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神からの挑戦編
白籠市の一件
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白籠市は夜になると街の光はほとんど消えてしまうような寂しい街であった。24世紀とは思えぬような小規模な都市であったことも大きく影響している。
ビッグトーキョーの中にある市の中では隣にある日織亜市と並んで人口の少ない市に位置付けられるに違いない。
夜の光が消えるということは闇を友とするような恐ろしい人間たちが動くためには十分な街となるといってもいい。
事実今現在白籠市の警察署の向かい側においてあるコンビニエンスストアの中で一人の男によって夜の闇を利用した警察官を狙っての犯行が企画されていたのだ。
計画を頭の中で動かしていた男は偽装工作のため手に取っていたコンビニの雑誌を置かれていた台の上へと戻したかと思うと、警察署の中から出てきたと標的たちへと目を向けていく。
男の標的である三人の女性は三人で仲良く肩を並びながら各々の家へと帰ろうとしていた。標的たちの浮かべる眩いばかりの笑みがひどく憎らしい。
自分たちは標的によって帰るべき家を失い、守るべき信仰を奪われてしまったというのにどうしてあいつらは家に帰ることができるのだろうという怒りの炎が男の中で渦巻いていく。
どう努力しても消えようのない怨恨の炎はますます燃え広がっていくのである。
男は胸の内で更なる怒りを燃えたぎらせていく。他人の家の中に土足で上がり込み、好き放題に壊しておいて自分たちは温かい家の中で暮らすなどと許されていいのだろうか。いいや、許されない。許されるべきではないのだ。
この復讐は道義的にも道徳的にも認められた正当なものなのだ、という結論を出した。
古代の日本。とりわけ江戸時代における武士社会においては俗に言う仇討ちが推奨されていたとされている。
『曽我兄弟の仇討ち』や『忠臣蔵』が長い間持て囃されていたのがその証拠だ。
銃を用意した男はこうした昔の事例を免罪符の代わりにして自分の目的を正当化したかと思うと、コンビニを出て標的の向かい側に立つ。それから武器保存から違法改造した回転式拳銃を取り出し、暗い道の上を楽しそうに歩く標的ーー折原絵里子へとその銃口を向けていく。
この一撃を外すことはできない。もし、銃に気がついた場合は逮捕のために折原絵里子が動き出す。そうなれば自分は対応することができない。というものも、自分の魔法は誰でも使うことができるような簡単なモノに匹敵する仕方がないような魔法であるからだ。
故に折原絵里子と魔法で勝負をしたとすれば敗北するのは目に見えている。
そうしたことを考えていると、男は銃を握る両手が忙しなく震えていることに気がつく。緊張のせいか手汗までもが滲み出ていた。
お陰で冷たかったはずのグリップが今となってはひどくヌメヌメとしている。
気持ちの悪さを感じたが、それ以上に男の中では殺意が勝った。
絶対にあの女を始末してやる。男がそんな思いで引き金を引こうとした時だ。
「やめておきたまえ。キミはもう狙われているぞ」
背後から空虚な声が響いていく。中年の男が出すような低い声だ。そのことから男派標的の弟とされる中村孝太郎の声ではないと判断した。
男は慌てて振り返ろうとしたが、自身の後頭部に銃口のひんやりとした感触が突き付けられていくのを見ると、自身がその男に狙いを定められているということを悟ったのである。
銃口が突き付けられた時点で男の中からは既に憎しみや殺意といった強気な感情はかき消されてしまっていた。残ったのは背後から声をかけてくる謎の男に対する恐怖の感情だけであった。
男は拳銃を捨てて両手をあげる。背後の男はその行動に対して何も言うことなく黙って手錠を男に掛け、白籠署へと連行していく。
「キミから呼び出された時には驚いたが、本当にバプテスト・アナベル教の連中が折原くんを狙っていたんだな」
取り調べを終えて出てきた波越警部は一息を入れるため葉巻を片手に言った。
「えぇ、カルト教団というものは心理学的に見ても一度信じたものが踏み躙られると、踏み躙った者に対して強い憎悪を抱くのが心理学の常識ですからね。折原さんはバプテスト・アナベル教一斉検挙の功労者だ。狙われるのは当然です」
新たに白籠署公安部に派遣された天草英輔という男は胸を張りながら得意げに言った。
彼は続けてバプテスト・アナベル教がロシアの手を借りて北方に独立王国を樹立し、日本政府へと宣戦布告を仕掛けてきたという事実を取り上げ、この時期に何かしらの動きがあると睨んでいたということを語っていく。
こうした一連の話が終わると、英輔は家に帰ってやることがあるというので一足早く警察署を後にした。
波越警部は意気揚々とした姿で立ち去っていく姿を見つめながら英輔の経緯というものを思い返していく。
警視庁不可能犯罪対策課に異動となった中村孝太郎警視と入れ違いという形で入ってきた新任の刑事であった。
通常の警察署であったのならばわざわざ精神科医としてのキャリアを捨ててまで刑事となった彼のことであるから変わり者という印象を受けるだろう。
だが、白籠署においては昔から彼は変わり者として知られており、特段の違和感を持たれることはなかった。
具体的な事例を挙げれば英輔は昔から精神科医でありながら現場に駆け付けたり、凶悪犯の取り調べにも同行していたことで知られていた。
当初取り調べに英輔が現れた際は落ち着いた紳士的な態度や言動をしており、穏やかな印象を受ける。そのため凶悪犯は油断してしまうのだが、彼のやり方はひどく陰湿なものであり、相手の心理を分析するとネチネチと追い詰めていくのである。
例えそれが感情がないと言われるサイコパスのような連中であっても同じような反応を見せた。
彼が取り調べに同席すると、凶悪犯たちは涙を流しながら自らの犯行を自供するのであった。
だが、変わっているのはその後である。英輔は自らが痛めつけた相手に対するメンタルケアを怠らなかった。
病院からの命令で診察するように言われた犯人の倍以上は手間と愛情を注いでいたといえるだろう。
元精神科医という肩書を利用しての取り調べは賛否両論であった。
非人道的な取り調べを否定する声が多く上がる一方で彼のやり方に好感を持つ人間がある程度いるのも事実だ。
取り調べのために時間がいたずらに過ぎていくことを面白くないように思う人もいる。
そのため彼の扱いはあたらず触らずというものとなっていた。
中村孝太郎が基本的に誰からも好かれていたのとは対照的である。
そのせいもあってか、上層部から末端の警察官に至るまで中村孝太郎の再来を待ち望んでいた。あの小田切刑事ですら天草英輔が活躍していくのを見て、中村孝太郎の再来を望むほどであった。
波越警部としても中村孝太郎の再来を待ち望むより他になかった。
また、あの四人の刑事たちが悪を追いかけながら奮闘していく姿を見てみたい。
だが、それはもはや叶わぬ夢。過ぎ去りし幻想となった。
少なくともまだ世界各地で不可能犯罪が多発する限りは無理だろう。
波越警部はベンチに腰を掛けながら葉巻をふかしていく。
どこかほろ苦い煙が吐き出されて大気の上へと吐き散らされていく。
気のせいか、白い煙がダビデの六芒星を描いたような気がした。
ビッグトーキョーの中にある市の中では隣にある日織亜市と並んで人口の少ない市に位置付けられるに違いない。
夜の光が消えるということは闇を友とするような恐ろしい人間たちが動くためには十分な街となるといってもいい。
事実今現在白籠市の警察署の向かい側においてあるコンビニエンスストアの中で一人の男によって夜の闇を利用した警察官を狙っての犯行が企画されていたのだ。
計画を頭の中で動かしていた男は偽装工作のため手に取っていたコンビニの雑誌を置かれていた台の上へと戻したかと思うと、警察署の中から出てきたと標的たちへと目を向けていく。
男の標的である三人の女性は三人で仲良く肩を並びながら各々の家へと帰ろうとしていた。標的たちの浮かべる眩いばかりの笑みがひどく憎らしい。
自分たちは標的によって帰るべき家を失い、守るべき信仰を奪われてしまったというのにどうしてあいつらは家に帰ることができるのだろうという怒りの炎が男の中で渦巻いていく。
どう努力しても消えようのない怨恨の炎はますます燃え広がっていくのである。
男は胸の内で更なる怒りを燃えたぎらせていく。他人の家の中に土足で上がり込み、好き放題に壊しておいて自分たちは温かい家の中で暮らすなどと許されていいのだろうか。いいや、許されない。許されるべきではないのだ。
この復讐は道義的にも道徳的にも認められた正当なものなのだ、という結論を出した。
古代の日本。とりわけ江戸時代における武士社会においては俗に言う仇討ちが推奨されていたとされている。
『曽我兄弟の仇討ち』や『忠臣蔵』が長い間持て囃されていたのがその証拠だ。
銃を用意した男はこうした昔の事例を免罪符の代わりにして自分の目的を正当化したかと思うと、コンビニを出て標的の向かい側に立つ。それから武器保存から違法改造した回転式拳銃を取り出し、暗い道の上を楽しそうに歩く標的ーー折原絵里子へとその銃口を向けていく。
この一撃を外すことはできない。もし、銃に気がついた場合は逮捕のために折原絵里子が動き出す。そうなれば自分は対応することができない。というものも、自分の魔法は誰でも使うことができるような簡単なモノに匹敵する仕方がないような魔法であるからだ。
故に折原絵里子と魔法で勝負をしたとすれば敗北するのは目に見えている。
そうしたことを考えていると、男は銃を握る両手が忙しなく震えていることに気がつく。緊張のせいか手汗までもが滲み出ていた。
お陰で冷たかったはずのグリップが今となってはひどくヌメヌメとしている。
気持ちの悪さを感じたが、それ以上に男の中では殺意が勝った。
絶対にあの女を始末してやる。男がそんな思いで引き金を引こうとした時だ。
「やめておきたまえ。キミはもう狙われているぞ」
背後から空虚な声が響いていく。中年の男が出すような低い声だ。そのことから男派標的の弟とされる中村孝太郎の声ではないと判断した。
男は慌てて振り返ろうとしたが、自身の後頭部に銃口のひんやりとした感触が突き付けられていくのを見ると、自身がその男に狙いを定められているということを悟ったのである。
銃口が突き付けられた時点で男の中からは既に憎しみや殺意といった強気な感情はかき消されてしまっていた。残ったのは背後から声をかけてくる謎の男に対する恐怖の感情だけであった。
男は拳銃を捨てて両手をあげる。背後の男はその行動に対して何も言うことなく黙って手錠を男に掛け、白籠署へと連行していく。
「キミから呼び出された時には驚いたが、本当にバプテスト・アナベル教の連中が折原くんを狙っていたんだな」
取り調べを終えて出てきた波越警部は一息を入れるため葉巻を片手に言った。
「えぇ、カルト教団というものは心理学的に見ても一度信じたものが踏み躙られると、踏み躙った者に対して強い憎悪を抱くのが心理学の常識ですからね。折原さんはバプテスト・アナベル教一斉検挙の功労者だ。狙われるのは当然です」
新たに白籠署公安部に派遣された天草英輔という男は胸を張りながら得意げに言った。
彼は続けてバプテスト・アナベル教がロシアの手を借りて北方に独立王国を樹立し、日本政府へと宣戦布告を仕掛けてきたという事実を取り上げ、この時期に何かしらの動きがあると睨んでいたということを語っていく。
こうした一連の話が終わると、英輔は家に帰ってやることがあるというので一足早く警察署を後にした。
波越警部は意気揚々とした姿で立ち去っていく姿を見つめながら英輔の経緯というものを思い返していく。
警視庁不可能犯罪対策課に異動となった中村孝太郎警視と入れ違いという形で入ってきた新任の刑事であった。
通常の警察署であったのならばわざわざ精神科医としてのキャリアを捨ててまで刑事となった彼のことであるから変わり者という印象を受けるだろう。
だが、白籠署においては昔から彼は変わり者として知られており、特段の違和感を持たれることはなかった。
具体的な事例を挙げれば英輔は昔から精神科医でありながら現場に駆け付けたり、凶悪犯の取り調べにも同行していたことで知られていた。
当初取り調べに英輔が現れた際は落ち着いた紳士的な態度や言動をしており、穏やかな印象を受ける。そのため凶悪犯は油断してしまうのだが、彼のやり方はひどく陰湿なものであり、相手の心理を分析するとネチネチと追い詰めていくのである。
例えそれが感情がないと言われるサイコパスのような連中であっても同じような反応を見せた。
彼が取り調べに同席すると、凶悪犯たちは涙を流しながら自らの犯行を自供するのであった。
だが、変わっているのはその後である。英輔は自らが痛めつけた相手に対するメンタルケアを怠らなかった。
病院からの命令で診察するように言われた犯人の倍以上は手間と愛情を注いでいたといえるだろう。
元精神科医という肩書を利用しての取り調べは賛否両論であった。
非人道的な取り調べを否定する声が多く上がる一方で彼のやり方に好感を持つ人間がある程度いるのも事実だ。
取り調べのために時間がいたずらに過ぎていくことを面白くないように思う人もいる。
そのため彼の扱いはあたらず触らずというものとなっていた。
中村孝太郎が基本的に誰からも好かれていたのとは対照的である。
そのせいもあってか、上層部から末端の警察官に至るまで中村孝太郎の再来を待ち望んでいた。あの小田切刑事ですら天草英輔が活躍していくのを見て、中村孝太郎の再来を望むほどであった。
波越警部としても中村孝太郎の再来を待ち望むより他になかった。
また、あの四人の刑事たちが悪を追いかけながら奮闘していく姿を見てみたい。
だが、それはもはや叶わぬ夢。過ぎ去りし幻想となった。
少なくともまだ世界各地で不可能犯罪が多発する限りは無理だろう。
波越警部はベンチに腰を掛けながら葉巻をふかしていく。
どこかほろ苦い煙が吐き出されて大気の上へと吐き散らされていく。
気のせいか、白い煙がダビデの六芒星を描いたような気がした。
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