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神との接触編

交響曲9番の呪い

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孝太郎は自宅の中で、即席の蕎麦を啜りながら、噂に聞く交響曲9番についての噂を手元のディスプレイをスライドしながら見つめていた。
交響曲9番はその作曲者がほとんど謎の死を遂げてしまうことで有名である、とサイトには記されている。
最初の一例は有名な歴史的に有名な作曲家、ベートヴェンの例だ。

ベートヴェンは交響曲第9番を作曲した後に第10番を作曲することなくその命を終えたことである。
次は19世紀にその命を終えたルイ・シューポア。シューポアはベートヴェンとと同様に交響曲9番を作曲したが、その直後に事故に遭って、腕を骨折し、演奏家としてのキャリアを終えてしまっている。加えて、そのわずか二年後に命を終えている。

その次は19世紀生まれで、19世紀末にその命を終えたアントン・ブルックナー。
アントン・ブルックナーはベートヴェンの交響曲に傾向し、自身でも交響曲を作曲したいと考えていたらしく、交響曲二短調を作曲し、ブルックナーが作曲した交響曲は彼が尊敬していたベートヴェンの交響曲に勝るとも劣らない名曲であることは有名だ。
その証拠として、ブルックナーの曲は世界各地の人々に聴かれているし、義務教育期間中の小中学生にも音楽の教養として教えられている。

そんなブルックナーでさえ、交響曲第9番を仕上げることはできなかった。
その後も20世紀、21世紀と世界各地の作曲家たちは交響曲第10番の作曲を目指していたが、その誰も第10番を作曲できていない。日本の伊豆屋浩介もその例外にはなれなかった。

ここまで調べ終え、スライドをやめ、ウェブサイトを閉じてから、孝太郎は椅子に深く腰を掛けて、これらの偉大な作曲家があの天使たちに始末されてきたのではないかということを考えた。
天使たちが交響曲第10番を仕上げることになんらかしらの不都合を感じ、完成させないようにしていたのではないだろうか。

そう考えれば辻褄が合う。だが、一つだけ引っ掛かることがある。それはこれまでの作曲家たちが事故死あるいは病死として処理され、自然死であったはずだというのに、どうして伊豆屋だけはあのように不自然な方法で始末されてしまったのだろうか。

考えれば考えていくほどに頭が追い付かなくなり、息を抜く目的もあり、蕎麦を啜る作業に戻った。
蕎麦を食べ終えた後に一息を吐いてから、伊豆屋の死因は今のところはなんらかしらの外傷として片付けられるだろう。
世界的に有名な作曲家の死ということもあり、警察は全力の捜査に乗り出すだろうが、警察で犯人が特定できるとは思えない。
相手は天使なのだ。そんな相手を警察如きで挑めるわけがないのだ。

孝太郎は蕎麦を啜り終えると、使い捨ての容器を机の上に置き、机の真上にあるディスプレイを開き、使い捨ての容器をゴミ処理場へと送信する。
食事を終えた後は古き良き時代の慣習に倣って、食休みがてらにレンタルビデオでも観ようかと考えて、テレビにデッキを入れようとした時だ。

頭の中に声が聞こえてきた。高いソプラノ音から少女の声だと判断したが、当然ながら孝太郎には縁のない声である。
だが、どこか懐かしく感じられたのも事実だ。
孝太郎がその声の主のことを思い返していると、

(ねぇ、あなたも力が欲しい?)

と、訳のわからない問い掛けを行ってきた。

「力?なんのことだ?」

場所が自分の家で、他に人が誰もいないということを利用して、孝太郎は心の中ではなく、口に出して言葉を返す。

(力は力だよ。オーバロード超越者としてのね)

「昼間にマリヤが言っていた言葉か?」
孝太郎は眉を顰めながら問い掛けた。

(そうだよ。キミは今の段階でもオーバロード超越者として優れた力を持っているが、いまだにそれを引き出せてはいない)

「それがどうかしたのか?別にそんなものを引き出せなくても問題はないように思えるがな」

孝太郎は躊躇うこともなく、キッパリとそう言い切った。事実、孝太郎は少女の声が主張する『オーバーロード超越者』なる力に魅力があるとも思えなかった。
そう言い放って、少女の声を追い払おうと目論んだのだが、少女の声は孝太郎を嘲笑うように言った。

(怖いのかい?キミが人でなくなってしまうということが)

孝太郎は反論ができなかった。反論の代わりに「うるさい」と小さな声で吐き捨てることしかできなかった。
事実、孝太郎はオーバーロード超越者としての力を持つことで、自分が人とは異なる生命体になってしまうことがひどく恐ろしかった。
人ではない存在。人を超越した存在。天使たちからその命を狙われなくてはならない存在。
そうなってしまえば自分は姉に対してどのような思いを……。

(怖いのかい?人間を辞めてしまうのが、お姉さんに怖がられてしまうのが)

少女の指摘に対し、孝太郎の堪忍袋の尾というものは完全に切れてしまったらしい。
眉間に青筋を立て、近くにあった罪のない机を思いっきり叩いていく。

その後で、氷のように冷たく、低い声で、

「黙れ」

と、言ってのけた。

圧と怒りの二つを含んだ鬼を思い起こせるような低い声だ。
だが、頭に語りかけるその声は孝太郎の脅す声などに屈することなく話を続けていく。

(キミはそんなことを恐れる必要なんてないのさ。キミこそがヒーロー英雄になれるチャンスなんだ。人類を救えるただ一人の英雄にね)

「何を言っているんだ?」

孝太郎は信じられないと言わんばかりに両目を見開きながら問い掛ける。
先程とは対照的に驚きの混じった声であった。
頭の中に語り掛ける声は孝太郎の反応を面白がっているらしい。喜んでいるようなおちょくっているような声色で話を続けていく。

(キミほど優れたオーバーロード超越者はどこにもいない。キミの敵であるマリヤ・カレニーナや大樹寺雫でさえ、キミの持つ力を超えることはできていなかった。だって、キミはボクらの力を借りることなく、オーバーロード超越者としての力を行使できているんだからね)

何気なく、大樹寺雫が生存しているという確証を得たが、孝太郎にとってはそれどころではなかった。
というのも、語り掛ける声が出す例えに孝太郎は身に覚えがあったからだ。

思い返すのは転送装置をめぐる軍人の跳ね返り分子と衝突した時のこと。
あの時は一度病院に送られ、寝込んでしまっていたが、その時に聖杯の欠片を通して、明治に向かった時に出会った自身にとって生涯の主人である鬼麿の姿を確認したのだ。

鬼麿は明治三十八年に軍人として、日露戦争に従軍し、ロシア帝国の魔法部隊と交戦を行っていた。
その姿が夢という形で見ることができたのだ。通常であるのならば、歴史の資料でしか見ることができないような時代に聖杯を使うこともなく辿り着いたのだ。

背筋から冷や汗を垂らす孝太郎に向かって、もう一度、少女の声が問い掛けた。

(どうする?するの?しないの?)
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