に対して粛清の雷を堕としに来たと言える組長がいるのならば教えてほしいものだ。
浩輔が引き攣った笑みを浮かべていると、聡子の背後から険しい顔を浮かべた絵里子の姿が見えた。

「悪いけど、弟は今はいないの。それに少し立て込んでるのよ。出直してくれると嬉しいんだけど」

絵里子の言葉はこの上ない助け舟であった。浩輔は絵里子に礼を言ってその場を立ち去ろうとしたのだが、またしても背後から大きな声が飛んだ。

「待ちたまえ」

はっきりとした張りのある声で浩輔をその場に引き留めるには十分過ぎた。

「な、なんでしょうか?」

浩輔は声を震わせながら絵里子の肩から顔を覗かせた相手へと向かって問い掛けた。

「キミは確か、あの刈谷組の子だったかな?」

絵里子の背後に隠れていた英輔は眼鏡に青白い光を宿らせながら問い掛けた。

「え、えぇ、それがどうかしましたか?」

「噂には聞いていたが、どうしてキミがこんなところにいるのかね?」

浩輔は答えなかった。いいや答えることができなかったというべきだろう。
浩輔はそのまま目を泳がせ続けていた。だが、英輔は精神科医というべきだけのことはある。あっさりと浩輔の不自然な態度を見破ったのであった。

英輔は浩輔の両肩を握り締めたかと思うと、そのまま強い力を浩輔の両肩に押し付けていく。
両肩に降り掛かった圧のためか浩輔は思わず顔を歪ませていた。

「答えたまえ、キミはヤクザ。いいやそんなものでは収まらない。事実上のヤクザの組長なのだろう?」

浩輔は突発的に目を逸らした。英輔はそれを見るとフンと鼻を鳴らした。こちらを見下してくる英輔の目は剣よりも鋭く、氷よりも冷ややかに思えた。英輔の眼光に怯えて両肩を震わせる浩輔を放って、今度は絵里子たちへとその目を向けた。

「さて、キミにも聞きたいのだが、彼と交友関係にはあるのかな?」

「もちろん!」と咄嗟に答えそうになった聡子の口を防ぐように絵里子は静かな声で答えた。

「さぁ、弟とは個人的な友人関係にあったようですけれど」

絵里子の言葉は事実であった。絵里子は浩輔とは深い関係にあったことはない。精々道端で会ったら挨拶するくらいの仲なのだ。
明美も自分と同じだろう。例外は言い訳にも用いた孝太郎と仲間の中でもヤクザの家出身であり、時間がくれば組織を引き継ぐ可能性の高い聡子くらいのものだ。そのくらいアンタッチャブルと新生刈谷組との関係はひどくさっぱりとしたものであった。
それ故に堂々と関係がないと言い立てることができたのだ。事実となればいくら精神科医であったとしても矛盾を突くことは困難であったといってもいい。

英輔は困ったような顔を浮かべた後で舌を打ち、それから未だに抵抗を続けている金融事務所へと目を向けた。
金融事務所には窓から機関銃の銃口を突き出し、抵抗の意思を示すヤクザたちの姿が見えた。周りには雨霰のように降り注いでいく銃弾を地上車や浮遊車エアカーの扉を使って防ぎ、銃を構える警察官たちの姿が見えた。

どうやら無駄な話をしている間に他の警官たちは包囲網を固めてしまったらしい。しばらくの間英輔は古き良き時代に放映された刑事ドラマのような激しい銃撃戦を眺めていた。
だが、やがて何を考えたのか、ただ一人で武器も身に付けず金融会社へと向かっていた。読者には前の話の記憶があるだろうが、英輔の扱う魔法は自らの身をプロテクターのようなもので固めたり、あるいは自らの皮膚を鎧のように頑丈にするようないわゆる防御魔法ではない。

それにも関わらず彼は平然とした顔を浮かべながら銃弾の中を歩いていたのだ。
腕で防ぐこともせず堂々とした表情であったので、周りの警官たちはもとより抵抗を行っているヤクザたちでさえも驚きを隠せない様子であった。
あまりの気持ち悪さにヤクザは機関銃を放つのをやめ、密かに話し合っていた。

「あの野郎逝かれてるのか?」

「もしかしたら、ポリ公の鉄砲玉ってことも考えられねぇか?」

「わからねぇ。だが、気持ち悪いったらありゃあしねぇよ」

三人のヤクザたちが窓際に集まって話し合っていた時のことだ。

「テメェら何をこそこそと話し合っているんだ?」

「あっ、く、組長!?」

柄の悪い男が咄嗟に叫ぶのと同時に男の頬に向かって強烈な一撃が飛ぶ。それは組長と呼ばれた男からの制裁であった。

「テメェは何度言ったらわかるんだ?おれのことは組長じゃなくて社長……もしくは青松あおまつさんだ。表向きは堅気を貫いてたんだぞ、おれたちは」

「す、すいませんッ!」

男は頭を下げて謝罪の言葉を述べたのだが、気に食わなかったのか、男の口の中へと強烈な蹴りを喰らわせる。
男は悲鳴を上げながら事務所の中をのたうち回っていく。だが、青松はそれを無視してこちらに向かって歩いてくる謎の男を凝視していた。

「……あの野郎が気になって仕方がないな」

「どうするつもりですか?青松さん」

「決まってるだろ、おれが直に行く。行ってどんな奴か確かめる」

青松はまだ痛みにのたうち回っている男を放って、自らの足で事務所を出たのであった。
その姿を見て確保しようと動き出していた警察官に向かって青松は異空間の武器庫から取り出した拳銃を取り出して、警察官たちの足元に向かって引き金を引いていく。

足元への攻撃とはなったが、十分な警告にはなったらしい。先ほどまで引き金を引きたくてうずうずしていた警察官たちがすっかりと黙りこくてしまった。
青松はそれを見るなり、フンとつまらなさそうに鼻を鳴らして自分の元へと向かってくる男へと向かって歩き出していく。

「さてとおまえさん。おれに何か用でもあるのかい?」

青松の問いかけに男はククッと笑いながら答えた。

「あぁ、用ならあるさ。青松真一あおまつしんいち。銃刀法違反並びに殺人未遂の現行犯、そして出資法違反の疑いで署まで来てもらおうか、お前たち二人もいいや、事務所に隠れている奴らも同じ容疑で来てもらうか」

その言葉を聞いた青松が顔を青く染めていることに気が付いた。
背後の二人は冷や汗を垂らしながら二人を睨んでいた。
そんな三人を男は嘲笑するように見つめていた。その姿を見たヤクザのうち一人は怒りが抑えきれなかったのか、自らの掌に小規模の水を作り出しながら男に向かって飛び掛かっていく。

男が飛び掛かっていくのと同時に男の手から放たれる水は大雨が降った際に生じるような大規模な洪水のような大きなものへと変貌していく。
だが、それを見つめながら英輔は得意げに笑いながら一人で吐き捨てた。

「……私の読み通りだ。貴様らのような短絡的なヤクザ者は少し自分の前にイレギュラーなものが現れればバカな子どものように興味を持ってノコノコと現れる。自分が賢いと思っているタイプも同じだな。自分に分からないことがあると余裕ぶった表情を浮かべながら確認のために向かってくる。やはり、私自らが囮になる価値はあったな」

英輔は一人で誰かに説明するかのように吐き捨てたかと思うと、自らの魔法である分解魔法を発動させた。
天草英輔の分解魔法はこの世にある物質のみならず敵対する相手の使用する魔法までも分子レベルにまで分解することから史上最強の魔法といわれることもある。事実英輔の魔法を受けた男の掌から生じていたはずの水魔法は最初からこの世になかったかのように消え去ってしまったのであった。

そこからは天草英輔のターンだった。彼は異空間の武器庫から小型拳銃を取り出して男の足を射抜いたのである。
それを見た青松は大きく声を張り上げながら問い掛けた。

「なっ、貴様……初めからおれを誘き出すことが目的だったんだな!?」

「その通りだ。まんまと罠に掛かったな」

英輔はニヤリと笑うと自らの魔法を繰り出した。どうやらこれから青松に降り掛かるであろう災難は大きなものとなっていくに違いない。
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