破壊と盾の勇士の英雄誌〜一族最弱と煽られた青年が、自らの身に与えられた力で無双するだけの話〜

アンジェロ岩井

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神との接触編

今蘇るあの日の記憶

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「お前さんが中村孝太郎だな?」

「えぇ、ですが、自分とあなたは過去の事件で対面しています。今更そのように畏まることはないでしょうに」

孝太郎は冗談を交えて言ったつもりであったが、その言葉は逆に小田切刑事を傷付けてしまったらしい。
小田切刑事は眉間に皺を寄せ、あからさまな舌を打っていた。

だが、孝太郎としては小田切刑事が怒る理由が理解できない。
一体何がそこまで彼の怒りを駆ってしまったのだろうか。

孝太郎は慌てて何かを言うために小田切刑事の元へと追い縋り、その手を取ろうとした時だ。小田切が勢いよくその手を払いのけた。
それから部屋いっぱいに広がるかのような大きな声で孝太郎を怒鳴り付けたのだった。

「触るなッ!おれはお前さんが気に食わんのだよッ!」

「気に食わない?自分があなたに何をしたのかわかりません。せめて理由を仰っていただけませんか?」

「うるせぇ!おれはなぁ、叩き上げだよ。現場からの地道な努力で刑事デカになったんだ。だというのに、テメェは姉貴や上の人間の口利きでやりやがったと聞く。それを聞いて以来、おれはお前さんが嫌いになった。それだけだ」

この時の孝太郎は無言であった。通常であるのならばここで何かしら言い返すだろう。
ここまでの言われなき侮辱を受けたのにも関わらず黙っているのは本当に心が広くてなんでも笑って許せるような人間かもしくは相手に逆らい対立が生じるのをよしとせず自分が侮辱を受けても黙っているような臆病者と呼ばれる人間の二種類だ。

だが、孝太郎はそこまで度量が広いわけでもない。無論気が弱いわけでもない。
それにも関わらずに孝太郎があそこまでの謂れようのない罵声を浴びせられても黙っていた理由は小田切に触れた際に一瞬自分の目の前に見えたピエロの怪物にあった。

つまるところ孝太郎の意識は小田切に手を触れた瞬間には現実世界ではなく、架空の世界そのものへと飛んでいたのであった。架空の世界に浮かび込んできたのは自分にとってこれまで思い出すことができなかった過去の時代の思い出である。
自分が石川葵の凶刃に倒れ、三年間の昏睡にあった際に見ていた夢。いいや、三年間の間は紛れもなく現実世界として過ごしていた世界だ。

三年間の間に夢の世界の中で食していた食べ物も着ていた服も今となっては鮮明に思い出せる。

あれは夢の世界ではない。もう一つの世界。いわゆる異世界なのだ。ピエロの怪物は異世界に現れた悪魔の如き存在であり、自分はそれを退治するための勇者。
その際に孝太郎は確かに救世主の象徴として授けられたのだ。いわゆる人を超えた存在オーバーロード超越者としての力を。

孝太郎は異世界にいる大魔術師を名乗る老人から授けられた神の如き力でピエロの怪物が差し向ける手下を次々と打ちのめしていき、最後はピエロの怪物を追い詰めるところまでいったのだ。

だが、卑怯なことに怪物は自分に敵わないということを悟ったのか、孝太郎を恐怖という絶対的な鎖でその場へと縛り付けたのだった。

目の前から迫るピエロの怪物は蜘蛛に変化し、孝太郎の記憶を弄り、現実世界での記憶を蘇らせて一時的な記憶喪失へと陥らせたのだ。
夢の世界における全ての記憶を失っていた孝太郎がここまでのことを鮮明に思い出せたのはかつて自身の前に恐怖の象徴として或いは倒すべき絶対悪として目の前に迫ってきた怪物と再び対峙することができたからだろう。

「久し振りだなぁ、勇者様よぉ」

蜘蛛の姿は雲散霧消し、懐かしいピエロの姿を見せた。
口元を尖らせ、親しみを覚えさせるというよりかは悪魔のように思わせて人々を怖がらせるようなメイクをしたピエロだ。ピエロがする際に行う派手な服装も何かの意図があるように思われて仕方がない。

「おっ、これか?こいつはおまえさんのイメージだよ。お前さんが無意識のうちに怖いと思っているものを呼び出したんだ」

ピエロは孝太郎の考えを知っていたかのように、自らを指差しながら言った。
孝太郎は教師から受けた問題の正解を言い当てて得意げに笑っている小学生の子どものような笑みをしているピエロを放置して問い掛けた。

「……おれが怖いと思っているものだと?」

「あぁ、お前さんは心のうちだとどこかでこいつの存在を恐れてるんだ。だから、おれにこんな姿をさせたがるのさ」

孝太郎の脳裏に思い浮かぶのは幼き日の記憶だ。あの時まだ無邪気な子どもだった孝太郎はつっけどんな態度を取る姉ではあっても久し振りに親に気兼ねすることなく遊ぶことができたことがたまらなく嬉しかった。
だが、直後にあんなことが起きるとは想像もしなかった。
恐怖という名の鎖を締め付けられた孝太郎は滅多に見せない怯えの表情を見せた。全身から血が抜けたかのように顔を青くし、目の前のピエロを相手に成す術もなく震えていた。

ピエロは彫刻のようになって動けない孝太郎の側によると、赤く長い舌を孝太郎の頬に蛇のように絡ませながら言った。
ヒヤリとした感触が頬に伝わり、孝太郎の全身の毛が逆立っていく。
生理的な嫌悪感というものが湧いてきたのだ。通常ならば子どもどころか大人であっても泣き出すような状況に耐えることができたのは刑事として人々を守るため常にその身を晒してきた孝太郎の芯が一般人よりも強かったからだろう。

孝太郎は両目を大きく見開き、目の前の怪物を睨む。
だが、ピエロの怪物は怯みもせずに相変わらず小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら話を続けていく。

「本来だったらおれの力でこの世界から追放したお前さんとはもう二度と会えないはずだったんだがなぁ。最高神を名乗る奴がお前さんに恐怖を与え続けろということでいつでもお前さんをおれの元に召喚することができるようになったんだぜ」

「ふざけるなッ!」

孝太郎は精一杯に声を震わせ、咄嗟に武器保存ウェポンセーブから自動拳銃を突き付きだして叫ぶ。
だが、ピエロは小馬鹿にしたような笑みを浮かべ続けるばかりである。業を煮やした孝太郎は引き金を引こうとしたが、引き金を引いて出てきたのは弾丸ではなく、色とりどりの花々で飾られた花束と万国旗である。

「ば、バカな」

驚きを隠しきれない孝太郎の耳元でピエロの怪物は囁いていく。

「『バカな』じゃないんだ。ここはもう俺のテリトリー領域なんだぜ。お前さんの武器なんぞ通じるわけがないじゃない。バカだねー」

ピエロの怪物はわざとらしく腹を抱えながら笑った。周りからも自分を馬鹿にしたような笑い声が聞こえてきた。
孝太郎が果てしない絶望感を感じて、その場に取り残されていた時だ。

「ちょっと、孝ちゃん。何やってるのよ。起きて」

絵里子に体を揺さぶられていることに気が付いた。これによって孝太郎はようやく現実世界に戻ることができた。
近くには嫌悪感で顔を歪めた小田切刑事の姿が見えた。

「ったく、おまえは人の話もロクに聞かんのか?」

「い、いえ、そんなわけでは……ただ、目眩がして呆然とさてしまっただけです」

「なら、病院に行きやがれ。そんでそこで天使にでも何にでも始末されたらどうだ?」

「ちょっとそんな言い方はないでしょ!」

絵里子と小田切が口論を続ける中で孝太郎はあの幻覚のことを思い返していた。
ピエロは確かに『恐怖を与え続けろ』と命令されていると語っていた。
ならば今後も幻覚という形であのピエロの怪物が自分に干渉してくるかもしれない。
孝太郎は思わず震え始めた。これは他のどの事件でも見せなかった明らかな恐怖の色であった。
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