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神との接触編

死を告げる女神の到来

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女神様にとってそれは何か計算があってのことであったのかもしれない。
少なくとも名前すらわからない女神に対してマリヤは何も言えなかった。
いや、いうことができなかったと述べるのが正しいだろう。
少なくともこの絶望的な状況においては喋ることも難しかったに違いない。
それ故にマリヤはこの後に喋ることも諦め、女神と思われる存在に向かって剣を振り上げていく。

しかし、流石は女神。オーバーロード超越者からの攻撃をあっさりと交わし、カウンターとしてその脇腹に蹴りを喰らわせたのである。
右の脇腹に蹴りを喰らったマリヤは悲鳴を上げて地面の上を転がっていく。
地面の上から起き上がったはいいものの、剣を杖にしている状態だ。勝てるかどうかは怪しいものである。

孝太郎による援軍は期待できない。ゼウスなる神と戦っている最中なのだ。しかも、側から見れば孝太郎が押されているように思える。
仕方がなくマリヤは自らの魂を奮い立たせ、叫び声を上げる代わりに聖職者として唱えるべき神への祈りを唱えたのである。
その時だ。女神の顔色が変わった。それまでは目も合わせないという風で徹底的なまでこちらに対しては無関心な様子であったのだが、マリヤが祈りを唱えてからは感心したような目を向けていたのだ。そればかりではない。攻撃すらしてこなくなった。

黙ってこちらを向いたまま微笑んでいるのだ。蕩けてしまいそうになるほどの素晴らしい笑みだ。女神というのならばああいう顔を指していうのだろう。
マリヤは頭の中で昔、インターネットのスクリーンを通してみた聖母の絵を思い出した。
慈愛の笑みを浮かべながら両手で赤ん坊の主を抱く聖母。その姿に幼き日のマリヤは釘付けになったのだ。

ロシア正教会の門を叩いたのも古くを辿ればそのことがルーツであったかもしれない。
そこまで思い出したところでマリヤの両目から涙が溢れていく。
マリヤの心境は絵を初めて見た幼き日の記憶へと戻っていっている。

それから地面の上へと崩れ落ちていく。涙は止めようにも自分の意思とは無関係に溢れていくので止めようがなかった。
地面の上で蹲るマリヤの頭の中に再び女神からの声が届いてくる。

(マリヤ・カレニーナ。何を躊躇う必要があります。あなたは聖職者でしょう?それならば神に全てを捧げなさい)

その声に聖職者である自分が逆らうことなできるはずがあるまい。マリヤは膝を立てて両手を組み涙を流しながら許しを乞おうとしていた。
だが、その時になって女神がふと背中を向けたのである。
いや、女神ばかりではない。他の軍隊も背中を向けていた。孝太郎と剣を結んでいたゼウスも背中を向けている。

一斉に背を向けて、空を見上げるという姿は不気味なものであった。
全員が全員どこともなく上空を見上げている。相変わらず表情は見えない。
そこが不気味であった。すると、背中から一気に翼を生やして天使たちは天へと戻っていく。

マリヤも孝太郎もそれを追い掛けることはせずに黙って見つめていた。
一斉に天の上を飛んでいく姿に圧巻されていたというべきかもしれない。
訳がわからない状況にはなったが、とにかく助かったことだけは事実だ。

いずれにしろ、今回の戦いは孝太郎たちの負けであった。神を名乗る存在によって多くの犠牲者が出た上、不可能犯罪対策課にすら犠牲者が出たのだ。
警視庁の上層部からはこの惨状を見て、孝太郎を辞任させるべきだという意見が上がった。

しかし、それに対する意見としては記録映像を辿れば孝太郎がゼウスを相手することによって被害は食い止められており、そのことを理由に孝太郎を更迭するべきではないという意見が上がり、この意見に対する倫理的な反論を行うことができなかったため中村孝太郎警視の課長辞任は止められることになった。

孝太郎はその話を警視庁の廊下で上司から直に聞かされた。
孝太郎からすれば地位のことなどどうでもよかったのだが、お礼は言っておいた。そういう心遣いこそが警察という組織の中で生きる腹芸なのである。

孝太郎はいつも通りの冷静な顔を浮かべながら警視庁の中に新たに設けられた不可能犯罪対策課の部屋の中に戻り、部屋の中央に位置する自身の椅子、課長席の上に腰を掛けた。
孝太郎が戻ると不可能犯罪対策課の部下たちが一斉に椅子の上から立ち上がり、孝太郎に向かって挨拶を述べていく。

古い付き合いがあるマリヤもこの場においては例外ではなかったらしい。椅子の上から立ち上がり、挨拶の言葉を叫んでいた。
孝太郎はそんな部下たちの挨拶を手振りで辞めさせた。その上で自身も椅子の上から立ち上がって上層部の決定を告げた。
不可能犯罪対策課の部下たちは孝太郎からの報告を聞いて胸を撫で下ろしている。

孝太郎が仲間たちから慕われている証拠である。
孝太郎は自分たちとほぼ同年代ではありながらも優れた指導法によって不可能犯罪対策課を警視庁内においても優秀な一大部署へと築き上げるほどの手腕を持っていたからだ。
そればかりではない。孝太郎は常に厳しく鍛えるだけの特殊部隊の隊長などとは異なり、厳しさと優しさを併せ持つ指導を行なっていたのだ。
それ故に部下たちからの評判は上々といってもよかった。

また、面倒見もよかった。職場を離れれば良き相談相手となり、さまざまなことに応じてくれたのだ。
好かれないはずがなかった。現在騒いでいる部下たちを孝太郎は苦笑しながら見つめていた。
部下の喜ぶ顔は見ていて気持ちがいいが、現在の時刻はまだ午前中の半ばである。

これから訓練を行わなくてはならない時刻だ。孝太郎は心を鬼にして部下たちを中庭へと連れ出す。
一刻も早く部下たちをオーバーロード超越者としての力に目覚めさせ、早く化け物たちと戦わせなくてはならないのだ。

孝太郎が急いで部下たちを中庭へと連れ出そうとした時だ。
事件を告げるサイレンの音と不可能犯罪を告げるアナウンスとが鳴り響いていく。一度は非効率的だと廃止されたものの、警視庁の警察官たちからは長年続く伝統だということで根強い復活の声が上がり、結果として再び採用されたものである。

孝太郎はそのサイレンの音を聞くなり、大きな声で部下たちに指示を出してからマリヤを連れて先に浮遊車エアカーへと乗り込む。
車輪の付いた車でもいいのだが、こちらの方が早いので孝太郎はこちらを重宝している。

ただし、運転は全自動ではなく自らの手で。
こちらの方がモチベーションが上がるのだ。孝太郎は運転席に着くなり、口角を上げた。
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