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神からの挑戦編
大樹寺雫という女
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孝太郎は刀を構えながら大樹寺が過去にどのようなことをしてきたのかを思い返していく。
そもそも彼女との出会いのきっかけが彼女の主導による爆弾テロを暴いたことだ。そして自分との勝負に負けて最初の逮捕を受けた時、大樹寺は潔くその罪を受け入れて死ぬのかと思っていた。だが、シリウス率いるユニオン帝国竜騎兵隊の介入を受け、そそくさと監獄からその姿を消した。
そしてそのシリウスの意を受けて大阪城で対峙した時に大樹寺は確かに自身の前で「死にたくない」という弱音を吐いていた。孝太郎はその弱音を両耳で聞いていたから聞き間違えたということは絶対にあり得なかった。それからなんらかの経緯を持ってこの世に戻ってきた時大樹寺は大陸の巨大マフィアのボスたちを利用して巨大シンジゲートを築いていた。何か言い訳をしていたような気がするが、あれも結局のところは私服を肥やすためだったような気がする。
いずれにせよ大樹寺雫という人間やバプテスト・アナベル教とという宗教は碌なものではなかったことは確かである。
そんな人間だからこそ予想とは異なることが起きるとついおよび越しになってしまうのだろう。真横で苦笑いをしている大樹寺をジト目で見つめていると、先に女武者の方が刀を振り上げながら大樹寺へと斬りかかっていく。
孝太郎は動作の遅れた大樹寺を突き飛ばし、代わりに日本刀を用いて女武者の刀を防ぐ。
「なぜ、邪魔をするの?」
女武者の問い掛けに孝太郎は即答できずにいた。なので返答の代わりとして孝太郎は己の破壊魔法を纏わせた刀を思いっきり振り下ろしていくが、女武者はその刀を難なく受け止めて、先ほどと同じ言葉を孝太郎に向かって問い掛けた。
「……おれが警察官だからかな?警察官として市民が怪物に襲われているのを見過ごすわけにはいかない」
「フフッ、市民?こいつが?」
女武者は刀の切先を震えた様子の大樹寺へと突き付けながら問い掛けた。
「笑わせないでよ。言っておくけれどもこの女は詐欺師よ。いうなれば市民の敵。三年前の昌原道明と全く同じ存在なの」
「そんなことはわかっている」
目が覚めてから大樹寺と何度も激しい戦いを繰り広げた孝太郎自身がそのことは一番理解できていた。今更怪物に指摘される謂れなどないはずだった。
だが、どうして心の奥で咄嗟とはいえ大樹寺を助けてしまったことを悔いているのだろうか。
もしこの場で大樹寺を助けなければ大樹寺は女武者によって始末され、宗教国家となりつつある日本は解体され、今後の孝太郎としての活動も全て順風満帆に進んでいたはずだ。
と、そんな迷いを突かれたのか、女武者に刀を弾き飛ばされてしまい、その場に屈服させられてしまった。
「孝太郎さんッ!」
大樹寺の悲痛な声が響いていく。まさか大樹寺に心配されるとは思いもしなかった。孝太郎が苦笑していると、女武者の馬上靴によって顎を勢いよく蹴られてしまうことになった。
大樹寺が倒れた孝太郎を見て慌てて駆け寄ろうとしていく。それを孝太郎が手で静止させた。
「その強がりがいつまで持つかしら?」
女武者は悪者そのもののような台詞を怪しげな笑みを浮かべながら言った。と、同時に女武者の顔がみるみるうちに変貌していく。女武者の顔が完全に別の顔へと映った時孝太郎は思わず絶句してしまうことになった。
というのもその場に立っていた女武者の顔が自身を三年の眠りへと追い込んだ宿敵石川葵の顔へと変わっていったからだ。
「お久し振り、孝太郎さん」
「ば、バカな……おまえは死んだはずだ!?」
「そう確かに死んだわ。あなたが危惧する石川葵って人は」
「じゃ、じゃあおまえは誰なんだ!?」
緊張のためか、孝太郎の声が上ずる。その声がおかしかったのか、またしても石川葵の顔になった女武者がクスクスと揶揄うように笑う。
「さぁね、あなたの好きなように解釈してもらって構わないわ」
孝太郎は頭の処理が追い付かなかった。石川葵ではない。本人の口からは確かにそう言っていた。だが、好きに解釈しろとはどういうことなのだろうか。
言葉の節を捉えれば単に女武者が石川葵の顔と声を借りただけのようにも解釈できる。
だが、一方で石川葵があの大阪城での激闘の後に神の世界へと向かい、その仲間入りを果たした可能性すら考えられるのだ。
孝太郎は混乱していた。そしてその混乱が隙へと繋がってしまうことになったのだ。女武者は孝太郎の腹を馬上靴のつま先で蹴り上げ、そのまま孝太郎の頭部に目掛けて日本刀の頭を喰らわせたのだ。
孝太郎は悲鳴を上げる間もなく地面の上へと倒れ込む。孝太郎はなす術もなく夢の世界へと旅立ってしまったのである。
その姿を見て危機感を持ったのは大樹寺雫である。
「こ、孝太郎さん!?」
大樹寺が慌てて駆け寄ろうしたのを女武者が刀を突き付けて止める。
「あら、ダメよ。こんなに気持ちよく寝ているんだからゆっくりと寝かせてあげないと」
その言葉を聞いた大樹寺は思わず全身を震わせてしまった。というのも女武者の言葉が確かに今は亡き石川葵の声をしていたからだ。
大樹寺がその場で腰を抜かすと、女武者はクスクスと笑っていく。
「思い出すわぁ、そういえばあなた大阪城で孝太郎さんと戦った時もそんな風に怯え切っていたわよね?」
「あ、あれは違うッ!あれはあの馬面刑事が私のことを羽交い締めにしたのが原因なんだから……あんなことが起きなければ私はあんなことは絶対に言わなかったッ!」
大樹寺は確信した。大阪城での戦いにおいて自身が醜態を晒したことを知っている人間はごく僅かで、そのうちこうしたはっきりとした女性的な口調で喋るのは石川葵だけなのだ。つまり目の前にいるのは本物の石川葵であることは間違い無いのだ。少なくとも大樹寺雫の中で目の前にいるのは石川葵本人であった。
石川葵はそんな風に怯え切っている大樹寺を見下ろしていた。口元には微かな笑みが浮かんでいる。
「な、何がおかしいの!?」
大樹寺は耐えきれなくなってしまい声を張り上げて問い掛けた。
だが、石川葵は答えない。大樹寺が苛立ちと焦りで全身をひどく震わせていた時のことだ。
警視庁官室の扉が勢いよく開き、『ダビデ』の鎧に身を包み、両手にはビームライフルを握った多くの警察官たちの姿が見えた。
どうやら最初に逃亡した警視庁官が応援を呼んだらしい。これで少しは動くことができるだろう。
大樹寺がホッと息を吐いていた時のことだ。不意に大樹寺の喉元に向かって日本刀の切先が迫ってきたのだ。
それは一瞬だった。恐らく大樹寺が油断しているところを狙うつもりであったのだろう。この時大樹寺が咄嗟の判断で首を上げなければ刀は大樹寺の喉笛を貫いていたに違いなかった。
続いて石川葵は第二撃を大樹寺へと喰らわせようとしてきたのだが、それよりも前に扉の付近で待機していた警察官たちが一斉にビームライフルの引き金を引いたことで石川葵の動きは止められてしまうことになった。
流石の怪物であったとしてもビームライフルによる一斉射撃を喰らってしまえば動くことも難しいのかもしれない。無表情のまま警官たちを見つめていた。
だが、すぐに指を鳴らしてその姿を消していく。大樹寺や警官たちは姿を消した怪物を唖然とした様子で見つめていた。
と、同時にこれまで動きがなく、文字通り部屋の隅でじっとしていた蠍の怪物も石川葵の姿が消えていくのと同時に自らもその姿を消したのである。
警官たちは慌ててその姿を追おうとしたが、煙をかき消したかのようにその姿はもう確認できなかった。
警視庁長官は大樹寺の姿を見つけるなり、慌てて駆け寄ってその安否を気遣った。
「マイマスター!!ご無事でしたか?」
「問題はないよ。それよりあなたこそ無事でよかった」
「そうでしたか」
警視庁長官は安堵した様子で地面の上へとへたれ込む。このまま警視庁長官を休ませてあげてもよかったのだが、女武者の攻撃によって強制的に眠らされてしまった孝太郎を放っておくわけにもいかなかった。
涙を流しながら無事を喜ぶ警視庁長官に向かって大樹寺は淡々とした口調で命令を下す。
「悪いけど、孝太郎さんを医務室まで運んでくれない?」
「こ、孝太郎と仰いますと?」
「そこで寝てる人だよ」
大樹寺は気絶している孝太郎を指差しながら言った。警視庁長官は孝太郎を運ぶことにどこか不満げな様子であったが、自分のボスによる指示であるのならば聞かないわけにはいかなかった。
警視庁長官は部下に命令すると、部下たちに気を失った孝太郎を運ばせていた。
大樹寺は運ばれていく孝太郎をどこか温かい目で見つめていたのであった。
そもそも彼女との出会いのきっかけが彼女の主導による爆弾テロを暴いたことだ。そして自分との勝負に負けて最初の逮捕を受けた時、大樹寺は潔くその罪を受け入れて死ぬのかと思っていた。だが、シリウス率いるユニオン帝国竜騎兵隊の介入を受け、そそくさと監獄からその姿を消した。
そしてそのシリウスの意を受けて大阪城で対峙した時に大樹寺は確かに自身の前で「死にたくない」という弱音を吐いていた。孝太郎はその弱音を両耳で聞いていたから聞き間違えたということは絶対にあり得なかった。それからなんらかの経緯を持ってこの世に戻ってきた時大樹寺は大陸の巨大マフィアのボスたちを利用して巨大シンジゲートを築いていた。何か言い訳をしていたような気がするが、あれも結局のところは私服を肥やすためだったような気がする。
いずれにせよ大樹寺雫という人間やバプテスト・アナベル教とという宗教は碌なものではなかったことは確かである。
そんな人間だからこそ予想とは異なることが起きるとついおよび越しになってしまうのだろう。真横で苦笑いをしている大樹寺をジト目で見つめていると、先に女武者の方が刀を振り上げながら大樹寺へと斬りかかっていく。
孝太郎は動作の遅れた大樹寺を突き飛ばし、代わりに日本刀を用いて女武者の刀を防ぐ。
「なぜ、邪魔をするの?」
女武者の問い掛けに孝太郎は即答できずにいた。なので返答の代わりとして孝太郎は己の破壊魔法を纏わせた刀を思いっきり振り下ろしていくが、女武者はその刀を難なく受け止めて、先ほどと同じ言葉を孝太郎に向かって問い掛けた。
「……おれが警察官だからかな?警察官として市民が怪物に襲われているのを見過ごすわけにはいかない」
「フフッ、市民?こいつが?」
女武者は刀の切先を震えた様子の大樹寺へと突き付けながら問い掛けた。
「笑わせないでよ。言っておくけれどもこの女は詐欺師よ。いうなれば市民の敵。三年前の昌原道明と全く同じ存在なの」
「そんなことはわかっている」
目が覚めてから大樹寺と何度も激しい戦いを繰り広げた孝太郎自身がそのことは一番理解できていた。今更怪物に指摘される謂れなどないはずだった。
だが、どうして心の奥で咄嗟とはいえ大樹寺を助けてしまったことを悔いているのだろうか。
もしこの場で大樹寺を助けなければ大樹寺は女武者によって始末され、宗教国家となりつつある日本は解体され、今後の孝太郎としての活動も全て順風満帆に進んでいたはずだ。
と、そんな迷いを突かれたのか、女武者に刀を弾き飛ばされてしまい、その場に屈服させられてしまった。
「孝太郎さんッ!」
大樹寺の悲痛な声が響いていく。まさか大樹寺に心配されるとは思いもしなかった。孝太郎が苦笑していると、女武者の馬上靴によって顎を勢いよく蹴られてしまうことになった。
大樹寺が倒れた孝太郎を見て慌てて駆け寄ろうとしていく。それを孝太郎が手で静止させた。
「その強がりがいつまで持つかしら?」
女武者は悪者そのもののような台詞を怪しげな笑みを浮かべながら言った。と、同時に女武者の顔がみるみるうちに変貌していく。女武者の顔が完全に別の顔へと映った時孝太郎は思わず絶句してしまうことになった。
というのもその場に立っていた女武者の顔が自身を三年の眠りへと追い込んだ宿敵石川葵の顔へと変わっていったからだ。
「お久し振り、孝太郎さん」
「ば、バカな……おまえは死んだはずだ!?」
「そう確かに死んだわ。あなたが危惧する石川葵って人は」
「じゃ、じゃあおまえは誰なんだ!?」
緊張のためか、孝太郎の声が上ずる。その声がおかしかったのか、またしても石川葵の顔になった女武者がクスクスと揶揄うように笑う。
「さぁね、あなたの好きなように解釈してもらって構わないわ」
孝太郎は頭の処理が追い付かなかった。石川葵ではない。本人の口からは確かにそう言っていた。だが、好きに解釈しろとはどういうことなのだろうか。
言葉の節を捉えれば単に女武者が石川葵の顔と声を借りただけのようにも解釈できる。
だが、一方で石川葵があの大阪城での激闘の後に神の世界へと向かい、その仲間入りを果たした可能性すら考えられるのだ。
孝太郎は混乱していた。そしてその混乱が隙へと繋がってしまうことになったのだ。女武者は孝太郎の腹を馬上靴のつま先で蹴り上げ、そのまま孝太郎の頭部に目掛けて日本刀の頭を喰らわせたのだ。
孝太郎は悲鳴を上げる間もなく地面の上へと倒れ込む。孝太郎はなす術もなく夢の世界へと旅立ってしまったのである。
その姿を見て危機感を持ったのは大樹寺雫である。
「こ、孝太郎さん!?」
大樹寺が慌てて駆け寄ろうしたのを女武者が刀を突き付けて止める。
「あら、ダメよ。こんなに気持ちよく寝ているんだからゆっくりと寝かせてあげないと」
その言葉を聞いた大樹寺は思わず全身を震わせてしまった。というのも女武者の言葉が確かに今は亡き石川葵の声をしていたからだ。
大樹寺がその場で腰を抜かすと、女武者はクスクスと笑っていく。
「思い出すわぁ、そういえばあなた大阪城で孝太郎さんと戦った時もそんな風に怯え切っていたわよね?」
「あ、あれは違うッ!あれはあの馬面刑事が私のことを羽交い締めにしたのが原因なんだから……あんなことが起きなければ私はあんなことは絶対に言わなかったッ!」
大樹寺は確信した。大阪城での戦いにおいて自身が醜態を晒したことを知っている人間はごく僅かで、そのうちこうしたはっきりとした女性的な口調で喋るのは石川葵だけなのだ。つまり目の前にいるのは本物の石川葵であることは間違い無いのだ。少なくとも大樹寺雫の中で目の前にいるのは石川葵本人であった。
石川葵はそんな風に怯え切っている大樹寺を見下ろしていた。口元には微かな笑みが浮かんでいる。
「な、何がおかしいの!?」
大樹寺は耐えきれなくなってしまい声を張り上げて問い掛けた。
だが、石川葵は答えない。大樹寺が苛立ちと焦りで全身をひどく震わせていた時のことだ。
警視庁官室の扉が勢いよく開き、『ダビデ』の鎧に身を包み、両手にはビームライフルを握った多くの警察官たちの姿が見えた。
どうやら最初に逃亡した警視庁官が応援を呼んだらしい。これで少しは動くことができるだろう。
大樹寺がホッと息を吐いていた時のことだ。不意に大樹寺の喉元に向かって日本刀の切先が迫ってきたのだ。
それは一瞬だった。恐らく大樹寺が油断しているところを狙うつもりであったのだろう。この時大樹寺が咄嗟の判断で首を上げなければ刀は大樹寺の喉笛を貫いていたに違いなかった。
続いて石川葵は第二撃を大樹寺へと喰らわせようとしてきたのだが、それよりも前に扉の付近で待機していた警察官たちが一斉にビームライフルの引き金を引いたことで石川葵の動きは止められてしまうことになった。
流石の怪物であったとしてもビームライフルによる一斉射撃を喰らってしまえば動くことも難しいのかもしれない。無表情のまま警官たちを見つめていた。
だが、すぐに指を鳴らしてその姿を消していく。大樹寺や警官たちは姿を消した怪物を唖然とした様子で見つめていた。
と、同時にこれまで動きがなく、文字通り部屋の隅でじっとしていた蠍の怪物も石川葵の姿が消えていくのと同時に自らもその姿を消したのである。
警官たちは慌ててその姿を追おうとしたが、煙をかき消したかのようにその姿はもう確認できなかった。
警視庁長官は大樹寺の姿を見つけるなり、慌てて駆け寄ってその安否を気遣った。
「マイマスター!!ご無事でしたか?」
「問題はないよ。それよりあなたこそ無事でよかった」
「そうでしたか」
警視庁長官は安堵した様子で地面の上へとへたれ込む。このまま警視庁長官を休ませてあげてもよかったのだが、女武者の攻撃によって強制的に眠らされてしまった孝太郎を放っておくわけにもいかなかった。
涙を流しながら無事を喜ぶ警視庁長官に向かって大樹寺は淡々とした口調で命令を下す。
「悪いけど、孝太郎さんを医務室まで運んでくれない?」
「こ、孝太郎と仰いますと?」
「そこで寝てる人だよ」
大樹寺は気絶している孝太郎を指差しながら言った。警視庁長官は孝太郎を運ぶことにどこか不満げな様子であったが、自分のボスによる指示であるのならば聞かないわけにはいかなかった。
警視庁長官は部下に命令すると、部下たちに気を失った孝太郎を運ばせていた。
大樹寺は運ばれていく孝太郎をどこか温かい目で見つめていたのであった。
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