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神からの挑戦編

新生・アンタッチャブルの動き

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「店の状況はどうなってる?」

慌てて駆け付けきた小田切刑事は店を包囲している警察官に向かって問い掛けた。

「はい。店の中には三人の刑事が残っております」

パトカーとして扱っている浮遊車エアカーの扉を開いて、外に出ていた銃を構えた制服警官が答える。

「そうか、しかし、このまま包囲が続けばどうなるか分かったものではないぞ」

そう言い切った瞬間から小田切の額から冷や汗が垂れていく。あの三人は警視庁へと去っていった中村孝太郎が残した大事な仲間である。
その仲間たちにもしものことがあれば自分が中村浩太郎に顔を向けることができなくなってしまうのだ。
小田切がこの場を上手く切り抜けられるような打開策を考案していた時だ。

「ヤァ、お暇ですかな?」

と、背後から聞き慣れない声が聞こえた。振り向くと、そこには白衣を着た男の姿が見えた。

「あ、あなたは……」

「そう、あなたが考えている通りの人間です」

と、天草英輔はパトカーの扉に自身の背を預けながら言った。
どうもいけすかない人間だ。小田切は天草を険しい目で睨みながらそんなことを考えていた。

小田切は正直にいえば他の白籠署の警察官と同様に天草のことが好きではなかった。いや、気に入らないといっても過言ではなかった。
天草が容疑者相手に用いるマインドコントロールのような強引なやり方には強い拒否感を持っていたのがその理由だ。

もちろん、自身とて完璧なわけではない。彼は20世紀に生まれたかのような昔ながらの刑事デカであり、時に口を割らない容疑者には少しばかり強い態度に出ることもあった。
憲法で規定されている拷問を行ったことはないし、あからさまな暴力沙汰にしたこともなかった。

しかし、強引とも取れる手法を用いていたのは事実。それ故に天草を強く批判できずにいた。
そんな心境を見越してか、天草はパトカーにもたれかかりながらあからさまな嘲笑を小田切へと向けていた。

小田切はそれに対して悔しそうに下唇を噛むばかりであった。
だが、そんな小田切であっても天草が現場の外から己の魔法を用いて乱入しようとした際には全力で止めていた。

「ま、待ってくれッ!今彼女たちは自らの手でこの事件を解決しようとしている。そのことを是非とも考慮してほしいッ!」

「考慮してどうしてようというのですかね?それで事件が解決するとでもお思いかな?」

天草からの回答は皮肉に満ち溢れていたものであった。確かに天草の言葉は正論であったとも言えよう。
しかし、小田切は意地と言われようとも天草を介入させたくはなかったのだ。

それ故に小田切はこの場に突然踏み込むことで、むしろ人質となってしまった三人を危険に晒す可能性があるのだと訴え掛けた。
天草はそれを聞いてもまだ何か言いたげに唇を動かしていたが、やがて口元に意味深な笑みを浮かべたかと思うとすぐに引っ込んだのである。
 
しかし、すぐに小田切へと笑い掛けて、

「よろしい、そこまで言うのならばあなたの意見に耳を貸しましょう。ただし、失敗した場合の責任はあなたにとっていただこう。小田切刑事」

と、皮肉めいた口調で言い放ったのである。

小田切は強盗事件が起きている店の中を睨み、三人が首尾よく強盗を倒して店の中から無事な姿で出てくることを願ったのである。














その店内の中はといえばパニック状態へと陥っていた。
マジック・コントロール・マシーンM・C・Mを最初に拘束させなかったのは失敗であったというべきだろう。
結果として三人の女性刑事に銃の携帯を許してしまうことになったのだから。

なんにせよ、強盗たちが大きなポカをやってしまったのは三人にとっては幸運であった。
結果として店の中を蜂の巣にしてしまったが、構うことはない。
絵里子は押し倒した机をバリケードの代わりにしながら相手の銃を防いでいた。
そして、撃ち返されるたびに絵里子たちも応戦しているが、胸や頭部といった急所は必ず外している。

このままずっと撃ち合いが続くかとばかり思われたが、先に強盗たちの方が業を煮やして魔法を使っての突撃を行ってきた。
リーダー格と思われる男は掌の中に炎を宿し、その他の二人は風と水という分かりやすい魔法を使っていた。
ここで突撃を掛けたのは聡子である。彼女は相手の銃弾や魔法を防ぎ、その上攻撃を増進させていくと言う魔法を持っている。

それ故に魔法が雨霰のように降り注ぐ今の心境は彼女にとっては望むところであった。
彼女は風魔法を操っていた男の首根っこを掴み上げ、そのまま地面の上へと乱暴に押し倒したのである。
次に向かったのは明美である。彼女の魔法は大したものではないが、三年間の間孝太郎が昏睡状態のために不在であった間に銃の腕は鍛え上げられていた。

それ故に彼女は水使いの気を一瞬だけ引いた後でその腕に向かって銃弾を放ったのである。
男は悲鳴を上げながら倒れ込む。残るのはリーダー格の男一人だけである。
リーダー格の男に限らず、全員が覆面を被っているので相手の表情は分からないが、全身をぶるぶると震わせている様子から相当にまで怒っていることが理解できた。

リーダー格の男は己の炎を巻き上げながら絵里子へと襲い掛かっていく。
絵里子は冷静に自身の魔法『ブラッディエンジェル血塗られた天使』を用いてリーダー格の男に対して鋭い光の矢を放っていく。
リーダー格の男は絵里子の矢が脇腹に掠めたことによって、少なくとも精神的なダメージを負ってしまったらしい。

情けなく悲鳴を上げながら尻餅をついていく。

「ひっ、て、テメェはまさか、今流行ってるオーバーロード超越者ってやつか?」

「違うわ」

絵里子は即答した。自分がオーバーロード超越者であるはずがない。
もし、自分が弟やマリヤと同様にオーバーロード超越者であるのならば自分も警視庁の不可能犯罪対策課へと移行しているはずだ。
いや、自分の元の地位は連邦捜査官であった。強制的に連邦捜査局に戻されて弟と同様に対天使の警備をさせられていたかもしれない。
そうしたお達しや自分自身の身に何も起きていないということからやはり、自分は違うのだ。

それ故にこうした言葉が自然と口から出たのであった。

「私はただの人間よ、あなたたちと同じね」

「に、人間だと?」

男は信じられないと言わんばかりの表情で絵里子を見つめた。
それに対して絵里子はいたずらっぽい笑みを浮かべて見せるだけであった。
男はそれを見て何を悟ったのか、素直に両手を上げた。

絵里子はその手を掴んで手錠をかけたのであった。
犯人を確保する際に聞くガチャリという音はいつ聞いても心地が良いものである。
他の強盗たちもリーダーの確保を悟り、素直に両手を差し出していく。

聡子も明美も手錠を掛けて、男たちを強制的に外へと連れ出す。
こうして、白籠市の喫茶店にて発生した大事件は幕を閉じたのであった。
天草英輔は嫉妬するのかと思われたのだが、朗らかな笑みを浮かべて三人の健闘を讃えたのであった。

「いやぁ、お見事だ。まさか、あの状況で人質のことを考えて、自分たちだけで残るとは……なかなかできることじゃあないな」

「お褒めに預かり光栄です。天草さん」

絵里子は表向きは笑顔であった。しかし、その笑顔の裏には天草英輔に対する明らかな敵対心があったことは否めない。
それを傍で見つめていた明美と聡子は顔を見合わせて大きな溜息を吐くのであった。
どうやら白籠署内部における二人の対立は余程根が深いものであるらしい。
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