破壊と盾の勇士の英雄誌〜一族最弱と煽られた青年が、自らの身に与えられた力で無双するだけの話〜

アンジェロ岩井

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神からの挑戦編

偽りの聖女は偽りによって救済の任を課せられた

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本音を言えば大樹寺としては長い時間をかけて怪物を相手にするつもりはなかった。素早く手際良く済ませるつもりだった。
それでもセイウチと象のような姿をした怪物たちが相手となると時間も掛かってしまうのだ。
お陰で大樹寺は正面と真後ろから迫り来る二種類の敵を同時に相手にしなくてはならなかった。

かなりの負担となってしまったが、それでも身を守るため、自身の信者や教団を守るためには歯を食いしばりながら戦うしかなかったのである。
セイウチの怪物が雄叫びを上げながら真正面から迫ってきた。大樹寺は怪物の突進を自らの剣を盾にして防いでいく。
相手が一体であるのならばこのままセイウチの怪物を止めることに集中できた。
残念なことに今回の場合はもう一体いるのだ。

大樹寺は攻撃を抑えながらも背後に注意を向けなくてはならなかった。
人によってはそこまで注意を張る必要はないと主張する人もいるだろう。
だが、背後から象の姿をした怪物がどこからか作り出した槍を構えたまま忍び寄ってくるのを感じていると、注意を向けていて本当に良かったと実感したのである。

大樹寺は背後からの気配を察し、素早い回し蹴りを喰らわせた。
像の姿をした怪物は悲鳴を上げながら地面の上に尻餅をつく。
どうやら通常の人間による蹴りには効果がなくてもオーバーロード超越者による蹴りは通じるらしい。

大樹寺は口元に微かな微笑を浮かべながら尻餅をつき、怒りの感情に囚われたと思われる怪物を見下していく。
なぜ表情の見えない怪物を相手に大樹寺が怒りの感情に囚われたのかと考えたのかというと、像の姿をして怪物が長い鼻を振り回し、耳が壊れてしまうような大きな雄叫びを上げながらこちらへと突進を行ってきたからである。

大樹寺はセイウチの姿をした怪物を弾いたかと思うと、そのまま身を翻して像の怪物の突進をセイウチの姿をした怪物へとぶつけたのである。
セイウチの姿をした怪物は味方であるはずの存在が自身に攻撃を浴びせたことが信じられなかったらしく、ギャアギャアと泣き喚く声が聞こえてきた。

この隙を突くしかあるまい。大樹寺は何者かに与えられた剣を構えたまま二体の怪物へと切り掛かっていく。
大樹寺の剣先は確かにぶつかり合い、その場に倒れ込んでいた怪物を捉えていたはずだった。
しかし振り下ろそうとした剣は何らかの力によって強制的に止められてしまう。

いくら力を強めて剣を振り下ろそうとしても見えない壁によって阻まれてしまっているのだ。
大樹寺が何事かと辺りを見渡していると、またしても頭の中に妙な声が聞こえてきた。それは低い声であったが、どことなく若い声であった。
例えるのならば二十前半の青年が出すような声とでもいうべきだろうか。

(その二体を攻撃するのはやめなさい)

突然聞こえてきた謎の声に対し、大樹寺は目の前で剣を構える自身を睨む二体の怪物とも異なる得体の知れない存在が相手だということや戦闘中だということもあり、敢えて口には出さずに心の中で応対を行うことにした。

(あなたは誰なの?どうして私に話しかけてくるの?)

(誰なのかは敢えて言わない。話しかけた理由は単純にキミが新たに世界を統一する可能性がある人物だからだよ)

(私が?)

大樹寺は教団内にて自身が提示する救世主としての自負もある一方で三年前に世間を匂わせた宇宙救命学会の教祖昌原道明まさはらどうめいのように世俗的な一面もある。
そんな自分よりもむしろ他の人物に救世主としての役を引き受けた方がいいような気がしたのだ。
そんな大樹寺の心境も謎の声は見透かしていたのか、穏やかな声で反論を行なっていく。

(心配はない。性格は関係がないのだ。世界をやり直すための力を持つ者に対して必要なものは素質だけなのだよ。キミにはその素質がある。だからキミを誘っているんだ)

(私が……?)

大樹寺は剣を構えていたはずの剣を下げ、自らの胸に手を当てていく。
掌からは自身の心臓がドクドクと脈を打っていく感触が伝わってきた。

これまではどことなくであった自身並びに教団が世界を変えるという野望が実現されることになるのだ。
それも謎の力の後押しによって……。

だが、考えていくうちに浮かれる気持ちは消え、懸念点が浮かび上がっていく。
大樹寺にとっての懸念は自身に力を貸すという存在のことである。
どうしても頭の中に引っ掛かる大樹寺は回りくどい表現を用いることなく、大胆にも直喩法を用いて問い掛けた。

(あなたもしかして悪魔とやらじゃ?)

(違う。悪魔などというのは一神教の人間が他の神神を乏しめるために使う穢れた言葉だ)

(じゃあ、あなたはなんなの?)

(……キミのいう神とやらだろうか)

大樹寺は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。この瞬間大樹寺に眩いばかりの光が差し込んでいく。
強い光に包まれた大樹寺は天へと昇天し、その過程で白色の翼を生やしていく。
変化が起きたのはそれだけであった。単に背中から翼が生えただけに過ぎない。
しかし大樹寺の中には清々しい思いが溢れていたのだ。万能感とでもいう思いで心の中が満たされていく。

魔法でも化学でもない不思議な力。今野大樹寺にはそれが備わっていたのだ。
これだけの力があるのならばなんでもできるに違いない。
大樹寺は口を「へ」の字に歪め、試しに地上で未だに自身を狙おうとしている二体の怪物を相手に溢れ出んばかりの力を行使しようとしたが、その瞬間に二大の怪物も大樹寺と同様の光に包まれて目視が出来ぬほどの速さで天へと昇っていく。

怪物が昇天していくのと入れ替わる形で大樹寺は地面の上に落とされた。
ゆっくりと紳士がレストランに連れ出した淑女をエスコートするかのように優しく降ろしてくれたので、大樹寺は痛い思いをせずに済んだ。

地上に降ろされたものの大樹寺の中には力が溢れかえっていた。例えるのならば大商人の金庫の中に詰め込まれるように仕舞い込まれた札束とでもいうべきだろうか。

いずれにせよ大樹寺は神のお墨付きを得て、救世主としての力を手に入れたのだ。
大樹寺が口元を緩め、微かな笑みを浮かべていると、騒ぎを聞き付けた信者たちが血相を変えて大樹寺の元へと駆け寄ってきた。

「マイ・マスター!ご無事ですか!?」

「うん、なんとかね」

大樹寺はいつもと同じような淡々とした口調で答えた。
その言葉を聞いた信者たちは安堵したらしく、胸を撫で下ろす姿が見えた。
その後で大樹寺は自らを守るため犠牲となったジープの運転手たちに目を向ける。
細目で悲しげな表情を浮かべる姿から信徒たちは教祖の慈悲深さに感謝の念を抱いたのであった。

この時大樹寺は自らに与えられた力を試す絶好の機会だと感じたのだ。
それ故に散乱したジープと無惨な状態へと変わった信者たちに対して掌を向けると、突如天から眩いばかりの光が差し込み、信者とジープとを共に天の上へと運んでいくのである。

その姿を見た信者たちは唖然としていた。目の前で繰り広げられる現実とも思えぬ光景を前に整理が追いついていなかったのだ。
しかし落ち着きを取り戻すと、教祖の素晴らしさに魅せられた。

この場に居合わせた信徒のみならずバプテスト・アナベル教全体にとって大樹寺は単なる教祖を越え、名実ともに現人神あらびとしんと慕う存在へとなったのである。

こうした奇跡や他にも常識では図ることができない奇跡をテレビスクリーンやカメラの前で容易に起こしてみせた大樹寺並びにバプテスト・アナベル教における信者の数は増加を辿る一方であった。
元々大樹寺は口が上手く、幾度悪事を暴かれ、幾度醜態を見せても教団を再興する腕はあり、そこに奇跡が加われば『鬼に金棒』である。

こうして大樹寺雫は日本共和国政府に対して三度目の敵対行為を行っていくのであった。
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