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神との接触編

続く壁は幾重にも重なって

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翌日謎の人物による襲撃を受けたということで、孝太郎は仲間たちから大いに心配されることになった。
中でも絵里子はあれ以来過保護になってしまったのか、両目から涙を流し、孝太郎の胸に縋り付くと、日頃の鍛錬によって鍛え上げられた大胸筋をポカポカと叩きながら無事を喜んでいたのだった。

「バカッ!どうして、教えてくれなかったのよ」

嗚咽混じりの声で絵里子は弟を責めていた。

「すまないな。けど、あの状況だと容易に呼ぶことはできなくてさ。それに姉貴を巻き込みたくなんてなかったんだ」

「何言ってるのよッ!あたしと孝ちゃんの仲でしょッ!」

絵里子はより強い力で孝太郎の胸を叩いていく。その姿を呆れた様子で明美とマリヤの両名が見つめていた。
だが、納得がいかないのは聡子である。眉間に皺を寄せ、わざと絵里子に見せつけるように孝太郎の腕を引っ張り、その腕にしがみついていくのだ。

人間に飼われたばかりの子猫のようにわざとらしく甘える姿を見て、絵里子は弟に対する愛を奪われそうになったと判断し、今度は可愛らしい表情を浮かべながら孝太郎の胸の中に自身の顔を擦り寄せていく。

聡子は顔にこそ表れていないものの、やはり勘に触ったらしく、より強い力で孝太郎を自分の元へと引き寄せようとする。
二人の間に見えない火花が鳴り、お互いを牽制し合っている姿をマリヤと明美だけが確認していた。
こればかりは天才的なまでの数学バカも神に仕えるロシア正教会の大司教も対処法が思い付かなかったらしい。

やがて、見ている方が気まずくなるような空気を除くために明美が肘で小さく小突き、マリヤに向かって密かに耳打つ。

「ちょっと、あの三人前世で何かあったんじゃあないの?」

「前世?あぁ、そうですね。確かにあの三人は前世でも強い力で結ばれていましたよ」

「じゃあ、前世でどんな人生を歩んでいたのか教えてよ。あたしの見立てだとあの三人の前世は21世紀終盤頃の日本にいる魔法高校の生徒のような気がするな」

明美はそう言って、自身が考える三人の前世をマリヤに向かって語り出していく。

明美による素人前世予知では孝太郎が魔法高校に通う劣等生のレッテルを貼られた最強の高校生男子で、姉の絵里子はその妹で、兄を崇拝する黒髪ロングの美少女。石井聡子こと竜堂寺京子は兄と同じ高校に通う有名剣道場の娘で、オレンジ色の髪が目立つ活発な女子生徒であるというものであった。

この妹と女子生徒は友人ではあるが、その兄を取り合う仲であり、その箇所においてはギスギスとした関係を見せているという見立てであった。
明美はいつの間にかコソコソと語るのもやめ、得意げな様子で人差し指を立てながらしたり顔で素人前世予知を語っていた。

マリヤは明美による素人前世診断がどこかおかしく感じられた。
というのも、明美の語る前世予知は21世紀初頭に刊行されたライトノベルが原作となったアニメ主人公とヒロイン、サブヒロインにそっくりだったのだ。
確かにあのアニメやライトノベルを読むと、どことなく三人との類似性が見られるが、明美の目や表情からしてふざけているようには思えない。

本気でそう思っているのだ。マリヤは苦笑するしかなかった。
世界的な危機を引き起こし、国際社会から距離を取っていた21世紀の時代であるのならばともかく、現在のロシアは世界各国と一応の国交は保っており、その中にはもちろん300年間にも渡って国際社会を熱狂させる日本アニメの存在もあった。

マリヤは昔信者からの勧めによって、特に面白いというその21世紀初頭に刊行されたライトノベルが原作となったアニメを観たことがあったのでその存在を知っていたのだ。
マリヤは頭の中で、明美もそのライトノベルに登場する大きな眼鏡をかけたヒロインにそっくりであると言いたかったが、面倒なことになるので黙っておくことにした。

このまま明美によるマリヤへの意見伺いと三人の痴話喧嘩が続くものだと思われたが、それは予想外のことによって阻まれてしまう。
扉を開いたのは日頃より、白籠署の公安部と親しげにしている波越警部であった。

いつもあまり笑顔を見せない波越警部であったが、今回に至ってその表情は一段と暗く感じられた。
マリヤは密かに波越警部を見て、絶望の底に叩き伏せられた人間というものがこういった表情を浮かべるものかもしれないと考えていた。

全員が一人の人間として浮かべる生き生きとした表情から刑事として浮かべる真剣な表情を浮かべて波越警部を見守っていた。
波越警部は全員の表情が戻るのと同時に一度大きな溜息を吐いてから孝太郎を見つめて言った。

「孝太郎くん。キミは昨晩妙な奴に襲われたそうだが、それは確かに石川葵だったんだね?」

「忘れるわけがありません」

昨晩の石川葵の声とあの不気味な言葉は今でも脳裏に焼き付いて離れない。

「……そうか、実はな、昨晩のような現象が起きた人物がその後に得体の知れない怪物に人々が襲われるという事件が起きていてな。こうした場合警察からは護衛が派遣されることになっている。お前といえども例外ではない。そのことを知らせに来たんだ」

「護衛ですか?自分に?」

孝太郎の目つきが鋭くなった。両目には青白い光が宿っており、その目は相手を威圧するかのように見つめていた。
一般の人ならばいいや、例え暴力団に所属する人間や犯罪者であったとしても思わず圧を感じ、怯んでしまうような眼光であった。
だが、波越警部は孝太郎から発せられる圧にも屈する様子を見せず黙って孝太郎を見つめていた。
その上で、彼は長年の付き合いもあってか、穏やかで諭すような口調で説明することを心掛けたのだった。

「安心したまえ。他の件のように本庁から刑事が来て、護衛に臨むわけではない。キミの護衛を担当するのは本署の小田切刑事だ」

「小田切刑事?」

予想外の名前が挙げられたことによって、孝太郎は思わず両眉を上げてしまっていた。
だが、波越警部は孝太郎の驚きなど気にする様子も見せずに話を続けていく。

「小田切刑事はキミの復帰任務である東海林会の壊滅でも肩を並べて戦った仲だからな。今更遠慮することはない。小田切はこの後にキミたちの部屋を訪れることになっているから、よろしくな」

波越警部はそう言うと、乱暴に腕を振って、その場を去っていく。
孝太郎は波越警部の背中を部屋の扉が閉まるまで待ち構えていた。
そして、波越警部がその場を去ってから3分ほどの時間が過ぎた後に、扉を叩く音が聞こえた。

孝太郎が入室を許可すると、そこにはかつて見知った小田切刑事の姿が見えた。
波越警部の宣言通りである。孝太郎はこれから肩を並べて戦う仲として腕を差し出した。

「中村孝太郎です。よろしくお願いします」

そんな孝太郎の手を小田切は黙って受け取った。
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